第5章 人生はじめてのモテキ なのに地球がヤバイって?
「せんぱーい! 昨日は急にいなくなっちゃって、どうしたんですか?」
放課後、部室に向かっていると、背後から追いかけてきた広瀬が俺の腕をつかんだ。
「あ、ごめん。どうしたってわけじゃないんだけど……」
急に広瀬は俺からすこし離れて、心配そうな顔になった、
「私、馴れ馴れしくしすぎですか?」
「や、そんな……こと、ないよ。」
俺が、慣れてないだけです。
「ほんとにー?」
「うん……」
「よかったー!」
と、広瀬は嬉しそうに腕を組んできた。
「菜緒ちゃん!」
後ろから、才蔵の半泣きの声がした。振り返ると、才蔵と寛治と祥太郎が唖然とした顔でそこに立っていた。才蔵が俺と広瀬を交互に指さしながら、
「なんだよ、いつのまにぃ?」
と、大袈裟に半泣きの顔をして見せる。
「勇人先輩は、私の初恋の人だって、昨日告白したんです!」
掴みかからんばかりの才蔵と寛治に押し込まれるように、俺達はそのまま部室になだれこんだ。部室には、先日才蔵が設置した佐藤電機店見本品ノート型パソコンが一台置いてある。PCの前にはミチと矢追がいて、パソコンから目を上げた。
「おまえが菜緒ちゃんの初恋の人ってどういうことだってばさ?」
才蔵が俺の胸ぐらを掴んで、問い詰める。
「いや、だから、それは小学校の頃の話だよ」
「小学校の頃の話で、なんで今日は二人して腕なんて組んじゃってんだよ!」
「……」
「広瀬さんはいまでも勇人のことが好きですもんね。勇人も広瀬さんが好きです」
ミチが笑顔で言った。それを見た矢追が、「なんていじらしい……」と、目頭を押さえる。
「先輩っ! ほんとですかぁ?」
広瀬が嬉しそうに飛び跳ねる。
「好きだけどちょっと違うというか、いや違わないか……。いやでも……」
「なにぐだぐだ言ってんだよ……」
寛治が睨む。
「絶望した……!」
才蔵ががっくりとうなだれた。
「先輩、やっぱモテるんですねー」
祥太郎が感心したように呟いた。
ミチが椅子から立ち上がった。
「ぼくは、帰ります」
「なんかあるのか?」
「ちょっと最近忙しく……。暫く部活には顔をだせないかもしれません」
ミチは昨日のギクシャクした感じとは打って変わって、朗らかな雰囲気だ。
「それに最近は活動と言う活動もないですし。ミチがここにいる必要はないですから……。さよなら、勇人と皆」
笑顔でそういうと、部室のドアノブに手を掛けた。
「……さよならって」
ミチは部屋を出て行った。俺は後を追う。
「ミチ! ……おい、待てよ!」
ミチは立ち止まって振り向いた。
「もしかして、もう戻ってこないつもりじゃ……?」
「……ここに長居しすぎたのかも知れません。本来の目的は調査なのに……。それを忘れかけて……勇人たちといるのが楽しかったから……」
「どこかへ行くつもりなのか……?」
「……新しい、調査地点を探すつもりです」
「……なんで、ここにいればいいじゃないか!」
「……調査に必要なのは、冷静な判断です」
「だから?」
「……さよなら、勇人」
そう言うと、ミチは少し微笑んだ。……俺は引き留める言葉を見失った。
と、そのとき、一陣の強風が吹いたかのように目の前の駐輪場の自転車数十台が、一斉に俺を目がけて飛んできた! 正面から凄い勢いで自転車が飛んで来て、俺は瞬間、両腕で防御するような恰好をするのが精いっぱいだった。俺の目の前で自転車がストップモーションがかかったかのように空中に静止して、ガシャーンと大きな音をたてて一斉に落下した。
「止まった……良かった……」
と、ミチがふらついた……。止めたのはミチなのか?
