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最終章 世界を救う12の方法

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 ある日とうとつに世界は変わった。


 メゼツたちはそれが精霊樹を切り倒したせいであることなど知る由もない。


 精霊樹は甲皇国とアルフヘイムで山分けされ、両国の関係は改善されつつあった。このまま何事も起こらなければ、世界は安定と平穏の時代を迎えたかもしれない。邪神が復活さえしなければ。


 封印の解かれた機械仕掛けの神は瞬く間に人間と亜人の住む街を制圧した。それは少数精鋭の獣神帝の勢力の比ではない。圧倒的な数の暴力が人間と亜人を襲った。
 甲皇国ミシュガルド派遣部隊全軍とアルフヘイムのミシュガルド調査部隊全軍。考えうる最大の戦力をもって雌雄を決したが、人類史上最大規模の軍隊はあえなく敗れた。
 なにしろ復活した邪神はかつてこの地を収めた古代ミシュガルド人が作り出したものなのである。甲皇国の科学技術は古代人の劣化コピーにすぎず、アルフヘイムの魔法体系は古代人の下位互換にすぎない。
 甲皇国の作り出した機械歩兵は邪神に寝返り、アルフヘイムの魔法は自らを撃った。


 草木生い茂る緑豊かなミシュガルド大陸は見る影もなく、鉄とコンクリートで固められた灰色一色の都市群に人影はない。
 集積回路のような形の路地。コンデンサーのような形の建物。ダイオードのような形の大型照明機材。高いところから見下ろすと町は大きな基盤のようで、まるで自分が巨大な機械の内部にいるような錯覚を覚える。
 あるいはそれは錯覚ではないのかもしれない。ミシュガルド自体が邪神を守る機械の要塞となったのだから。
 黒いフードをかぶった男はミシュガルドの中心にそびえる塔の上から邪神に語りかけた。
「機械は差別をしない。機械は嘘をつかない。機械は理不尽な暴力を振るわない。機械だけが真の平等を司ることができる」


