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育児雑感(2歳の娘と呪いについて) 6/27

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 4月のある日、娘が2歳になった。
 自分が子どもを生んで、その子が2歳になったなんて、今でもうまく信じられない。
 新生児の頃は泣くばかりで目も合わず、前触れもなく飲んだミルクを吐く娘を抱いてしょっちゅう途方に暮れていた。いつかこの子が立って歩いたり喋ったりするなんて本当に想像もつかなかった。とにかく赤ちゃんは理解不能の存在でなにをどうすればいいのかもわからないし、小さくてふにゃふにゃでちょっとしたことですぐに壊れてしまいそうで怖いから、さっさと3歳くらいになってくれればいいのにと思っていた。
 もちろん娘はさっさと3歳になることはなく、ちゃんと少しずつ大きくなって1歳になり、そして2歳になった。毎日けらけら笑いぴょんぴょん飛び跳ね、まだ舌ったらずな口調で単語を並べて喋る(ママだっこして、わんちゃんねんねしてるね、もっとごはんちょうだい)。嫌なことがあると泣いて怒るけど、すぐに機嫌を直してへへっと笑う。わたしのことが大好きで、隙さえあれば抱っこしてもらいたいと思っているし、怒られると悲しくてなんとか誤魔化そうとする。わたしと一緒にいるのが当たり前の生活で、それが前提でありかけがえのないものだと心底本気で思っている。そしてわたしもいつのまにか娘の前提を当然のように受け入れている。知らない人に話しかけられればぎゅっと服につかまってくるのを手で抱き止め、玄関のチャイムが鳴れば請われるままに抱っこをして来客に対応し、転んだ時に泣きながら膝にすがってくるのを抱きしめてなぐさめ、眠る時には寄り添って背中をとんとんとたたいてやり、道を歩く時にはあらゆる危機から彼女を守ろうと常に気を配る。母親であることはいつのまにか日常になっていた。けれどそれはわたしにとって絶対のものではない。なにげない瞬間に(例えば娘のお昼寝中に1人で過ごしているほんのわずかな時間にさえ)ふとその「母親としての自分」を覆う皮膚はぺろんとめくれ、「本当にわたしが毎日この子の世話をして、暑くも寒くないように考えて洋服を着せて、できるだけ栄養のバランスが取れるように考えつつ三食きちんと食べさせて、お風呂に入れてきれいに洗ってパジャマを着せて髪を乾かしてやって、眠るまで側で見ているんだな。嘘みたいだな」と我に返る。自分とは別の人格がやっていることのように全てが遠くなり、本当にこれからもそんなことが自分にできるんだろうか…と(不安というよりは疑問として)ぼんやりと考える。けれどお昼寝明けに目をこすり「うーん」とうなりながら伸びをして眼を覚ます娘を見るたびに、「そういえば自分にはこんなに素敵な生き物がいたんだな」とはっと思い出すような気持ちになる。そしてぼんやりと抱えていた疑問はさあっと霧散して、また娘の存在が前提の日常が容易に再開していく。
 本当にほとんどずっと、1歳になる少し前から週に1度預けているのを除けば四六時中一緒にいるのだ。それはどうしたって愛着形成しないではいられない。とくに娘は「生まれてこのかたずっと」なのだから、なおさら。