「い、今の何……?」
「わかりません。でも、昨日勇人が言ってた窓が上から落ちてきたのも、偶然じゃない」
「どういうこと?」
「多分、あの野獣と同じ。命を狙われてる。それも今度は、なぜか君が!」
「えっ!」
「ぼくは、君を巻き込んでしまったみたいです……」
と、音を聞きつけて、何人かの生徒が俺達のまわりに集まりはじめた。部室から、寛治や広瀬たちも飛び出してきた。
「どうした!?」
「なに、凄い音したんだけど……!」
カラテ部まで体育館から飛び出してきた。凛や、鬼島さんが
「今の何? 自転車どうしたの?」
と、皆が口々に聞いてきた。
「なんつーの。竜巻って奴じゃないかな……?」
俺は、思わず答えた。
「それで、自転車が飛ばされたのか?」
「……そうみたい」
そう答えた方が無難なような気がした。
「大丈夫ですか先輩!」
と、広瀬が心配そうに聞いた。
「大丈夫……」
「……昨日は窓ガラスで、今日は自転車だなんて」
「……なんの話?」
寛治が広瀬に聞いた。
「おい! おまえら、何事だ!」
部活顧問の番場先生が、苦虫を噛み潰したような顔で現れた。
「あー。よくわかんないんすっけど、自転車が吹っ飛んできて……。あの、竜巻って奴かなって……」
「怪我は?」
「あ、怪我はないです」
と俺は答えたが、ミチは青ざめていた。
「現場にいたのは、佐藤と?」
「星乃です……」
「……ふーん」
番場先生が怪訝な顔をした。
「にゃーん!」
俺達の後ろで、猫の鳴き声がした。変顔の猫だった。そうか、おまえも見ていたのか?
この一件は、番場先生が学校側に報告し、竜巻ということで処理された。
しかし、この一件の為にミチは学校を去ることをやめたようだった。翌日から、変わりなく教室に現れた。ただ、以前より少し避けられてる気がする……。というか、ミチはみんなと、距離をとろうとしているようだった。そして、放課後部室に来ることはなかった。
その日は雨だった。薄暗い天気のせいか、ミチは一層孤独そうに見えた……。放課後一人で教室を出ていくミチを、俺は追いかけた。階段の踊り場で、ミチに追いついた。
「ミチ!」
ミチが振り返り、俺を見上げた。
「なあ、たまには部室に来いよ」
「……」
「それか、なんか美味いものでも食いに行こうぜ!」
「……」
「おーい、どうしたんだよ? 何とか言えよ!」
「勇人、ぼくには関わらない方がいいよ……」
「なに、言ってるんだよ!」
「……」
「おい! ……ミチ!」
ミチはそのまま階段を駆け下りて、行ってしまった。
その日はずっと雨が降り続けた。みんな部室に集まったけど、ヒーローサイトの更新以外に大してやることもなく、天気のせいか気分もローだった。
「星乃君が部室に来ないんでは、私もここへ来る意味がありませんことよ……」
矢追が部室の窓から、ぼんやり外を眺めながら言う。
「ミッチーの宇宙人モード、俺、結構気に入ってるのになぁ。ミッチーいないと、なんかつまんないな」
「星乃先輩て本当に宇宙人みたいですよね。見た目は中性的なのに、ケンカとかすごく強くて」
祥太郎、おまえは以外と勘がいいな。俺は声に出して言いたかった。
「そう、彼は本物の星の王子様なのよ!」
「矢追!おまえ、な、な、なにを……!」
俺は、焦った!
