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ベリアル 出会い その②

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 何かに似ていると表現するなら、それはこけしに似ていた。 違う点は顔の部分がいやらしい笑みを浮かべたピエロのようになっているところと、胴体部分に不思議な模様のようなものが刻まれているところである。
 大きさは三十cmも無いように思えた。 
 そいつはアリスの顔のちょうど前の辺りでふわふわと浮いていた。 どういう原理で浮いているのか不思議だったが興味はわかなかった。
 それは笑みを一切崩すことなくアリスに話しかけてきた。
 「やぁ、初めまして」
 「…………」
 「突然だけど、構わないかな? 君に用事があるんだ」
 「何?」
 「おめでとう、君は魔法少女に選ばれました」
 そう言われた直後
 アリスの目の前は真っ白になった。

 次にアリスが気が付いたとき、そこは真っ白な空間だった。
 どうやら寝ころんでいたらしい、ゆっくりと体を上げると辺りを見渡してみる。 そこは不思議な空間だった。 どこまで続いているか分からないが、すぐそこに壁があるように思えてくる。 
 ふと足元を見てみるも、そこもどこまで続いているかわからない。 まるで宙に浮いているような錯覚に陥る。
 どう見ても学校の屋上ではない。
 「……どこ、ここは」
 アリスは小さくそう呟くと、さっきのこけしピエロのことを思い出す。
 あいつが何かわけのわからないことを言ったとたんにこうなった。 つまり、あの謎の物体が何かしらしたに違いない。 そう見当をつけたアリスは、とりあえずこけしピエロを探すことにした。
 

しかし、あまり時間はかからなかった。
 ふと気が付くとそいつは目の前にいた。
 相変わらずいやらしい笑みを浮かべている。
 アリスはそれを見て、あるものを思い出した。 昔、本当に昔の頃に読んだ本に出てくる猫―――確かチェシャ猫とか言った―――そいつに似ているのだ。
 何となく不快感を覚えるキャラだった気がする。


 アリスはそのせいか、無意識下にほんの少しだけ顔をしかめると、こけしピエロを睨み付ける。
 すると笑顔を一切崩すことなく、ピエロが話しかけてきた。
 「君、赤城アリスだよね」
 「…………」
 「ボクの名前はベヒーモス・クライシスっていうんだ。 クライシスでもベヒモスでも、好きなように呼んでくれ」
 「……クライシス……、でいい」
 「分かったよ」
 あまり好感の持てる名前ではなかったが、人(?)の名前にケチをつけられるような人間ではない。 アリスは何となく言いやすいクライシスという方で子のこけしピエロを呼ぶことにした。
 クライシスは名前を呼んでもらえたことに満足したのか、首のあたりをガクンガクンと揺らして相槌を打つ。
 

その後、アリスとしっかり向き合うと、話を始めた。
 「無理矢理こんなところに連れてきてごめんね」
 「……ここはどこ?」
 「ボクの仮想空間、詳しい原理を話していると日が暮れるから省略するよ」
 「好きにして」
 「ところでアリス、ここに飛ばす前にボクの言ったことを覚えているかな?」
 「……魔法少女、って?」


 そう答えると、クライシスはテンションが上がったのか、くるりと流で一回転し、その後どこからともなく猫の手のような形をした手を出現させると、パチパチと拍手をしてきた。
 うっとうしい
 そう思ったアリスだがあえて黙っていることにした。
 「そうさ!! ボクのお願いっていうのは君に魔法少女になって世界を救ってほしいんだ」
 「断る」
 「えぇ!?」
 即答で拒否すると、素っ頓狂な声を上げてクライシスが飛び上がる。 しかしそれはどことなくわざとらしく、不快感を覚える動きだった。
 自殺願望があって保護者から性処理用の生きるダッチワイフとして扱われ、学校では救いようのないようないじめにあっている。 そんなアリスが世界を救いたいなんて思うはずなんかない。 いっそのこと滅んでくれた方がうれしい。
 

アリスはそんなことを考えつつ、さらに言葉を続ける。
 「私がこの世界を救わなくちゃいけない理由がない」
 「そうかい?」
 「義理も無ければ義務もない」
 「ま、そうだよね」
 「……?」
 

クライシスの雰囲気が一転した。
 あんなに高かったテンションが一気に落ちたらしく、どことなく顔にも影が入ったように思える。 そんなことよりもアリスは、クライシスの「ま、そうだよね」という発言が気になった。
 そんなことがよどみなく口から零れ落ちるということは、十分予想されたことだったのだろう。
 それならなぜ、自分のもとに来たのだろう。
 少し、興味をひかれた。
 と、クライシスが言葉を続けた。
 「どうしても、嫌かい?」
 「嫌」
 「じゃあ、こういうのはどうだい?」
 「…………?」
 「ボクの言う通り戦ってくれたら、君の妹を助けてあげよう」
 「――――ッ!!!!」
 

