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終末 その①

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 「小岩井所長!!」
 「どうしたの? 吉田君」
 「大変です!! クライシスが」
 「!! いったい何があったの!?」
 「起動して地下格納庫を破壊しています!! 拘束していた鎖はほとんどすべて引き千切られました、非常用シャッターも起動しましたがそれでは後五分も持ちません!!」


 「なんですって!? 研究所は平気なの?」
 「まだ大丈夫ですが……時間の問題かと」
 「――ッ!! 非常事態を宣言します!! 今すぐ研究所のセキリュティーを駆使してクライシスを抑えこんで!! そして今すぐ残った職員はマニュアルにのとって避難すること!!」
 「分かりました!!」



 その後、五分と立たないうちに研究所内に警報が鳴り響き、黒服の指示に従って研究所の人々がみんな避難していく。 小岩井所長も人の列に紛れ避難する。 本当は最後まで残りたかったが吉田に説得されたのだ。
 小岩井所長がいなくなっては後々困ることになる、トップこそ先に逃げるべきだと言われたのだ。
 酷い胸騒ぎがしつつも、研究所では大した騒ぎが起きることなく静かに避難が続いていく。 普段の訓練が功をなしたらしい
 長い廊下を歩きながら、小岩井所長はふと、足を止めて後ろを見る。


 「……何があったの、アリス……達也君」




 全員の避難が終了するまで十分かかった。
 その間にすでにクライシスは地下格納庫を完全に破壊し、避難が済んで誰もいない研究所を突き破り、地面を地面を削っていくと五分もしないうちに地上へと飛び出した。 無駄のない、素早い行動だった。
 何年かぶりに全てのパーツがそろった状態で地上に出たクライシスは照り付ける日の明かりを全身で楽しみつつ、大きく腕を開き、咆哮する。



 「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォオオォォォォォォオオオォォォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!!」




 クライシスの姿はまさに異形だった。 昆虫臭い見た目をしているが人のようにも見える上半身、腕は体と比べて酷く長くそれを大きく開いているとまるで世界の全てを抱きかかえようとしているかのようだった。
 下半身は球体をしていた。 複雑な幾何学模様が刻み込まれたそれは線の一本一本から鈍い光を放ちつつ、重力干渉波を発生させてクライシスの体をしっかりと支え宙に舞っていた。
 そんな下半身と上半身の間をつないでいるのはまるで是骨のような構造をしてた部分だった。


 顔面は大きく開き、獣のようだった。
 全長百m以上はあろうかと思われる完全なる生命体は顔を水嘉新の一部がいるところに向けると、ジェット機も顔負けのスピードでそこに向かって飛んで行った。 これだけのスピードなら十分も経たず到着するだろう。
 研究所の外からその様子を見守っていた小岩井所長はふとそう思った。
 手はずによれば一時間にないに自衛隊が自分たちの救出に向かってきてくれるはずだった。 心配など一つもないはず


 それでも
 小岩井所長の胸は心配でいっぱいだった。





 アリスの目の前に巨体が広がる。
 それがクライシスであることにアリスは疑いを抱かなかった。 宙に浮くクライシスの本体は突然、背中にあった数本の角のような部分を展開すると、そこから大量の魔力を放出し空中に巨大な魔方陣を発生させる。
 それは怪しげな光を放ちながらどんどん大きくなっていく。
 クライシスはそれを見ながら笑顔で言った。


 「あれはやがて全世界を覆いつくすとオモパギア達を催眠状態に陥れる。 その後、命令を下すと催眠状態にあるオモパギア達は死ぬ。 簡単だろう? オモパギアの殲滅には三十分もかからないんだ」
 「……なら、さっさとしたら? もう私には関係ない」
 「ところがどっこい、そううまくはいかないんだ」
 「……どうして?」
 「君が僕の力のほとんどをそのコアに宿しているからだよ」
 「…………」
 「僕は君を吸収しなくていけないんだ。 じゃないと子の魔方陣を世界中に広げることはできないし、命令を下すこともできない」
 「…………」


 
 「さぁ!! ともにオモパギアを滅ぼそうじゃないか!!」




 アリスは分かった。
 どうしてクライシスが自分に死んでほしくなったのかその理由が
 死ぬとコア、いわゆる魂は消失してしまう。 すると自分が宿しているクライシスの力が消えてなくなることを意味する。 それでは自分の目的を達せることができない、だからクライシスはアリスを生かそうと躍起だったのだ。


 ゆっくりと顔を上げ、世界の創造主にして破壊者であるクライシスを見てみる。
 巨大な本体に、見慣れたピエロの顔をしたこけしがアリスの眼前で重なって見える。
 アリスは弱々しく口を開くと、最後の疑問を尋ねる。
 

 「ねぇ、どうして魔法少女なの?」
 「……その理由は、僕の記憶にその存在が脅威として根強く残っているからだよ。 そのことを知っているスパラグモスは魔法少女を模した敵を作り、僕もそうした」
 「……そう」



