メゼツは言わないことにした。言えば、うんちは絶対についてくるだろう。ゼトセやセレブハートも参加すると言い出しかねない。どこにたどり着くかわからないのに、大勢で行くのは危険だ。メゼツひとりならばテレポートで戻って来れる。
さて急がなくてはならない。メゼツは大交易所大手門前にむかって駆けていく。
何せ、ようミシュの人がいるのは午前九時から午後五時までの間だけだ。それ以外の時間何しているか、誰も知らない。
ゴフンを祭る聖堂の時を告げる鐘が鳴り始める。白いハトの群れが一斉に夕闇の空へ飛び立つ。
五つ鐘が鳴り終われば、五時ちょうどになる。
「ようこそミシュガルドへ!!」
二つめの鐘と三つめの鐘の隙間を埋めるように、エルフの娘が元気に挨拶する。
鐘はまだ鳴っていた、反響で四つめだか五つ目だか分からないが。
メゼツは全速力で助走し、声のするほうに飛びつく。
五つ目の鐘が鳴りやむと大手門の前に静寂だけがあった。
メゼツの姿もエルフ娘の姿もどこにも見当たらない。
暗闇の空に溶けた金属が渦巻いている。
水平線のむこうでは滝の映像を逆回しにしたように下から上に向かって水が落ちていく。岩肌からは木々の代わりにクリスタルの結晶が析出している。
「ここはどこだ?」
誰に言うともなく漏れたメゼツの不安な声に返事が返ってくる。
「ようこそミシュガルドへ」
エルフ娘は無表情でここもミシュガルドであると言うが、まったく理解できない。
言い知れぬ嫌悪感と禍々しい気配を感じる。
ここに居てはいけないと直感し、メゼツはテレポートのために意識を集中した。
まだ慣れたとは言えないけれど、こんな得体の知れないところよりも帰りたいあの場所へ。
甲皇国式のレンガ作りの街並みとアルフヘイム式の木造家屋、SHWの商人たちの露店は冒険者で賑わう大交易所。隣にはにうんちがいて、セレブハートはあいかわらずのんだくれてて、チャイが世話焼いて、ミーリスはお小言を言って、フラーは懲りずにナンパして、ゼトセとチギリが力比べしている、そんな。そんな日常。
ウンチダスの体は強く輝き、光線となって昇天する。光線は分厚い天井の岩盤にぶち当たり、鋭角に折れて地面に激突した。
背中から落ちて、したたかに体を打つ。メゼツが体を起こして見ると、そこに懐かしいものは何一つなかった。不毛な岩肌と茫漠な大地。
テレポートは失敗した。
「魔法や特殊な能力であっても、この場所から出ることはできない。ここは因果地平のはて、ミシュガルドの裏側」
エルフ娘の声ではない。機械的ではあるがどこか懐かしい声。
「ミシュガルドの裏側!?」
メゼツは意味深なことを言う声の主を見た。
黒いフードを頭から被っていて顔は見えないが、黒いローブには歯車を表す三重円。機械教の信者で間違いないだろう。
「丙家の小僧がうっかり迷い込んできたのか、まさか謎を解いてここにたどり着いたとは思えぬが」
黒いローブの男はウンチダスのどこを見て丙家の人間であると思ったのだろう。メゼツがウンチダスに憑依していることを知っている者を思い出していくと、メゼツをこんな体にした張本人に突き当たった。
「どこかで聞いた声だと思ってたんだ。あんた。俺をウンチダスにした霊媒師、|鉄《くろがね》のアルトゥールだろ」
「フハハハハハ、ご名答。少しは知恵がついたようだな」
アルトゥールがフードをゆっくりと脱ぐ。不気味な仮面に覆われた顔と抑揚のない笑い声。どういう感情で笑っているのやら。
「癪だが君には十分な資格があるようだ。ついて来たまえ」
アルトゥールは要件だけ告げると早足で先導する。
地面の岩肌はゆっくりと伸び縮みして、隆起したり断層を作り出している。アルトゥールの足跡から少しでも外れようものなら、大きく口を開けたクレバスに飲み込まれてしまいそうだ。
道案内がなければたどり着くことはできなかっただろう。
巨大な機械仕掛けの石像の前でアルトゥールは止まり、ひれ伏した。
