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アドラメレク

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 青木蓮華の人生は諦めの連続だった。
 彼女の母親は若いころに苦労したらしい。 その理由を女だったから、と母親は語っているが真相はどうかわからない。 そんなことは蓮華にあまり関係のない話だった。
 そんな母親の元に生まれてきた蓮華は、あまり祝福されなかった。
 それでも彼女は構わなかった。 生まれてきてからずっと愛情を向けられていないと、それが当たり前となる。 愛情がないのが当たり前だとほんの少しのことで幸せを感じることができるようになる。


 もちろん、人肌が恋しくなることもある。 そういう時は近くに住んでいた父方の祖母のところに行くようにしていた。 彼女も苦労した人らしい、そのためか蓮華には優しくしてくれた。 蓮華という名前を付けてくれたのも祖母だった。
 ちなみに父親は典型的な忙しい人だった。 一緒に遊んだことなど全くなかった。
 こうして彼女は小学生までの時間を過ごしていた。


 それが激変するような出来事が、ある日起こる。
 母親が突然、蓮華に男物の服やおもちゃなどを買い与えるようになったのだ。 それも笑顔で、次から次へと。 最初は蓮華も喜んだ。 男物、女物の区別がつかなかったということもある。 それ以上に母親から何かがもらえることがうれしかったのだ。
 しかし、ほどなく違和感を感じるようになる。
 初めは小さなものだった。 デパートに買い物に来ていた時、近所に住む女の子がおもちゃ屋で熊の人形らしきものを買って貰っているのを目にした。 可愛らしい、女子が好きそうなものだ。
 蓮華もそれが欲しくなった。 理由は特にない。 何となくだ。
 隣に立つ母親に蓮華は言ってみた「あのお人形さんが欲しい」と


 蓮華は今でも忘れない
 その時に母親の顔、言動、振り上げられた腕
 「お前にそんなものは必要ないの!!」
 その時、蓮華は諦めた。 母親の言うことに逆らうことを
 その後も諦めの連続だった。 学校では蓮華に対するいじめが始まった。 男女と呼ばれて馬鹿にされた。 同い年の女の子とは話が合わず孤立していった。 先生は役に立たなかった、都合の悪いところは見ない人だったから
 いろいろと諦めてきた。 諦め癖というのは本当にあるんだと実感できるぐらいまでは諦めてきた。 諦めたことをいろいろと背負い続け、いつの間にか背中に見えないおもりがズッシリと、ズッシリと


 そんな彼女の心情が変わったのが祖母の死だった。
 中学に上がると同時に祖母が死んだ。 餅か何かをのどに詰まらせて死んだらしい。 蓮華は二年ぶりに父方の実家に足を踏み入れた。 そして、棺に眠る祖母の姿を見た。

 その瞬間
 蓮華は諦めた。
 祖母は死んだのだ、二度と戻ってこない。 自分の味方はもういないのだ、と
 それと同時に、蓮華は絶望した。
 自分は唯一の味方で心のよりどころだった祖母が死んでも、こんなに簡単に諦めることができるのか、と。 自分はなんて薄情者なのだろう、どうしてここまで諦め癖が付いてしまったのだろう。


 誰のせいでこうなったのだろうかっ!?


 
 

 と、思うわけなんですよ。
 
 包丁を片手に、寝ている母親の枕元に立っていると、そんな考えが脳裏を駆け巡り、どす黒いもので心を覆って行く。 自分の醜さに吐き気がしてきて、今すぐにも自分の人生をめちゃくちゃにした奴に包丁を突き刺したくなる。
 片手に持つ凶器は、それ一つで人を終わらせることができるとは思えないぐらい軽くって
 それは人の命の儚さを体現しているようで
 蓮華は包丁を掲げて持つ

 でも、諦め続けたのはあなたでしょう?
 自分で自分の人生を諦め続けたんじゃないの?
 自分で選んできたことでしょう?
 母親を殺したところでどうなるの?
 あなたが諦めて来たんじゃない
 自分が死ねばいいのに
 それが一番なのに
 

 これは良心の声なのだろうか
 それとも誰かがささやいている?
 でも、確かにその通りなのだ。 母親を殺しても、自分の人生がさらにどん底へと落ちていくだけで、誰の得にもならず、誰も救われず、ただひたすら諦め続けるだけの人生を送ることになるのだろう。
 だとしたら、ここで母親を殺しても何の意味もない。
 結局、こうしてまた、諦めるのだ。
 そう思うと、自己嫌悪の海に溺れてしまい、戻ってこれなくなってしまいそうで

 「君、魔法少女にならないかい?」
 「はぁ?」
 そんな時だ
 奴と出会ったのは
 「もし、私と契約して敵に勝利したら、君の願いを一つかなえてあげようじゃないか」
 「…本当?」
 「あぁ、本当だ」
 
 スパラグモスと名乗るそれは蓮華にそう言った。

 蓮華は信用しなかった。
 しかし、スパラグモスの言うことに縋ってみることにした。
 嘘かもしれない。 でも、諦め続けた人生に何か変化をもたらすことができるかもしれない。 それに、勝利した時に、本当に願いがかなうなら自分の人生を変えることができる。
 希望は持つことができた。
 そして、契約した。

 「おめでとう、君は諦念の名を持つアドラメレクの悪魔を背負った魔法少女だ」

 それを聞いた蓮華は笑いを堪えることができなかった。
 自分にピッタリじゃないか



 
 …………そして……

痛みは感じない。
 それでも違和感は感じる。 今、自分の体は上半身しかないのだと思うと、少し寂しい気持ちになる。
 蓮華は薄れゆく意識の中必死に目を凝らすと、自分を見下す少女を見上げる。 その少女は手にする剣をこちらの首に焦点を当てて今にも振り下ろそうとしている。 何か言っているが聞き取れない、でも、それでいい。
 蓮華は心の中で笑っていた。
 これでようやく、自分は自分の人生にも諦めがつくのだ。
 スパラグモスには悪いが、これで自分の目的は達成できた。

 しかし、蓮華がその短い一生を終える一瞬前、ちょっとした疑問が脳裏をよぎった。
 果たして、自分は何のために生まれてきたのだろうか?
 
 その疑問の答えが出てくる前に、蓮華の首は落とされ
 
 全ては終わった。




21, 20

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