朝起きたら新聞とニュースを確認するというのは例の事件を目撃して以来、僕の日課になっていた。いや、日課というのはかっこよすぎる言い方かもしれない。もはや当初の目的は意識の中になく、寝ぼけた頭を起こすために、表面をなぞるだけだったから。惰性という方が正しい習慣は、ある日突然、はじめの目的の通りに報われることになった。
その記事は地元新聞の事件欄にわりに大きく取り上げられていた。平和な学生街に突如起こった凄惨な事件。そんな見出しで書かれた記事は、確かに過激な内容だった。
最初の『ピース』を見つけたのは、犬の散歩をしていた老女だった。わがままな犬に引きずられるようにして入った雑木林。前日の雨で緩くなった地面の浅いところにそれはあった。はじめ、老女は打ち捨てられた赤い肉が人間の胴の一部だとはわからなかったそうだ。野生動物の死骸だろうと思って引き返すところで、肉に混じって、衣服の破かれたものが落ちているのを発見した。腰を抜かした老女はすぐさま警察に通報した。そして警察の捜索によって、一人の女性の体を八つにわけたものがすべて見つかった。
被害者の女性は近くに住むOLで、周囲の人間関係には火種となりそうなトラブルはなかった。女性の体内からは複数の男性の精液が検出され、殴られたような痕も無数に見受けられたことから、複数犯による強姦殺人と見て捜査が進んでいる。
事実だけをかいつまんで伝える記事を読んで、僕は一気に目が覚めた。事件が起こった場所はK大学の近く、僕の通う高校との中間点だった。
彼らに違いない。以前目撃した路地裏の黒い影。卑劣な黒子たちを思い浮かべて、犯人に決定づけた。興奮した気持ちで新聞の記事を何度も繰り返し読んでいると、丁度ニュースでも当の事件について報道がされていた。バラエティ的な要素を取り入れたその報道番組では犯罪心理学だとかの専門家を呼んで、犯人像についてあれこれ言い合っている。
「あら、学校の近くじゃない、怖いわねぇ」
母さんが料理をしながら呟いた。
「そうだね」
頷いて、考えを巡らせる。
僕はきっと、この事件に関わる最初の目撃者なのだ。警察にこのことを打ち明けるべきだろうか。そうすれば、僕はこの凄惨な事件の重要参考人として、役割を持つことができる。事件が解決したアカツキには、町の功労者として賞賛されるかもしれない。
しかし淡い期待を冷静な思考が邪魔する。そういえば僕は警察に話すべき情報を持ち合わせていないのではないか。事件と同一犯のレイプ現場を目撃した、と言ったところで、証拠がないのでは相手にしてもらえないだろう。あのとき、携帯でムービーでも撮っておいたらよかったんだ。僕は後悔に歯噛みする。
過ぎたことを考えても仕方がない。僕はすぐに切り替えて、別のアプローチを探る。報道によると、犯人たちの目星はまだついていないそうだ。ならば、さらに犯行を重ねる可能性は高いだろう。犯人たちが学校の辺りを拠点にしているのだとすれば、その足跡をつかむことができるかもしれない。
いずれ、僕はこの街に潜む非道な彼らに出会うことができる。なんの根拠もなく、胸の中で確信が形作られる。そう思うのは多分、この事件が、僕の中に隠された本性と類似しているからだ。
****
「強姦殺人?」
サークル棟、いつもの部屋。僕が今朝の報道について話題を振ると、祐司さんはとぼけた返事をよこす。
「はい、なにか知ってることとかありませんか」
「いや別にねぇけど。というかそんな事件があったこと事体、今知ったわ」
祐司さんは興味なさげだ。
「結構近い場所で起きたんですよ」
携帯で事件の記事を検索して、手渡す。
「ほお、なるほど、近いな……死体がバラバラに、うへぇ」
祐司さんは苦々しい表情をするけれど、キャッチーな内容に心を惹かれたようで、液晶に見入っている。
「これで、死体の一部だけ見つからない、とかだったらミステリーの香りがするんだがな」
おもしろそうに笑う。
「僕は殺人の方よりもその前に興味がありますねぇ」
