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「前金三百万、報酬金五百万」
「は?」
 彼女がにべもなく告げてきたその金額に、僕は間抜けな声を上げてしまう。
「いや、ちょっと待ってくれ、なんだその法外な金額は」
「君は随分と失敬なことを言うんだね、これでも十分良心的な価格設定をしているんだけどな、普通の浮気調査が十数万とすればたった八十倍じゃないか」
「ふむ、そう言われると確かに……ってなる訳ねえだろ」
 残暑が終わりを告げた九月某日。
 僕は学校帰りにとある探偵事務所に訪れていた。
 無論、それは探偵に依頼をしたかったからである。
 何でも同じ高校に凄腕の探偵がいるということで、僕は藁をも掴む思いでこの場所に訪れたのだったが――はっきり言ってとんだパチモンだという所が現段階での感想である。
 神奈川一乃。
 聞いた話によれば僕と同じ三年生らしく、だが殆ど学校には通っていないという――そこだけを切り取れば完全なる不登校児であるのだが、どうやら個人で事務所を持って生きていけるだけの生計は立てられているようである。
 それならもう高校にいる必要なんかねえだろという気がしないでもないが。
「大体僕から言わせれば高校生の君では十数万を支払うことすら無理な気がしてならないのだけれどね、悪いが探偵は慈善活動ではないんだ、勘違いして貰っては困る」
 そう言うと彼女は暗緑色の箱から煙草を一本取り出し、火を付ける。
「え? お前高校生なのに何やってんだよ」
「え? ああ、少なからずそういう噂を聞きつけてやって来ていたのか君は――うん、まあ確かに僕は高校生であることに違いはないが、年は二十一なものでね」
「ああそうなのか、なら別に問題はな――って、は? 二十一?」
「ああそうだよ? えっと今は三留になるのかな、流石にそろそろ卒業の目処を立てないと退学させられてしまうから今年は真面目に通おうと思ってはいたのだけれど――」
 そこら辺のゴロツキやら引き篭もりでさえ大体一年経たずして自主退学するというのに、三年近くもサボタージュをする高校生って……いや仕事をしてはいるのだから籍を置いているだけで実質退学しているようなものなのだろうが。
 ここまでアウトローに生きる高校生が現実にいるとは、凄い時代になったものである。
「まあ何にしても僕の事務所は『金さえあればどんな事件も必ず解決』がモットーでね、君は後者の部分のみを聞きつけて訪れたのだろうけど、必ず解決と言い張っているだけに生半可な金額では取り合わないようにしているんだ、キリがないからね」
「……確かにそれだけ聞けば実にもっともらしいことを言っているような気もするが、どんな事件も必ず解決っていうのも随分と胡散臭い文句だな……どちらかと言えば金が欲しいから必ずだなんて謳い文句をつけているって感じだ」
「その謳い文句に釣られてやって来たのは一体どこのどいつだと言いたくてならないのだけれど、あながちその視点は間違っていないよ、僕の理念を形成しているのはあのブラックジャックと古美門研介だからね、彼らは実に素晴らしい人間だ」
「どっちも思いっきりフィクションじゃねえか……」
 しかもブラックジャックは別に守銭奴という訳でもないだろ、手塚先生に謝れ。
「しかし実際お金は無いに越したことはないだろう? あればあるだけ良いモノでお金程その言葉が当てはまるものもない、無論貯めるだけでなく流用の仕方も考慮すべきだけどね」
「……愛はお金で買えないという言葉もあるけどな」
「実に馬鹿馬鹿しい格言だよあれは、愛ほど有限で劣化の早い物はないというのにそれを積極的欲しがる意味が分からない、まあ一種の麻薬のようなものなのだろう――大体愛は無料で購入可能じゃないか、そもそも金を払う価値すらないよ」
「…………さいですか」
 悍しく饒舌に辛辣な言葉を吐く女だな……案外学校にいない方がいいのかもしれない。
「おっと逸れてしまったね、話を戻すれけどどの道君に僕を雇うのは不可能だよ、調査を依頼してくる顧客は大体社長や資産家クラスの人間ばかりでね、軽く数千万単位は現ナマで払うような人間ばかりだ、当然、それだけの仕事はこなしているけれど」
「……そこまで言うなら、仮に迷宮入りした事件も解決してくれと言われれば犯人を見つけ出せるんだろうな? 流石に無理だろ、所詮お前の言う事はただの嘘っぱち――」