 アリスはゆっくりと首を回し高台の方を見る。
 すると催眠の影響を受けたのか、ぼーっとした顔で空の魔方陣を眺めるような格好でピクリとも動かない達也の姿を見た。 強化した視力でギリギリ見える程度だったがその姿を確認することができた。
 一瞬、ほんの一瞬だがアリスは達也の腕を切り落としてしまったことを後悔した。 あんな事せずとも良かったと、少し罪悪感を抱いた。 ここ十年ほどで久しぶりに罪悪感を抱いたような気がするが、昔のことを思い返す気にはなれなかった。


 躊躇はしない


 今まで何度もやろうと試みてきたことだ


 大丈夫


 できる




 「クライシス」
 「なんだい?」

 「あなただけを幸せにさせたりなんてしない」

 「え?」
 


 聞き返すクライシス
 しかしそれにこたえることなくアリスはにやりと笑うと、その手に一本の剣を顕現する。
 そして、その切っ先を自分の腹部に押し当てると、全力を込めて突き刺し、そのまま横に振るう。 いわゆる切腹というのによく似ていた。 あまりに一瞬のことに、クライシスは止めることができなかった。





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 ふと、思ったことがある。
 自分は生きていていい人間なのか。 
 世間の大人に聞いてもほとんどの人はこう答えるだろう「当たり前だろ、生きていちゃいけない人間なんていないんだ」。 そう言って彼らは人を殺した人に向かってこういうんだ。 「こんな奴、早く死刑にしてしまえ」って
 矛盾してる、いや、逆説というべきか。 格好いい言いかたするとパラドックスというのだろう。 別にそれに対して怒りを覚えるだとか、文句を言いたいわけではない。 そんなことはいたって普通のことで、私が何を言ったところで何も変わりはしないからだ。
 それはそれでいい。 納得できる。
 しかしそれでは答えにはならない。
 では、逆に子供に聞いてみる。 だが、それも無駄だ。
 子供にそんなことを聞いたところでまともな答えを得ることができない。 聞いたところで「うるさい」もしくは「知るか」、ひどい場合は「さっさと死ね」と言われるだろう。 無視されるかもしれない。
 まぁ、それも仕方のないことだろう。
 アリスが尋ねられる側だとしたら同じことを言っている。 それはそうだ、自分と何らかかわりのない他人のバカみたいな疑問に答える義理はない。 そのうえ、相手は子供だ、興味が湧かない限り馬鹿の相手をするわけないだろう。
 今更ながら、一つ言わせてもらおう。 これはアリスの偏見である。 そうでないという人もたくさんいるだろう。
 だが、そんなことはアリスに関係ないのだ。

 クライシスは言った。
 「この世界に置いて、完全な生き物は存在することが許されない。 
 でも、不完全な生き物は、いずれ自滅する。
 それでもこの世界には生き物がいる。
 不思議だと思わないかい?
 いずれ滅びる生き物なのに、存在しているなんて
 結局、意味なんかないんだ。
 みんな死ぬしかないんだ。
 それを理解した時
 僕は絶望した。
 でも、だからこそ
 どんな手段でもいいから、
 どれだけ犠牲を払ってもいいから
 とにかく、醜くても生き抜こうと思ったんだ
 だから、
 君も生きようじゃないか」

 だから何?
 アリスはそう言いたかった。
 でも、とめどなく血があふれ出てくる口からは「ゴフッ」という聞くに堪えない醜い音と、汚い血液が零れ落ちるだけだった。 どうやら体が限界を迎えているらしい。 ふと顔を下げてみると、腹に空いた穴から腸と思われる内臓が零れ落ちていた。 大量の血液の中に転がる細長い物はどことなくミミズのように見えて笑いがこみ上げてくる。
 しかし、笑うだけの力もほとんど残されていない。

 ところが、どういう訳か涙はとめどなく流れ、血でぬれたアリスの頬を流れていった。 そしてそれは血だまりの中の一滴となり、消えていく。 この涙の意味は一体何なのだろうか

 視界もぼやけてきた。 もう音はほとんど聞こえない。 また、どうやら走馬燈は見えないようだった。 といっても走馬燈なんかが見えたところで、楽しい思い出があるわけではない。 逆に見れないことはありがたかった。
 アリスは力を振り絞るとゆっくりと顔を上げてクライシスの顔を見る。
 クライシスはもう何も言わない。 自分の力をもってしても、もうアリスを助けられないと悟っているのだろう。 諦めが速いのは嬉しかった。 
 これで気兼ねなく、死ねる。
 アリスは最後の力を振り絞ると、手にしていた剣の柄をしっかりと握ると、刃の部分を自分の首元に向ける。 いくら痛覚が麻痺しているからと言ってまったくもって痛くないわけではない。 それに、致死量に至るまでの血が流れるまで時間はまだまだかかる、長く苦しむのも勘弁だった。
 さっさと首を切り離して死のう。
 覚悟はとっくに決まっている。 今まで死ねなかっただけだ。
 
 自分は生きていてもいい人間だったのだろうか

 再びこの疑問が脳裏に浮かんでくる。
 それと同時に、アリスは今まで否定してきた事実を認めることにした。

 結局のところ、自分はは誰かに「生きていてもいい」と言ってもらいたかったのだ。


 次の瞬間、アリスは自分で自分の首を切り落とした。


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