この季節ここからは桜がよく見える。
今も目の前に真っ赤な桜が咲いている。
桜を見るとある女の子を思い出す。
今思えば、あれが僕の初恋だったんだと思う。
~思い出の桜~
当時小学生だった僕は、ある女の子と親しかった。
美幸ちゃんといって、
大人しくて本を読むのが好きな子だった。
家が近かった事もあってか、
よく一緒に帰ったりしてた。
多分、はたから見たら付き合ってる様に見えたんだろう。
そのせいか良くからかわれたりもしていた。
でも当時の僕ときたら全然ガキで、
自分達が何でからかわれてるのかも分からない始末。
ともかく、そんなある日事件が起きたんだ。
事件てほどのものじゃないかも知れないけど、
当時の僕にはそれなりに大きな出来事だったわけで。
「ふう、終わった終わった」
5時限目の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
気が早い奴らは既にボールを持って校庭に直行している。
季節は冬、子供は風の子と言うけど。
この寒空の下で校庭を駆け回る力は素直にすごいと思う。
「美幸ー、帰ろうぜ!」
「あ、雄太君。ちょっと待ってて」
「私、職員室よって行かなきゃだから」
「なんだ日直かよ! 待っててやるから早くしろよ!」
日誌を取り出して、彼女が足早に教室を出て行く。
「あー、また一緒に帰るんだー」
クラスの女子が目ざとく見つけ、声をかける。
「二人ってもしかしてー」
「な、なんだよ。何か文句あるのかよ」
「んー、別にー」
そんな事を言って、
教室の隅でクスクスと含み笑いをしている。
この歳にして既に、
井戸端会議の前衛的なものを行っているらしい。
「大樹ー、お前も一緒に帰るんだろ?」
「う、うん」
「じゃああいつが来るまでバトエンしようぜ!」
バトエンとは正しくはバトル鉛筆。
鉛筆をサイコロのように使って戦う、
簡易バトルカードゲームのようなものだ。
今はどのクラスでもこれが一番流行っている。
そうこうしている内に美幸ちゃんが戻ってきた。
「遅くなってごめん。それじゃ、かえろ」
「おう、じゃあこれ終わったらな」
机の上をコロコロと鉛筆が転がる。
結果は雄太君の勝ちだった。
「しっかし寒いよなぁ。早く春にならないと冬眠しちまうよ」
「えー、今だってしょっちゅう授業中に冬眠してるくせに」
「うっせーな、あれはほら、エイキを失うってやつだよ」
「それ養うじゃない?」
「な、なんだ。知ってたのか、は、はっはっは」
「全く調子いいんだから」
「でも、僕も春が来るの楽しみだよ」
「ここの桜すごく綺麗だし」
「だ、だよな! あー、春になれば六年だしなー」
「早く春にならねーかなー」
通学路の途中にある桜並木はかなり長い。
春になると何十というソメイヨシノが咲き誇る、
ここら一体でも有名な花見スポットだ。
最も今は冬なため、
桜の木には葉すらなく寂しい限りであるが。
いつもの様に談笑しながら歩いていると、
木の陰からフラフラと男が出てきた。
「ねぇねぇぼくたち、ちょぉおうっといいかなぁ?」
服は薄汚れているし口調は怪しい。
「な、なんか用か」
「いやぁ別にちょっとしたことなんだけどねぇ」
「ちょっとおじさんとお話してくれないかなぁ?」
「だ、だから何の話だよ」
「ねぇ雄太君、相手しない方がいいよ」
「ああぁ可愛いねぇ、オジョウちゃん何年生かなぁあ?」
「な、何年生でもあなたには関係ないでしょ!」
「ああぁあ?」
突然、男が切れだした。
「何だとコラァ! 下手に出てりゃ調子乗りやがって!!」
「大人を舐めんじゃねぇぞ!」
「あぁあああれか! お前らも俺を馬鹿にすんのか!?」
「どうなってんだこの国の教育は!! ぁああ!!」
「ちょっとこっち来いコラァ!!」
意味不明な事を口走りながら、
男が美幸ちゃんの腕を掴む。
「ちょ、止めて! 離してっ!!」
「お、おい! おっさん! 何してんだよ!」
「あぁ!? おっさんだぁ!? 黙れクソガキがぁあ!!」
雄太君が男に殴られ、吹っ飛ぶ。
「キャー!!!!」
「お前もうるせぇぇええんだよ!!」
どうしよう、どうしよう。
どうにも出来ない。
僕にはただ震えることしか出来ない。
「ガキぃいいぃい!! お前も見てんじゃねぇぇええお!!」
そして、真っ赤な桜が咲いた。
気が付くと僕はベッドの上に座っていた。
あれから美幸ちゃんには会っていない。
話によると遠くの町に引っ越したそうだ。
あ、今日も桜が咲いている。
「ねぇ見て!!」
「ねぇってば! 桜が咲いてるよ!」
「桜だ! 真っ赤な桜だよ!!」
「大樹くん! 大樹くん!」
「あ、先生! 見て! 桜が咲いてるんだ!」
「あ、そう言えば美幸ちゃんは元気かな!」
「先生! 先生!
大樹君がまた発作です! すぐに来てください!」
「ねぇ美幸ちゃんは?
あ、そっか春になったから六年生になったんだ!」
「早く美幸ちゃんに会いたいなぁ~」
ここからは桜がよく見える。
僕は今日もある女の子の事を思い出す。