椅子を並べて巨体を横たえていた八郎さんが、むっくりと体を起こす。
「強姦の方か」
祐司さんは煙草をくわえた八郎さんにライターを投げ渡す。
「おっと、ありがとうございます。ええ、腹の中から精液が山ほど出てきたんでしょう。輪姦ってロマンありますよねぇ」
「あれって最初の一人目はいいけど、二人目以降は精液の海にモノを突っ込むようなもんだろう、俺はやりたくねぇな」
祐司さんは変に現実的なことを言う。
今日部屋に集まっているのは僕も含めたこの三人だけだ、気を使わなければいけない人もいないので、僕も下品な話に参加させてもらう。
「僕は複数で無理矢理っていうのも悪くないと思いますよ、セックスってシチュエーションとか雰囲気が重要じゃないですか」
「お、岬くんわかってるなぁ。私が漫画やDVDを貸してあげてるだけはあるよ。今日から君のことは弟子と呼んであげよう」
サークルに入り浸るようになってから、僕は八郎さんに18禁の本とかを貸してもらうようになった。はじめは押し付けられていたのだけど、八郎さんが貸してくれるオカズは、高校生では手に入れるのが難しい、過激なモノばかりで、最近ではすっかりお世話になっている。インターネットに性表現が氾濫する世の中になっても、実物の本だとかはまた趣があるものだ。
「光栄です、師匠」
八郎さんの肩に腕を回し、冗談で答える。打ち解けたものだ。
「ひくわー」
少数派にたたされた祐司さんは、こちらを寄せ付けないジェスチャーをする。
「わかってないなあ、祐司さんはセックスのなんたるかを全然わかってない」
八郎さんはしたり顔だ。
「まあ、僕は童貞ですけど」
僕は告白した。
「私は素人童貞ですけど」
八郎さんが続く。
「碌でもないやつらだ」
祐司さんは僕たちの異常性癖については匙を投げて、話題を巻き戻す。
「で、岬は何でこの事件について聞くんだ? 探偵ごっこでもするつもりか」
「そういうわけじゃないですけど」
僕は言い渋る。
すべて話してしまってもいいものだろうか。僕はこの件について、別に、負い目があるわけではない。そりゃあ事件現場を目にしながら警察に通報しなかったのは善良な市民としてあるまじきことかもしれないけれど、ただの通行人であった僕が被害者を助けなかったからといって責められる謂われもない。けれど、ありのままを話してしまうのは、僕が抱えている恥部をさらけだすような恥ずかしさと、ずっと机の奥にしまっておいた宝物を人に見せびらかしてしまうような心惜しさがあった。
しばらく逡巡して、結局、僕は話してしまうことにした。
「実は僕、見ちゃったんです、事件現場を」
「はっ!?」
祐司さんは聞いたこともないような大声を出した。八郎さんは目を見開いて口笛を鳴らす。
「は、おまえ、なにいってんの。刑事ドラマかよ、警察行け警察っ」
祐司さんは取り乱している。発言も要領を得ない。そこで僕は自分の伝達ミスに気が付いた。
「あっ、違います、殺人現場を見た訳じゃありません」
僕が訂正すると、祐司さんは大きく息をついた。
「びっくりさせんなよ」
やっと落ち着きを取り戻した祐司さんを見て、僕は順を追って説明していった。下校中に見た情事の現場、複数の男達、その会話。
話し終わると祐司さんは拍子抜けしたような顔をしている。
「なんだ、と言うことはお前、そいつらが殺人犯かどうかもわからないじゃないか。というかただ女を連れ込んで乱交してただけだろそれ」
祐司さんは僕の経験をさもつまらないものみたいに言うから、反骨心が湧いてくる。
「そうですか?僕はかなり怪しいと思うんですけど。よく伝わってないかもしれませんけど、かなり乱暴なやり方だったんですよ彼ら」
「でも、姿すらきちんと見えてなかったんだろ」
「それは、そうですけど」