「では、始めようか……第六回ゴーホーム作戦会議」
 気弱な男がくたびれた声で言う。銀白色の頭髪の上には呪われた証の天冠はもうない。
 小さなランタンの火を頼りに、3人は顔を寄せ合う。
 ひとりはSHWの富豪。もうひとりは腐森の巫女。そして気味の悪い鳥の頭蓋を模した仮面が暗闇に浮かび、しゃがれ声で話す。
「ハルドゥ・アンロームよ。まずは貴公が知っていることをすべて話すべきではないのか」
(ガチ勢……)
 ジャフ・マラー、ニフィル・ルル・ニフィー、ホロヴィズ。平時ならば絶対に実現しない豪華な顔ぶれだったが、ハルドゥにとっては気が重い。
「我々よりも発達した文明をもっていた古代ミシュガルド人さえ戦争を根絶させることは叶わなかった。そこでミシュガルド人は機械と魔法で人工の神を作り出した。機械の神はミシュガルド人の調停者となったが、その裁きはあまりに厳しすぎた。陸地を一夜で海に沈められたのを見て、ミシュガルド人は機械の神を邪神として樹齢千年をまっとうした精霊樹である千年樹の力で封印し、ミシュガルド大陸ごと海底深くに沈めた。
 邪神は千年樹に魔素を吸われ続け、このまま弱体化していくハズだった。
「ジャフ・マラー殿やホロヴィズ閣下ならばご存じですよね。亜骨大聖戦が起きた理由」
 魔素を吸って成長した千年樹の樹冠が黒い海の北の海面から突き出し、その所有を巡って甲皇国とアルフヘイムは争った。両国は千年樹の場所を秘匿し、船乗りたちが海に出ることを禁止。生活が成り立たなくなった商人や漁師たちは両国から脱出、東方大陸にSHWを樹立した。
 亜骨大聖戦の最終局面で禁断魔法が発動し、アルフヘイムの精霊樹は枯れ果て、多くの精霊が死滅。精霊の衰退は千年樹の弱体を招き、邪神は少しだけ自由を手に入れた。邪神の取り戻した力はわずかだったが、それだけでもミシュガルドを浮上させるには十分だ。
 あとは知っての通り、冒険者たちは誘蛾灯に群がる羽虫のようにミシュガルドに集まり、争い、再び禁断魔法は放たれた。
「貴様らアルフヘイムが禁断魔法を発動させたから、こんなことになったのだ」
 ホロヴィズになじられるニフィルをかばうように、メゼツが話に割り込む。
「俺たちだって千年樹を切り倒して最後の封印を解いちまった。犯人捜しはもういい。ミシュガルドから脱出する方法を考えようぜ」
「メゼツ君、すまない。私は娘の恩人に取り返しのつかないことを……」
 ハルドゥは沈痛な面持ちで頭を下げる。
「済んだことだ、気にすんな。人類皆争いをやめられず、邪神を復活させちまったっつう罪を背負っちまった。全員悪い!これでチャラにしようぜ。はい、この話は終わり!!」
 メゼツは強引に軌道修正し、話を本題に戻した。
「さて、生き残りが集められている収容所の襲撃班を誰に任すかだが……」
「私たちエルカイダが引き受けよう」
 ランタンで照らすと黒光りする甲冑から燃えるような目がのぞいている。
「黒騎士! 任せていいのか」
「強大な敵に歯向かうのは慣れている!」
「敵だとうざかったけど、味方だと頼りになるな」
「ちょおっと待ったあー」
 すんなりと決まりそうだったが子供の声がちゃちゃを入れる。
「フリオ、遊ぶんなら静かにやっててくれ」
 フリオと呼ばれた赤毛の少年は駄々をこね始めた。
「ここの地下道に住まわせてやってるのに、リーダー抜きで話を進めて。襲撃は絶対リーダーも参加するぞ」
 すっかり地下道の所有者きどりだが、多くの人を地下道に避難させた功績はこのフリオ少年によるところが大きい。
「リーダーよぉ、ごっこ遊びじゃなくてマジもんの地下組織なんだぜ。子供にゃ危険……」
 ジャフ・マラーが黙って首を振っている。
 それを見たメゼツは思い出したようにフリオを諭した。
「そーだよなー、リーダーにこんな危険なことは頼めねえよなー。危険な前線で収容所の民間人を丸腰で誘導するなんて。地下道を知り尽くしているリーダーならばと思ったんだけどなー」
「オレ、誘導班やるよ」
 フリオは満足して笑っている。メゼツもだんだんフリオの扱い方がうまくなっていた。
「私も誘導班に参加しよう」
 ジャフ・マラーが保護者役に名乗り出る。
「SHWへの亡命を支援してきたあんたなら適任じゃの」
 ホロヴィズも太鼓判を押した。
「あとは放送局襲撃班だな」
 メゼツはランタンをかざして人材を探す。小ぎれいな格好の黒髪の少女が照らし出される。
 いつもならば口をついて出る厨二ワードが出てこない。
「えっ、私ー。私ホントはミシュガルド七英雄でもなんでもなくて、戦闘経験なんてないし……」
 シャルロットらしからぬ落ち着いた口調だ。ことが大きくなってすっかり萎縮していた。
「んなこたぁ知ってる。お前にしかできねぇ仕事があるだろ」
「誰にものを言ってるのかしら」
 少しずつだがシャルロットはいつもの調子を取り戻す。
「班分けは決まったが、問題はどうやって海を渡って本国に帰るかじゃな」
 ホロヴィズの問いに、沈黙を続けていたベリーショートの少女が答えた。
「あるよ、とっておきの方法が」
「ハナバ、まさか妖の里のこと言う気じゃ。ビャクグンも止めてくれ」
 褐色肌の少年が立ち上がったハナバを止めようと、青い長髪の青年のほうを見る。
「エンジ、ハナバの好きなようにさせてあげてください。乙家と丙家の関係は改善されつつあります。妖の里の役目も終わるときが来たのでしょう」
 丙家監視部隊のふたりの意志をくみ取って、ハナバは妖の里について包み隠さずしゃべった。妖の里は移動する村である。ミシュガルルドに渡った全員を収容できるキャパシティがあり、集合場所としてもうってつけだ。
「妖の里は邪神に所在をつかまれぬように、以下地下鉄道と呼称することにしよう」
 

