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ベリアル 変化 その①

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 「よくやったね」
 「……クライシス、これは何?」
 そう言ってアリスは自分の頬を指さす。
 クライシスは少し困った顔をしつつ丁寧に説明を始めた。


 「うん、それはね生命エネルギーの消費が多すぎたんだよ。 そのせいで異常を起こした魂が肉体を維持することが難しくなって崩壊を始めたんだ」
 「崩壊」
 「その通り、粒子状になって消失しているだろう」
 「……治るの?」
 「治るさ。 生命エネルギーを回復させた後、傷の修復能力が働いて治る」
 「そう……」
 「じゃ、ちょっと失礼」


 クライシスはそういうと宙に浮いていた両手をアリスの腹部に充てる。
 するとそこが淡く発光する。 一瞬いぶかしげに思うアリスだが、どうやら生命エネルギーを送り込んできているようだった。


 アリスはそれを見ながら小さく呟く。
 「変身……解こうか?」
 「いいよ、耐えがたいほどの苦痛と指一本動かせないほどの眠気、それに水中にいるような息苦しさを味わいたいならだけど」
 「…………」
 「本当は変身しない方が効率いいんだけどね」
 「…………」
 アリスは変身を解いた。


 すると、クライシスが言う通りのことが起きた。
 全身余すことなく筋肉痛のような痛みが襲い来る。 鋭い剣に全身を刺し貫かれているかのような痛みにアリスは一瞬叫びだしそうになってしまう。 しかし、それすらもできないほどの眠気が同時にやってくる。 瞼がいやおうなしに下がってくるが痛みのせいで眠ることができない。 なんという二重苦か
 そして、息苦しさ。 それは水中なんて目じゃなかった。 息を吸うこともできなければ吐くこともできない、肺が息を吸うことも吐くことも拒絶している。 酸欠になるんじゃないかと思うが、すでに限りなく酸欠に近い状態なので問題なかった。


 いや、問題しかないのだが
 膝が崩れ四つん這いの格好になる。 目を白黒させながらアリスは必至で呼吸しようとゼーゼー醜い音をたてていた。
 クライシスはそれでも自分の腕をアリスの腹部にあてがい続け、生命エネルギーの直接供給を止めない。
 「アリス!! だから言っただろう!!」
 「―――ッ!!」


 歯を食いしばり、苦しみを堪えるアリス
 しかし変身を解いたおかげで身体の崩壊も終わり、粒子化も止まる。
 そしてやがて生命エネルギーの補充も終わる。 アリスは全身の疲れが吹き飛び、活力がみなぎるのを感じた。 どういうわけかさっきまで戦っていたのがうそのようだった、もう一戦構えることができそうだった。
 アリスは不思議そうに両手を閉じたり開いたりしてみる。
 ここ数年感じたことのないぐらい体が軽くなっていた。


 「何、これ」
 「うん、生命エネルギーを一気に回復させたせいだね、一時的に身体機能が上昇し、精神状態も大きく良くなる。 そのせいだね」
 「……それって悪いことなの?」
 「あまり良くない、下手に調子が良くなってはその後の反動が大きくてね、今は八分目で止めているけど、ある程度時間が立ったら反動で眠っちゃうかもね」
 「…………」
 「ま、君は調子が良くなったところでその陰鬱なままなんだろうけどね」
 「…………」


 アリスは無言のまま腕を上げるとその手に魔導光弾を顕現するとクライシスに向かって撃ちだす。 クライシスは一瞬驚いたような顔を浮かべると両手を前に出し、シールドを発生させると光弾を受け止める。
 すると、光弾はシールドに吸収されて消える。
 クライシスは呆れたような声を出すと言った。
 「やめてくれよアリス、その程度で大したことはないけどこのアバターが傷つくのは良い影響を及ぼすことないんだ」
 「うざっ」
 「……少しテンション高いね」
 「…………」


 非常に嫌気がさしたので、アリスは家に帰ることにした。
 ところがここがどこなのかよく分からない。
 そういえば黒服たちに車でここに送られたということを思い出して、リムジンが止まっていたであろう所へ向かって行く。
 すると、達也が迎えに来ていた。
 「あ、アリス」
 「……早く行こう」
 「そう……じゃ、すぐにでも出発できるようになってるから」
 「ん」
 背を向けてリムジンまで向かって行く達也の後を追ってアリスは歩いていく。


