昔むかしあるところに。農家のオッサンと妻のオバハンがいました。
コイツはりんご一筋三十年、りんごだけを考えて生きている職人気質のオッサンでした。
オッサンのリンゴはまーまー上手く、まーまー安いという無難なところでギリギリ生計立てれるレベル
で、オッサンは大変に頑張って果樹園のりんごを育てていました。
オッサンは時折、酒で顔を赤くし、「このリンゴを食べて満腹で幸せになってもらうのが俺の生き甲斐なんだ」と漏らすので、オバハンは股間を濡らしながら、ガッツある夫を捕獲した自分を心で自画自賛したり、その言葉に一人で悦に浸ったりしていました。
日課であるところの果樹の手入れをオッサンがしていると、常連客であるガキがやってきました。
ガキが「ひとつよこせ」と叫ぶと、オッサンは新鮮なリンゴをもぎ取って、ガキに安めにくれてやりました。
ガキは嬉しくもなんともなさそうな顔で受け取ると、オッサンはガキにこう言いました。
「丹精込めて作ったリンゴだよ。オッサンの生き甲斐なのだ」
ガキは明らかに侮蔑の顔を浮かべて
「田舎モンは気楽だな。こんなショボイリンゴが生き甲斐かよ」
と嘲笑いながら、果樹園を後にしました。
オッサンの語った妄言は、ガキの口から瞬く間に街に広がりました。
「あんな誰にでも出来るようなことをして、オッサンは悦に浸っているらしい」
いい歳こいて恥ずかしい痴呆の扱いを受けだしたオッサンは、街を歩くごとに皮肉を言われます。
「丹精作って売ってる安いリンゴはどうだ?都会から出荷のオファーはきたか?」
街人はゲラゲラと笑います。オッサンはだるくなってきたので、あんまり出歩かないことに決めました。
オッサンがリンゴを弄り、「お、いい艶だ」と思うたびに「田舎モンは気楽だな。こんなショボイリンゴが生き甲斐かよ」とこんな言葉がフラッシュバック。
オッサンはリンゴの質を上げようとも思いましたが、あんな自分をコケにする連中の為にわざわざ苦労する必要も無い、と日課であった果樹弄りにも精を出さなくなりました。
人間という物は「存在」自体が賞賛されることはありません。
行動の「結果・実績」が重要なのであり、逆説的に言えば
「結果さえ出せば存在はどうでもいい」ということなのであります。
例えばこのリンゴを作るオッサンは
リンゴを作っている行為だけ価値があってオッサン自体には何の価値も無いのです。
つまるところ、オッサンの代わりにリンゴを作る奴はたくさん存在するので、たかだかリンゴを作る程度を生き甲斐にしていたオッサンも
「テメーの代わりなんて腐るほどいるんだよ、バーカ」と罵られるのも現代のメンタリティではやむを得ないことでありました。
オッサンは憂鬱になりました。
リンゴを見るたびに腹が痛くなりました。
オバハンは優しい声をかけます。
「それでも、あなたのリンゴを愛している人はいるはずよ」
「・・・」
オッサンは黙りこくっています。
「こんな女々しい人だとは思わなかったわ」
オバハンはオッサンに愛想を尽かしました。
これも要約するとタフに生きる人間に価値があり、オッサンの存在自体にはなーんの価値も無かった、ということになります。
オバハンはタフガイを愛する熟女という自分の立場に酔っていただけなので、精神のバランスを崩した「何の価値も無い」オッサンには毛ほどの興味も失いました。
裏切りやがって、死ねとすら思うようになりました。その晩、荷物を持って出て行きました。
愛想笑いでリンゴを売る日々。
内心、「お前の代わりなんて腐るほどいるけどな」と自分を嘲笑う人間達に、頭をペコペコ下げ、はした金を受け取って、そうして、自分の生き甲斐は否定され続ける毎日。
たまに送られてくるオバハンからの嫌がらせの手紙。
オッサンは、腹が痛くなりました。
そうこうするうちに、ある結論に至ります。
「結果が全てで、自分の存在は無価値であるなら、俺はこの世から消滅したとて、なんら影響はないんじゃないか?俺を馬鹿にするカスに接待するような苦行を、何十年も俺は続けるのか?そんなら、いっそ、スパッと生を終わらせたほうが、楽なんではあるまいか」
オッサンは自死願望が現れ始めました。
こうなってはもう手送れ。漂うメンヘラオーラが空気を悪くし、漂う精神的弱者の風格は、強者の娯楽的な「イジメ」の格好の材料です。哀れオッサンは人々から怠惰を責められ、妻に逃げられた軟弱物、ショボイりんごを売りつける詐欺師と、罵倒を浴びせられ続けました。
リンゴを見ただけで腹を痛くして下痢をするような日常で、営業ができましょうか。
オッサンは自死を選びました。
何故なら、オッサンの代わりはたくさんいるからです。
いやむしろ、オッサンより上手くリンゴを育てられる人間なんて、腐るほどいるでしょう。
オッサンの存在も生き甲斐も、なにもかもショボイものだったのです。
そんな誹謗中傷から逃れたい一心で自殺したオッサンですが、今では「アイツは自殺するようなクズだ」と世間からサンドバックにされ、ストレス解消の捌け口になっています。
結局、生きようが死のうが、他人に罵倒される事からは逃げられないだけでしたとさ。ちゃんちゃん