「あなたたちはあらゆる苦しみから解放されました。もはや何も悩むことはない、何も考えることはない。勉強せず、働かず、ただ|魔素《マナ》を蓄積するだけで良いのです。刈り取られるその日まで、刈り取られるその日まで」
 啓蒙用のスピーカーが今日も同じ言葉を繰り返す。その声は人工音声ながら、抑揚があってなめらかで、不思議なやすらぎのある声だった。
 朝から洗脳放送で目覚めさせられた白地の囚人服の人々は、目覚めぬ目のまま共同食堂へと移動する。いつも通りの席に座り、いつも通りの粗食を、いつも通りの時間まで食べ続けた。人の群れは寸分の狂いもなく次の工程にそって行動する。ベルトコンベアの上に載せられ、流れに逆らって歩かされる。誰も文句も言わないし、なんでこんなことをさせられているのか考えるものもいない。
 考えてはいけない。エルフの少女、フィロメナ・ヒルファーディングは無心になるようにただ前の人の背中だけを見て歩いていたが、不安と希望が浮かんでは消えていく。
 今朝起きた時も夢じゃなかったと絶望した。ミシュガルドに来てすぐに奴隷商人に捕まり、何事もなく解放されると今度は訳も分からないまま機械兵に塀の中へ放り込まれた。この塀の中に閉じ込められてどれくらいたったろう。塀の外はいったいどうなってるんだろう。朝ごはん今日も同じ献立だった。エビフライが食べたいなあ。
 突如ラインが止まり、不安をあおるような赤いランプが点灯し、警告メッセージが鳴り響く。
「思考レベル検出、思考レベル検出。思考犯罪が発生しました。警衛兵はすみやかに犯罪者を処分せよ」
「キルキルキルキル」
 不快な音をたてながらキルと呼ばれる機械兵がフィロメナの周りを取り囲み、剣を構える。十字型の溝を動く一つ目がフィロメナに一斉に向く。助けを求めるように他の人々を見ると、目は合っているのに誰も何もしない。同族のエルフですら、なんの感情もない目でただ見ている。
 キルたちの輪がせばまり、その中心でへたり込んでいるフィロメナに向けて剣が一斉に振り下ろされた。
 それを防いだのは、一振りの薙刀。薙刀でくるりと弧を描いてうち払い、キルを寄せ付けない。銀ねず色の髪が薙刀を振るたび揺れている。フィロメナは驚いた。薙刀を振るっているのは年端もいかない女の子だったから。
「立つのである」
 フィロメナは思わず立ち上がった。
「武器を手にするのである」
 フィロメナは言われるままに杖を手にする。
「あなたを救うために、あなたの力がいるのである」
 フィロメナは自分がどうしたいか考える。ここから出たい! ここから出るんだ!!
 薙刀の少女の手をぎゅっと握る。少女はフィロメナの手を握り返し、手を引いて走る。
 目指す先、地下道へのマンホールを守っているケーゴが叫ぶ。
「ねーちゃん、こっちだ!」
「おねーさんの名前教えて」
 フィロメナは自分を助けてくれた人のことを何も知らずについて来てしまった。今更のように名前を聞く。
「ハレリア、ハレリア・アンローム」
 一点の曇りもない目でハレリアは答えた。