「いいや見つけ出せるね」

「…………は?」
 間髪入れずに放たれた自信に満ち溢れた言葉に、僕は思わず言葉を失う。
「出来るね、必ず出来る、ただし報酬金は数十億単位になるだろうけど」
「――いやいや、何を言い出すかと思えば……それは無理と言っているようなものだぜ」
「それは違うよ――――えーっと、君の名前はなんだっけ」
「……氷取沢昭ニ(ひとりざわあきじ)だが……」
「じゃあアッキー、それは違う」
 会ってまだ数分しか経ってないのに強烈に慣れ慣れしいなこいつ。
「違うって……どう考えてもその言い方は高額なお金で有耶無耶にしてるだけだろ」
「確かに、並の人間ではただのホラ吹きでしかないだろう、だが僕ほどの人間であれば必ず解決へと導ける、つまり逆を言えばそれだけの人間であっても巨額の報酬金がないと解決への糸口を見出だせないってことになるんだよ」
「…………」
 要するに調査費用諸々を含めると数十億単位は必要、という意味なのだろう、そう言われると未解決事件というのが何故未解決なのか分からないでもない気がしてきてしまうから、この女の説得力というのは恐ろしいものがある。
 とは言っても、現状何の根拠もないのだから信用出来ないのに変わりはないのだが。
「ま、そういうことだから、この話は無かったということで。なあに別に僕に頼まなくとも探せばいくらでも安価な探偵事務所はあるし、事件性があるというなら警察に相談すればいい話だ、まあ君がCEOにでもなった時には是非ともご贔屓にさせて頂きたいものだがね」
 そう飄々と、嫌味たっぷりな口振りで彼女は言うと、煙草を灰皿へと押し付ける。
「…………」
 拝金探偵……下調べはしたつもりではあったがまさかここまでとは。
 だが、この胡散臭さが結果的に彼女が腕利きの探偵であるという信憑性を高めてしまうのも、不本意ながら事実ではあった。
 金さえ積めばどんな手段を使ってでも真相を暴く、まさに法律スレスレどころか突破しているんじゃないかと言われるその捜査方法は探偵であるからこそ許されているともいえる。
 だからこそ、本来解決出来ない事件でさえも解決に導いてきた、らしいのだから。
 まあ、そうなると最早抜群の推理力というよりただの力技以外の何者でもないが。
「なんだい怖い顔して、そんな顔で僕を睨んでも興奮はすれど依頼を受けてやろうという気持ちにはならないよ、寧ろより頑なに依頼を拒否したくなってくるね」
 何を言っているんだこいつはと思ったが、下手に反応しても彼女の思う壺だと思い、僕は己を落ち着かせる為に深呼吸をすると、改めて彼女に目線を送る。
「ふうむ……随分と味気のない、覇気の無い目だと思っていたが、その睨むような感じで見つめる目つきは……中々どうして悪くないね、どうせなら日給一万円で朝昼晩の三回僕を睨むというバイトとして雇いたいぐらいだよ」
「何だその滅茶苦茶おいしいバイトは……」
 い、いや、しかし毎日朝昼晩毎回彼女の元に駆けつけて睨まないといけないというのは案外楽なように見えて楽ではない……か?
「因みに交通費は全額支給だ」
「それなら是非とも雇って下さ――じゃなくて!」
「じゃないのかい? 残念だな」
 何なんだこの女は……大真面目なのかふざけているだけなのか全く素性が見えてこない……いやというかただの変態なだけなのか。
「とにかく話を聞いてくれ、神名川一乃」
「ふう……君も中々懲りないね、何度も言っているじゃないか、依頼を受けて欲しいのであれば提示した金額以外で取り合うことはな――」

「僕とゲームをしないか」

 随分とグダグダにさせられてしまったが、僕は話を切る形でようやく本題を告げる。
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