「これぞ古代ミシュガルド文明の英知の結晶、機械神ダヴ。美しかろう。機械神復活の暁には差別のない平等な世界が創出されるのだ」
「あんただったのか。邪神を蘇らせるために回りくどいことをしてたのは!」
先手必勝、メゼツは黒幕と判明したアルトゥールに蹴りを放つ。だが悲しいかな、ウンチダスの体では非力。アルトゥールの義手で振り払われる。
「無意味なことはやめよ。機械神の復活はもはや時間の問題。万一私を倒したとて、復活を止められはしない」
自分一人ではどうすることもできないのだろうか。仲間たちに相談するべきだったのかも知れない。
それでもメゼツはあきらめず、アルトゥールへ向かっていった。
「メゼツさんがいないんです!!」
大交易所のミーリスの酒場は日が落ちたばかりだというのに盛況で、うんちが大声を出さなければ隣で飲んだくれているセレブハートには届かない。
「心配しすぎなんだよ。新しい酒場を開拓してるんだろ」
酒場の喧騒があろうがなかろうが、泥酔しているセレブハートの耳には届かない。
稼ぎもないのに酒場にいるような連中に話すこと自体無意味であると諦めて、うんちは店を出た。
馴染みのミーリスの酒場以外でメゼツが立ち寄りそうなところは分からない。
もしかしたらテレポートで甲皇国本土に帰ってしまったのではないだろうか。そこまで考えて思い直す。そんなことはありえない。最愛の妹メルタをミシュガルドに残して帰るわけがなかった。
これで次に行く場所は決まった。メルタは現在隠居した父ホロヴィズとともに大交易所の別荘に住んでいる。うんちは路地裏を抜けクノッヘン通りをゆく。
赤いレンガの高級住宅地が立ち並び、メゼツが丙家の御曹司であることを改めて思い知る。本来であれば身分が違いすぎて出会うことさえなかったはずだ。自分なんかが丙家の御曹司の隣にいていいのだろうか、出過ぎたまねをしているんじゃないのか。
足取りは重くなる。
ひと目顔を見るだけでいい。
うんちは決心して別荘の門の前に立っている守衛の男に声をかけた。
「メゼツさんはご在宅でしょうか?」
守衛はふてぶてしい態度で犬でも追い払うように警棒振りかざす。
「ばっちい、近寄るな。例え御曹司が帰っていても、お前のような汚物に会わせるものか」
うんちの控えめな要求はけんもほろろに断られたが、代わりに重要な証言を得られた。
守衛の口ぶりではメゼツはここにもいないということが言えそうだ。
妹のところにもいないとなるとよほどのことに違いない。胸騒ぎがする。
気ばかりが焦っているが、それ以上のことは何も分からなかった。
失意のどん底でどこをどう歩いたのか、大交易所の波止場にたどり着いてうんちは途方に暮れていた。
海にはぽつりぽつりと頼りない光が灯り始める。空にはまだ星はなく、水面に星影が反射しているわけではない。波の音をかき消すように汽笛が聞こえてきて、小さな光が|漁火《いさりび》であることを知る。
海には落ち込んでいる人間を引き寄せる魔力でもあるのだろうか、ふと海から目を離すと、夜の海に不似合いな薄着のハーフエルフ娘も同じ海を見ていた。
どこかほっておけない三白眼の娘に、うんちは声をかけた。
「君も何か悩みがあるの?」
ハーフエルフ娘は急に話しかけられたことに驚いて、無言でうなづくだけだった。
おせっかいだっただろうか。自分の悩みも解決できないのに他人の悩みを聞くなんて。
「も、もしかして私に話しかけてます……? ごごごごめんなさい。む、無視してたわけじゃないです」
娘はそう言うがさすがに初対面の者に易々と悩みを打ち明けてはくれなかった。
「私はうんちという者だ、悩みがあってね。今まで外見と臭いで嫌われてきたけど、最近初めて友達ができたんだ。でもその友達が何も言わずいなくなってしまって」
ハーフエルフならば似たような差別にあってきたのかも知れない。うんちの言葉の何かが少女の琴線に触れた。ためていた涙がこぼれ落ちるように、少女の閉ざされていた心から言葉があふれ出す。
