トップに戻る

<< 前 次 >>

ベリアル 変化 その②

単ページ   最大化   


 その頃
 宝樹真理は自宅のリビングでアイスキャンデーを舐めながらテレビを眺めていた。 夕食も終わり風呂上りの一服だった。 大して面白くもないテレビを眺めながら、ボーッと考え事を続ける。
 考えていることというとたった一つだった。
 アリスのことだった。
 明日はどうやっていじめるか、あの小生意気な男をどんな目にあわしてやろうかと悪だくみを考える。 まだ父親が帰ってきていないので、何もできていないがもうすぐ帰ってくるので、そこで告げ口をしてやるつもりだった。
 そうすれば明日明後日にはあの男も自分には頭が上がらないようになっている。


 そう考えると愉快な気持ちになってくる。
 「フフフフフ」
 あの男、達也とか言っただろうか。 思い返してみると、顔だけだったらそこそこ好みの顔である。 
 もし、自分の言うことに従うというのなら、許してやらないこともない。
 楽しい
 愚民どもが自分にへつらう姿を想像すると否応なしに笑みがこぼれてくるのが分かる。 この時が楽しくて仕方がない。 実際のそれをこの目で見るときなど、何物にも代えられない愉悦を感じる。
 ぺろりとアイスキャンデーを舐めると清々しいサイダーの味がする。


 甘みとうれしさで笑みがどんどん大きくなっていく。
 「フフフフフフフフ」
 宝樹が至福の時を楽しんでいると
 ガチャリと扉が開く音がする。 反射的にそちらの方を向く。
 すると奥から父親が入ってくるのが分かる。


 アリスは目をキラキラさせると話しかける。
 「パパ!!」
 あの小娘と小僧を何とかしてもらおう。
 そんな下心を抱きながら、甘い声を出す。


 しかし、宝樹が話すより前に父親が口を挟んだ。
 「真理、一ついいか?」
 「え……何、パパ」
 「お前、学校でいじめをしているそうだな」
 「そうだけど何? そんなこと昔っからでしょ」
 「いいか、金輪際いじめをやめるんだ」
 「え――?」


 突然の言葉に宝樹は思考が停止する。 ぐるぐると父親の言葉が脳裏を渦巻き、どんどんよく分からないことになっていく。 いまさら何を言うのだ、幼稚園の頃から自分を守ってきてくれたじゃないか
 それがどうして
 父親の言葉の意図がいまいちわからず、目を点にしてしまう。
 その隙をつくように父親は畳みかけてきた。
 「特にだな、アリスって子をいじめるな」
 「え? え? えぇ? なんで、どうして?」
 「……詳しいことは話せないが、あの子のバックには何が付いているんだい?」
 「え? ただの小汚い小娘なんじゃないの?」
 「…………そんなはずないだろ……。 何でもいいが、もういじめはやめろ。 いいなっ!! 今度はさすがに助けられないからな!! 分かったな!!」
 「…………」


 絶句する宝樹
 その姿を見た父親は了承したものだと早合点し、自分の部屋へと向かって行った。 一人取り残された宝樹は持っていたアイスキャンデーが溶けて床に落ちるのが分かる。 べちゃりと言う儚い音を最後に、キャンデーはもう取り返しのつかないこととなった。
 テレビでは馬鹿面をした芸人が馬鹿なことを口走り、馬鹿な観衆どもを笑わしている。
 数分後、正気に戻った宝樹は大声を上げた。




 「ハァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」




 すごく納得がいかなかった。
 すごく納得がいかなかったが、どうしようもなかった。
 宝樹は行き場のない怒りをどこにぶつけたらいいのか分からず、ひたすら憤った。





 アリスは目覚める。
 すると見慣れない景色が目に飛び込んでくる。 一瞬、ここがどこなのか悩むこととなるがすぐに答えが出る。 ここは研究所の医務室だ。 自分は確か検査の途中で眠ってしまったのだ。
 おそらくだがあのおせっかいな所長か達也が黒服に運ばせたのだろう。
 アリスはゆっくりと体を起こすと、周囲を見渡してみる。 すると、隣で椅子に座ったまま寝ている達也の姿が見えた。


 どうしてここにいるのだと新たな疑問が湧きおこるが、とりあえず考えないことにして、アリスはベッドから抜け出た。
 そして床に降り立つと、ボーッと窓の外を見てみる。
 「……朝?」
 いつのまにこんなに寝てしまったのだろうか


 ぼりぼりと頭を掻きながら医務室の外に出るアリス。 目が覚めた以上ここにいる必要はない。 さっさと帰ることにしたのだ。 うろ覚えだが研究所の地図を思い返しつつ出口まで向かうアリス
 その道中のことだ。 小岩井所長にあったのは
 「あ、アリス。 こんな朝早くにおはよう」
 「…………帰り道はどこ?」
 「そっちだけど……学校へは私たちが送ってあげるから……朝ご飯はここの食堂で食べていったら? 大丈夫、まだ五時ちょっとすぎだから、時間は少しあるわ」
 「……食欲ない」
 「そう……ならいいけど」
 「……早く送って」
 「分かったわ。 達也君を起こしに行ってくれる?」
 「……嫌だ」
 「じゃあ私が起こしてくるわ。 ここで待っててね」
 「………………分かった」


