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ベリアル マリア その①

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 「…………」
 「アリス……何を考えているんだい?」
 「…………」
 「アリス?」
 アリスは力尽きていた。
 原因は魔力の使い過ぎである。
 魔力は生命エネルギー、使いすぎると死ぬが、それ以前の状態がある。 それが指一本も動かせないぐらいの倦怠感と、思考判断能力の低下、一時的に全身を襲う筋肉痛のような鋭い痛みである。
 変身を解除した直後からアリスはその全てに襲われていた。 しかし、そのどれかのせいでクライシスの言葉に反応を返さなかったわけではない。
 自分の母親のことを思い返していた。
 といってもいい思い出があるわけではない。
 覚えてるのはただ一つ

 目を見開き、血で真っ赤に染まりながらもこちらを見続ける母親の生首

 「……やめよ……」
 アリスは考えるのをやめた。


 ゆらりと立ち上がると、ふと、後ろを振り返る。
 するとそこは地獄だった。
 血まみれ、肉まみれ、死体まみれの廊下。 ぎりぎりきている人間のうめき声、叫び声、泣き声。 爆破の跡や壁についた切断面がさらに惨劇を強調しているようにも思えた。 この世の地獄はここにある。
 アリスはそう思うと、なんだか笑みがこぼれてくるのを感じていた。
 「ククク……」
 「アリス、ちょっといいかい」
 「……何?」
 「そろそろこの場から離れた方がいいと思うんだ」
 「……確かに」
 体の痛みをこらえながら立ち上がるとゆっくりと歩き始める。 目指すは校庭、おそらくそこには学校から逃げ出した生徒たちがいるだろう。 彼らにまぎれてそのまま何とかやり過ごすつもりでいた。
 ゆっくりと歩きつつ、アリスは考える。
 自分はどうしてあの死体の山を前にして笑えるのだろうか。 本当は複雑な思いが胸を渦巻いている。 しかしそれを言葉にしようとしてもうまくいかない。 アリスはそのことだけを考え続ける。
 そして、ようやく言葉を見つける。
 羨ましいんだ。
 そう、アリスはたまらなく羨ましいのだ。
 自分は死ねない。 でも、彼ら、彼女らはこんなにあっさり死ぬことができる。
 「……マリア……」



 あの子が●●●●●●●●
 ………………………
 違う、自分があの時、●●●●●●●●
 つまりは自分が悪いのだ。



 どんよりと曇った気持ちになりつつ、アリスは歩いて行った。
 結局その後アリスは様子を見に来た先生に回収され、校庭へ連れ出された後、避難してきた生徒たちに交じって一斉下校することとなった。 その間もアリスはひたすら考え事を続けていた。
 クライシスに話しかけられても、ひたすら前を見続け、考えながら家に帰る。
 ふと気が付くと
 家にいた。


 何となく見慣れない光景
 部屋が片付けられている。 ゴミ袋が大量に並んでいたはずが半分ほどなくなっている。 それに、冷蔵庫に食品が増え、外に布団が干されている。 机の上も整理され、どういうわけか書置きと二万円が置いてある。
 アリスはそれを見て悟った。
 おじさんが来たんだ。
 「…………」
 「アリス、おじさんっていい人なのかい?」


 アリスは答えない。
 だが知ってはいる。
 おじさんはそこまで悪い人じゃない。 もちろんアリスをレイプするロリコン野郎だが、それ以外ではおおむね優しく、こうして部屋を掃除してくれたり金を持って来てくれたりする。
 たぶん、アリスを便利なオナホか何かだと考えてのことだろう。
 アリスは無言のまま書置きを見る。
 すると近日中に会いに行くという旨を伝えることが書かれていた。
 「…………」