それを言われると否定のしようもない。冷静に考えてみればあれだけの暗闇の中で勝手にレイプだと判断したのも軽率と言えば軽率だ。ただ単に僕がそう思いたかっただけなのかもしれない。疑問を持ち始めると歯止めが利かない。記憶の中の光景が段々輪郭を失っていって、自分は本当にあの場にいたのだろうかと確信が持てなくなってくる。時の流れは冷酷だ。事件に遭遇した当初は、恐ろしい経験をしたと、間違いなく思っていたはずなのに。
「いやでも興味深い話じゃないですか」
自信をなくした僕を見て、八郎さんがフォローを入れる。
「気になるのは妙な名前で呼び合っていたってところかなあ。岬くん、実際にはなんて呼び合ってたか覚えてるかい」
「はい、たしか、ティオとかフォンって……」
僕が言うと、二人はきょとんとして見つめ合った。
「どうしたんですか」
「どうしたんですかって、お前」祐司さんはまたも、なんでもないことのように言う。「ティオとフォンていったら『マジ☆トラ』の操作キャラクターだよ」
「知らなかったのかい、岬くん」
二人の言葉を聞いて、ゲームセンターに行ったときのことを思い出す。そういえばファンの交流ノートにそんなような名前が載っていたような気がする。迂闊だった、そんなに身近にヒントが転がっていたなんて。僕は背後から殴られたような気分だった。同時に、この二人に相談してよかったと思う。一人で考えていたら一生思い至らなかったかもしれない。
「てことは、やっぱり本名じゃなくてコードネームなんだろ」
さっきは探偵ごっこと言ってからかっていた祐司さんだけど、謎が解けて楽しくなってきたのか、真剣に考え込んでいる。
「問題はなんで、コードネームで呼び合ってるのかって事だな。どう思う八郎」
「それだけじゃあ確かなことは何も言えませんけどねえ……」話を振られた八郎さんも推理に参加してくれる。「本名で呼び合うのはリスクがあると考えたんでしょうかね。実際、岬くんが彼らの本名を聞き取っていたなら特定は容易になったわけですし。『マジ☆トラ』のキャラの名前を使ったのは……なんででしょう。元々そっち関係の知り合いだったんじゃないですか、彼らは」
「この辺で『マジ☆トラ』が置いてあるゲーセンっていくつある?」
「いつものところと、大通りを東にずっと行ったとこにもありましたねぇ。業務用スーパーの近くにもあったような気がしますが」
「そのあたりのプレイヤーが集まってやってるんじゃねぇか?」
祐司さんが得意そうな顔をする。対照的に八郎さんは慎重な態度だ。
「うーん、そこまで単純なものですかねぇ。『マジ☆トラ』は家庭用機でも発売してますから、ネット対戦がきっかけとかだったらお手上げですよ」
「家庭用機のネット対戦なんかで仲良くなるやつはそうそういないだろ。こういうゲームで仲間を作るやつってのは大抵ゲーセンに出向いてアーケードやってるんだよ」
「それは違いありませんね」
祐司さんの主張に八郎さんが折れる。祐司さんが指摘する点については僕も同意だった。一応の結論が出そうになったところで八郎さんは笑い出す。
「いやしかし、祐司さんの言うとおり『マジ☆トラ』のアーケードプレイヤーたちが犯人だとしたら世間のイメージ最悪ですね。ゲーセンから『マジ☆トラ』消えますよこれ」
「ははは、そういう意味じゃあ、犯人は野放しの方が俺たちとしちゃ好都合だな」祐司さんもつられて笑う。「『マジ☆トラ』どころか格闘ゲーム全体の危機だぜ。ただでさえユーザー少ないのに、世間で騒がれたらやばいよな。以前もあったろ、ほら、アニメの――」「祐司さんも実は結構オタクですよね――」
脱線した二人の話を遠くで聞きながらも僕は祐司さんが提示した推理にまだ疑問を持っていた。仮にゲームセンターに集うプレイヤー達が競合して犯罪グループをつくっているのだとしたら、彼らのよそよそしい会話の雰囲気の説明が付かない気がしたのだ。なにか、もっと別の、しっくりくる答えがありそうなのだが――
「まあとにかくさ」ひとしきり笑い終えた祐司さんが僕に語りかける。「岬が気になるってんならさっき挙げたゲーセンに今度張り込みでも行ってみようぜ。どうせサークルの活動としちゃ暇つぶしが内容なんだし。あからさまに挙動不審な奴とかいたらそいつが犯人かもしれないだろ?」
