もうすぐ金曜日になる。
朝川は、土曜版の予想をほぼ終えていた。ただ1つだけ決めきれないのが、メインの2歳重賞。
マイジャーニーか、シャインマスカットか。
悩ましかった。頭数も少なく、全体的なレベルは低めと見られる中でも、やはりこの2頭は光って見えた。
シャインマスカットの良いところは、抜群の先行力。休み明けだが、最終追いを改めてVTRで見直したところ、気配は悪くなく、デビュー戦の水曜追いと比較しても、馬体の力強さは増している印象だった。血統的にも早仕上がりの馬。かたやマイジャーニーの方は、近親馬の多くが3歳以降に活躍しており、現時点での完成度では、シャインマスカットが頭一つ抜けているとジャッジした。往往にして2歳重賞というのは完成度がモノをいうところもある。
ただ、やはりマイジャーニーには、底知れない魅力というか、怖さがある。将来的に見れば、強くなるのはこちらだ。シャインマスカットはダービーでどうこうという馬ではないと感じているが、マイジャーニーは大観衆の前で有力馬の一頭としてスポットライトを浴びている姿が容易に想像できるのである。それが浮かんでしまう以上、本命に推したくもなる。
現時点の完成度を取るか、将来性を取るか--今回は何としてもアタマを取りたい、馬券に絡む、ということではなく、勝つ馬を本命にしたい、と強く思う朝川は、だからこそなかなか決断を下せずにいた。
なぜ、これほどまでにマイジャーニーに囚われるのか。やはり、昨日聞いた紺田騎手の話が影響しているのか、と自分のことながら訝しく思う。競馬は、あくまでも馬が走るものだ。人間関係も予想のファクターとなることはままあるが、それで全てを決めてしまうのは禁じ手だと考えていた。
2歳戦は完成度重視。いくら騎手がその気でも、マイジャーニーがいきなり器用に立ち回れるとは考えにくい。シャインマスカットで良いはずだ。
しかしそれでも……
「ウィキペディアとかにも書いてあるから、それ読めば良いんじゃないとも思うんだけど」
苦笑して、紺田はため息まじりに言った。
「誰が書いてんだか知らないけど、俺みたいな地味な奴のことをよく知ってる人もいるもんだなと……」
今でこそ、紺田は「地味な騎手」ではないが、ほんの数年前には年間未勝利も経験し、1日1レースあるかないかという障害戦しか乗鞍がないこともしばしばだった騎手である。ほとんど引退寸前といってもよかった。
そのきっかけとなったのは、師匠の柿田調教師との確執であるというのが定説である。
「正直、スキャンダル的なことには興味はありません。芸能記者ではないので……ただ、それがレースの中身に影響を及ぼすのだとしたら、トラックマンとして知れるものなら知りたいと思います」
紺田の目をまっすぐ見据えて言った。それが取材対象への礼儀だと思ったのだった。
「…思い返すと、クソガキだったよね。デビュー年は柿田先生のバックアップのお陰でかなり勝てて、関東の新人ではトップの成績だった。2年目はその流れで良い馬が回ってくるようになって、重賞まで勝たせてもらってね……で、金も稼げた。調子に乗って外車は買うし、酒も飲める歳になって、遊びも覚えてくるんだ」
紺田のデビュー年の成績は38勝。当時19歳の青年だったが、年収は数千万あっただろう。若くしてそれだけの大金を掴むとどういう感覚になるのか、朝川には想像し得なかった。
「でも、先生はそんなことでは怒らなかったよ。メリハリが大切な世界だし、付き合いも大事だと分かっている人だからね。先生を本当に怒らせたのは……ウィキペディアを見て下さいよ!」
3人は笑い合ったが、皆目は笑っていなかった。紺田としても、振り返り難い過去なのだろうと、朝川は慮った。
「…先生は、古い競馬界で生きてきた人だから。柿田先生の奥さんは、俺からしたら大師匠にあたる、中澤先生の娘さんだしね。それと同じように、俺にも、自分の娘さんと結婚して欲しいと思ってたんじゃないかなと、多分、そう思うんだ」
中澤調教師の名前は、朝川にとっては伝記レベルの認識だった。戦中戦後の混迷期に活躍した調教師で、柿田騎手の所属厩舎でもあった。競馬の歴史はそうして連綿と受け継がれているものなのだと、朝川は改めて理解した。
「…紺田さんは、当時、『駿馬』のトラックマンだった女性と結婚したと、僕も聞いています。その頃はまだ入社していなかったのですが……」
「酒の席とかでそういうのを酒の肴にして飲んでるんでしょ」
そう言って、紺田は田畑をジロリと睨んだ。田畑は仕方なさそうに笑って、グラスに溶けた氷水を啜った。
「…ノリちゃんは、尽くす子だったからな。コンちゃんもそこに惹かれたんだろ?」
紺田は何も言わず、軽く頷いたように朝川からは見えた。
「常識にそぐわなかったってことだよ、柿田先生からしたらね。まあ、デキ婚だったのも、アレだったのかもしれないけど……」
それは知らなかった。朝川は、つい噴き出してしまった。なんだよお、と紺田は小突くフリをした。
「いや、そりゃあ、昔気質の人は怒るわけだと……」
「…若かったんよ、色々とね」
今でこそ、関東の良心とまで言われる紺田騎手だが、若い頃はそれなりにヤンチャだったのだと、ある意味安心した。多少なりとも弾けたところがないと、勝負師としては頼りない気もしたのだった。
「それで、厩舎をクビになって……そこで自分の力の無さを嫌という程思い知った……もう、パタリと勝てなくなってね。ウィキペディア見て貰えばわかるけど」
ウィキペディアを確認せずとも、数字はなんとなく覚えていた。
紺田が柿田厩舎を追放され、フリーとなったのは2年目の秋。2年目はその時点で前年の勝ち鞍を上回る好調ぶりだったが、3年目はデビュー年を下回る25勝。そして、4年目からは、新人騎手の減量特典がなくなったことも影響してか、急激に成績を落とし、そこからの6年間の合計で、デビュー年の38勝に届かないほど。そして遂に11年目からは2年連続年間未勝利。周囲からは、引退し調教助手に転向することを勧められるほどだったという。
どん底を経験したからこそ、今の紺田は余計に充実して朝川の目に映っていた。
「そこで気付いた。いかに自分が柿田先生のお陰で勝てていたか。そして、勝てないことでどれほど柿田先生に恥ずかしい思いをさせているかと……こんなヘタクソを柿田調教師はプッシュしてたのか、って言う人がいるのを知ってたからね。結局、俺のしでかしたことで、誰も良い思いをしなかったってことなんだ」
神妙な顔で語る紺田を、2人はただ見ているしかできなかった。
「だから、今週はやるよ」
マイジャーニーの馬主は、紺田がどん底から立ち直るきっかけを与えてくれた恩人だった。
そうか、すべてのピースが揃っているんだ。朝川は、紺田にとって、今週の重賞がいかに大事なものであるかということを考え始めていた。
師匠が有力馬を出してくる。
自分も有力馬に乗る。
来年につながるレースになる。
馬主は自分を懇意にしてくれている。
…師匠に成長した姿を見せる。
--勝つことをもっとも渇望しているのは、紺田騎手じゃないのか?
「絶対に、やる」
「…やっぱり、こっちだよな……」
朝川は、本命馬を決めた。