ベリアル マリア その②
駅から出て大通りの隅っこを進んでいく。
人の視線を避けるため、フードをかぶり、ひたすら下を向きながら歩いていく。
どこからともなく声が聞こえてくる。
「遅刻するー!!」
アリスは少し顔を上げると声のする方を見る。 すると隣町の中学校の制服を着た人が走っていく。 初めて戦った魔法少女と同じ制服。 初戦の時、レンゲとかいう少女の学校が分かった理由がこれだ。
町に来る時たまに見かけていたので分かったのだ。
アリスは目的地に到着すると、建物を見上げる。
「…………」
「アリス、ここにいるんだろう、早く入らないか」
「……そうね」
アリスはそう呟くと、市立病院の中へ入っていった。
市立病院の五階
マリアはそこにいた。 そこにある病室、特別室でぐっすりと眠っていた。 全身にチューブや機器を繋がれて、ここ数年開いたことのない目を天井に向けていた。 アリスはそのそばに立つと、マリアの顔を眺め続ける。
アリスとそっくりの顔、看護師か誰かにちゃんと整えられている分、綺麗な髪だった。
しかし、マリアは生きている感じがあまりしなかった。 死体のように真っ白な肌、ピクリとも動かない身体。 アリスはゆっくりと手を伸ばすと、マリアの頬を撫でる。
マリアを見るアリスの目はいつもとまったく変わらなかった。 いつもと同じ感情の無い死んだ魚の目。 それでも、雰囲気が少し柔らかいものに変わっていることにクライシスは気が付いた。
アリスはここに来るとやるせない気持ちになる。 それはマリアに対する同情なのか、哀れみなのかはさっぱり分からない。 それでもアリスはここに来ないわけにはいかなかった。
来る理由はそれこそ同情か、哀れみか
その答えはあっさりと出る。
罪悪感だ。
今日のアリスは少し違った。
その理由は単純だ
マリアの命を自分が守っているのかと思うと、少し感慨深いものがある。 この子の命を守るも奪うも自分の気分次第なのだ。 何となく嫌な感じがする。 アリスにとってマリアはこの世の全てより大切なものだった。
一つの確信がアリスにはあった。 この世の全てを犠牲にしてもマリアを守って見せる。
しかし、●●●●●●●●●●●●●●
やめよう。
アリスは、いったんこの部屋から出ることにした。
ここでもやはりアリスは屋上に来てしまうのだった。
ここの屋上は学校の物と比べると二倍ほど高い。 今日は風が強いらしく、少しだけアリスの髪が風になびく。 でもそれを直すことなく、落下を防ぐ柵まで近づくと、そこから下界を眺める。
すると、人が群がっているのが分かる。
はるか先にまで続いていそうな曇り空、山々が連なりその上で雲が群がっている。 その向こう側にはまだアリスの知らない世界が広がっているのだろうが、そんなことに対して興味はない。
どうせ自分の人生はこの町で終わるのだ。 外の世界に興味を向けるだけ無駄というものだ。
アリスは一旦目を閉じ考えるのをやめると、クライシスの方をちらりと見ると口を開く。
「……マリアがああなったのは小学校一年の頃」
「……知ってるよ」
「聞いて」
「はい」
一瞬、アリスの方から今まで以上に強い殺意を感じたのでクライシスは反射的に相槌を打つ。 アリスとしては珍しく普通に話しかけるので、邪魔されるのは酷く不本意だった。
クライシスが黙ったのを見ると、アリスは話を続ける。
「あの日、母さんと父さんは離婚した。 母さんは夜遅くになってから身の回りのものとマリアと私を乗せて車を走らせた。 どこに向かうつもりかは知らなかった、でも、二度と家に帰ることはないんだろうなと感じていた」
「…………」
「その道中、事故か、故意かは知らないけど母さんは車の操縦を誤って崖から落ちた。 私とマリアはぐっすり眠ってたから事故の瞬間のことは覚えていない」
「…………」
「私は痛みに気が付いて目を覚ました。 すると、目の前に母さんの生首があった」
「…………」
「私は叫んだ。 逃げ出したかった。 見たくなかった。 でも、車の破片や崩れた土砂に挟まれて私はピクリとも動くことができなかった。 そのせいで私は救助が来るまで母さんの生首と向き合うこととなった。 いっそ気を失うことができれば楽だったんだろうけど、無駄に痛みがあったせいでそうはいかなかった」
「…………」
「今でもたまに思い出す。 ちぎれた母さんの首を。 見開かれた目、真っ赤な血液が顔や首の傷から少し流れている。 首の傷からは白い骨が少し見えていた。 たぶん、体を動かせれば母さんの死体を見つけることができたかもしれない。 そう思うと少し残念に思う」
「…………」
「数時間後、私は救助された。 マリアも助け出された。 でも、その日からマリアは目を覚まさない」
「……俗にいう植物状態っていうやつだね」
「そう、今、マリアは病院が看てくれている。 医療費とかも全部出してくれている。 その代わりにマリアはいろいろな薬や治療法を試されている。 いわゆる被験体というやつ」
「そうか、だからあんな不完全な治療法を試されていたのか」
いったいどの治療法かはわからないが、クライシスがそういうということはそういうものなのだろう。 少し嫌気がさすアリスだが、どうしようもないので諦めることにする。
アリスは、ふと空を見上げると話を続ける。
「私は、マリアを守りたい」
「それはどうしてだい?」
「……知ってるんでしょ?」
「あぁ、知ってるよ、君がマリア君に依存しているわけではないということもね」
「…………」
アリスは無言のまま空を見上げる。
太陽が雲に隠れているおかげで大して眩しくない。
忌々し気に舌打ちすると、アリスは呟いた。
「だから私は、何人でも殺して見せる」
「それは、マリアのためだけじゃないんだろ?」
「…………」
否定しない。
そのことはアリスも重々承知しているからだ。
と、突然クライシスが辺りを見渡すと、暗い声でつぶやいた。
「アリス、敵だ」
「どこ?」
「下だ」
アリスは小さく頷くと屋上の柵を登り、向こう側に降りる。
そこから下界を眺めてみる。 どこに敵がいるかはわからない、しかし、クライシスがああいうということは間違いなくいるのだろう。
アリスは小さく笑う。
今回は市街戦
いったい何人殺せるだろうか
アリスは期待に胸を膨らませる。
「クライシス、行くよ」
「え?」
そう言ってアリスは飛び降りた。