「いいんですか?僕に付き合わせちゃって。他の人にも聞いてみないと」
「いいさいいさ、他のところ回るルートにゲーセンも組み込めばいい話だ」
「それじゃあ、お願いします」
話はまとまった。
こんな一日二日で過去の事件について進展があるとは思わなかった。やはり一人でうだうだと考えているよりも、人と一緒に行動してしまった方がはやいのだな、と以前の自分からは想像も付かない教訓を得ている自分を、どこか不自然に思った。
「なんの話?」
僕らが盛り上がっていると部屋の扉が開いて翼さんが入ってきた。ここに顔を出すのは珍しい。
「今朝のニュースの話だよ」
祐司さんが答える。
「そういう言い方をするとなんだか社会派っぽいですね僕たち」
「実際は輪姦について熱く語っていたんですけどねぇ」
「なんだそりゃ」
翼さんは顔をしかめる。
「バラバラ強姦殺人事件」
祐司さんが言うと翼さんはやっと理解したようだった。
「ああ、あれですか。酷い事件ですよね。俺はああいうことができる連中のことが心底理解できませんよ」
翼さんは嫌悪感を顔で表現する。
「おお?いい子ちゃんぶりますねぇ」
いつものように八郎さんが煽る。強姦殺人に理解を示さないだけでいい子ちゃんと言われるのはさすがにハードルが低すぎる。
「お前の頭がおかしいんだよ」
翼さんは辛辣に返す。今日はあまり機嫌がよくないようだ。乱暴に椅子に座ると話題を転じた。
「あの、祐司さん」
「ん?」
「前に新入生の勧誘したじゃないですか」
「ああ、飲み会のな」
「それについてなんですが……」
「なんだよ?」
翼さんは八郎さんの方をちらりと見ていいづらそうに口ごもる。それでも沈黙に押されてやっと言葉にする。
「俺が誘った新入生、二人とも来られなくなりました」
「はあ!? なんでだよっ」
祐司さんは椅子から立ち上がる。八郎さんはくつくつと笑っている。
「その、二人とも用事ができたそうで」
「んだよ、わかった。日程調整してみるからそいつらの空いてる日教えろよ」
祐司さんの寛大な提案に、しかし翼さんはまだ顔色が悪い。
「その、しばらく、予定が合かないとかで、とにかく、来ないって事らしいです」
翼さんが言い切るか言い切らないかのところで、八郎さんは我慢できないと言った様子で堰を切ったように大声で笑う。
「あははは、くくっく、ぶははは」
机を叩いて、体を揺らす。僕は八郎さんの気がおかしくなってしまったのかと思った。
「おい、笑いごっちゃねぇぞこのやろう」
祐司さんが諫める。けれど、八郎さんは依然として笑いを残したまま翼さんをみる。
「いやあ、祐司さん、違うんですよ。別に女の子が来ないことに笑ってるんじゃなくてね、私は、くく、おもしろい真相に気が付いてしまいましてねぇ、ふふふ」
「あ?なんだよ」
含みを持たせた言い方に祐司さんが詰め寄る。
「ね、翼くぅん」
「な、なにがいいたいんだよ」
僕には訳が分からないけれど翼さんは自分が劣勢に立たされていると理解しているようで、引け腰だ。
「それじゃあ、皆さんに聞いてもらいましょうかね、名探偵飯田八郎の推理を」
八郎さんはさっきまでの僕たちの会話にひっかけて、恭しく幕を開く。
「思い出してみれば翼くんが勧誘してるのを見ているときからおかしいなあって思ってたんですよねぇ。ほら、前言ったじゃないですか、時間ぎりぎりになって女の子に頭下げてるのを目撃したって」
「ああ、そういやそんなこといってたか」
祐司さんは首を捻った。
「よくもまあ、ぎりぎり滑り込みでセーフになったなあってそのときは納得してましたけど、くく、今の話を聞いてわかりましたよ」
僕はもう八郎さんの言いたいことがなんとなく予想できたけれど、口には出さなかった。僕自身、それが事実ではない可能性も感じていた。だって、翼さんは三石くんとかほどかっこいいわけではないけれど、僕よりも容姿はマシだろうし、社交性も備えていると思っていたから。