「わかるよ。私もハーフなせいでなかなか友達ができなかったから。あなたはそのお友達のことを本当に大事に思っているんだね」
「はい。メゼツさんと言いまして、あなたのように愛嬌のある三白眼をしています。白い顔から足が生えているような2頭身の謎生物、どこかで見ませんでしたか!?」
「ごめんなさい、見たことないです。そんな特徴のあるウンチダスみたいな人は」
「いや、いいんだ。話を聞いてもらえただけでだいぶ楽になったよ。君も話せるところまででいいから悩みを打ち明けてみないかい」
表情がかすかにこわばるが、少女は決心して話し始めた。
「私、ナツ・ナチュアって言います。ナナって呼んでください。エルフの子たちはみんな魔法を使えるのに私は失敗ばっかで輪に入れなくて……きっとハーフエルフだからだ、半端ものだからだ。きっと精霊さんにも嫌われてるんだよ!」
ナナは痛みに耐えるように目をぎゅっとつぶった。
「精霊はいたずら好きと聞いたことがあります。君は精霊に嫌われてなんていない。好かれているからいたずらで魔法が失敗しちゃうんじゃないかな」
ナナは耳を両手でふさぎ顔を振る。
「そんなはずない、そんなはずない! 好かれているなら魔法を失敗させられたりしないよ!! よく知らないくせに適当なこと言わないで!!!」
ナナはよほど自分に自信がないのだろう。うんちも自分に価値を見出せず自暴自棄になったことがあるから気持ちは痛いほど分かる。
メゼツの強引な説得によってうんちは開き直ることができるようになった。かつてのメゼツのようにうんちはナナを力づけることができるだろうか。
できない。うんちはメゼツではないのだから。
だけど。メゼツになれなくてもうんちとして力になりたい。
「そうだね。私はまだ君のことをよく知らない。だから君の魔法を見せてほしいんだ。失せもの探しの魔法にしよう。私の捜し人を見つけて欲しい。魔法が成功したら二人の悩みがいっぺんに解決するよ」
うんちは多少強引にまくしたてるように提案した。
「無理だよー」
ナナは初め拒んではいた。それでも魔法を見せなければうんちが納得しないと分かると、しぶしぶ詠唱を始める。
通常失せもの探しの魔法の効果は失くしたものが手元に戻ってくるというものだ。それは行方不明の人間にも同様で、強制的に術者の前に召喚される。あの世や強い精霊のテリトリーなど世界から隔絶した場所でもない限りは。
ナナのサイドテールに結った髪が潮風になびく。
「仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の頸の五色の玉、燕の子安貝。取りがたきものよ、わが手に還れ」
詠唱を終えたナナの周りに精霊たちが集まりささやきかける。
「わしじゃよ」
大いなる森の妖精に遅れはとらぬとうんこの精霊もしゃしゃり出る。花の精霊おっさんは愚痴を漏らしながらも手伝ってくれていた。
新緑のような髪から花と実のついた二本の枝を生やした精霊は、むくれっ面をしていたが最後には力を出してくれた。
様々な精霊が一堂に会し、ナツに力を貸しているようだ。
しかしメゼツが召喚されることはなく「こんなものだよ」とナナは落胆する。
「待ってください。あれを見て!」
ナナの手のひらから照射された光が暗い海をスポットライトのように照らし出す。
丸く切り取られた海面に岩肌に囲まれた暗闇の世界が浮かび上がった。溶けた金属に照らし出されメゼツと対峙するアルトゥールの姿が映っている。
白いウンチダスの体は赤黒い傷跡や青あざで汚れ、メゼツが消耗しているのが見て取れた。それでも向かってくるメゼツにうんざりして、アルトゥールは激しく痛罵する。
「無駄だ。貴様一人では私一人にさえ勝てぬ。テレポートで仲間を呼びに戻ることもできず、ここで機械神の復活を指をくわえて見ているがいい。私は貴様のようなボンボンが大嫌いだ。自分の実力を過信しているようだから、ウンチダスに変えてやった。強化された体もご自慢の大剣もなく、マン・ボウ以下になった気分はどうかね?」
