03.叱責
5月19日。
朝一番に、ヤミアン・グリッジヴィルはジュリト少佐に呼び出された。螺旋階段を上がった先にある教官室には朝もやのにおいと淹れたてのコーヒーと不機嫌な教官たちが詰めていて、ジュリト少佐はそのなかでもっとも辛辣な顔つきをしていた。まるでヤミアンがお気に入りのマグカップをぶち割ったどころか、その記念写真を撮り始めたかのような雰囲気だった。ヤミアンはなんとなく、今日の〈ジオラマ〉は最悪の結果になりそうな気がした。
「自分がどうして呼びだされたか、わかるか? グリッジヴィル下級兵」
「いえ……」
役職つきで呼ばれるときはだいたいロクなことがない。
「わかりません」
「これを見ろ」
ジュリトが机にポンと放り投げたのは、分厚い紙束だった。ヤミアンはチラ、とそれを見る。自分の名前を見て、それがどうせ成績書だろうということには予測がついた。とりあえず謝る。
「すみません、少佐」
「謝ったからどうなる? それで貴様の性能が上がるのか?」
少なくともここで怒られても自分が都合よく強くなったりはしない、とヤミアンは思ったが、それが不満顔に出たらしく、ジュリトの怒気はますます膨れ上がった。
「お前がここに来てからの成績を読み上げてやろうか?」
「いえ、結構です……」
どうせ『最低』が並んでいるだけだ。
「理由を説明してみろ」
(理由って言ったって……)
ただの田舎娘が最新鋭の戦闘機を操縦できると思っているそっちの方がおかしい。
そう言いたいのは山々だったが、そうできないのが軍人だということもわかっていた。そういう意味では、自分は確かに軍人向きだ。強い人間には逆らえない。したくもない自分の粗探しを直立不動の姿勢のまま始めると、なんだか自分の肉体が牢獄になった気がしてくる。魂がどこかへ逃げ出そうと震えてる。
「……わたしは自覚が足りなかったのかもしれません。ここでの訓練が、その、祖国を護るために必要不可欠なものだということを……」
「そんなことは聞いていない。私はお前のデキが悪い理由を聞いている」
どうせこの前置きをしなければやっぱりあとで自覚がどうのと言い出すのがわかっているから言ったんじゃないか。
「……わたしは、やはり、適性がないのかもしれません」
ジュリトはため息をついた。
「そんなはずはない。お前はシルヴァだ。強いはずだ」
「でも……」
「みんなお前と同じ条件でここに来た。確かにお前は着任したばかりだが、キャンフゥなどは初日からAクラスの成績を上げている。それに、いつまでも訓練の日々というわけにはいかんのだぞ。ここにいるのは約二年。その間に実戦投入できるレベルになってもらわねば困る」
「そう、ですが……」
「お前は自分に甘い」
そう言われて、一瞬、ヤミアンは頭のなかが真っ白になった。予想していなかったセリフだった。日の出と共に起きて訓練に明け暮れ、ボロ雑巾のようになりながら床に着くこの暮らしになんとかついていっている、それだけで自分はよくやっている方なんじゃないかと思っていたから。褒められこそすれ、慰められこそすれ、――甘い? わたしが?
「そう……でしょう、か」
「ああ。お前は結局、できなければどうにかなる、誰かがなんとかしてくれると思っている。だが戦場ではそうはいかん、気を抜けば死ぬ。やられれば死ぬのだ。相手を殺すことにためらっている時間はない。いいか、その『必要』がないと言っているんじゃない。『時間』がないんだ。なにもかも一瞬で判断しなければならない。空中で流れるそれと地上で溢れる時間は違うんだ。お前はそれがわかっていない、だから、『この程度でいいだろう』と言い訳をして己の鍛錬を怠る。一分一秒だって無駄にはできん、その分だけ貴様が成長する機会は失われ、そして帝国はさらに強力な新兵器に精鋭揃いのパイロットを詰め込んで我が国に送り込んでくるだろう。我々の故郷は焼かれる、お前の村もだ、ヤミアン。炎はお前だけを見逃して野火にはなってくれんのだ」
「…………」
「私は残念でならない。お前が『真剣』でないことが」
「真剣、で、ない……」
「この『結果』を見て、そう判断しないやつがどこにいる? お前がここで行ってきたことは最低の連続だ。休暇などないと思え。さらなる訓練と成長がお前への報酬だ。わかったら、午後からの〈ジオラマ〉の前準備でもしておけ。もっとも、いまのお前が〈キャンフゥ〉に勝てるとは思わんがな」
もういけ、と手を振られてからも、しばらくヤミアンはそこから動かなかった。ジュリトが鬱陶しそうに「いけ!」と怒鳴るまで、ヤミアンはそこから動かなかった。教官室の引き戸がやけに重く感じられた。それを閉じて、冷たい廊下に出て、どこかで改造されている兵器があげている金属的な悲鳴を聞きながら、ヤミアンはその場にへたりこんだ。
涙が出た。