「つまりね」八郎さんは核心に迫る。「翼くんは最初から女の子に約束を取り付けてはいなかったんですよ。飲み会には出なくていいから連絡先だけ教えてと頼み込んだってわけです。それで、今日になって、当初の算段通り彼女らが断ったというていを取り繕ってるわけですよ。たぶん連絡先自体は本物だと思いますがね、確認を取られたときにごまかせるようにわざわざ頭を下げたんでしょうから」
八郎さんが言い切ると祐司さんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。今まで黙って話を聞いていた翼さんはまだ余裕を持って対応しているように見えた。
「おいおい八郎、いくら俺のことが気に入らないからって、それはさすがに妄想が過ぎるんじゃないか。何の根拠もなしに人を貶めるのは感心しないな」
翼さんは大げさな身振りを示す。八郎さんはなおも意地悪そうに笑っている。息を吸うと、ゆっくり口を開いた。
「翼くん、君はいっつもそうだなあ。外面だけ必死に取り繕って周りの人間を欺けると思ってる。人に認められたいと思うならまずそれに見合った実力を付けなくちゃ駄目だよ」
部屋の全員の動きが固まって、不穏な空気が流れた。
「君の友達は気づかない振りをしてくれるだろうけど、ボロなんていつも丸出しなんだから君は。絵も下手くそ、スポーツもできない、頭も良くない、そんな人間がいったい誰に誉めてもらえるって言うんだい。勘違いしちゃいけないよ、そんなやつが自信満々に生きられる世界なんて間違ってるんだから」八郎さんは不敵な表情のまま、とどめとばかりに言い放った。「この際だからはっきり言わせてもらうけど、めちゃくちゃダサいよ、君」
話を聞いている間、翼さんは顔を伏せてぶるぶると震えていた。そして八郎さんの罵倒を聞き終えると、真っ赤に血が滾った顔を上げて反論する。
「よく言うよ、女一人連絡先もとってこれないやつがさ。大体なんだ、お前がいいたいのは人間は中身が大事だ、とかそういう話か。冗談じゃない、やめてくれよブサイクの嫉妬は。祐司さんも言ってただろう、まずお前は痩せてその汚らしい身なりをなんとかしろよ、不快なんだよ一緒にいる方としては。そういう最低限の努力もできない人間に中身がどうだとかいう話はされたくないね。お前が女にもてないのも世間に軽い扱いを受けるのも俺の責任じゃないんだから、やつあたりはやめてほしいね」
両者はお互いに言いたいことを言い切ると、憤怒を帯びた目でにらみ合った。部屋の中が一気に息苦しくなって、温度が上がったような錯覚を覚える。動きのないまま緊張感を保つ沈黙の中で祐司さんが口を開いた。
「さーて、お互い熱い告白をぶつけ合ってもらったところで、二十代しゃべり場、いったんCMに入りまーす…………」
冗談で和ませようという思惑は思い切りはずれ、最後にちいさくなった語尾が気まずさだけを残した。祐司さんがこちらを子犬のような目で見つめてくる。僕は黙って首を横に振った。こんなときだけ人に頼るんだからこの人は。
数秒の後、僕らの苦しみを察してか先に折れたのは八郎さんだった。
「まあ、今日のところの活動はこれでいいんじゃないですか、岬くんと祐司さんと楽しいお話もできたし」
そこに翼さんを含めないのは彼の皮肉なのだろう。八郎さんはのっそりと立ち上がると部屋をあとにした。閉まる扉の音が終戦の証だった。
しばらくして、
「すみません、俺も今日は失礼します。祐司さん、岬くんも、申し訳ない」
翼さんも去っていく。
部屋には祐司さんと僕だけが残される。周りを覆っていた空気が一気に弛緩するのを感じる。
「はあぁ、今日のところは解散にするかあ」祐司さんは盛大にため息を付いた。「これに懲りてサークルに顔出すのをやめるとかはなしだぞ岬、新歓もちゃんとやるから」
念押しする祐司さんに肯定の返事をして、僕らは別れた。