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図書委員

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 昼休み。今日は図書委員の仕事がある日だ。
 仕事は各クラスでローテーションで行われる。この学校は一学年七クラス程なので、休日を計算に入れておよそ一月に一度あるということになる。
 内容は昼休みと放課後での図書室の鍵の開け閉め、それと本の貸出と返却の管理だ。
 正直気乗りしなかった。図書委員の仕事がいやというわけではない。ただ、先日、錯乱して学級日誌に野本徹のことを書いたという記憶があり、彼と一緒に仕事をすることに妙な気恥ずかしさがあった。
 学級日誌に彼のことを書いたのは、自分の好きではない自分の在り方に対する抵抗であって、別に彼に対して特別な感情を抱いているわけではない。たぶん。
 だが、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
 目頭を抑えため息をついていると、前の席の明石萌が声をかけてくる。

「さっちん大丈夫?具合とか悪いの?」
「ううん、ちょっと考え事してただけ」
 
 笑顔を作ってなんでもないよとジェスチャーをする。その後、学食で一緒に昼食をとろうと誘われたが断った。図書室の貸出受付は昼休み開始から二十分後からなので急いで食事を済ませる必要がある。なので購買でサンドイッチでも買って食べることにした。ぼっち飯は体裁が悪い気がしたが大義名分があるので問題ない。私自身一人で食事を取るのには抵抗はなかった。
 なんとなく野本徹が図書委員の仕事を忘れていることはないだろうと思ったが、一応居たら声をかけようと教室を見渡して彼を探す。
 彼は居ない。多分先に図書室に向かったのだろう。気恥ずかしくて声を掛けたくなかったので脳内でほっと胸をなでおろし、私も教室をでる。
 図書室に前につき、扉をひく。開かない。どうやら鍵がかかっているようだ。というか職員室に鍵を取りに行くのを忘れていた。
 職員室へ向かおうと体を向き直ると向こうから野本徹が小走りでやってきた。

「ごめん」
「え? ううん、いま来たところ」

 彼が何について謝っているのか判断がつかなかったので適当に返事をした。我ながら良い返しだった。自分で言っておいて自爆して少し気恥ずかしくなったことを除けば。

「いや……」

 彼が何かを言いかけてやめる。彼は手に握っていた図書室の鍵で扉を開けると図書室の中に入り貸出カウンターの内側のパイプ椅子に座る。私もそれに続き、隣の椅子に座る。

「えっと、人が来たら、用紙記入してもらって、確認してパソコンに入力、だっけ」

 別に仕事を覚えていないわけではないが、一応仕事内容の確認を取る。

「何もしなくていいよ」
「いや、流石に……」

 体裁的に任せっきりということはできない。自分一人何もしないというのは落ち着かない。
 しばらくして一人の女子生徒がやってくる。

「あの、これ、借りたいんですけど」

 野本徹が本を受け取り裏を確認する。貸出票に本の番号を記載し差し出す。

「ではここに番号とクラス、氏名を記入してください」
「はい」
「返却期日は四月二十八日、再来週の木曜です。それまでにそちらの返却ボックスに戻しておいてください」
「わかりました」

 説明して本を渡すやいなや蔵書を管理しているパソコンに貸出情報をさっと入力する。
 結構手際が良い。
 彼のてきぱきと仕事をこなす姿が意外だったので、私は呆けた顔で見てしまっていたようだ。
 女子生徒が図書室を出ると、彼がこちらの視線に気づく。

「……なんですか」
「いや、結構頼りになるんだな~って」
「……去年もやってるから」
 
 彼は何やらカチカチとパソコンを操作している。
 やはり彼が仕事をして自分は何もしないでいるというのは居心地が悪い。

「ねぇ、やっぱり何かすることない?」
「でも……」

 言いかけて、彼は周囲を見る。私も彼の目線を追って、私も周囲を眺める。
 ……。
 図書室の中には一人二人本を読んでいるだけだ。
 先ほどの女子生徒が帰ってから誰も蔵書を借りに来る様子はない。
 考えてみれば、この高校からそれなりに近い距離に結構大きな図書館があり、わざわざ蔵書数の少ないこの図書室で本を借りる必要性なんて殆どないのだ。

「別に仕事ないし教室戻っててもいいですよ」
「……」

 違う。そういうことじゃない。

「……じゃあ昼休み中は君に任せて僕が放課後を担当するというのは」
「はぁ?」
「も、もちろん逆でも」
「やだ」

 自分でも何故機嫌が悪くなるのかよくわからないが、つい悪態をついてしまう。

「教えて、パソコンの入力やるから」

 座っていたパイプ椅子を立ち上がって彼の後ろから蔵書管理のパソコンを覗く。
 パソコンの画面には、やりかけのフリーセルが映っていた。
※フリーセルというのはパソコンのOS『Windows』に組み込まれているゲームの一種。最近のには入っていないかもしれない。同様のものに、マインスイーパ、ソリティア、ハーツなどがある。

