[エルフの矢]
今日も良い天気。
店の看板を拭きながら、夏の終わりの温かさを感じる。
目をつむって風が吹き、ふわり。甘い香りが嗅覚をくすぐった。
振り返って下をみると、甘い香りの主であり、今日一番のお客様であるエルフ族のリリィちゃんがいた。
「おはよー!」
「リリィちゃん、おはよう」
リリィちゃんをはじめ、エルフ族は常連さんだ。
「今日も矢?」
「うん、在庫はあるかなぁ?」
私の問に、二つに結わえたピンクの長い髪を揺らして首をかしげる。
エルフと一言にいっても地域によって様々だけど、このファーレの近くに住むのは主に小さな種族。
治癒魔法師だったり、魔法学校の先生だったりと、強い魔力を活かす職に就いている。
その中でもひときわ小さくて可憐なリリィちゃんは、先人たちが築いた安定した職業への道へは目もくれず、壮大な夢に向けて目下鍛錬に励んでいる。
そんな彼女の笑顔にも泣き顔にも、私は滅法弱かったりする。歳はそう離れてる訳でもないけど、赤ちゃんの頃から知っているし、いかんせん可愛い。ちょっと、妹のような存在。
――カランカラン
扉を開け店内に入ると、奥からお兄ちゃんが出てくる。
「お、リリィちゃん。いらっしゃい」
「ショーリさん、おはよー」
私には横柄なお兄ちゃんだけど、お客様にはにっこり笑顔。鍛冶の腕への信頼はもちろんの事、武器屋の割に女性客が多いのはお兄ちゃんあってこそだ。
「お兄ちゃん。矢、あるよね?出して出して」
「おお、待ってな」
店の奥まったところに、色んな矢が並べてある。
そこから取り出したのは、アルセードヘラクレスの羽で作った透明な矢。短いのから長いのまで揃えている。それを受け取り、カウンターに置くと、リリィちゃんも見えるように踏み台よ用意した。
「いつもの長さで良い?」
「うん!20本!」
踏み台に上がってもわずかに背が足りなくて、ピョンピョン飛びながら指さすリリィちゃん。もう少し大きい台を用意しようかと考えた事もあるけど、そのうちリリィちゃんも大きくなるだろうし、何よりこの様子が可愛いからこのままで良い。
指さされた一番短い矢をまとめながら、残りをざっと数える。うーん、そろそろ[仕入れ]に行かないと。
「はい、どうぞ。いっぱい買ってくれたから、何本かおまけしたよ」
お代を受け取り、矢を渡す。
「ありがとー!」
そう言って踏み台から降りるリリィちゃんに手を貸すと、にやりと細めた目と目が合った。なんだか悪い予感。
「ね、エールちゃん。わたしもうすぐ12歳になるの」
「……そうだね、おめでとう」
「12歳っていったらほとんど大人でしょ」
「いや、そ、それは、どうかな……?」
ちょっと自分の頬が引きつってるのがわかる。
「ね、エールちゃん」
「何……?」
聞き返しながらも、悪い予感が、確信に変わってくる。
「次の[仕入れ]、連れてって?」