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ベリアル 研究所 その②

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 「ようこそ小岩井研究所に」
 「…………」
 アリスは胃の中から何かがこみ上げてくるのを感じつつも、目の前にいる女の顔を見る。
 年は三十路か四十路、苦労とストレスで刻み込まれた皺がよく目立つ。 しかし、自分のやりたいことを追い求めている。 やりたいことをやっている人の顔をしていた。 何となく自身に満ち溢れるオーラが感じられた。
 眼鏡をかけて、白衣に身をまとうこの女の姿は典型的な科学者のようだった。 背の高さはアリスよりも高いが一般と比べるとなかなか微妙な背の高さをしていた。


 所長室はそこまで広くはなかった。 部屋の中央に机と椅子、右側の壁には大きな本棚と、大量の本が入っていた。 ちらりと見る限り、どういうわけか考古学の本と宗教の本が詰まっていたが気にしないことにした。
 女の背中、アリスの視線の先には大きな窓があり、そこから辺りを一望することができるようになっていた。
女はゆっくりと歩を進めると、アリスに向けて右腕を差し出してくる。
 「私の名前は小岩井洋子、ここの所長です」
 「…………」
 「ここは国連や国から援助を受けて作られた国際研究所なの」


 アリスは差し出された右腕を無視すると、冷たい視線を向けてこう言った。
 「要件は?」
 「……クライシスについて知っているわね?」
 「…………」
 無言のまま首を縦に振る。


 すると、小岩井所長は顔を少し上気させるとアリスに向けてこう言った。
 「クライシスについて知っていることを教えてくれないかしら」
 「…………」
 アリスはちらりと隣を見ると、クライシスに目で合図する。
 それを受けてクライシスは言った。
 「アリス、所長と握手してくれ」
 「は? なんでそんなことしなくちゃいけないの?」 
 「……?」
 突然虚空と話し始めたアリスを見て小岩井所長は驚くも、微妙な顔をしてこっちを見ている。
 他人の視線を気にせずアリスは話を続ける。
 

 「どうして?」
 「握手をすることで君を通じて僕の情報をあちらへ送り込んで僕を知覚できるようにするんだ」
 「……なるほど」
 アリスはそう呟くと、自分の方から左腕を伸ばす。
 すると小岩井所長は少し喜んだ顔をして、握手を交わす。 ぎゅっと力強くこちらの手を握ってくる。 こちらはうっかり力を込めすぎると握りつぶしてしまうので、力加減をしなくてはいけないのが面倒に感じる。


 と、小岩井所長が驚いた顔をしてこちらを、主にアリスの顔の左側を見ている。
 クライシスは片腕を上げると言った。
 「やぁ、僕はクライシス、よろしくね」
 「あ、それが……例の……」


 小岩井所長は目を輝かせると、クライシスの方を凝視する。 こちらに抱きつかんばかりの興奮具合で、アリスは少し引いてしまう。 が、それと対照的にクライシスは小岩井所長に近づいていく。
 二人(?)は生き別れた親子が感動の再会を果たしたかのような雰囲気でこう言いあった。
 「クライシスさん、あなたに見せたいものが」
 「あぁ、分かっている。 僕の体だろう? 早く見せてくれ」
 「分かりました!! こちらへどうぞ。 アリスさんも」


 そう言ってエレベータの方に向かって行く二人
 また移動するのかと、馬鹿馬鹿しい思いを抱きつつ、アリスは後を追って行った。
 小岩井所長はエレベーターにあるスイッチを押して地下十五階へ向かわせると、その間にアリスとクライシスに向かって話を始める。 アリスとしては全く持ってどうでもよかったのだが、クライシスは興味津々に話を聞いていた。
 アリスはボーッと壁を眺めることにした。




 「すべての始まりは、十五年前、宇宙から飛来し太平洋に落ちたされた謎の球体でした」
 「…………」
 「それは回収され、こことは違う研究所に運ばれました。 もともと私はその研究所の出身です。 回収されたそれは微弱な電波を発生させており、こちらからコンタクトできるという仮説が立てられました。 それを私が立証しました」
 「…………」
 「コンタクトをとった結果、それはこう名乗りました『クライシス』と」
 「…………」
 「着きました、この階にそれがあります」


 チーンという音がして扉が開く。
 すると広い通路が続いている。 小岩井所長はアリスの一歩先を歩くと「こちらに来てください」と言って案内をする。 白くて無機質な道を歩くこと約五分、小岩井所長は一つの扉の前で足を止めた。
 そして、カードキーで扉のロックを解除する。 と、自動で扉が開き、中の様子が見えるようになる。
 中はまるで映画館のような見た目だった。 違う点は多い、まずは席がない、坂のようにもなってないし、スクリーンもない。 スクリーンの代わりにガラスが張られていた。 そのガラスの向こう側に何かが浮いていた。
 クライシスはそれを見て目を輝かせるとフワフワと飛んでいく。
 小岩井所長は笑顔でこう言った。


 「あれが、クライシスのコアです」
 「…………コア?」
 「はい、コアです」
 アリスのつぶやきにそう返すと、所長は目をキラキラさせたまま、クライシスの隣にまで歩き、笑顔を向けると尋ねる。
 「クライシスさん、これがあなたのコアですよね」
 「あぁ、そうだ。 これが僕のコアだ」
 「やっぱりそうですか!! クライシスさん、ありがとうございます!!」


