ベリアル デート その②
「え?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさうるさいぃ!!!!」
アリスは叫ぶとその手に剣を一本顕現する。 もう我慢の限界だった。 これ以上達也の言葉など聞きたくなかった。
そして剣の先を達也に向けると言葉を続ける。
「この間言ったでしょ!! 何も言うなって」
「でも……」
「知った口をきくな!! あなたに私の何がわかるっていうの!! 言ってみろ!!」
「俺は!!」
「――ッ!!」
突然達也が大口を開けて叫んだ。 アリスはいつもとは逆にそれに気圧されてしまい口をつぐんでしまう。
その隙に達也は次々と話し続ける。
「俺はクライシスに君の人生をシュミレートした!! 今までの君の人生に何があったのかは大体知っている、それにこの間の戦闘の際にマリアが死んだことも知っている!! それも含めて受け入れたいと思ってるんだ!!」
「だから何!!」
「アリス、話を聞かせてくれ」
「――ッ!!」
「アリス、アリス!!」
「私をアリスと呼ぶなぁっ!!!!」
そう叫び、剣を大きく縦に振るうアリス。
咄嗟に一歩後ろに下がり、反射的に右腕をかざす達也。 振りかぶりが大きかったことと、後ろに下がったことが幸いして致命傷こそ受けなかったがその代償として腕が見事に切り落とされてしまった。
何の抵抗もなく腕は切断された。 ゴトリという音がして肘から先が重力に引かれて地面に落ちる。 その次の瞬間に傷跡から結構な量の血が噴き出す。 それと同時に全身が引き裂かれるような鋭い痛みが達也を襲う。
「ああああああ!!!」
あまりの痛みに叫びだす達也。 残った左腕で傷跡を抑えるがそれだけではどうにもならない。 血は止まらず、痛みは少しも減らない。 何か言いたかったが声が出ない、また、何と言ったらいいのかもわからなかった。
目から涙流れてくる。 あっという間に地面が血と涙でぬれていく。
アリスはちょっと驚くような表情をした後、苦虫をかみつぶしたような顔になる。 だが、そのまま開き直ったかのように言葉を続ける。
「アリスって呼ぶな!! これ以上私に関わらないで!! 痛い目にあったでしょ? これ以上私に関わっても不幸になるだけ!! 消えて!! 不愉快!!」
「うううう、ううう……」
達也が何もい返せず呻き続ける。
そこに、どこからともなくクライシスが現れた。 そして、アリスに向かってぶつぶつ文句を言いながら達也に手をかざす。
「もー、気を利かして姿を消していたというのに、どうしてこうなるかなー」
「うるさい!! 全部あんたのせいでしょう!?」
「何を言ってるんだか、君もまだ隠していることがあるだろう? それを話したらどうだい? とりあえず僕はこの傷を治すよ」
そう言って魔力を送り込む。 するとゆっくりと達也の傷がふさがっていく。 新しい皮膚が生まれ傷を覆い隠していく、あっという間に腕は元から無かったかのように違和感のないものとなっていた。 わずか三十秒ほどの話だった。
それと同時に痛みも引いていき、達也も何とか頭を整理することができるようになっていく。 三十秒も経つと、達也はいつもの状態に戻り、話ができるようになる。 なくなった腕の先をアリスに向けると宣言する。
「アリス!!!」
「……謝らないよ、悪いことしたなんて思ってない」
「これが君の痛みか!?」
「……は?」
「それは怒るさ!! 今すぐアリスを殴ってやりたいぐらいの気持ちだよ、今、でもね、アリスは今までこんな痛みなどどうってことのないような人生を送って来たじゃないか、いっそのこと腕の一本無かった方がよかったんじゃ無いか!?」
「…………」
「腕一本で君のこと理解できるなら安いものさ、アリス、教えてくれないか? 君のことを」
「…………」
意味が分からない。 この男は何をのたまっているのだろう、どうしてそこまで自分に執着することができるのだろうか、いったい何が彼を突き動かしているのだろうか。 本当に理解できなかった。
だが、だれがどう見ても達也は本気だった。
アリスは一瞬迷う。
一瞬迷ったが、話すことにした。
