終末 その②
クライシスはアリスの死体を見下す。
すると首の亡くなった死体からゆっくりとコアが抜け出ていくのが分かる。 宿主が死亡したコアはこうして空中に出ていく。 そして、やがて消え去る。
しかし、それは普通のオモパギアの場合である。
アリスやほかの魔法少女のようにコアが変質してしまったものは全てどこにも行くことができず、ひたすら虚空を漂うだけの存在となり、何十年とたってから消失する。 それまでは何者であることが許されない。
そんな哀れな魂の一つに目を付けたクライシスはゆっくりと手を伸ばすとそのコアを握りこんだ。
「…………」
クライシスは何も言うことができなかった。
これで世界を滅ぼすことはできない。 再び世界を支配することもできなければオモパギアも殲滅することができない。 こうなっては自分の存在意義もない、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない。
途方に暮れるクライシス
だが、こうなることは予測できていた。
知っていたのだ。
クライシスが握りこんだアリスのコアを眺めながら、小さな声でつぶやいた。
「終わりの始まりの始まりが終わる」
自分にはすべきことがある。
クライシスはもう片方の腕を伸ばすとアリスの死体を掴みこむ、少し離れたところで転がっていた生首も一緒に。 そして、自らの力を使用すると肉体を再生する。 すると奇麗な死体になる。 ぱっと見だけでは生きているように見えなくもなかったが、死んだ者は死んだまま。 生命エネルギーが尽きているせいでもう二度生き返ったりしない。
しかし、クライシスにはある手があった。
自らのコアを開放すると、それをアリスのコアと混ぜ合わせる。 こうして魂を再び回復させたアリスの肉体に戻せるようにする。 さらに、アリスの肉体に一応の生命エネルギーをため込む。
これでいいはずだった。
クライシスは自分の体から力が抜けてくるのを感じる。 それはそうである、自身の命といっても過言ではないコアを抜いたのだ。 自分の体に残している生命エネルギーだけでは魔方陣を維持しつつ、長く生きることはできない。
もってあと一時間ぐらいだろう。
クライシスは一連の作業を繰り返しつつ、今までのことを思い返してみる。
思えば長い足取りだった。 自分は彼女と共に相当長い時間を過ごして、ともにこの世界を見守って来たような気がする。 その結果がこれである。 いや、こうなることは知っていたがやはり苛立たしく感じる。
何とか彼女の意志に乗っ取り、この世界とオモパギアを殲滅することができれば一番なのだが、やはりこういうことになった。
「……悲しいものだな」
クライシスは復活させたアリスのコアを同じくよみがえらせたアリスの体に再び戻す。 するとアリスの息が吹き返す。 生き返ったのではない、生まれ変わったのだ。 これがクライシスができる唯一のことだった。
しかし、しばらくは目覚めることができないだろう。 一度抜けた肉体に魂が宿るのに数十時間は必要とするからだ。
その後、クライシスはアリスを掌に載せたまま、宙を切って進むとアリスが住んでいた町とは離れた場所に向かう。 そして、そこにあるそこそこ大きい病院の正面玄関前にアリスの体を捨てていく。
そして、アリスが焦土とした街の上空に向かうと、そこで動きを止める。
この町も酷いありさまだ。 これもすべて世界のせいなのだろうか
クライシスはそこで再び両腕を広げると空中に張っていた魔方陣に力を込める。
すると魔方陣が怪しい光を放ち、ゆっくりと収縮していく。 やがてそれは小さな光と化すと、クライシスの真上で動きを止める。 そこで、球体に向かってクライシスは一本の光を撃ちだす。
次の瞬間
ドゴォォンッ!!!そんな爆発音が辺りに響き渡る。
すると爆発した球体から大量の光の弾が世界中にばらまかれていった。 光の弾は地面に着弾すると同時に紫色の光を放ち大爆発を起こす。 それがこのあたり一帯で連続して起こった。
しかし、どういう訳かアリスのいる町には着弾しなかった。
数分もしないうちに球体は全て光の弾となって消えてしまった。 この周囲の町に酷い傷跡を残して
クライシスはそれで満足そうに頷くと、小さな声で呟いた。
「ごめんね、目的を達することができなくって。 でも、これでゆっくり休めるだろう? みんなが待っているよ」
顔を上げるとクライシスは最後の光を目に刻み込む。
それは今まで見たものの何よりも美しく、儚いものだった。
「彼らに再びの絶望を、頼んだよ」
これがクライシスの遺言だった。
その次の瞬間、生命エネルギーが尽きた。
クライシスの全機能が停止すると、重力に引かれてそのままゆっくりと地面に落ちていった。 下半身から落ちて、背骨のようなパーツがグテンと曲がると上半身が地面にたたきつけられる。 ドン、ドンと連続して大きな音が響き、そのまま地面に横たわった。
これが後に『ワンダーランド・インパクト』と呼ばれる事件の顛末であった。