 ツイッターに、「呪いのようにかわいい」とつぶやいたことがある。本当に呪いだ。暑くないか、寒くないか、喉が乾いたりお腹が空いたりしていないか、ちゃんと栄養が取れているか、小さな歯に虫歯ができていないか、周りに危ないものはないか、ふと気を抜いた瞬間に危険な目に遭わないか、すれ違う人に危害を加えられたり連れて行かれたりしないか、近い将来のためにきちんといろんなしつけを教えられているか、そのことにとらわれすぎて気持ちを無理に押さえつけすぎていないか、叱るときと受け入れるときの態度に一貫性があるか、彼女の心の成長に必要なものを提供できているか、たくさんの呪縛が常に周りを取り巻き、少しでも叶えてやりたい、と思う。そんなに真面目でもマメな性格でもないのに、そうしなければ、してやりたい、と思ってしまう。そして大した人間性も根性も機転もないのですぐにつまずき落ち込み反省する。そんな呪い。
 本当は自分以外の人間なんてどうでもいいくらいの性格のくせに、かわいくてかわいくて、この子を少しでも守りたくて、心の方がどんどん無理をして曲がっていく。それは成長と呼べる曲がり方なのかもしれない。「わたし」が無理に膨らんで広がっていく。片付け続けては散らかり続ける部屋や無意味に1時間もかかる食事での徒労感を前に、日々の諦めと受容する力が鍛えられて、日常がどうにか支えられていく。
 代償はあまりにもまばゆい。娘への呪いだ。
 娘もまた呪いにかかっている。わたしを全面的に受容し愛するという呪いに。彼女はわたしに愛されることを求めずにはいられない。優しく撫でられ、抱きしめられ、なぐさめられ、励まされ、わたしこそが安心の源なのだと思い込んでいる。母性はそんなに万能でも完璧でもない。わたしという不完全で不安定で不寛容で高尚でもなければ視野の狭い個人に宿るなけなしのパワーにすぎない。それを拠り所に彼女は全力でわたしにもたれかかる。まるでそこが絶対に崩れない砦であるかのように。

 初夏の太陽がまぶしいある日、海辺で娘と散歩をした。ついさっきまで抱っこしていたのに、娘はまた抱っこをねだり泣きながら駆け寄ってくる。暑い中歩き続けてきてさすがに疲れて、コンクリートで舗装された通路に座り込んだ。娘も隣に並んで座り、はにかみながらわたしの膝にもたれかかってくる。その白い小さな横顔が強い日差しに晒されるのを見て、少し身をかがめて、自分の帽子の影で彼女の横顔を守った。娘は守られているのを知らない。それでいい。風はひんやりとここちよく、海辺には他に誰もいなかった。波が砂浜を洗い、ガラスのようにぬるりと光る。青い海が遠くで空に溶け込んでいる。呪いで撚られたこよりのようにわたしたちは寄り添いあっていた。束の間だからこそうつくしい日々をわたしは本当にきちんと受け取れているだろうか。こんな日々は続かなくていい。

 ずっといっしょに過ごした日々のことを彼女はなにも覚えずに大人になっていく。そうあってほしい。この美しい呪いはわたしがぜんぶ連れて行く。もしかしたらわたしは彼女によいものを与えられないかもしれない。個人として不完全で未熟すぎるから。それでも出来る限り彼女の負担にはなりたくない。たぶんそれがわたしの精一杯だという気がする。この呪いをあなたと共有しないことが。

 早く大きくなってほしい、そう思っていたはずの2年間はやっぱり幸せだったのだ。これだけの強さでわたし自身をねじ曲げてもらえたこと。人が成長して行くうつくしさを側で見続けていられることにはそれだけの強さと価値があった。優しい言葉や慈しんで触れることがほんとうに健やかに善なるものだった世界。
 思い返せば美しいばかりの日々だったような気分を、おそらくこれからも訪れる美しいばかりの日々にも見出すことを、忘れずにいられますように。気ままな2歳児がしゃがみこんで溝の中を観察するのを待つ退屈な時間や、鷹揚なテーブルマナーで散らかされた食べこぼしを床に這いつくばって掃除しているときも、湯上りに風邪をひかないようパジャマを着せたいだけなのに泣いて逃げるのをどうにか抑え込もうとする不毛な戦いの最中も、手間をかけてつくった好物の料理を全力で拒絶されてふりかけご飯を食べさせる徒労感が降って来るときでも。せめて3歳までのあいだくらいは、美しさばかりを見出していたいのだ。
 
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