「わたくし、見ましたのよ。あなたが竜巻って言った、あの信じられない現象」
「なんで……おまえ!」
「わたくしがあんな絶好の機会を見逃すとでも?」
「俺も、実はそうじゃないかって……」
寛治が同意した。
「えっーーー! なんだってぇ? ミッチーが本物の宇宙人ってこと!? まじか?」
才蔵は、信じられないと言う顔をした。
「まさか!」
広瀬は到底信じられないという顔をした。
「わたくしの親戚のおじが変わり者で、UFOとか、宇宙人とか研究していますの」
いや、おじさんも宇宙人並みに生態が謎なおまえに、変わり者呼ばわりはされたくないだろう……。
「おじは隣町に住んでいて、わたくし……先日の件を聞いてみましたの。空中に物を飛ばしたり、それを止めたりする。そんなことは可能なのかと……」
「矢追! まさか星乃のこと!」
「いえ、わたくしは現象について質問しただけですわ」
「で、なんだって?」
「それはテレキネシスという能力だと。念じるだけで物を飛ばしたり、止めたり……」
「あの、その前日も、窓ガラスが三階から落ちてきて……。そして次の日には自転車が、先輩目がけて飛んで来たんですよね。じゃあ、それをやったのは……!」
「確かに自転車は俺目がけて飛んで来た。でもミチはそれを止めたんだ」
「じゃあ、誰が飛ばしたんだ?」
寛治が、眼鏡をかけなおした。
「わからない。ただ二回とも学校内でおきた。もしかしたらそいつは学校内部にいるのかも知れない……」
俺は、薄々思っていたことを口にした……。
「もしかして、この中にいる誰かだったりして――!」
才蔵はふざけた口調で言ったが、みんなシーンとなって、一瞬空気が張りつめた。
「……お、おれは、そっそんなことできません。う、う……」
祥太郎がいきなり半泣きになって、ワナワナとふるえた。
「なんだ祥太郎。トラウマスイッチでも入っちゃったのか? 誰もおまえのことなんて疑ってねーよ」
俺は祥太郎の頭をくしゃくしゃした。世話のかかる奴である……。
「……せんぱ~い!」
祥太郎は俺の腕に抱きついた。
「わ、ばか。鼻水つけるな~」
「ずるいー! 祥太郎君ばっか甘えてー!」
空いてる方の腕を広瀬が掴んだ。
「なんか
、最近おまえばっかもててない……?」
才蔵が恨めしそうに言った。祥太郎は男だつーの!
「なあ、勇人だけは、ミチが宇宙人だって先に知っていたのか?」
寛治が、意味ありげに聞いてくる。
「……まあ、成り行きで。でも、黙ってて欲しいって……」
「ふむ」
寛治は考え込むような顔をした。
「お、おまえまさか、ミチを疑ってるんじゃ……」
「テレキネシスなんて能力持った人間が、この学校に二人もいるだろうか……?」
「何のためにだよ? 意味わかんねーよ」
「だって、おまえだけがミッチーの秘密を知ったわけで……」
才蔵が言った。
「複雑な感情……・が、原因の場合もありますわ。ああ、なんて狂おしい……」
「馬鹿!そんなことあるわけないだろ!」
皆沈黙してしまった。俺は、歯がゆかった。
「ミチがそんな奴だと思うのかよ」
「そうは、思いたくないけど……。でも、どうして二度も先輩が狙われたんですか……?」
広瀬は心配そうに言った。
「俺は、アイツを信じるから……!」
俺はなんだか少し頭に来た。「俺、帰る」と言って、部室を飛び出した。
そして、雨の中、学生鞄を頭にかざして、歩き出した。
第五章 人生はじめてのモテキ なのに地球がヤバイって?
