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ベリアル 戦後 

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 「!!」
 研究所でクライシスは驚いた。
 自身の下半身も無事研究所に収納され、ほっと一息ついていた時のことだった。 アリスが戦闘を行っていたことに気が付いていたが、それに大きな異変が起きたことに気が付いた。 簡単に言うとリミッターが外れたのを感じ取った。
 本来、アリスにはリミッターが設定されている。 それは力を抑えるためというよりは魔力の使用量を最低限にし、より優位に戦闘を行えるようにするため設定されているのである。
 しかし、今それが外れた。


 あり得ないことだった。
 可能性があるとしたら二つ
 一つはリミッターの存在を知ったアリスが意図的にそれを解除した。 だがそれもおかしい。 アリスがリミッターの存在を知ることは不可能だし解除方法も知らない。 百%不可能だ。
 ということは残る可能性は一つ
 自我が崩壊するほど強烈な出来事が起き、爆発的な感情によって限界を超え、無意識のうちにリミッターを外したか
 けれどそれもあり得そうにはなかった。


 アリスの自我が崩壊するようなことなどあるのだろうか、それだけではない。 爆発的な感情という部分が最もなさそうだった。 いったい何が起きたらこんなことになるのだろうか
 クライシスはアリスの位置情報を探る。 するとマリアが入院している病院周囲であることが分かった。
 「あ」


 大体察した。
 それと同時にアリスに危機が迫っていることにも気が付いた。
 リミッターが外れた暴走状態では魔力を盛大に利用することとなってしまう。 ただでさえ魔力の使用量が多いアリスである。 あっという間に魔力をほとんど消費してしまうだろう。
 今すぐ止めに行かなくては


 しかしその前に達也を呼ばなくては
 その時、偶然にもクライシスがいるところに達也がやってくる。 まるで何かに呼ばれたかのようだが、あくまでも偶然である。
 「達也君!!」
 「え? クライシスさん、なんですか?」
 「アリスが危ない。 行かなくちゃいけない」
 「っ!! 分かった!! 車用意させます、すぐに!!」
 「うん、急いでくれ」


 数分後、二人(?)は法定速度ぶっちぎりで走る車に乗ってアリスのいるところへと向かって行った。






 「…………」
 アリスは気が付いた。
 ここはどこだろう。 どこかで見たような天井だが、どうしてもどこなのか思い出せない。 頭がうまいこと働いていない、目から入ってくる情報がきちんと処理できていないでいる。 というかそもそも自分は誰なのだろうか、それすらも分からなくなっていた。
 しかしそんな時間は長く続かない。 やがて意識がはっきりしてくる。
 自分の名前は赤城アリスだ。 
 確か敵少女との戦闘の途中、マリアの入院する病院に敵の攻撃が命中し、病院が崩壊した。 死体が落ちてきて、アリスの眼下に落ちてきた。


 その後
 その後?
 何が起きたのかよく覚えていない。 名状しがたい感情がどこからともなく湧き上がってくると、それが全身を包み込み、自分の意識がどこかへと吹き飛んでいった。 
 そして、そしてそして……えーと、なんだっけか
 何が起きてどうなった。 
 

 記憶が混濁している。 今日は何月何日で、何が起きた。 確か母さんと一緒に出ていったのは昨日のことだっただろうか。 アリスがアリスになったのは明日のことで、初めて人を殺したのは父さんは逃げてクライシスは踊る、剣が達也をつらぬいて自分が自分ではなくなってマリアはマリア


 マリア?


 マリア


 「あ」



 



 マリアが死んだ。


 マリアは死んだのだ。



 「あ、あああああ、ああああああ、ああああああ」



 まだ舌がうまいこと回っていないため、まともな声が出ない。 だが、そうでないとしてもまともな言葉を吐くことができるとは到底思えなかった。 今はただ何かうなることぐらいしかできなかった。
ふと気が付くと涙が流れてきた。
 涙を流しながら口を半開きにしたまま、呻き続ける。


 「ああああああああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああ、あ、あああ、あああああああ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!


 その声に気が付いたのか、パタパタという足音を響かせて、人がやって来た。 彼らは急いで医務室の扉を開く。 すると医者が一人と看護師が一人、そして達也が部屋に入ってくる。
 そして呻き続けるアリスの姿を見て驚く。
 周囲に黒いオーラが蔓延している。 それはまるでドライアイスのように地面の上を漂っており、床が完全に覆い隠されていた。 


 一瞬ためらう医者と看護師だが、達也は躊躇なく近づくとアリスの肩をつかみ、話しかける。
 「落ち着け!! アリス、ここに敵はいないぞ!!」
 「あああああああ!!!」
 「アリス!! アリス!!」
 「あああああああああああ、あああああ、あ、あ、ああ、ああああ!!」
 「クッ!!」
 「達也さん、これを!!」


