48 天使の憤怒
ジィータ・リブロース、ミハイル4世、ニッツェシーア・ラギュリ……
3人の女エルフ達が引き起こした大騒動の熱も冷めぬアルフヘイム集会所では、リブロースによって破壊されたエルフ像の残骸をハーフエルフ達が掃除していた。
先ほどの騒動で、エルフ達の族長や長老、ラギルゥ一族たちはヒヤヒヤとしていた。
一歩間違えれば、流血沙汰となっていたのだ。戦時中というこの異常事態では、誰もが心に怒りを抱えている。
その怒りの爆発地に晒された時、後に残るのは血の海だけだ。
しかも、よりによってこの事態が流血に携わることが多い男たちではなく、
女たちによって引き起こされたというのだから、その衝撃はあまりにも大きい。
集会所は目の前で引き起こされた異常事態を前に、皆が己が意見や感想を口々に呟き、
囁かな騒ぎとなっていた。
「……リブロースというあの女……なかなか肝っ玉が座っているよのう…」
「あのミハイル殿に刃を向けるとは……」
リブロースの勇気に賞賛を向ける者もいれば…
「……嗚呼……なんて馬鹿なことを……あの女、死んだも同然だ……」
「ミハイル殿に刃を向けるなど朝敵であるとアピールしたようなものではないか…」
リブロースの行為を無謀と言う者もいた……
だが、その囁かな騒ぎもすぐに静まり返ることとなった。
騒動のきっかけとなったミハイル4世は頬杖をついたまま ただ沈黙していた。
「……ミハイル様」
「………」
皆はとっさにミハイルが怒り狂うものだと思っていた。
だが、いつまで経ってもその様子は見られず、肝心の本人は沈黙している。
その光景があまりにも不気味過ぎて恐怖のあまり、皆も釣られて沈黙した。
ミハイル4世の脳裏ではリブロースの殺気が込められた剣の感触が何度も何度も再生されていた。
憤怒のあまり、今のこの感情をどう表現すれば良いものか整理がついていない状態であった。
ニッツェは知っていた。この状態のミハイル4世がグリセリンのように危険な状態であることを。
ニッツェ以外の者たちもミハイル4世から漂うオーラから本能的にそのことを察知した。
少しの刺激が彼女の逆鱗に触れかねない……誰もが彼女に話しかけるどころか、彼女の顔を覗き込むことすら躊躇した。
「……ミハイル陛下、ご無事でなによりです」
だがタイミングが悪く、警備隊長のヤーヒム・モツェピ大尉が彼女の安否を気にかけるべく話しかけた。
騒ぎを聞きつけ、ミハイルの安否を確認しに来たヤーヒムはあくまでも
警備隊長としての責務を果たしたに過ぎない。だが、その騒動の渦中に居た者たちはヤーヒムのその行動に、
冷や汗を噴き出さざるを得なかった。
(ま……まずい!!!)
皆が心の中でそう叫んだのと同時に、ミハイルは沈黙を破るかのように重い口を開いた。
ミハイルが言葉を放とうとするその刹那……その場に居た皆は以下のように思った。
ミハイルの堪忍袋が悲鳴をあげ始めていると……
破裂寸前まで空気を注ぎ込まれた風船が、徐々に破裂のための膨大なエネルギーを放出するときの
あの刹那のパワーが迫りつつあると……
「…………無事だと?」
たった一言だけではあるが蚊のようにか細いトーンではあった、だがヤーヒム・モツェピの鼓膜には
まるで巨人の囁き声のように彼女の言葉がねっとりと張り付いた…
…まるで暗闇の中で横から見知らぬ何かに囁かれたような絶対的悪寒……
背骨が頭蓋骨を突き破って脳天から飛び出してきそうな感覚を、背筋に感じたヤーヒムは思わず身構え、後ずさりした。
「……この儂が……刃を向けられて……精神穏やかに見えたのか?」
「いっ……いえ!!失言でありました!!」
絶対的悪寒のあまり、ヤーヒムはただ謝罪するしかなかった。
その光景をそばで見ていたエルフ達も、突如として現れたミハイルの絶対的憤怒に身震いした。
「……あの取るに足りない小童の小娘風情が…
…この儂に刃を向けておめおめと帰っている……だと?」
堪忍袋が裂け始めると同時にミハイル4世は、現時点でジィータ・リブロースが処刑されず、
帰っているという事実を悟り始めた。それと同時に、彼女の憤怒の炎が業火へと徐々に変貌を遂げていこうとしていた。
突如、ミハイルは立ち上がり、怒鳴り声をあげた。
確かに誰の目にもミハイルが立ち上がった姿は焼きついていた。だが、立ち上がるまでの動作は
光も音も追いつけぬほど早かった。その速さを裏付けるかのように、彼女が座っていた岩石の椅子には亀裂が走り、
大木の根が張り巡らされたかのように椅子が切り刻まれていた。
「絶対にあの女を生きて帰すなアァアッ!! この儂に刃を突き立てたことを落命寸前まで後悔させてやるッッ!!」
ミハイルの怒号が集会所に響き渡る。まるで核爆弾が爆発したかのようにその場にいた者たちは、全員が全員目を閉じ、うずくまった。
ヤーヒムはその怒号に恐怖し、プラエトリアン達を率いてジィータ・リブロースの許へと走って行った。
「……あぁ ミハイル様……そんなに怒るから……私もう……濡れてしまったではありませんかぁ……」
ニッツェはスリットから手を忍び込ませ、蜜で溢れた股に手をあてがうのだった。