 いやいやながら待つアリス
 十分もしないうちに寝ぼけ眼をこすりながら達也がやってくる。 すでに制服姿で、片手には学校用の物と思われるバックを持っている。 そういえばと、自分の荷物を忘れてきたことを思い出すアリス
 少し気になるが、すぐにどうにでもよくなった。 どうせあったところで勉強しないのだ、なくても問題ない。
 二人そろってリムジンに乗りこむ。 完全に目覚めたアリスはぼんやりと窓の外を眺める。


 一方の達也はどこからか持ってきたカロリーメイトをほおばっていた。 朝食の代わりなのだろうか、わびしいものだった。 一瞬、アリスも腹がすくのを感じたが、食欲は全く持ってわかなかった。
 ただひたすら窓の外を見ている。
 すると学校が見えてきた。
 「…………」
 行きたくないという心の声には耳を貸さないと決めたはずなのに、どういうわけかいまだに声は聞こえてくる。 どうしてそうなのかはさっぱりなのだが、いつまでたっても聞こえてくる。
 どういう訳なのだろうか。


 鬱陶しい
 本当に鬱陶しい。 もし、心の声を話す唇があるとしたら思いっきりそれをちぎりとってしまいたい。 まぁ、そんなことができるはずないので諦めることしかできないのだが
 アリスは直ぐに考えるのをやめる。


 悪い癖だとは思うがそれはそれで仕方ない。 車は学校の正門前で動きを止める。
 「着きました」
 今日も嫌な日が始まる。
 大きなため息をつきたい気分だった。


 「さぁアリス、教室に行こうじゃないか」
 「え、ヤダ」
 「いいからいいから」
 「…………」
 アリスは達也に手を引かれて教室まで引きずられていった。
 ひどく不本意だった。



89, 88

  




 「…………」
 教室に入って十五分
 アリスは異変に気が付いた。
 まず、宝樹がいない。 いないこと自体は珍しくはないのだが、もうすぐホームルームが始まるというのに教室にいないのは珍しい。 いつもは学校まで車で来てすごく偉そうにふるまうのだが今日はどこを見てもいない。


 何となく心地よいものを感じつつ、アリスは寝たふりを続ける。
 その間、他の違和感に気が付いた。
 どういう訳か達也の機嫌がびっくりするぐらいい。 寝たふりを続けるアリスに執拗なまでに絡んでくる。 「起きてよー」とか「今日の一時間目ってなんだっけ」とか話しかけてくる。
 殺したいぐらいうざい。


 アリスは額に怒りの十字路が浮かび上がってくるのが分かった。
 一発殴ったやりたい気分になるが、アリスの全力で殴るとおそらくただでは済まない。 というか百%大けがする。 何となくそれは避けたいところだった。
 なので必死にこらえ、寝たふりを延々と続けることとした。



 その日の放課後
 アリスは一人屋上で首を傾げていた。 何かがおかしい、あからさまに何かが違う。 昨日までとは何もかもが変わっている。 主に学校の先生の態度がびっくりするぐらい良いものになっていた。
 たまに宝樹に触発されてアリスにちょっかいを出していた生徒がいたのだが、そいつらがアリスに何かすると、普段は無視を決め込む先生一同がどういう訳かアリスを擁護し始めたのだ。


 おかげで今日一日なかなか平和に過ごすことができた。
 屋上でボーッと下界を見下ろす。 いつもならどんよりとした気がズッシリと背中に感じるが、どういう訳か今日は少し軽い。 猫背が少し緩やかなものになっている。 
 たったこれだけのことだが、アリスは酷くいい気分だった。
 といってもアリスのいい気分とは一般人から見た最悪の鬱状態なので、お世辞にも絶好調とは言えないが
 また、結局宝樹は学校に来なかった。


 それもアリスの気をよくしている要因の一つだった。
 「…………」
 いったい何が起きたというのだろうか
 大体のところは想像がつく。


 おそらく達也が何かやったのだろう。 昨日は何かよそよそしく何か考え込んでいた、ところが今日はやけに上機嫌で無駄に絡んでくる。 企みがうまく行ったのだろう、変貌ぶりが心の底からうざい。
 アリスは屋上の柵を握り、足をかけるとゆっくりと体を持ち上げる。
 そして強化された肉体を駆使して体を持ち上げると柵の上に立つ。 両手を伸ばしてまるで綱渡りの選手がするような格好をする。
 「…………」


 こうすると下界をしっかりと眺めることができる。
 すると、遠くの町がしっかりと見える。 視力も強化されているので、常人よりはよく見える。 人がうごめく姿までは見えないが、それでも何かがいるのは分かる。 すでに少し傾いた日の光に当てられた町はそこまで美しくはなかった。
 アリスはそれを見て一つ呟いた。
 「死は生の対局ではなく、その一部……ね」
 小さく呟く。


90

どんべえは関西派 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前 次 >>

トップに戻る