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シャムシエル

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 青葉照の人生は母親と共にあった。
 朝、起きて目覚めると隣で母親が寝ていて、一緒に朝ご飯を食べ、一緒に家を出てそれぞれ学校と会社に向かう。 夕方同じような時刻に帰ってきて、晩御飯を一緒に食べる。 同じテレビを見て同じような時間に寝る。
 もちろん、それは多少時間を調整してそうしていた。
 母親も、照も、どちらも意識して長い時間を一緒に過ごそうとしていたのだ。
 照が生まれる前、母親の夫は失踪した。 どういうわけかというと、夫はいわゆるヒモだった。 母親はそれを知っていたがそれでも彼を愛していた。 よくある発想だが、子供ができれば一緒になれると信じていたのだ。
 

しかし、あっさり裏切られた。
 夫は失踪した。
 母親は一人で病院へ行き、一人で出産した。 母親は初めて抱いた小さな命を前にあることを決心した。 この子には寂しい思いはさせない、と
 母親はひたすら照と一緒にいた。
 決して甘やかしてはいない。 でも、一緒にいた。 できるだけ長い時間、隣にいて文字通り照の心のよりどころとなった。


 しかし、問題もいくつかあった。
 彼女は幼稚園の頃からからかいの的で、小学校に上がるとちょっとしたいじめにあうようになった。 いつも母親といることは嘲笑の的だったし、照は母親以外と仲良くしようという考えがなかった。
 心無いいじめを受け、傷ついた彼女を癒したのも、また母親だった。
 照はいつしかこう考えるようになった。


 私を必要としているのは母親しかいないのだと、また同時に母親が最も必要としているのは自分なのだと
 それが果たして自然なことなのか、さっぱり分からなかった。
 でも、彼女にとっては自然なことだった。

 しかし、そのことに転機が訪れることとなった。
 ある日、母親が一人で病院に行った。 そして、浮かない顔で帰って来た。 その日一日中、母親は浮かない顔をして照の呼びかけにも応じなかった。 照は初めて見る母親の様子に死ぬほどの心配をしていた。
 そう、心配だった。
 なのでこっそりと、母親に内緒で病院の診断書を覗いてみた。


 癌だった。
 しかも悪性の

 それを見た瞬間、照の目の前は真っ白になった。
 次の瞬間、脳裏を様々な考えがよぎっていく。
 
 お母さんが死ぬ!?
 癌で死ぬ!?
 もしかしたらもうあと幾ばくもない命かもしれない!!
 お母さんが死んだらどうしたらいいの!?
 私はどうやって生きたらいいの!?

 ここで初めて気が付いた。
 自分は母親がいないと何もできないのかもしれない、と
 そう思ったとき

 どんなことをしてでも母親を生かさなくてはならないっ!!
 照はそう決意した。





 その時、奴に出会った。
 「初めましてですまないけど、君は魔法少女に選ばれました」
 「……え?」
 そう言われた時、照は幻覚か何かだと思い無視しようとした。
 しかし、次に奴が言った言葉は照の心を揺らすのに十分だった。
 「もし、君が勝利したら君の願いを何でも一つ叶えてあげよう」
 「え?」


 今、照はバカみたいな話でも、希望に縋りたい気分だった。
 もし、この何かが言っていることが本当だとしたら
 母親のがんを治せるかもしれない。

 だとしたら、断る理由などなかった。
 照は二つ返事で了承した。

 「おめでとう、君は依存の名を持つシャムシエルの天使を背負った魔法少女だ」

 依存
 それは自分のことなのかもしれない。
 
 それでもかまわない。
 照はそう開き直っていた。


 心臓を貫かれていた。
 照は何となくそう察することができた。 人体の構造に詳しいわけではないが、何となくそれを察することができた。 生命エネルギーが全身から抜けていく感じがする、どこか清々しいものだった。
 照は薄れていく意識のなか、敵が何かを言っているのが聞こえてくる。
 でも、そんなことに興味はわかなかった。
 何とか口を動かすと、小さな声で呟いてみる。
 「……お……母さ……ん…」



 ずっと前から気が付いていた。
 自分は自分のために自分の母親を無意識下で利用していたのだ。 依存、そうだ間違いない。 照は自分のために母親に依存していたのだ。
 でも、そのなにが悪いっ!!
 もうすぐ自分は死ぬというのに、照はそう世界中に伝えたい気持ちでいっぱいだった。
 自分には母親さえいればいい。
 際限なくいろいろなものを欲しがる人と比べてなんと慎ましやかなことか。


 そう思わない?
 目の前の少女にそう尋ねたかったが、できなかった。
自分は話しかけられるほどの力が残っていなかったし、その少女も話を聞く気があるようには見えなかった。


しかし、照がその短い一生を終える直前、ちょっとした疑問が脳裏をよぎった。
 果たして、自分は何のために生まれてきたのだろうか?
 その疑問の答えが出てくる前に、照の首は落とされ
 すべては終わった。
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