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ベリアル デート その①

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 二日後
 アリスは部屋に引きこもっていた。
 一歩も外に出なかった。 この間の魔法少女との戦闘を終えた後、すっかり意気消沈してしまい、なにもやる気が起きなかったのだ。 魔法少女の力のおかげか、二日もの間何も食べず、一睡もしなくても何も問題はなかった。
 煎餅布団の上で正座しながら布団にくるまりながらひたすら暗闇の中でうつむき続ける。 その間、何を考えているかというと、何も考えていない。 自分の心がタールのようにどろどろとした闇にのまれていくのが手に取るように分かった。
 地面が柔らかく揺れている。 油断するとそこに飲み込まれてしまいそうだったが、アリスとしてはこちらから投身でもして飲み込まれたい気分だった。
 しかし、何かが必至にアリスのことをこの世に引き留めているかのようだった。 
 さっぱり意味が分からない、自分はどうしても死にたいつもりでいた。 もうこの世に未練などないはずだった。 ところがどういう訳か、自分は自殺することもなくひたすらこの場に残っている。 こんなみすぼらしい生き方をしている。 


 暗闇の中にいるのは外の世界を見ないようにするためだ。
 もうこの世界の意味が分からない。 これ以上何を見ても何の意味も分からない、もうこれ以上何も見たくない。 世界がより一層空虚なものに見える。 ただでさえ空虚だったというのに、もはや自分以上にこの世界の存在意義が分からない。
 アリスは考えるのをすでにやめていた。
 考えない方が幸せだというのは今までの人生の経験上よく知っている。
 この一週間、アリスは考えるのをやめてひたすら無に帰っていた。
 もう嫌だった。



 ただひたすらクライシスはアリスのそばで何かを言い続けていた。
 しかし、アリスは聞く耳を持たなかった。 元から頭に入れるつもりなどこれっぽっちもなかった。 これ以上こいつの言葉に耳を貸していてもしょうがない。 アリスはそう思っていた。
 このまま死にたい。
 そしたらどれほど楽だろうか
 救いようのないレベルにまでアリスは絶望していた。 マリアが死んだときに感じていた歓喜などもうどこかへと消え去っていた。 人殺しの何が楽しかったのかもう思い出せない。 どうして自分はあそこまで愉快に笑うことができたのだろうか
 もう忘れた。
 すでに殆ど闇と同化しているといっても過言ではなかった。
 このまま闇と同化してしまおう。 自分をこの世界に引き留めている物を切り裂いて闇の中へ飛び込もうじゃないか。 アリスはそう決心した。




 その時

 「アリスっ!!」

 バンッという音が響き、アリスの部屋の扉が開く。
 すると必然的に日光が差し込んでくる。 一週間ぶりの日光にもアリスは反応しない。 ただほんの少しだけ頭を動かすと、ちらりと扉の方を見ただけだった。 大体察しは突いていた。 こんななことをするのは奴しかいない。
 扉が開いて数秒間沈黙が続く。
 そして、アリスの予想通りの人物の声が響く。
 「アリス!!」
 「…………」

 達也だ。
 達也がやって来たのだ。
 合い鍵を使って鍵を開けた達也は部屋の暗さに一瞬驚くも、すぐに気を取り直しあらかじめ用意しておいた言葉を放つ。



 「アリス!! デートに行こう!!」
 「……………………………」
 
 さっぱり意味が分からなかった。




 数分後、二人は並んで外を歩いていた。
 達也はいつもの服装だった。 着古したジーパンにそこらへんで売っている安いTシャツを着ていた。 普通デートと言うと服装に気を遣うところだが、そんな考えは達也に全くない、というかほとんど私服を持っていない。
 とてもデートに行く服装とは思えないが、それはアリスも同じことだった。
 適当にクローゼットから引っ張り出した服に、お気に入りのコートを身にまとっていた。 しかし、顔色がびっくりするぐらい暗いのと、体が左右に揺らしながら歩いているので、まさにお化けといった感じだった。
 ある意味ではお似合いの二人だったが、誰がどう見てもデートの服装じゃない。 その上、雰囲気は最悪だった。 アリスは常に殺気を放ちたまたま近くにいた猫が「シャーッ!!」と声を出し、威嚇した後にどこかへと飛んで行くように逃げていった。 もし、誰かがアリスの気に障ることをしたら一瞬の間に三途の川を渡ることになるだろう。
 達也は達也で完全にマイペースに歩いていた。 鼻歌を歌いながら、辺りの空気を楽しむ。 初夏なのでそこまで目立った何かがあるわけではないが、何となく辺りの景色を楽しんでいた。