「おかげ様で頼るべき仲間がいっぱいできたぜ!」
なおメゼツの意気は衰えず、アルトゥールを苛立たせた。
「何が仲間か。名門丙家に産まれて人が寄って来るだけだ。戦中もシンパのような部下に守られていたと丙武は言っていたぞ。肉体強化も大剣も仲間さえも、丙家党首ホロヴィズの子として産まれなければ得られなかった。貴様は運が良かっただけだ!!」
憎しみを込められた義手と悪罵が浴びせられる。メゼツはついにひざを屈す。
アルトゥールは肩で息をしながら、汗で蒸れた仮面を外した。
「見よ。醜くかろう」
アルトゥールの顔は人間のそれとだいぶ違っていた。なにがしかの亜人だとしてもどの動物にも似ていない。しいてあげるならば打ち揚げられたマン・ボウのようだった。
「醜いのは心のほうだ」
「知った風な口を聞くな! 私はこの顔のせいで産まれながらに差別を受けてきた。もし両親からの遺伝だったならば、私は親を恨むこともできただろう。だが私の両親ともに人間の顔だ。私は親の顔を見ながら、大人になれば人間の顔になるのではないかと淡い期待をしていた。そうはならなかった。私だけが誰とも違っている。私は人間たちの迫害に耐えかねてアルフヘイムへと亡命した。そこに待ち受けていたのは新たな差別だ。私と同じ顔のものは亜人種にもいなかった。私だけが誰とも違っている。貴様になど分かるものか、恵まれた者に私の痛み苦しみが」
「確かに俺はボンボンであまちゃんかも知れねえ。会うやつ会うやつみんないい連中ばかりで、運も良かったと思う。でもよー、俺は知ってるぜ。ひどい見た目と臭いのせいで産まれながらに差別を受け、いっときはヤケになっても人を信じることを止めなかったスゲー奴もいるってことを」
海面に映るメゼツの言葉がうれしくてうんちは言葉をつまらせる。
「メゼツさん……」
「うんち!? いるのか!?」
メゼツはすっとんきょうな声をあげ、聞こえてきたほうを振り返る。暗闇が切り取られそこから光が差し込んでいた。メゼツは引き寄せられるように光の円に近づき覗き込むと、うんちとナナが映っていた。
うんちは暗く冷たい海の中に踏み込み、引き合うようにメゼツの映った海面に触れる。
姿は見える。声も聞こえるが、メゼツのところへ行くことはできない。
「やっぱり失敗だったんだ」
しょげるナナにうんちは礼を述べた。
「失敗なんかじゃない。私が行ったところで敵は倒せません。でも、ここからメゼツさんに助言をすることはできる。大成功ですよ、ありがとう!」
うんちはすぐさまアドバイスを進言する。
「アルトゥールは私やナナさんと同じです。本当は誰かに救って欲しいんです。メゼツさんなら説得できます」
「説得ぅー!? 俺にできるのか?」
困惑するメゼツだったが、さらに驚くことが起こった。うんちとナナの後ろから見覚えのある仮面の男が映りこんできたからだ。
「これメゼツ、丙家次期党首たるものが人の心もつかめずしてなんとするか!! ワシの手本をよく見ておけ」
尊大に割り込んできた場違いな仮面の男は、メゼツも良く知る人物だった。
「!!」
「親父!?」
「ホロヴィズ将軍!」
ホロヴィズが何を語るのか。みな注目していたが、最初に口をついて出たのはいいわけだった。
「まったく世話焼かせおって。うんちを追い払ったのは守衛がやったことなのに、ワシがメルタに怒られたんじゃよ。メルタに言われたから協力してやるだけじゃぞ」
アルトゥールだけはホロヴィズに対してまったく動じていない。
「将軍には汚れ仕事専門の側近として拾っていただいた御恩はあるが、私が仕えるのは機械神だけだ。この世界は私を愛してはくれなかった! だからこの世界を殺そうと思った!! 貴様らに平等な死を!!!」
「怖かったんじゃな。わしもそうじゃったからわかる」
「? 何を言ってる。怖くなどない!」