 医者がそう叫び何かを投げて渡した。
 達也は見事それをキャッチしてじっくりと見てみる。 するとそれは無針型の注射器だった。 小型拳銃のような形をしたそれには中に入っている薬品のラベルが張られており、そこには鎮静剤の名前が書かれていた。
 それで察した達也は、それをアリスの首元に当てると引き金を引く。


 すると中の鎮静剤がアリスに注入される。 
 「あああ、ああ、あ、あ、あ…………」
 「……ごめん」
 呻きながらもアリスの頃はゆっくりと小さくなっていき、やがておとなしくなった。 数分後、アリスは濁り切った眼をじっと自分に掛けられている布団に向けながら、ピクリとも動かなくなった。
 鎮静剤が効いておとなしくなったが、眠りはしなかった。 おそらく身体が強化されているせいだからだろう。
 達也はベッドの隣に腰を下ろしつつアリスに話しかけた。


 「アリス、聞こえているかい?」
 「…………」
 返答無し
 しかし達也はあまり気にすることなく話を続ける。


 「俺たちが来た時、君は瀕死だったんだよ」
 「…………」
 「それをクライシスがなんとか崩壊を止めつつ、ここまで運び込んで、最近作った魔力増幅装置を利用したんだ。 それで何とか助かった。 でも、三日も昏睡状態だったんだよ」
 「…………」
 「クライシスは今、ほとんどそろった自分の体を確認している。 今、組み立て作業中でね」
 「…………」


 沈黙


 それでも達也は語りかけた。 何となく、ここでアリスを見捨ててはいけないような気がしたのだ。 今アリスとともにいなくてはいついなくてはいけないのだろうか。 そんな思いにとらわれていた。
 しかし、達也には仕事があった。
 十分間ほど達也はアリスのそばにいた。






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 そこで呼び出しを食らった。 クライシスの組み立て作業に立ち会ってほしいという旨の書かれたメールが来たのだ。 正直自分がいてもそこまで役に立つとは思えなかったのが、小岩井所長の依頼とあっては出向かないわけにはいかなかった。
 達也は椅子から立ち上がり、医務室の扉へ向かって行く。
 その途中、いったん足を止めてアリスの方を向く。


 そして言った。

 「アリス、いったい何が起きたのかはまだよく分からない。 でも、それでも俺はなるべく君の味方でありたいと思っている。 だからさ、だから……」
 「…………」
 達也は何を言ったらいいのかよく分からなくなった。
 なので言葉を途中で切ると、一瞬考え込む。 その後、小さく一言言った。
 「ごめん、今日の夜また来るよ」
 「…………」
 達也はその言葉を最後に医務室から出ていった。
 それでもアリスはピクリとも反応しなかった。

 その日、達也が一仕事終えて夜医務室に来た時、

 既にアリスは医務室から姿を消していた。


 マリアが死んだ。

 マリアは死んだのだ。

 アリスはふらふらと街中を歩きながらそんなことばかり考えていた。
 今度こそマリアは死んでしまったのだ。 これで戸籍からもマリアの名前も消されるだろう、この世に残るマリアの名前はアリスの記憶にしか残らないだろう。 これでマリアはもうどこにもいない。
 どこにもいない。
 どこにもいないのだ



 じゃあ、私は誰?



 ところがアリスは喜びを感じていた。
 アリスはマリアが死んで喜んでいるのだ。
 そう、絶望と同じぐらいの歓喜を感じていたのだ。
 簡単に言うと喜んでいた。

 夜の町は見事に煌びやかだった。
 ビルから漏れる光は美しいもので、辺りには酒に酔っているのか上機嫌なサラリーマンがいっぱいいた。 彼らの顔は見事に輝いており、今を楽しんでいるようだった。 もしそれが酒の力だとしたらそれはそれで羨ましかった。 いっそのことあやかって自分も酔いたかったが残念ながら未成年で金も持っていない。
 酒は諦めてひたすら楽し気な夜の街の中で沈み込む。 
 アリスはまるで場違いの夢遊病患者のようにふらふらと街の中を歩いて行った。




 ふと、ある日の会話を思い出した。

 「アリス」
 「何、クライシス」
 「君はマリアを助けることが望みだよね」
 「…………」
 「……違うんだろう」
 「…………どうせ、知ってるんでしょ」
 「知ってるよ」
 「…………」
 「僕の知らないことはほとんどないんだよ、特に君のことは隅から隅まで知っているよ」
 「…………だったらなんで……」
 「君は君であって君ではない。 そんなことは知ってるさ、でも、その時の気持ちまでは分からない。 だからあえて聞いてみたんだ」
 「……趣味悪い」
 「で、君の本当の願いは何なんだい?」
 「それは…………


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