 二人が車に乗り込んでから一時間ほど走って研究所に到着した。
 その後、アリスは身体検査を受けた。 どうやら今日呼ばれた理由はこれだったらしい。 いわく、魔力の干渉を受けた人間にどのような異変が起きるのか、それと普通にアリスの体について調べたかったらしい。
学校での内科検診のようなものから、めったにやったことのない脳波を計る検査をしたりした。


その途中、MRⅠ検査というものを受けている間にアリスはうっかり眠ってしまった。
ガンガンガンガンという規則正しい音を聞いていると疲れがどっと出たようで、瞼が落ちてしまったのだ。 意識が虚空へ飛んでいくその寸前、これが反動かと思ったアリスだった。
 検査を行っていた医師はベッドの上で眠ってしまったアリスを見て、いったん検査を止める。
 隣で検査を見ていた小岩井所長は心配そうな声で医師に尋ねた。


 「アリスは大丈夫?」
 「大丈夫じゃないでしょうか、ただ寝てるだけのようですし」
 「……ま、検査もほとんど終わりだし、戦闘直後だって話だからしょうがないわね。 誰かアリスを医務室のベッドに運んでおいて」
 「はい」


 黒服の一人がレントゲン室に入っていくとアリスを抱きかかえて連れていく。 その後ろで担架を用意した医師たちが所在なさげに立っているが気にしてはいけない。 そのまま黒服は担架を担いだ医師の案内で医務室へ向かって行った。
 小岩井所長はその背中を見送ると気になっていた検査結果を見て、少しうなる。
 そこに達也がやってくる。
 「あ、所長」
 「達也君、どう、調子は」
 「あー、普通です。 それよりも話、いいですか」
 「いいよ、私もちょうど話したいことがあったのよ」
 「そうですか、では……」



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 達也は小岩井所長にアリスの現状について話した。 主にアリスのあっているいじめや性的虐待、過去の事故についてだった。 一つ一つ細かく話したせいで時間がかなりかかってしまった。
 おまけにクライシスが疑似体験させたせいでかなりリアルな話となってしまった。
 それでも小岩井所長は眉間にしわを寄せたままずっと話を聞いていた。
 一通り話が終わってから達也は結論を言った。
 「それでですね所長、アリスの生活をどうにかできないでしょうか」


 「うーん……酷い生活を送っていることは知っていたけど……そこまでとはね……」
 「え、知ってたんですか?」
 「そりゃ多少はね」
 「で、どうなんです?」
 「うーん……」
悩む所長
 脳裏では、そういう風に他人の人生にそこまで干渉してもいいのだろうかという思いが駆け巡る。 それはあまりいいことのように思えなかった。 下手に干渉してもいい方向に転ぶとは限らない。
 

それでも酷く可哀想な話だった。 それに、さっき分かったことと併せて考えると何とかしたいという思いが強くなるのが分かった。
 数分後、結論を出す。
 「うん、何とかしよう」
 「いいんですか?」
 「まぁね、それでいじめてる人とかアリスのおじさんの名前とか分かるかしら?」
 「あ、わかります」
 「それだけわかればどうにでもなるわ。 で、私の話も聞いてくれるかしら」
 「あ、わかりました」


 達也は小さく頷く。
 小岩井所長は机の上に置いておいたコップを手に取るとコーヒーを一口飲む。 そして心を落ち着かせた後、ゆっくりと口を開いた。
 何となく重たい雰囲気を察して達也も少し暗い気分になる。
 「アリスね、子供が産めない体なの」
 「へ?」
 「子宮がね、もう子供を産めないぐらいに傷ついているの」
 「……どうして」
 「分からない。 幼いころにあった事故のせいなのか、それとも性的虐待を受けたせいなのか。 どっちなのかはよく分からないんだけど……」
 「…………」


 達也は何となくやりきれない気持ちになった。
 これでは彼女があんまりではないか
 自分の提案は間違っていなかった。 そう確信する達也だった。
 その後、達也は宝樹の名前を小岩井所長アリスのことを見に行った。 一人残された小岩井所長はアリスの学校の校長に電話をかける。 善は急げという、アリスが学校へ行く明日までに何とかすることにした。


 結局アリスは一日中ベッドの上で眠りこけていた。
 その間、達也は仕事をこなしつつアリスを見守った。 といっても静かに寝ているだけなので特にすることはなかったのだが
 ひたすら寝ているだけのアリスを見ていると、普通の女の子となんら変わらず、達也はうっかり見入ってしまうのだった。 そのままアリスは身じろぎ一つせず、日が暮れるまで寝入った。
 達也も結局、アリスのベッドの隣に置いてあった椅子の上で眠ってしまった。
 こうして夜は更けていった。




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