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ベルゼブブ

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 宝樹真理の人生は足ることを知らなかった。
 彼女はとても裕福な人生を送ってきていた。 手に入らないものはあんまりなく、学校の人たちも自分にへりくだる。 人望こそなかったものの、一通りなんでもそつなくこなせる上に金もある。 いやいやながら彼女についていく人も多かった。


 それに、彼女の父親も母親も彼女をそこそこ甘やかして育ててきた。 欲しがるものは全て与え、嫌がることはさせなかった。 周りの環境もそれを許した。 その代わりに、彼女は放置されて育った。
 幼いころは、その寂しさを紛らわすつもりで物に溺れていたが、やがてそれがそのまま宝樹の本当の気持ちへと変わっていった。
 物さえあれば、金さえあれば自分は寂しくない。 友達も作れる。 それに、自分にはそれができる環境がある。


 自分は何でも手に入れることができるのだ。
 小学校四年生の頃の宝樹はそう勘違いしていた。


 ところがある日、そんな宝樹の考えを覆すような出来事が起きた。
 アリスの存在だった。


 初めて会った時からずっと気にかかっていた。 暗い顔をしたずっと机に向かい合ったまま椅子に座りっぱなしだった。 どういう訳か彼女だけは宝樹の媚を売ることなく、ひたすらどす黒いものを辺りに振りまいていた。
 宝樹はどうしても彼女を自分の物にしたかった。
 自分が初めて会うタイプの人間、今まで手に入れたことのない物、何でも欲しがる宝樹にとってそれはとても魅力的に映ったのだ。 どんな手段をとってでも宝樹はアリスを自分のものにしようとした。
 ところが、アリスは宝樹に靡くことはなかった。 それだけではなく全く相手にすらされなかった、名前さえも覚えてもらえなかったのだ。


 宝樹はキレた。


 こいつはどういうつもりなのだろうか、自分のことに全く興味を示さない、言うことを聞かないところに価値を見出していたはずなのに、今ではそれが非常に腹立たしく思えるようになってしまったのだ。
 なので宝樹はアリスをいじめることにした。
 いじめという概念は知っていたが、実際行ったことはなかった。 しかし日ごろから興味は持っていたので、配下のガキどもと先生に聞いたいじめをアリスを使って実践してみたのだ。
 すると思いの外、楽しかった


 元から人を見下すことが好きだったが、その支配欲を満たすのにいじめはびっくりするほどしっくり来た。
 初めは、初めはアリスを振り向かせようという考えの元から始まった二人の関係はやがて大きく歪んだ物へとなっていった。 一年も経つと宝樹はアリスを自分の物にしたいなんて言う馬鹿らしい考えは完全に忘れてしまった。
 ただひたすら、いじめ続けるだけの日々
 それが何とも心地よかった。






 ところがその日々も、突然終わりを告げた。
 どこの馬の骨かもわからない瀬戸達也とかいう奴が自分の邪魔をするようになった。 そしてそれはやがて宝樹の父親に圧力をかけるまでになり、いじめを止めざるを得なくなってしまった。
 その後、少しだけ宝樹は学校を休んだ
 そしてその間、宝樹は自室のベッドの上で呆然と考えていた。



 どうしてこうなった。
 今まで自分の人生にはほとんど障害などなかった。
 しかし、その数少ない障害の一つ赤城アリスが自分にここまでの不快感を与えている。 自分の数少ない楽しみを消し去ろうとしてくる。 そんなこと、到底容認できるはずがなかった。


 ふざけるなと


 宝樹は世界中に叫びだしたい気分だった。

 どうしてアリスのこととなると自分はこうもうまくいかない。
 どうしてアリスはここまで自分の邪魔をしてくる。


 別に自分は長いこと生きようだとか、誰かに好かれただとか、人の役に立ちたいだとか、そんなあほな考えはこれっぽちもない。 自分はただ、今を楽しく自分の生きたいように生きたいのだ。 
 そのためには何を犠牲にしたっていい。


 どうせ自分は誰にも愛されず、本当の意味での友達もできず、ただひたすら自分の満足真を満たしたいだけに生きていくだけだ。 宝樹は既に人生のほとんどを諦めているようなものだった。
 それならと、ひたすら全てを捨てて今を楽しみたかった。



 しかし、それもどうやらうまくはいかなさそうだった。



 こんな些細な楽しみですら、自分は支配できないのか


 そんなもの、認められるはずがなかろう。


 宝樹はそう決心した。


 しかし、何もすることができず、何もいい考えが浮かばず、父親に半ば蹴り出されるようにして家を追い出された宝樹はしょうがなしに学校に通った。 だが誰ともつるむ気になれず、ただひたすらアリスを睨み付けた。
 そんな無為な日々が過ぎ去っていった。



 宝樹はその数日、生きている気がしなかった。


121, 120

  



 ある日、彼がやって来た。


 「ねぇ、君、魔法少女に興味ない?」
 「何、これ?」
 「どうだい、魔法少女にならないかい?」
 「……興味ないわ」
 「なってくれたら君の願いを一つかなえてあげるけど」
 「――ッ!! 本当!?」


 宝樹は目を輝かせる。
 スパラグモスはその視線を受けると重々しく頷く。


 ということは、アリスのことを自分が支配できるのかもしれない。
 そう思うと心が弾み、胸が躍った。



 宝樹はスパラグモスと契約した。

 「おめでとう、君は強欲の名を持つベルゼブブの悪魔を背負った魔法少女だ」




 素晴らしい
 宝樹はそう思った。
 この力があれば、言葉一つで世界を支配することができる。 これならアリスも簡単に言うことを聞かせることができるだろうと



 しかし、現実は甘くなかった。


 「あなた、どうして私をイジメてたの?」

 アリスがそんなくだらないことを聞いてくる。
 全身に痛みが走るが、アリスなんかに弱いところは見せられない。 宝樹はこんな時でも自分のプライドを守るのに必死だった。 首の皮を一枚切られた時はさすがに恐怖を感じたが
 やはり死は怖いのだ。


 宝樹は気丈に言い返す。
 「……なんであんたなんかに教えなくちゃいけないの」
 「そ、じゃ、死ね」
 「ちょっ……待っ…………

 次の瞬間には首を切り落とされていた。

 そのほんの刹那の時に、宝樹はこう思った。


 果たして、自分は何のために生まれてきたのだろうか



 そう思った次の瞬間、宝樹の首は落とされ
 すべては終わった。

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