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END.このどこまでも続く道の半ばで

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 砂漠を一台のバギーが走っている。オアシスまではもうすぐだ、そう言い続けていたはずなのに、いつの間にか地図に載っていないサボテンが群生し始めたのを見て、運転手の若い少尉は地図を破って窓から捨てた。焼けた砂の乾いた風があっという間に紙片を渦に巻かせて青空に飲み込んでいった。落ち着こう、と少尉は思った。まだ大佐には俺が道に迷ったとはバレていないはず。ちらりと少尉は助手席に座る女を見た。黒髪のその女性は時々コップホルダーから冷めた紅茶を飲みながら、退屈そうに砂漠を眺めていた。ずいぶん長く喋っていたから、疲れもしたのだろう。少尉は明るく言った。
「で、そのあとどうなったんです?」
「そのあと? 彼は死んだ。九十七年の夏。帝国軍の民衆の前で」彼女は遠い歌を思い出すような顔をした。
「……首をはねられて」
「今まで自分がやってきたことを、最後はやられてしまったというわけですね」
「当然の報い、と言いたい?」
「やられたことは必ずやり返されなくちゃね。でなけりゃ帳尻があわない」
「あなたもシルヴァというわけね」
「根っからのね」少尉は笑った。
「しかし、『笑いながら死んだ男』の話を当事者から聞けるなんて光栄ですよ。俺、あの頃はまだ七歳でしたから。戦争なんてなんのことだかわかんなくてね。まァ、いまでもわかってるわけじゃないんですが」
「わかるもなにも、人が死ぬだけよ」
「ですかね。確かに」少尉は乾燥チップを加湿器の開放された注水口に浸してからパクリと食べた。スケールの味がする。
「でも、よくわからないな。そのキャンフゥって男は、なんでモルグベッドに殺されちまったんです? カンにさわったとか?」
 ヤミアン・グリッジヴィルが考えている間、少尉は静かに彼女を待つことを覚え始めていた。もう少ししたら、言葉を畳みかけることもしなくなるだろう。容積なんて考え方が吹き飛ぶほどに爆拡の空の下、彼女の眼には噛み合わせのいい時計の針が回っている。
「彼は……モルグベッドは全てを憎んでた。自分を捨てた親のことも、この世界に生きる人々のことも」
「レベルの高い中二病ですね。……あ、わからない? いやね、子供が背伸びしたような考え方だなってことですよ。まァでもそれが天才として産まれて、他人の生き死にを左右する軍人なんかになったもんだから、大勢死んじまったわけか」
「そうね。大勢死んで、割に合わない程度のわずかな人間が彼に命を救われた」
 私もね、とヤミアンは呟いた。
「私はあっさりとキャンフゥに負けた。力量差は明らかで、私にはどうすることもできなかった。でも、ダミー機を墜とされて負けて戻った私を待っていたのは、身に覚えのない賞賛とキャンフゥの怒声だった。彼からすれば当然よね。だからすぐにモルグベッドのところに直談判にいった。……その数時間後、私は初めて人間の死体を見た」
「首切り領主の再来、なんてね。で、それから?」
「私はモルグベッドと話をするようになった。名目は、私のカウンセリング。彼は『いじめられてるのか?』なんて聞いてきたけど、いじめられる原因を作ったのはあの人なんだけどね。そういうところ、無頓着で、嫌いだった……」
「嫌い?」
 少尉はどこかで己自身と天才・ガウ=モルグベッドを重ねているところがあった。だからヤミアンの呟いたその呪詛が、いきなり首を冷たい手で触れられたように心が震えた。
「べつに嫌うことはないでしょう。大佐の仇敵を殺してくれたんでしょ?」
「死ねばいいってもんじゃないのよ」ヤミアンは睨むような眼を少しだけよこした。
「私はそんなことで彼とのことを解決したいと思ったことはなかった……なのに、あの人はキャンフゥを殺した。確かに、あとで死んだキャンフゥを掘り起こしてもう一度殺してやりたくなったことはある。でも殺したことを感謝したことは一度もない」
「そうかな」少尉は冷笑したが、ヤミアンは無視した。
「軍人がたかが人間の生き死にに動揺していたら駄目ですよ。そんなもんは神様のせいにして、とっとと忘れちまうのがいい。それだけのことなんだ」
「そうね」ヤミアンは言い返す気がないようだった。おとなしく、気が弱かった少女時代の片鱗がないわけでもない。
 バギーが砂漠を進んでいく。轢殺しかけるサラマンダーを何匹か、少尉は荒っぽい運転で避けた。妙に律儀である。
「でも、大佐。どんなに大佐が嫌ったって、いまこの世界があるのはモルグベッドのおかげでしょう。俺達の国が帝国に負けなかったのは、どう頑張ってガタガタぬかそうとあの人のおかげに違いないんだ」
「理由があれば人を殺してもいいの?」
「あなただって散々やってきたことでしょう?」
 少尉は軽く舌打ちした。言葉が過ぎた。だがヤミアンは気にしたようでもなく、かといって応えていないと強がる素振りもなく、ただ強いそよ風を浴びたように一瞬だけ顔をしかめてから、またすぐ穏やかな表情に戻った。
「戦争は制御できるようなものじゃないし、賞賛されるべき成功を為せば全て許されるわけでもない。少なくとも、私はキャンフゥも、モルグベッドも許さない。生きるために大勢を手にかけた私自身も、そしてこれからたくさん人を殺すであろうあなたのことも」
「お好きに責めてくださいよ。それで大佐の気が晴れるなら、俺は喜んで悪人になりますよ」
 少尉は一年前のことを思い出していた。新兵として配属された時、ヤミアンが未来の人殺しどもに言い放った台詞。
 ――私はあなたたちを許さない。
「大佐には護国の信念なんてないんですね。まァ俺にもないんですけど」
「護るべきものを持たないから、私たちはシルヴァなのよ」
「シルヴァね」
「彼があそこまで強かったのは、家族から愛されたことがなかったから。私が今までほんの一瞬、敵より速く動けたのは、もう自分が誰の姉でもないと認めたくなかったから。あなたもそうでしょう、少尉。帰るところがない者は、どこかへ帰るために全身全霊のちからを出せる。ありもしない故郷に帰るために心のパドルをはためかせて」
「詩人ですね」
「うるさい」
「愛ね、愛か、よくわかんねェな。でも、そんなもん無くったって俺ァ勝ちますよ。帝国のお坊ちゃんどもに負けやしない」
「そうね、そうかもしれない。――ねぇ、まだ着かないの?」
「迷ったみたいです。アネロラさんに怒られちゃうなこりゃ」
「そうね。でも、いいかもしれない」
「え?」
「迷いましょう、このまましばらく」
 ヤミアンは眼を閉じて、風に魂を吸われたように眠っていった。少尉はハンドルを切り返し、真昼の星から方位を探そうと眼をこらしながら、やはり悪態まじりのため息をつくのだった。
 やれやれ、このまましばらくなんて優雅なことだが――砂漠に『出口』はないんだぜ?

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