 二人はデートに来ていた。
 アリスがデートに行くことにした理由は特になかった。 クライシスが「行った方がいい」と言ったからだろうか、それともただ外に出るきっかけが欲しかったからだろうか、もしくは何の意味もないか。
 または、百二十パーセントあり得ない話だがもしかすると自分はデートに行きたかったのだろうか。
 そんなあほみたいな考えばかりが脳裏で渦巻く。 
 久しぶりに外の世界に触れるアリスは、ただひたすらボーッとしていた。 考えるのは疲れたが、こんな状況で何も考えないのは少し寂しいような気がした。 だが、外の空気や景色を楽しむことなどできるはずがなかった。 こんな状況で楽しむことができる奴がいるとしたら、それは変人ぐらいの物だろう。


 残念ながらアリスは狂人ではあっても変人ではない。
 何をどうしていいかわからず、アリスはただひたすら足を交互に前に出す作業に専念する。 非常につまらない。 だが、達也と話す気にもなれなかったし、何を話せばいいのかも分からなかった。
 だが、多少気が晴れるのが何となくわかった。 どうせ何の意味もない世界とはいえ、少しでも運動するのはいい影響を及ぼすようだった。 


 五分間ほど無言で歩き続けるが、その沈黙を破ったのは達也だった。
 「そういえばどこに行くか言ってなかったよね」
 「…………」
 「この町ってさ観光名所なんて一つもないでしょ。 というかそもそも通勤するため絵に暮らす人が多い町だからね、必要ないのかもしれないけど」
 「…………」
 「でもさ、ただ一つだけ評判のいい場所があるらしいね。 この近くにある見晴らしのいい高台なんだけど、そこから周囲の景色や研究所のある山々が一望できるらしいんだよね。 ほかにも公園とかも周囲にあってのんびりできるって」
 「…………」
 「前から行ってみたかったんだけどちょうどいい機会かなーって」
 「…………」


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 初耳だった。
 アリスは終始無言だったが、達也はぺらぺらとしゃべり続ける。 はたから見ると相当可哀想な状況だったが、達也はそれで満足だったし、アリスも聞き流している分には非常に楽だったのでありがたかった。
 こうして二人は自然公園に向かって歩いていく。


 その途中、達也は自販機で缶コーヒーを二本買う。 そのうち一本をアリスに手渡すと、残った一本を一気に飲み干す。 正直言ってアリスはそこまでコーヒーが好きという訳ではない、どちらかと言えばココアの方が好きだったが贅沢を言うつもりも文句を言うつもりも全くなかった。
 自然公園まで歩いて三十分ほどかかる。
 その間二人はたまに達也が一人で元気に喋り続けるという微妙な空気の中、ひたすらに歩き続けた。



 そして二人は高台につく。
 確かに景色はいい。 淀んだ町がびっくりするぐらい整ったものに見える。 それに達也が言った通り研究所のある方の山が見事に一望できた。 初夏だから山の木々は真っ青だったが、もし秋だったら見事な紅葉が楽しめるであろうことが簡単に予想できた。
 またぱっと見ではあるが周囲にある木々は桜の木のように見えた。 もしかするとここは花見スポットとしてもいいのかもしれないと考える達也。 もし時期さえ良ければ行ってみたいなとも思った。
 一方でそんなことがあり得ないであろうことも何となく察することができたが、とりあえずその予感のことは忘れることにした。
 アリスは周囲の景色を見なかった。 ただ手に握りしめた缶コーヒーがすっかりぬるくなったのを感じていた。


 こうなってはもう飲む気になれない。 しかし、何となく捨てる気にもなれないのでただただ握りしめ続ける。
 達也は一人景色を眺め楽しんでいた。 はっきり言ってゴミの塊にしか見えないアリスにとって何が楽しいのか分からないが、どうやら達也にとっては面白いもののようだった。 理解できない。
 いや、理解できなくなってしまった。
 心地の良い風が吹き抜けていく。 アリスと達也の顔を掠めていき、髪の毛が舞い上がる。 初夏特有の清々しい空気が周囲にある酷く歪んだ何かを吹き飛ばそうとするが、それは地面にしっかりと根付いて動かない。
 ところがマイペースの達也はそんなものに押しつぶされることなくしばらくの間無言のまま景色を楽しんでいた。


 このまま静かな時間が過ぎればよかったのかもしれない。
 しかし、その沈黙を達也が破ることとなった。 ためらいがちにゆっくりと口を開いた達也は、そのままあらかじめ用意していた言葉を紡ぎだす。 それがアリスの耳に届くかどうかは分からないがたぶん届くだろうと確信していた。


 ゆっくりと、心を込めて喋る。
 「あのさ、アリス」
 「……………………何?」
 「俺さ、アリスがどんな考えをしているのか全部理解できているわけじゃないんだけどさ」
 「…………」
 「できる限りアリスのことは理解してあげたいと思うんだ」
 「…………」
 「だからさ、話してくれないかな? 何があったのか、何を考えているのか、俺にだけでいいから話してくれないか?」
 「…………」
 「なぁ、アリス」
 「うるさい」



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