「私達、マリアとアリスの姉妹はとても仲が良かった。 それにとてもよく似た顔をしていた。 たまに入れ替わって友達をごまかしたりして遊んでいたんだ。 でもそんな日々も父親の浮気のせいで終わりを告げた」
「…………」
「あれは……事故直後、救出されて病院に運ばれてすぐの話だった」
「…………」
「私は保護された直後、ベッドの上で寝ていた私は大けがを負いつつも目はしっかりと覚めていた。 痛みと疲れが全身を支配しつつも、神経が昂りすぎて寝れなかったんだ」
「……それで?」
「その間、私は記憶がおかしなことになっていた。 自分が誰なのか、何歳なのか、ここが一体どこなのかも分からなくなっていた。 網膜に焼き付いた母さんの生首がずっと目の前に見えているようだった」
「…………」
「ボーッとベッドの上で混乱していた私に、一人のナースが話しかけてきた。 「君は赤城アリスさんですよね?」そう聞かれた次の瞬間、私は無意識下で頷いていた」
「……それが?」
「でも、数日たって気が付いた……」
「……何に?」
「私は本当にアリスなの?」
「え?」
「私はアリス? それともマリア? どっちがどっちなのか私にはわからなくなっていた。 それは、病院を退院してからも、おじさんの元に送られても、そして今になっても、私は自分がどっちなのか分からないまま」
「……そんな」
知らなかった。
そんなことクライシスのシュミレートでは出てこなかった。 達也はクライシスの方を恨めしげに見る。 しかし、クライシスはそんなこと一切気にせず達也のことを無視した。
シュミレートといっても、それはあくまで身体的なものを客観的に体験させるというもの、実際にその間上げなどを読み取れるという訳ではないのだ。 達也はそのことをちゃんと知っていなかった。
クライシスと達也の間に微妙な空気が流れる間も、アリスは話を続けた。
「だから私は怖かった」
「……何が?」
「マリアが目覚めて、もし「自分はアリスだ」と言ったとしたら……ただでさえ意味のない私の人生が余計に崩れてなくなってしまいそうで……怖かった」
「…………」
「でも、世界に唯一残った自分の家族を殺せるほど……私は強くなかった……」
「でも、アリスは戦っていたじゃないか。 あれは何だったんだ?」
「私はマリアを救うつもりだった。 でもそれはあくまでマリアの目を覚まさせる止まり。 私はついでに、マリアの記憶を失わせるつもりだった」
「……そんな……」
達也は絶句する。
それでもアリスはうすら寒い笑みを浮かべながら自嘲気味に話を進めていく。
「私は自分が誰なのかさっぱり分からなかった、だから自分を大切にしようという気がこれっぽちもわかなかった。 私は自分自身に価値を見出せなくなった。 それに嫌なことしかなかった」
「…………」
「でも、人殺しは楽しかった。 魔法少女になって初めて私は、私は、私は自分が自分でいれるような気がした……」
「でもっ!!」
「でもじゃない!!」
「――ッ!!」
「だから私は!!」
アリスはいきなり振り返ると町の方を見る。
そして強化した視力で全力を出してこちらを見ているひとりの少女の姿を見つける。 その少女もこちらの方を見ている。 その目はどす黒く濁っている、そして、魔力らしきものを放っていた。
リミッターを外したあたりから、アリスも何となくであるが魔法少女の存在を感知できるようになっていた。
アリスは殺すべき標的を見つけた。
無理やりにでも口元に笑みを浮かべるとアリスは達也に言い放つ。
「だから私は殺す!! 全身全霊をかけて!! 誰でもない私自身のために!! 誰かに理解してもらおうなんてこれっぽちも思わない!! 理解できるはずがない!!」
「アリス…………」
「もし私の人生がこんなのになったのが誰かのせいだというのなら、それはおじさんのせいでも父さんのせいでも母さんのせいでもない!! それはこの世界のせいだ!! 私はこの世界に復讐してやる!!」
「………………」
達也は何も言えない。
クライシスはアリスが自分の宣言を聞くと、にやにや笑いをさらに大きなものにする。 まるですべてが自分の思惑通りに言っているのがうれしくて仕方がないかのように。 それが気に障るアリスだが無視する。
そしてすべての未練を断ち切るかのように達也に背を向けると敵少女の方を向くと叫ぶ。
「変身!!」