言葉では伝わらないと思ったホロヴィズは羽飾りのついたローブを脱ぎ捨て、アルトゥールに見えるように鳥の髑髏面を外した。仮面の下から現れたのはもう一枚の仮面だった。|硝子《ガラス》でできた仮面で、鳥の胎児のような顔が透けて見えた。体には抜け落ちた羽毛がまばらで、腕には退化した小さな翼がある。一目瞭然、ホロヴィズは鳥の亜人だった。
「この|硝子《ガラス》面だけは外れない。わしは子供のころに着けられてから一度も外すことはできなかった」
ホロヴィズは|硝子《ガラス》面と自分にまつわる昔話を始めた。
幼少期、ホロヴィズは体が徐々に腐っていく不治の病にかかった。亜人の使う回復魔法ならば治る可能性があったが、丙家は亜人を憎む家柄であったためできない。代わりに父は大金をつぎ込んで怪しげなアイテムを見つけてきた。獣変の|硝子《ガラス》面、つければ自然治癒力が向上するというふれこみだ。父がホロヴィズにかぶせると顔の肉と一体化して外せなくなり、体は鳥の亜人へと変わっていった。せっかく不治の病が完治したのにホロヴィズは|硝子《ガラス》面を隠すために二重に仮面をかぶされ、離れの塔に幽閉される。父親は息子が亜人になってしまったことの発覚を恐れたのだ。幽閉され丙家の次期党首からも脱落したホロヴィズだったが、塔の中でならば行動できた。永遠とも思える監禁された時間の中で、塔に収められていた蔵書をむさぼり読んだ。そしてホロヴィズは真実を知る。
「甲皇国が人間だけの単一民族国家というのは建前じゃ。過去には亜人も暮らしていたが、その歴史は民族浄化とともに闇へと葬られた。だが甲国民は純血でなくわずかではあるが亜人の血が混じっていることが、まれに先祖返りして亜人の特徴を持つ子供が産まれてしまうという呪いとなった。それがお前なのだ、アルトゥールよ。そしてアイテムによって亜人の因子が表れたのがわしなのだ。次期党首を争っていた兄弟たちが相次いで怪死をとげ、わしは幽閉を解かれ一躍丙家党首となった。それでも心が休まることはない。わしは自分が亜人であることが露見することを怖れ、率先して亜人を憎んだ」
ホロヴィズの告白にもアルトゥールは共感できなかった。
「あなたと私は違う。私が迫害されていたときあなたは自分の正体をさらさなかった。息子を助けるためにいまさらそんなことを言われても手遅れだ。あなたの息子は殺す! 世界も殺す!!」
アルトゥールの機械的だった声には感情的な熱がこもっている。
「本当は誰かに救って欲しいんです」とうんちは言っていた。ならば。メゼツは声を上げた。
「世界はお前を愛さなかった言うが、誰かしら見てくれている人はいるもんだ。その人もろとも世界を殺すというのか」
「そんな人はいなかった!!!」
アルトゥールは言い切ったが、胸にあの日の記憶が去来する。今の今まで名前も忘れていたが、鍛冶屋のサラという女性だ。髪が長いと仕事のじゃまなのか肩に髪先があたるくらいの短髪で、いつも顔をまっ黒にして鉄を鍛えている。
サラだけは一切の差別をしない。アルトゥールを憐れむのでも同情するでもなく、自然に接してくれた。だがサラは義手を造り、アルトゥールが義手を買う。ただそれだけだ。売り手と買い手ただそれだけの関係。
ただそれだけのことがアルトゥールには宝物だった。サラのちょっとした気遣いがアルトゥールを救い、ミシュガルドを救った。
「どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろう。私にもいた。私にもいたんだ。ああ、ああ……」
アルトゥールが両手で顔を覆うと、枯れ果てていた涙の泉が湧き出した。
なんとこの世界のぜい弱なことだろう。ひとりの心次第で殺されも救われもするなんて。
邪神ダヴの復活は未然に防がれた。
メゼツは胸をなでおろし、画面に映る父ホロヴィズに目をやる。
「いいのかよ親父。俺も知らなかった秘密バラしちゃって」
「墓場まで持って行こうと思っていたんじゃが。お前を見ているとこんな小さなことでくよくよしてたのがアホらしくなってきてな」
(HAPPY END)