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イロウエル

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 九条暗の人生は真っ暗だった。
 彼女は引きこもっていた。
 狭い押し入れの中、一人で隅っこでうずくまり座っていた。 もうここ数日外に出ていない、食事や水は父親が運んできてくれる。 尿をためたペットボトルはもう十数本にもなる。 たまったら扉の外に出すようにしているのだが、もうそれすらも面倒くさい。
 時間の感覚ももうだいぶ曖昧になってきている。 カーテンと雨戸を締め切った窓からはもうここ一年ほど日の光は差し込まない。 一応時計はあるが、すでに寿命が尽きかけているのか時々針が止まった。


 一応、裸電球が天井からつり下がっており、それがこの部屋を照らしているがお世辞にも明るいとは言えなかった。
 部屋には本や漫画、筆箱や使い古したノートが地面に転がっていた。 しかしどれもここ数日触った様子はなく、埃が大量に積もっていた。
 どうして彼女は引きこもっているのだろうか
 その理由はいくつかあった。


 例えばそれは学校のせいであった。
 彼女は少し頭が足りていなかったからだ。 日常生活にそこまでの支障をきたすほどの物ではない、ただ、まともに勉強はできなかった。 物事をあまり覚えることができなかったのだ、やれと言われたことをすぐに忘れてしまう。
 それに暗の行動は浮いていた。 それだけで学校では目立ってしまう。
 彼女がいじめられるまでそこまで長い時間は必要なかった。 
 普通なら障害者用のクラスにでも入ればいいのだが、それは彼女の母親が許さなかった。 


 そんなことしたらご近所の笑いものになってしまう。 それに、この子は普通なのだ、どうしてそんな障害者なんかが集まるクラスに入れなくてはいけないのか、その理由が分からないと
 そう言って母親は断固として暗を障害者用クラスに入れることを拒否したのだ。
 だからと言って彼女に対するいじめが消えてなくなるわけではない。 先生も彼女のことを擁護しようとしたが、それでいじめがなくなることはなかった。 逆にヒートアップしたといっても過言ではない。


 やがて、彼女は学校での生活に耐えられなくなっていった。
 その結果、家に引きこもった。 
 しばらくの間、彼女の母親は部屋のまで怒鳴り散らしたり、ちょっと顔を出しただけで痣ができるまで殴りつけてきたり、色々と酷い目にあった。 どれがより一層彼女を部屋の奥に、奥へと引き込もらせていった。
 引きこもっている間、彼女は特に何もしなかった。



 ただひたすらうずくまって考えこんでいた。



 どうして自分がこんな目に合わなくてはいけないのだろうか



 いったい私が何をした。

 たぶん何もしていない。 自分は何も悪くないのだろう。 暗はほどなくそういう結論に至った、当たり前のことだし、袖も考えていないと自分がばらばらになって消えてしまいそうで暗は怖かったのだ。
 しかし、その代償もあった。
 暗は余計に部屋から出ることができなくなってしまったのだ。
 部屋の外の世界が怖くなった。



 何も悪くない自分を何が何でも消し去ろうという世界に、恐怖心以外の物を抱くことができなくなったのだ。
 恐怖心におびえる日々が続いた。



 考えれば考えるほど恐怖が増していく感じがした。


 何度も死のうと思った。 恐怖から逃れることができるなら、死ぬのも悪くないと思えたのだ。

 しかし、死への恐怖にはあらがえなかった。

 八方ふさがりだった。 どこに行っても恐怖が彼女を苛んだ。



 なので、暗は考えるのをやめた。
 そして、ただひたすら無駄に命を削っていったのだ。



 そんな闇の中で過ごしているある日
 あいつが現れた。



 「ねぇ、魔法少女になってみないかい?」
 「……………」
 「いいだろう? なってくれたら君の願いを何でも一つ叶えてあげようじゃないか」
 「……本当?」
 「本当さ、武士に二言はない」

 彼女は契約した。
 深い意味はない。 暗は暗闇の中に見えた一筋の希望にほぼ反射的に縋りついただけなのだ。

 「おめでとう、君は恐怖の名を持ったイロウエルの天使の名を背負った魔法少女だ」

 恐怖、なるほどね。
 非常に納得できた。





 暗は圧倒的優位に立っていた。
 「――ッ!!」
 「死ね」
 「……?」
 剣の向こうから聞こえてきたアリスの不穏な言葉に、敵少女はゾッとした寒気を感じた。 全身の鳥肌が逆立つ。 今までアリスが放っていたさっきとはまた違う。 まるで日本刀が突き刺したかのような殺気だった。
 早く終わらせなくてはいけない
 そんな予感がした。
 しかし、手遅れだった。

 「『浮いて指を鳴らせ』」
 「え?」

 次の瞬間、ガオンという音が響いて暗の体を削り取る。
 その直前
 ほんの一瞬、暗はふと思った。

 果たして、自分は何のために生まれてきたのだろうか

 痛みなどなかった。
 あっという間に暗の首は体から離れて
 すべては終わった。
139, 138

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