アリスの顔色が変わった。
 目が見開かれ、クライシスのことをじっと見る。 その目の奥から光を感じることはできなかったが、薄い希望があることにクライシスは気が付いた。
 クライシスは予想通りの反応に満足すると、だめ押しを口にした。
 「もし、君が戦ってくれなかったら、ボクは君の妹を、殺す」
 「っ!!」
 本気のさっきと心が凍り付くような冷たい言葉、これがこの小さなこけしのような物から出たのかと思うと、アリスは少しゾッとした。 こいつは本気だ。 冗談なんかじゃない 宗さとるのと同時に、アリスは久しぶりに堪忍袋の緒が切れるのを感じた。
 こぶしを握り締めると、今までにないぐらい険しい顔でクライシスを睨み付ける。 さっきまでの顔とまったく違い、その目には殺意しかこもっておらず、純粋にこちらを憎んでいるようだった。
 

しかし、クライシスは余裕だった。
 「悪い条件じゃないだろう? 君が妹さんを大事にしているのは知っている。 さぁ、返事を聞こうじゃないか」
 「……そんなの、戦うしかない……」
 悔しいが、選択肢はそれ以外なかった。
 

アリスは静かに唇をかむ。 不健康な色をしている唇の皮膚はあっさりと破れてしまい、お世辞にもきれいとはいえない血が流れだす。
 ふと、何の気もなしに指を唇に当て、血をぬぐうとそれを舐めてみる。 ちょっと鉄の味がするが、それ以上にまずい。
 「……いいよ、……マリアのためなら……戦ってあげる」
 「そうこなくっちゃ!!」
 うれしそうな声を上げるクライシスが憎い。
 しかし、文句を言える立場でないことはさっき思い知らされた。 不本意だが、今はこいつの言うことに従うしかない。 アリスはそう考えて取りあえずは堪えることにした。
5, 4

  



 そんなことを考えていると、クライシスが満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。
「さぁ、さっそく契約をしようじゃないか」
 「待って」
 「ん? どうしたんだい?」
 「……いくつか疑問がある」
 「いいよ、答えられる範囲でこたえてあげるよ」
 「……まずは、どうして私なの?」
 

そう、それが疑問だった。
 おそらく、自分なんかより積極的に世界を救うと言ってくれる人はこの世に腐るほどいるはず。 どうして自分のようなゴミに話しかけたのか、そこのところがさっぱりだったのだ。
 クライシスもどうやらこの質問は予想していたらしく、あっさりと答えた。
 「いいかい、まず、魔法少女は魔法で戦う。 それはいいね?」
 「…………まぁ、それは天…」
 「で、その魔法を顕現するには魔力が必要なんだ」
 「よくある話ね」
 「そう、で、ここからが本番なんだけど、ボクはその魔力を生み出すのに、人の生命エネルギーを利用している」
 「……?」
 訳が分からなかった。


 生命エネルギーとやらが必要なら、もっと生きる気力にあふれている奴の方がいいのではないか、そう思ったのだ。
 しかし、クライシスの話はその予感を大きく覆すものだった。
 「いいかい、世界中に生きる人間にはすべて、百二十年間生命活動を維持できるだけの生命エネルギーが、魂と呼ばれるコアにあらかじめ蓄積されている。 つまりは人間はみな平等に、寿命が百二十年存在するということさ」
 「……でも、そこまで生きる人間は少ない」
 「そう、それはどうしてかっていうと、生きている間に必要以上にエネルギーを使ってしまうからだ。 分かりやすく言うと火事場の馬鹿力みたいなものかな。 こうして人間は自らエネルギーを削り、約八十年ほどしか生きることができなくなる」
 「つまり……?」
 「つまり、君みたいな死にたい人間の方が生命エネルギーが凝縮されて濃くなっている。 太く短く生きるようにって言って分かるかな」
 「たぶん」
 「そして生命エネルギーが凝縮されている方が、より強い魔力を生み出せる。 そういうわけなんだ」
 「……魔力にしたら生命エネルギーが減る」
 「そうだね、戦いが長引けば長引くほど不利になると言える」
 「……減った生命エネルギーは?」
 「戦闘中以外だったらボクが回復させる。 だから、これからは四六時中一緒になると思う」
 「…………人に見られたら面倒なことにならない?」
 「大丈夫、ボクは君にしか見えない。 テレパシーは使えないからいちいち口に出してくれないと意思疎通はできないけど、それ以外では普通の人には見えない。 安心してよ」
 「そう」
 「本当はもっといろいろなところを回って人を探したかったんだけど、時間がなくてね。 しょうがないから手近にいた君にしたんだ」
 「…………」