雨の中、家の前まで歩いて来ると、兄貴が珍しく店の大型テレビを見ているのに気付いた。
「にいちゃん、帰ってたんだ……」
兄貴も帰って来たばかりなのか、濡れたままコートを脱ぎもせず、立ったままテレビのニュース番組を観ていたようだった。
「……なにしてるの?」
兄貴は手にしたリモコンで、少しテレビの音量を上げた。
『……NASAの発表では、その小惑星は約一か月後に地球の近辺に到達する予定ですが、軌道、速度を計算し、地球に衝突する可能性があるのかどうか、これから検証作業に入ると言うことです。以上、昨日初めて観測された小惑星に関するニュースでした』
兄貴は、リモコンでテレビのスイッチをオフにした。
「これが、表向きのニュースだ」
「えっ? ……なに?」
「NASAの試算もJAXAの試算も答えは同じだ……。この小惑星は地球に激突する……」
「な、何言ってるの、にいちゃん」
「本来は守秘義務がある。家族にだって言えない。……でも地球が終わるのに、そんなの意味ないだろ?」
「言ってる意味が良くわからないんだけど……」
「一か月後、地球に小惑星が激突する。直径が約13キロメートルだ。……6500万年前メキシコのユカタン半島に落下した小惑星は、直径10キロメートル。その当時の多くの地球上の生物が死滅したと言われている。今回はそれを上回る小惑星だ」
「……」
「その衝撃は、マグニチュード12~14。衝突による津波は、数千メートルになるとういう試算が出ている。人類は……終わる」
「終わるって……」
俺は、ミチの話を思い出していた。
「あと、一か月だ。心置きなく過ごそう。父さんや母さんには言うな。……親孝行するなり、好きな女の子に告白するなり、一か月思いのままに過ごせ」
「にいちゃん、だから帰ってきたのか?」
「いや、俺がこのことを知ったのは今日のことだ……。俺が帰ってきたのは、本当は休暇じゃない。仕事だよ」
「なんだよ、兄貴の仕事って……。そんな一般人が知らないこと知ってたり、家族にも秘密の仕事ってなんなんだよ?」
「……」
「ただの環境保全の行政法人じゃないのかよ?」
「……表向きはね。もう、秘密にする必要なんてないか。うちの組織は地球外来種を捕獲、
サンプリングしている」
「……地球外来種?」
「数週間前、この地域で地球外生物の遺体が発見された。俺は、その調査の為にうちに帰って来たんだ」
俺は、ミチと俺を襲ってきた、あの見たこともない野獣を思い出していた。
「もしかして、大型犬ぐらいの大きさのケモノ?」
「……なんで、知ってる?」
「アレを殺ったのは、俺だよ……」
「……!」
「口にトイレの洗剤が突っ込まれてただろ? あれ、俺がやったんだ……」
今度は、兄貴がビックリする番だった。
「どうしておまえが……」
「友達といたところを襲われたんだ。武器なんてなにも持ってねーし、たまたま持ってた洗剤で対抗したら、死んだんだ」
「なんでおまえが襲われるんだ」
そのときだった。店の正面からクラクションと共に光が差し込み、何かが店の正面から突っ込んでくるのが見えた。それは店の玄関を突き破り、俺のいる中央部に突っ込んで来た。俺は店の端にいた兄貴に覆いかぶさるように、横に飛んだ! 大きな破壊音と共に、トラックが突っ込んで来たのだった。
「なんだ、いったい……」
兄貴は、呆然としていた。
車のクラクションが鳴り続けた。中年の運転手がクラクションをおし続けたまま、茫然とした顔をしていた。
俺と兄貴は車の運転席のドアを開けた。頭から血を流した運転手は、それでもはっきりと意識があった。そして俺達の顔を見ると、ようやくクラクションから手を離した。