 そう言って二人で盛り上がる。
 どうして私はここに来たのだろうか
 アリスは帰りたかった。
 びっくりするぐらい暇なので、今すぐ踵を返して帰ろうと思い、後ろを向く。 すると自動扉はすでに閉まっていた。 おまけにロックもかかっていて外に出られない。 魔導光弾でもぶっ放そうと思い、腕を上げる。

 すると、その気配を察し、クライシスが大声を上げて止めてくる。
 「アリス!! こっちへ来てくれ!!」
 「…………帰りたいんだけど」
 「そんなこと言わないで下さいよ、アリスさん。 こちらへ来てください。 あなたに話したいこともありますから」
 「…………」


 無言のまま小岩井社長の隣――というには遠すぎる位置に立つと、ガラス越しにクライシスのコアを眺めてみる。 それは美しい球体をしていた。 真っ白で、光を反射している。 不思議な文様が刻まれており、そこから淡い光を放っている。
 何か太いコードのようなものがつながっているが、それは一体何の意味があるのかさっぱりだった。 というかよく見てみると途中で切れて地面の方で横たわっている。 いったい何のためのコードなのか
 疑問に思ったが、答えが返ってくるわけがないので考えないことにした。
 小岩井所長は笑顔を崩さず言った。
 「ほかにもこれらを見ていただきたい」
 そう言って腕に巻き付けていた何かの機器を操作すると、空中にいくつかの映像を投影する。
 無駄にハイテクだなと思いつつ、アリスはそれを見てみる。


 そのうちの一つを見てみる。
するとそこには何かの骨格のようなものが映し出されていた。 人間の物ではない、どことなく昆虫のような、爬虫類のような感じにも見える。 しかし、基本的には人のような形だった。
 よく見ると顔のようなパーツもある。
 年季の入ったもののようにも見えるし、凄く新しくも見える。 よく分からないものだった。
 また、どういうわけか、足や腰といったパーツが見当たらなかった。 どうやら上半身のみらしい。
 そして、最大の特徴はそのサイズだった。
 よく見ると、整備か何かしている人がいるらしく、腕辺りに何かが動いている人が見える。 アリスの強化された視覚でギリギリ人間だとわかった。 つまり、この謎の骨格のようなものは相当の大きさがあるということだ。
 ちょっと驚くも、すぐにどうでもよくなる。




54, 53

  



 その様子を悟ったクライシスはアリスに話しかけた。
 「アリス、これは僕の肉体なんだ」
 「………あなたの体?」
 「そう、そうなんだ」
 「だから?」
 「…………」
 二人の間の会話は冷え切っていた。
 小岩井所長は額から冷や汗を流すと、ふと思いついたような顔をして、腕の機器を操作する。 何かメールのようなものを送っているらしく、文字盤を操作している様子が見える。

 アリスはふと疑問に思うことがあり、クライシスに尋ねる。
 「ここの技術って発達しすぎだと思うんだけど」
 「そうだね、僕のコアから入手した情報から作ったみたいだね、実用化には程遠そうだけど」
 「あ、そ」
 と、小岩井所長が会話が終わったことを察すると、笑顔でこちらの方を見る。 もしかすると、この人は自分のことを孫か何かだと思ってるんじゃないだろうか。 心なしか優しい目をしているような気がする。
 うざい
 なので、そっぽを向いてあからさまに興味を無いことを示す。


 それでも小岩井所長は気にすることなく話を始める。
 「さっき話したこと覚えてる?」
 「…………」
 「コアとコンタクトを取ったと言いましたよね。 その時、とある文書の名前が出てきたんです」
 「文書……」
 「そうです。 そして、私たちはその文書を見つけました。 今、それを運ばせています」
 「おー、そこまで入手したのか」
 「はいそうです。 それも二冊とも」
 「……思ったより早かったな」
 「え?」
 「何でもない、気にしないでくれ」
 「…………」


 アリスは何となく不穏なものを感じたが気にしないことにした。 正直なところ、クライシスが何を企んでいようが自分の興味の圏外だった。 自分は力を行使して殺しさえできればそれで満足なのだ。
 クライシスが宙でピョンピョンと飛ぶようなしぐさを繰り返しつつ、コアを見たり自分の体を見たり、小岩井社長と専門的な話を繰り返している。 どうやら、自分に話があるとか言っていたがすっかり忘れているらしい。
 何をして暇を潰そうか悩んでしまうアリス
 だが、次の瞬間、エレベーターが到着するチーンという音がして、自動扉が開く。
 反射的に後ろを振り向いたアリスが見たのは、両手に古臭い本を持った少年だった。 研究所には不釣り合いなその姿にちょっと興味をそそられる。 が、白衣らしき物を着ていることと、小岩井所長と同じ危機を腕に巻いていることから、関係者だということが推測された。
 少年は何となくあどけなさを残しながらも、すでに大人の雰囲気を醸し出していた。 人のよさそうな顔立ちで、一般的な物差しで見るとたぶんイケメンの部類に入るのだろうけど、アリスはそんなことに興味はなかった。
 
 その少年は怪訝そうな顔をアリスの方に向ける。 しかし、何も言わず無視すると、小岩井所長の方に向かう。
 「所長、A文書と∀文書です」
 「ありがとう達也君、こちらは赤城アリスさん。 よろしくね」
 「アリス?」
 「アリスさん、お願いがあるの、彼にもクライシスが見えるようにしてくれないかしら」
 「…………」
 「彼は瀬戸達也君、十五歳」
 「…………」
 「アリスさんの一つ年上ね、彼は若いけど私なんか目じゃないぐらい天才でね。 私の理論を利用して、クライシスのコアと初めてコンタクトをとったのも彼なの」
 「………」




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