4 神に望む幸せ
「……もう帰るか……付き合わせてごめんな」
「……うぅん……こっちこそ……」
俯き、跪くモニークの手を離し
彼女の顔を覗き込むようにダニィは言った。
こういう時本来なら、彼女の手をそっと取ってやり
立ち上がらせてやるのが彼氏としてのあるべき姿なのだろう
だが、今の彼女には寧ろそれが心の傷を広げる残酷な仕打ちでしかない
心の底から抱きしめてやりたいほど可愛くて可愛くて
ずーっとずーっと一緒に手を握って キスをしてやりたいほど可愛くて可愛くて愛しているのに
恋人同士ならごく当たり前の愛の行為全てが
ただ彼女を傷つけるだけの哀しい行為なのだ
ダニィは彼女が自力で立ち上がってくれるのを待つしかなかった。
彼氏として 男として自分は何て無力なんだと
こみ上げてくる涙を必死に 必死に噛み殺しながら、ダニィは言った
「ゆっくりで……ゆっくりでいいから……立って」
ゆっくりという言葉自体が逆に彼女を急かしてしまっているのは分かっている……
だが、そうでもしなければならない事情があった。
現在2人がいる洞窟は黒兎人族の領土であるが、だからといって100%安心は出来ない。
今の時代、甲骨国の敵兵が何処に潜んでいるか分からない。
奴等が非戦闘民ですら、無慈悲に嬲り殺す連中であることは
非戦闘員であるダニィですらも分かっていた。
だからこそ、ダニィはモニークを安全な場所まで送り届けなければならなかったのだ。
1時間近く経っただろうか、モニークの縮こまっていた4つの長耳が少しずつ開いていくのと同時に、
彼女はようやく一人で立ち上がった
「もう……いいのか?」
「……うん……もう平気……平気だから」
俯いていたモニークが微笑みながら、顔を挙げる。
その顔は血の気が完全に引いていて、少し紫色を帯びていた。
顔もここに来る前よりもかなりやつれているような気がする……
「……っ」
自分のために相当無理をしてくれていたのだろう
ただ身勝手な自分の愛情のためだけに
彼女に辛い想いをさせてしまった自分の情けなさにダニィは
危うく嗚咽しそうになった。
それを必死に隠すように慌ててダニィは背を向けた。
「……行こう」
一歩一歩死人のように歩くモニークを背にダニィは俯きながら歩いていた。
モニークのあの本当に辛そうな微笑みが
いくら目をこすろうとも、涙で濯ぎ落とそうとも
こびりついて落ちない。
(手を握り締めてやることも……
抱き締めてやることも……
頭を撫でてやることも……
そして、こうして一緒に居ることすら彼女を苦しめてしまうのか……)
自分の存在が
愛する人を傷つけてしまうそのジレンマに
ダニィの拳は握りしめられていた。
涙の雫と嗚咽を悟られないように、溢れる涙と鼻水を必死にすすり
声を抑えながらダニィは必死に祈っていた
(神様……彼女とセックスしたいなんて贅沢は言いません……
彼女の子供が欲しいだなんて贅沢も言いません……
神様………どうかお願いです 彼女の手を握る幸せを……
抱き締めてやる幸せを……頭を撫でてやる幸せを……どうか僕にください……
それだけでいい……それさえあれば……僕は本当に幸せです……)
吹きこぼしたダニィの涙の雫が足跡に続いているのを
モニークは歩きながらただ無表情で眺めていた
その意味を知らないようにと必死に自分の心に鍵をかけているようだった