「く、車が勝手に突っ込んでいったんだ! ハンドルもブレーキも効かなくて、車が浮き上がってた! 嘘じゃない! だから、クラクションを鳴らして!」
突っ込む前、確かにクラクションがなっていた。俺と兄貴は顔を見合わせた。
兄貴は、運転席のシートベルトをはずし、運転席を、運転手が楽なように傾けようとしていた。
親父とお袋が慌てふためいて、店の裏口から飛び込んできた。
「なんてこった!」
「健人! 勇人! 怪我は? 無事なの?」
お袋は俺達が二人とも無事なのを見て、幾分ほっとしたような顔をした。
「俺と優人は大丈夫だよ。ただ、この人怪我してる。救急車と警察呼んで!」
「わかった! あ~これじゃあ、店の電話使えないじゃないか……」
親父は、慌てて奥に帰って行った。
「母さん、タオル持ってきて。この人怪我してるから」
「わかった」
お袋は頷いて、家の方に小走りに帰って行った
兄貴はこういうとき、いつも的確なのだ。
そう、もし兄貴が俺が経験した一連の事を経験したならどう対応したんだろう。
応急に出来るだけの事をして、兄貴は車を降りてきた。
「……にいちゃん。俺、この人ウソついてないと思う」
「え?」
「テレキネシス。物を飛ばしたり止めたりする能力のこというらしい。……最初は学校の3階から、窓が外れて俺の頭上に落ちてきた。次は学校の中庭で、自転車が俺めがけて飛んで来た。そして今日は、トラックが突っ込んで来た。この人の言うとおりなら、そいつはトラックすら浮遊させるってことだ」
「……どういうことだ?」
「俺は、なんでか命を狙われてる。その、変な能力持った奴に……」
「……」
「……」
「なんで今まで黙ってたんだ!」
「……。多分、きっかけは俺のクラスの転校生。野獣に襲われたのも、そのコといる時だった。そのコにも、そういう力はある。信じないかも知れないけど、宇宙人なんだよ。俺には教えてくれた、まあ、成り行き上だけど……。力ももらった。イメージ通り、体を自在に動かせる能力……」
「それで、さっき……」
俺は頷いた。
「でも、それ以降なぜか今度は俺が狙われてる、そのコは、……ミチは、俺を巻き込んでしまったって後悔してるみたいだった」
「どうして、もっと早くそれを言わない!」
「言ったらどうにかなってた?」
「こういう事には、適切な対応の仕方ってものがあるだろ!」
兄貴の顔は明らかに怒っていた。
お袋が、「これ」とタオルを奥の部屋から持ってきて、それを兄貴に渡した。兄貴は、助手席から車に乗り、運転席を倒し、運転手の出血した頭部にタオルを巻いていた。
「動かさない方がいいでしょう。救急車をまちましょう」
運転手にそう言った。
店の外には人だかりができて、遠くでサイレンの音が鳴り始めた。お袋は、人だかりの中に近所の知人を見つけて、「もう、びっくりだわよー」などといいながら、興奮冷めやらぬ様子で話し始めた。
兄貴は、トラックから降りると俺に向き直った。
「そのコは、いつ転校してきたんだ?」
「ゴールデンウイーク明け」
「名前は? 住所は今すぐわかるのか?」
兄貴の尋問調が俺を不安にさせる。
「な、なんだよ。どうするつもりなんだよ……」
「……上司に、報告する」
あまりのリーマン的返答に、俺は一瞬面食らった。
「で、ミチはどうなるの?」
「おそらくは、捕獲……」
「何言ってんだよ!」
「特に、宇宙から小惑星が降ってくるこの状況下だ、もしかして、何か関連がないとも限らない……。話は急を要する!」
兄貴は自分の携帯をポケットから取り出した。
「待って! 捕獲されて、それからミチはどうなるんだよ!」
「俺は末端だ。それから先は、わからない」
「……そんな」
兄貴は、自分の携帯から電話を掛ける
「エマージェンシーコールです!」
俺は、壊れた店から飛び出した!