 干されていた布団を部屋に入れ、元あった場所に適当に敷きなおす。 それが終わるころ学校から連絡が来て、明日から学校が三連休になり、その間に葬式がある場合は必ず出席するようにと通達が来る。
 もちろん、出席するつもりのないアリスはこの三日間の休みを好機と見た。
 夕食の後、アリスはクライシスに言った。
 「クライシス」
 「なんだい?」
 「明日、マリアに会いに行く」
 「そうか」
 


次の日
 アリスは珍しくすっきりとした目覚めを迎えると、偶然枕元にあったテレビリモコンを手にしてテレビをつける。 朝、早く目を覚ましたいときにいつもこうする。 情報を頭に無理矢理詰め込んで起こすのだ。
 といってもすでに十時を過ぎている。 思いのほか昨日の疲れが残っていたらしい。
 

テレビから聞こえてくるアナウンサーの抑揚のない声を頭に詰め込みつつ、食パンとハムを取り出すアリス。 今日は普通に朝食をとるつもりでいた。
 食パンにハムを挟み、マヨネーズをかける。 そしてそれを半分に折って挟むとそれを食べる。
 久しぶりの食べる感触に違和感を覚えるも、少しずつ飲み込んでいく。 急いで食べると吐いてしまう。 しかし、噛むのも嫌になってくるので、すぐにコップに入れた水で飲み下す。 
 結局食パン二枚分しか食べられなかった。
 それでも満足したアリスは二週間ぶりぐらいに私服を引っ張り出すことにした。
 

その時、テレビから聞き覚えのある名前が聞こえてきた。 学校の名前だ。 アリスは反射的にテレビの方を見る。
 するとそこでは昨日の事件を報道していた。
 
『昨日八時三十分頃、●●市立柳葉中学校で大量殺人事件が発生しました。 死者二三名、軽重傷者三七名、学校に乱入してきた少女Aが校内へ爆弾を持ち込み、それを爆破させたとみられています。 しかし、その少女Aも死亡した模様です。 死因などは不明です。 被害者のほとんどはまだ前途ある中学生たちで、今、日本中で波紋が広がっています……』
 「…………」
 「どうだいアリス、これが君のやったことだよ」
 「……もう少し殺せたな……」
 大して興味なさげにそう呟くアリス。 クライシスは絶句するしかなかった。
 クローゼットから古いジーパンとTシャツを取り出す。 そしてパジャマ代わりにきているジャージを脱ぎ捨てると、着替える。 その後、奥にある真っ黒の冬用のコートを引っ張り出す。


 そして、それを羽織ると玄関に向かって行った。 その途中、おじさんが置いて行った一万円札をポケットに突っ込んだ。
 「…………」
 「アリス……」
 「…………何?」
 「もう初夏だよ」
 「……うん」
 「それ、着る?」
 「うるさいなぁ」


 そう悪態をついてアリスは家から出ていった。
 アリスが向かうのは家から徒歩十分のところにある柳葉駅に向かって行く。 目指すは二駅先にある町に向かう。 そこにマリアはいるのだ。 めったに外出しないアリスもそこにはしょっちゅう行く。 一週間に一度ぐらいの割合で向かっている。
 諭吉さんで切符を買い、残った金をポケットに突っ込む。 ジャラジャラ音がするが気にしない。
 そのまま電車に乗り、向かって行く。
 町までは八分もあれば到着する。
 

その間、アリスは扉にもたれかかり、窓から外の風景を眺め続ける。 何の面白みもないビルが立ち並ぶ風景、あまりにも味気のないものに、アリスは殺意を感じる。 魔法少女になってから殺意が芽生えることが多くなった気がする。
 前までは普通に無視することができた些細なことが無駄に気にかかるようになってきた。
 これはいい傾向なのかどうかわからないが、個人的には全く嬉しくない。 勘弁してほしかった。
 たぶんあれだろう。 奥底では前から殺意を抱いていたのだろう。 それを素直に自分の思いとして感じることができるようになったのだろう。


 その理由は十中八九この力なのだろう。
 アリスはそこで考えるのをやめた。
 元から考えるのは好きでは無いのだ。






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