「……」
「やります?フリーセル」
「やんないし」
 放課後。図書委員の仕事がある。
 今日は私の班が掃除当番だったため、掃除をすませ図書室に向かう。おそらく彼が先に来ているだろうと思い、職員室へ鍵をとりには向かわなかった。
 図書室の扉に手をかける。既に鍵が開いている。私は音を立てないようにして図書室の扉を開けた。

 「ごめん、遅くなっちゃった」
 「……まだ時間じゃないので」

 しばらく無言の時が過ぎる。気がつけばカウンター前方の席で誰か女子生徒が本を読み始めていた。殆ど仕事が無いため非常に暇だ。
 退屈しのぎに髪の毛を弄っていると、急に隣の方で変な音が鳴り始めた。

 ──カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ。

 ええ……超うるせぇ。
 一体何だと見てみると、どうやら音の正体は野本徹の握っているマウスから発せられるクリック音のようだ。
 一瞬本を読んでいた女子生徒もこちらを見るが、どうやらあまり気にしていないようで、またすぐに手元の読んでいる本に目を落とした。

「ちょっと何やってんの……」

 半ばドン引きしながら彼の前のパソコンの画面を見ると、どうやらマインスイーパをやっていたようだった。難易度は上級っぽい。

※マインスイーパというのはパソコンのOS『Windows』に組み込まれているゲームの一種。簡単に内容を説明すると、クリックしたマス目に地雷周囲9マスにある地雷の数が表示され、間違って地雷を押すとゲームオーバー。地雷を押さずに残り全てのマス目を押すとゲームクリアというもの。最近のには入っていないかもしれない。同様に組み込まれているゲームでは、ソリティア、フリーセル、ハーツなどがある。

 彼は私の言葉を無視してマウスのボタンを押し続ける。しばらくすると音が鳴り止んだ。

「え、はや」

 タイムは82秒。私も暇つぶしにやってみたことがあるが、精々250秒とかが限界だ。カチカチと高速でマウスを連打していたのは運任せで適当にクリックしているものと思っていた。

「慣れたマウスだったらもう少し良かったと思います」
「マジですか……」

 彼は再挑戦のボタンにマウスのカーソルを合わせると、少し間を置きこちらに向き直る。
 
「……やりますか?」
「え、じゃ、じゃあ少し」

 椅子から立ち席を交換する。
 椅子から微かに彼の体温を感じて少し気恥ずかしくなる。椅子ごと交代すればよかった。
 首を振って気を落ち着かせた後、手櫛で少し髪の毛を直す。

「よし……」

 ──カチッカチッカチッカチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチ(←文字数稼ぎ)
 数回のミスの後、やっとクリアする。

「できた」
「はい」

 タイムは324秒。やはり彼には遠く及ばない。

「何かコツとかないの」
「え……パターンを覚えて極力思考を挟まないようにする……とか」

※作者はせいぜい良くて180秒くらいなのでコツとか知りません。適当に書いてます当てにしないでください。

 その後も会話とも言えないような短い言葉を挟みながら何回かマインスイーパを繰り返す。
 遊んでいると時がすぎるのが早い。そうこうしている内に窓の外は夕焼け色に染まっていた。
 周りを見る。既に図書室の施錠時間が迫っていることもあり、室内には誰もいないようだ。
 私が普段、他の人と話している時に感じる抵抗感、相手を立てるために、相手に好かれるために自分を殺すような感覚を、彼とのやり取りでは感じなかった。私は彼に安心感のようなものを感じていた。

「野本くんって教室ではいつも一人だからあれだけど、なんていうか、思ったより話しやすいね」
「……」

 彼は顔を逆の方に背ける。照れているのだろうか。なんだか変なことを言ってしまったみたいで私も恥ずかしくなる。
 しばらくの間沈黙が続き、彼が図書室の壁掛け時計を見て口を開く。

「時間ですね」

 彼は立ち上がり、図書室内を一周して人が残って居ないのを確認し廊下に出る。私も続いて外に出ると彼は音が鳴らないようゆっくり扉を閉め、カチャリ、と、図書室の鍵を施錠する。
 彼は黙って職員室に向かって歩き出した。一人で先に帰るのは薄情な気がしたので、私も彼の後に続く。
 職員室の前につくと彼はコンコンコンと三回ほど扉をノックし、「失礼します」と言って入っていく。何もしない私が職員室に一緒に入るのも変な気がしたので、扉のすぐ横で彼が出てくるのを待つ。
 彼が出てきて私に一瞬顔を向けると、無言で昇降口の方へ歩きだす。
 校門の前でさようなら? でも途中まで同じ方向だし…… などと別れの挨拶を切り出すタイミングを考えながら彼の少し後ろを歩いていると、彼が急に彼が止まったので、彼の背中に頭をぶつけそうになる。

「僕は、君と話してそんな風には感じなかった」
4, 3

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