「おい! 待つんだ! 勇人!」
兄貴の叫ぶ声がした。「勇人?」と、お袋の声もしたが、俺は振り返らなかった。
俺は、ミチのうちに向かって走りだした。
「にいちゃん、帰ってたんだ……」
兄貴も帰って来たばかりなのか、濡れたままコートを脱ぎもせず、立ったままテレビのニュース番組を観ていたようだった。
「……なにしてるの?」
兄貴は手にしたリモコンで、少しテレビの音量を上げた。
『……NASAの発表では、その小惑星は約一か月後に地球の近辺に到達する予定ですが、軌道、速度を計算し、地球に衝突する可能性があるのかどうか、これから検証作業に入ると言うことです。以上、昨日初めて観測された小惑星に関するニュースでした』
兄貴は、リモコンでテレビのスイッチをオフにした。
「これが、表向きのニュースだ」
「えっ? ……なに?」
「NASAの試算もJAXAの試算も答えは同じだ……。この小惑星は地球に激突する……」
「な、何言ってるの、にいちゃん」
「本来は守秘義務がある。家族にだって言えない。……でも地球が終わるのに、そんなの意味ないだろ?」
「言ってる意味が良くわからないんだけど……」
「一か月後、地球に小惑星が激突する。直径が約13キロメートルだ。……6500万年前メキシコのユカタン半島に落下した小惑星は、直径10キロメートル。その当時の多くの地球上の生物が死滅したと言われている。今回はそれを上回る小惑星だ」
「……」
「その衝撃は、マグニチュード12~14。衝突による津波は、数千メートルになるとういう試算が出ている。人類は……終わる」
「終わるって……」
俺は、ミチの話を思い出していた。
「あと、一か月だ。心置きなく過ごそう。父さんや母さんには言うな。……親孝行するなり、好きな女の子に告白するなり、一か月思いのままに過ごせ」
「にいちゃん、だから帰ってきたのか?」
「いや、俺がこのことを知ったのは今日のことだ……。俺が帰ってきたのは、本当は休暇じゃない。仕事だよ」
「なんだよ、兄貴の仕事って……。そんな一般人が知らないこと知ってたり、家族にも秘密の仕事ってなんなんだよ?」
「……」
「ただの環境保全の行政法人じゃないのかよ?」
「……表向きはね。もう、秘密にする必要なんてないか。うちの組織は地球外来種を捕獲、
サンプリングしている」
「……地球外来種?」
「数週間前、この地域で地球外生物の遺体が発見された。俺は、その調査の為にうちに帰って来たんだ」
俺は、ミチと俺を襲ってきた、あの見たこともない野獣を思い出していた。
「もしかして、大型犬ぐらいの大きさのケモノ?」
「……なんで、知ってる?」
「アレを殺ったのは、俺だよ……」
「……!」
「口にトイレの洗剤が突っ込まれてただろ? あれ、俺がやったんだ……」
今度は、兄貴がビックリする番だった。
「どうしておまえが……」
「友達といたところを襲われたんだ。武器なんてなにも持ってねーし、たまたま持ってた洗剤で対抗したら、死んだんだ」
「なんでおまえが襲われるんだ」
そのときだった。店の正面からクラクションと共に光が差し込み、何かが店の正面から突っ込んでくるのが見えた。それは店の玄関を突き破り、俺のいる中央部に突っ込んで来た。俺は店の端にいた兄貴に覆いかぶさるように、横に飛んだ! 大きな破壊音と共に、トラックが突っ込んで来たのだった。
「なんだ、いったい……」
兄貴は、呆然としていた。
車のクラクションが鳴り続けた。中年の運転手がクラクションをおし続けたまま、茫然とした顔をしていた。
俺と兄貴は車の運転席のドアを開けた。頭から血を流した運転手は、それでもはっきりと意識があった。そして俺達の顔を見ると、ようやくクラクションから手を離した。
「く、車が勝手に突っ込んでいったんだ! ハンドルもブレーキも効かなくて、車が浮き上がってた! 嘘じゃない! だから、クラクションを鳴らして!」