 なんというか選ばれた理由が馬鹿みたいで反論する気も失せた。 それに言ってることは間違いではない。 というか正論だ、反論の余地がない。
 アリスはまだ気になることがあったので、質問を続けた。
 「私は何と戦うの?」
 「それはね、これを見て」
 そう言ってクライシスは手を広げると、どこからともなく空中に映像を浮かび上がらせた。 一瞬驚くも、先ほど自分の仮想空間内だと言っていたことを思い出す。 おそらく、この空間はクライシスの思い通りになるのだろう。
 そう結論付けて映像を見る。

 どうやら映っているのは月のようだった。 しかし、教科書などで普段見慣れているものではなかった。 しばらく眺めてアリスは違和感の正体に気が付いた。
 「これ……もしかして……裏側?」
 「そう、月の裏側。 そしてそこに、奴らはいる」
 「……これ……」


 アリスは二つ目の違和感を指さす。
 月の裏側、そこに八本の筒のようなものが立ち並んでいたのだ。 謎の白い筒、模様が何か描かれているがどんな形をしているかまでは分からない。 また、大きさもわからない。 規格外の大きさであることは映像から判別できた。
 「この筒の中で眠るのが、スパラグモスという存在。 ボク達の敵さ」
 「……どんな存在?」
 「詳しくは離せない。 でも、奴らもボクと同じように魔法少女を生み出してくる。 君が戦うのはその魔法少女だ」
 「……代理戦争ということ?」
 「違う、ボクもスパラグモスも本来の力を取り戻せていないだけだ」
 「…………」


 何か隠している。
 直観的にそう悟ったが、聞いたところでこたえてくれなさそうなのでやめた。
 代わりにアリスは最後の質問を飛ばした。
 「あなたの目的は?」
 「ボクの、かい?」
 「教えて」
 「…………スパラグモス、そしてオモパギアの殲滅」
 「……オモ、パギア」
 新しい言葉が出てきたがとりあえずは気にしないでおく。
 そしてもう一度質問する。
 「スパラグモスの目的は?」
 「……知る必要があるのかい?」
 「ある」
 「……クライシス、つまり僕と、オモパギアの殲滅」
 「…………」


 また、オモパギアという単語が出てきた。 ここまでくるとその単語の意味を無性に知りたくなる。 アリスは流れるように尋ねた。
 「オモパギアって?」
 「教えられない」
 即答だった。
 きっぱりとした拒絶の意志を感じた。 それはこれ以上きいても無駄だとアリスに感じさせるぐらいの力はあった。
 そのため、アリスは黙り込む。
 クライシスも黙り込む。
 そのまま沈黙の時間がほんの少しだけ続いた。

 沈黙を破ったのはクライシスだった。
 「もう、いいかい?」
 「……いい」
 「じゃ、契約しよう」
 「分かった。 任せる」
 「ちょっと、ごめんね」
 そう言ってクライシスはゆっくりと近づいてくる。 顔を上げ、口を開く。 口の中はそこが見えないぐらい真っ黒で、いったいそこに何があるのだろうかと、アリスは興味がそそられた。
 が、それも一瞬のことだった。
 次の瞬間には、突然巨大化したクライシスの口にのまれてアリスは食べられていたからだ。
 


 そこは真っ暗だった。
 宇宙にいるような感覚というのが一番しっくり来たが、アリスは宇宙に行ったことが無いので、正しいかどうかは分からない。
 暗闇は怖くなかった。
 アリスの数少ない心を開ける物の一つが暗闇なので、逆に安心感すら抱ける。 しかし、背筋に寒いもの確かに感じることができた。 何かが後ろにいる。 そんな感覚がぬぐえずにいた。


 ふと、気が付くと、時間の感覚があいまいになっているのが分かった。 今が何時で、ここに何時間いるのか、どんどんあやふやになっていく。
 そんな感覚に取りつかれていると、アリスはあることに気が付いた。
 今、自分は暗闇と同化している。
 全身を闇がくまなく触ってくる。 べとべととした嫌な感じを全身で感じることができた。 おじさんに体を舐められているのと足して変わらないので、何とか堪えることができた。
 アリスは暗闇に身を任せた。


 次の瞬間
 暗闇から体が浮かび上がってくる。 真っ黒い、どろどろとした闇が形を持ち、次第に自分の周りで何かを構成していく。 力を感じる。 目を見開こうにも、開くことができなかった。 アリスはここ数年で初めて気分がいいと思えた。
 地面に足が付く感覚がする。
 体を覆っていた力がゆっくりと消えていく。
 アリスは目を開いた。
 
7, 6

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