 収容所の人々を誘導班が案内するがその数はあまりにも少ない。人々の目には抗う力はなく、自身の運命を受け入れてしまっているかのようだ。権力者が人間から機械に変わっただけと達観している。
「私たちと共にミシュガルドから逃げましょう。本国へ帰りましょう」
 誘導班のミルミルは懸命に説得するが、耳を傾ける者すらまばらだった。
 下半身が車輪にカスタマイズされたタイプのキル100体が|槍衾《やりぶすま》を形成し、突進する。
 ミルミルならばこのくらいの敵は魔法で殲滅可能だった。しかし逃げる気のない収容所の人々をすべて守り切ることは難しい。決断を迫られるミルミルの前に待ち望んだ助っ人が現れた。
「あっ、あなたは!!」
「ようやく合流できましたな」
 ヤーヒム・モツェピの顔をミルミルは信じられないといった様子で注視している。
 ゲル・グリップはまず今まで仕打ちを謝ろうと思ったが、口に出してみると憎まれ口に変わっていた。
「貴様は指揮官としては優秀かもしれないが、いまさらひとり増えたところで状況は好転しない」
「もうひとりではない! 全員説得するのは骨が折れたが」
 ヤーヒムが手を上げると、塀を乗り越えてかつての部下たちがはせ参じた。
 キルの群れに向けて手を下ろすと、統率の取れた動きで散兵線を形成し人々の盾となる。
「疑ってて悪かったぜ、隊長!」
「もっと早くアンタの言葉を信じてたらこんなことには……」
「ウホッ、ウホホ」
 ヤーヒムの部下たちほど素直に謝れないゲルには、これがせいいっぱいの言葉だった。
「よく生きていてくれた」
「あの男のきまぐれに救われたのさ」
 ヤーヒムは生き生きと戦う黒い鎧の男をちらりと見た。
「もうこれ以上もたんぞ。助けられる者だけ助けて撤収してくれ」
 襲撃班の黒騎士はエルカイダを率い、攪乱、陽動、護衛までこなしていて限界が迫っていた。
 黒騎士の雷魔法はキルに効果抜群だったが、無限に湧き出るキルを相手にしていてはキリがない。
「そんなこと言ってダッピーは欲しがりさんだなあ」
 コツボは黒騎士が何か面白いことをするんじゃないかと期待している。
「からのー」
 エルカイダのメンバーが黒騎士を焚き付ける。
「いや、これネタふりとかギャグでやってるんじゃないから。ホントに限界なんだってー」
「黒騎士がんばれ! できるできるやればできる、黒騎士はできる子!!」
 無謀な戦いを繰り広げていた黒騎士たちを仲間の言葉が救った。
「この放送を聞くすべての民衆に告ぐ。我々フローリアの姫騎士が本放送をジャックした」
 シャルロットの声が収容所のあちこちのスピーカーから聞こえてくる。どうやら放送局襲撃班は成功したようだ。
「シャル、姫騎士じゃないし、襲撃には参加してないじゃん」
 放送局の高性能マイクが従者のルーのツッコミまで拾う。
 シャルロットは問う。皆が同じになるのが平等なのかと。一生飼い殺されることが本当に平等なことなのかと。全員が不幸になれば、それで平等なのかと。ゴールは人それぞれなのに。
「平等というのは互いの違いを認め合うことです」
 レドフィンの吐く炎が反撃の口火を切った。
 黒騎士は大剣を叩きつけ、血路を開く。
「人間も亜人も」
 ゲル・グリップはいうことのきかない義手を外し、片腕でその道を死守する。
 ロー・ブラッドは血液を固めた矛を振るい追撃を断ち切る。
「エンジェルエルフもダークエルフも」
 ソフィアが四情分身で暴れまわる。
 ケイ・キーが先行し、投げナイフで露払いする。
「白いウサギも黒いウサギも」
 病み上がりながら、セキーネがおとりとなる。
 ディオゴがキルを攪乱する。
「薔薇も百合も」
「ホモはちょっと……」
 ルーが口をはさむ。
「想像の翼を広げてみなさい。もし仮に世界中の男がホモカップルになったとしたら、残った女性はどうするかしら?」
「ハッ、すべての女性がレズカップルになる!」
 ルーは目からウロコが落ちる思いだった。
「つまり、ホモとレズは共存できる!!」
 わけのわからない着地点に落ち着いたシャルロットの演説だったが、あれほど無関心だった収容所の人々が足を止め耳を傾け始めている。
「さあ、ホモもレズもロリもショタもおっぱいもナイチチも触手もローパーも緊縛も、すべてが自由よ。自らの手でつかみ取りなさい! 欲望を吐き出しなさい!!」
 演説に応えるようにフィロメナが大声を張り上げた。
「エビフライぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃー!!!」
 それが呼び水になって、人々は今一番食べたいものを口々に叫ぶ。 
「タルパの煮つけ!!」
「カレーライス!」
「卵かけごはん!!」
「さといものにっころがし!!」
「ザワークラウト!!」
「ハチミツください」
「アルフヘイムのパン!!」
「闇パン!!」
「からあげ!!」
「大福!!」
 人々は自主的に動き始める。
「こんなところにいられるか。俺は本国に帰らせてもらうぜ」
「死ねない! 故郷には許嫁が待っているんだ」
 手に石を拾い、あるものは素手のまま邪魔するキルと格闘していた。
 人々の逃げるための戦いは大きなうねりとなって、キルの包囲網を突破する。
「作戦成功だ。みんな撤収するぞ」
 メゼツの号令をきっかけに、人々は誘導班に従ってマンホールから地下道へと整然と退避した。


 フリオの案内で地下通路を最短ルートで妖の里に到着。
 丙家監視部隊の面々がすぐに次の行動に移る。
「妖の里、始動!」
 ビャクグンの声に反応し、里全体が揺れる。
 森をなぎ倒しながら里は進む。里の通った跡は地面がえぐれ、土砂崩れのようだ。
 遠くの山がしだいに見えなくなり、波の音が近づいてくる。
 小さくなっていくミシュガルド大陸を見ながら、ホロヴィズがため息まじりにつぶやいた。
「結局、何も手に入れられなかったのお。ミシュガルドの支配も、千年樹も」
「そうでもないぜ」
 メゼツに言われ、ホロヴィズは振り返る。
 里の中で妖と人の子供が遊んでいた。
 セキーネとディオゴが談笑している。
 ケイ・キーとシュルツ姉妹が逃した宝の話で盛り上がっていた。
「差別のない世界、それっぽっちじゃ」
「70年争っても手に入んなかったお宝だぜ」


(この後いっぱいエビフライ食べた)
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新野辺のべる 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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