突っ込む前、確かにクラクションがなっていた。俺と兄貴は顔を見合わせた。
兄貴は、運転席のシートベルトをはずし、運転席を、運転手が楽なように傾けようとしていた。
親父とお袋が慌てふためいて、店の裏口から飛び込んできた。
「なんてこった!」
「健人! 勇人! 怪我は? 無事なの?」
お袋は俺達が二人とも無事なのを見て、幾分ほっとしたような顔をした。
「俺と優人は大丈夫だよ。ただ、この人怪我してる。救急車と警察呼んで!」
「わかった! あ~これじゃあ、店の電話使えないじゃないか……」
親父は、慌てて奥に帰って行った。
「母さん、タオル持ってきて。この人怪我してるから」
「わかった」
お袋は頷いて、家の方に小走りに帰って行った
兄貴はこういうとき、いつも的確なのだ。
そう、もし兄貴が俺が経験した一連の事を経験したならどう対応したんだろう。
応急に出来るだけの事をして、兄貴は車を降りてきた。
「……にいちゃん。俺、この人ウソついてないと思う」
「え?」
「テレキネシス。物を飛ばしたり止めたりする能力のこというらしい。……最初は学校の3階から、窓が外れて俺の頭上に落ちてきた。次は学校の中庭で、自転車が俺めがけて飛んで来た。そして今日は、トラックが突っ込んで来た。この人の言うとおりなら、そいつはトラックすら浮遊させるってことだ」
「……どういうことだ?」
「俺は、なんでか命を狙われてる。その、変な能力持った奴に……」
「……」
「……」
「なんで今まで黙ってたんだ!」
「……。多分、きっかけは俺のクラスの転校生。野獣に襲われたのも、そのコといる時だった。そのコにも、そういう力はある。信じないかも知れないけど、宇宙人なんだよ。俺には教えてくれた、まあ、成り行き上だけど……。力ももらった。イメージ通り、体を自在に動かせる能力……」
「それで、さっき……」
俺は頷いた。
「でも、それ以降なぜか今度は俺が狙われてる、そのコは、……ミチは、俺を巻き込んでしまったって後悔してるみたいだった」
「どうして、もっと早くそれを言わない!」
「言ったらどうにかなってた?」
「こういう事には、適切な対応の仕方ってものがあるだろ!」
兄貴の顔は明らかに怒っていた。
お袋が、「これ」とタオルを奥の部屋から持ってきて、それを兄貴に渡した。兄貴は、助手席から車に乗り、運転席を倒し、運転手の出血した頭部にタオルを巻いていた。
「動かさない方がいいでしょう。救急車をまちましょう」
運転手にそう言った。
店の外には人だかりができて、遠くでサイレンの音が鳴り始めた。お袋は、人だかりの中に近所の知人を見つけて、「もう、びっくりだわよー」などといいながら、興奮冷めやらぬ様子で話し始めた。
兄貴は、トラックから降りると俺に向き直った。
「そのコは、いつ転校してきたんだ?」
「ゴールデンウイーク明け」
「名前は? 住所は今すぐわかるのか?」
兄貴の尋問調が俺を不安にさせる。
「な、なんだよ。どうするつもりなんだよ……」
「……上司に、報告する」
あまりのリーマン的返答に、俺は一瞬面食らった。
「で、ミチはどうなるの?」
「おそらくは、捕獲……」
「何言ってんだよ!」
「特に、宇宙から小惑星が降ってくるこの状況下だ、もしかして、何か関連がないとも限らない……。話は急を要する!」
兄貴は自分の携帯をポケットから取り出した。
「待って! 捕獲されて、それからミチはどうなるんだよ!」
「俺は末端だ。それから先は、わからない」
「……そんな」
兄貴は、自分の携帯から電話を掛ける
「エマージェンシーコールです!」
俺は、壊れた店から飛び出した!
「おい! 待つんだ! 勇人!」
兄貴の叫ぶ声がした。「勇人?」と、お袋の声もしたが、俺は振り返らなかった。
俺は、ミチのうちに向かって走りだした。