プロローグ
日曜の朝といえばスーパーヒーロータイムだ。誰がなんと言っても！ 少なくとも俺らにとってはね。
「高二にもなって！」
とお袋は言う。
「他にやることないのか？」
と親父は呆れる。
まあなんて言われても毎週日曜日の朝、俺ん家佐藤電機店の大型テレビの前に集う四人の同志は、鼻を垂らしていた保育園の頃から変わらない。
朝食に自分で焼いたトーストにバターと苺ジャムをたっぷり塗る。左手に朝届く牛乳瓶を、右手にジャムがこぼれそうなトーストを持って食事をしていると、ヒーロータイム開始十五分前に、寛治は必ずやってくる。内村寛治 寛治は、俺らと同じ高校に進学するために、推薦で受かるはずの進学校に行かずに、ワンランク下の高校を選んだ、奇特な男だ。
「おはようございます」
店の扉を開けてきっちりと挨拶する寛治に、俺はトーストを頬張りながら言葉にならない声で挨拶する。店の奥にあるパイプ椅子に腰かけると眼鏡をクイッと直し、開口一番、月曜日に提出しなきゃいけない課題はこれでいいのか、と確認してくる。
「えー、なんだよそれ？ 出さないとヤバいの？」
聞く相手を間違っている。そうこうしているうちに
「うーすっ」
扉を開きながらにこにこと挨拶をし、才蔵がやってくる。井原才蔵 才蔵は――――馬鹿だ。愛すべき馬鹿だ。奴の頭の中身の４割はどうでもいいようなオタク情報、残り６割は、女だ。間違いない。少なくとも、奴のＰＣのフォルダの構成はそうだ。断言する。
店内をうろつきながら途中で会ったお姉さんの足が綺麗だったとか、無駄話をする才蔵は、いつでも楽しそうだ。
―――――ヒーロータイム開始一分前―――――
嵐の様な勢いで扉を開けて、息切れしながら挨拶をするのは凛だ。髪の毛はぼさぼさで寝起きなのが丸わかりである。カレーパンとリンゴジュースを店のカウンターで食べながらオープニングを一生懸命見つめている。紅一点の相川凛は、唯一人の女子だが、残念ながら色気というものが無い。俺らに感知する能力がないのか？ いや、そうではない。元よりない。こいつは根っからのアクションオタで、見るだけでは飽き足らず空手で自らを鍛え、今や黒帯である。下手な事を口にすると飛んでくるキックは、マジで青アザものである。
まあ、お陰で俺たち男三人が女一人を争うなどと言う青春にありがちな構図は一度も訪れることなく、十年以上この関係が続いているわけだ。
オープニングが始まると、親父と八つ上の兄貴が腹ごしらえを終えてやってくる。その少し後にお袋がやってくる（機嫌が良いときはカルピスを持ってくる）と、店内は軽く映画館みたいな感じだ。大きな画面を皆で見つめて過ごすその時間が、今でも俺は大好きだ。もう兄貴は上京していないけれど。
俺、佐藤勇人 佐藤電機店の次男坊だ。
同じ高校に進学した俺達は、満を持してヒーロー研究会を立ち上げた。だが二年目になっても、俺達以外の入部者はゼロである。しかも空手部にも所属する凛は、オタク同好会なんぞから足を洗え、と部長に説得されているらしい。余計なお世話だと思うのだが、相手は強面なので、抗議するには至っていない。
部活動は八人以上から。それ以下は、単なる同好会、部費も部室もなしという無慈悲な校則のせいで、今のところ佐藤電機店が、我が同好会の集会場である。
「くぅ～カックイイ！」
テレビがエンディングの曲になり、興奮した凛が立ち上がってアクションを真似て、俺の頭上でキックを繰り出す。
「俺、変身シーンの動きやれるようになったんだぜ」
と、俺も立ち上がって変身シーンを再現してみせる。
「まあ、アクションカッコ良く決めないと文化祭のヒーローショーで入会者見込めないからな。練習！練習！」
と生真面目な寛治。
「おい、おい、外でやってくれよ。売り物の家電が壊れちまう」
と、俺の親父が皆を睨んだ。
「おやっさん、コーヒー」
店のカウンターに手を置いて、才蔵が低い声で呟いた。初代仮面ライダー本郷猛の物真似のつもりか？
「うちは喫茶店じゃないっつーの」
お袋が才蔵の頭を軽く小突く。もう物心ついた時からずーっと我が家に入り浸っている三人に対しての親父とお袋の態度は俺に対するそれと変わらない。
「お前ら早く行かないとバイト遅刻するぞ」
親父が時計を見ながら言う。
「ゴールデンウイーク！ しかも、日曜日っていうのに……。なんでバイト？」
才蔵がため息をつく。
部費がないので、俺達はヒーローショーの衣装の為に、ゴールデンウイークの間だけバイトをすることにしたのだ。
「ヒーローショーが成功して部員が増えれば、部費もらえるんじゃん？」
凛はいつでも前向きだ。
俺は、出かける前に、店の見本用のパソコンで、自分たちが運営しているヒーローサイトのメールフォームを確認する。
――――未読Ｅメール一件 ―――――
メールを開くと
「緊急に君たちと話し合いたい」
とだけ記されていた。そして、それが未知なるものとの出会いの始まりだった。