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最終話・√混じるバジル 居酒屋英雄

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 いらっしゃいまし。

 お客さんひとりかい?カウンターでもお座席でも好きな所に座ってくんな。なに、気にする事はねぇよ。この時間はもう終電もねぇし、昼間から降り続く硫酸雨で商売もあがったりだい。

 お、そこの席に座るのかい?なんだかふたりきりで顔つき合わせるみたいでおかしな気分だが年寄りの昔話でも肴に一杯やってくれ。

 店の名前かい?よくある話で申しわけねぇが俺の苗字と死んだ女房の名前を一文字ずつ拝借して付けた名前でぃ。ハハ。俺の弱い頭じゃセンスのある洒落た名前なんて付けられねぇ。

 それにしてもよく降りやがるねぇ。この季節になると毎年宇宙から大気の隙間を狙うみてぇに硫酸が流れ込んできて、それが雨に混じって地上に降り注ぎやがる。これも世界から天使の御加護が消えた影響かねぇ。

 この世から英雄や準悪魔が消えてから70年?もうそんなに経つのかい。こっちは居酒屋として初めて40年、やっと商売のイロハが理解ってきたところさ。ん、遅すぎる?ハハ、こんな田舎の一軒家でじじいがひとり暮らしていくなんて客に愛想良くしとけばなんとかなるってもんさ。

 へい、お客さん。何にしやしょう。

 とりあえず生、中瓶でよろしいかね。この国でも何度目かの歴史的大規模震災や経済革新、毎年のように目まぐるしく政権交代が起きて空飛ぶ車がチューブの中を走る時代になってもビールの旨さは相変わらず変わらねぇそうですからねぇ。

 ウニ?雲丹は置いてねぇよ。お客さん。あれは悪魔に呪われし禁忌の食材だ。市場に出回る高級品は、なんでもやくざもんが扱ってるって話じゃねぇか。俺も強面だと言われるがそういった連中との付き合いは一切ねぇから安心してくれ。

 なに、気を損ねちゃいねぇよ。飯を喰らう相手あってこその客商売だ。へぇお客さん良い呑みぷりじゃねぇか。俺ァ今でこそこんな商売しているが平成生まれの子供舌でね。楽しく呑むのは最初の一口だけさ。アルコールってのがどうしても身体に受けつけねぇ。店始めた時は酒の臭いでもう、気分が悪くなってよく女房にどやされていたっけ。

 まったくざんざんざんざん降りやがる。表の暖簾をさげてくらぁ。もうお客も来ねぇだろうし。旦那、良ければ隣の席に鞄を置きなぁ。広いとは言えねぇが店の中でそんな風に縮こまってちゃあせっかくの酔い気分も醒めちまうって話さ。

 えっ、俺の昔話が聞きたいだと?こんなじじいの話で良ければいくらでもお付き合い致しますよ。産業革命に第二次神討大戦。再生学研究に未確認生命体との遭遇。その場で見てきたように話して聞かせやすぜ。この世を暴力で支配しようと企む悪魔を打ち破るのは我が愛刀エクスカリバーの『絶対切断』。――てな調子で。

 なに、菱村真一の『その後』の消息だって?

 ハハ、それは面白くねぇ。なぜかって史実でも創作でも芝居の話題に挙がるのはそいつを成し遂げた主役の話って相場がきまってらぁ。

 しつこいね旦那。そんな男の話なんて酒の肴になんかならねぇってのに。

 ――あんた、何もんだ?

 ただの客でも能力者でもねぇな。いってぇ何しにきやがった。


 まあそこまで熱心に頭を下げられちゃあ、あんたも興味本位ではないんだろうし、見たところあいつの親族の会社関係者でもあるめえから話してやろう。

 俺の名か?そんなもん今更声に出して名乗りでなくても理解ってるんじゃねぇのかい。英雄として戦っていた頃の名前なんざ忘れちまったよ。

 第二次神討大戦。あの壮絶なる死闘を生き残ったって事はそれだけ人を殺したって事さ。ヤクザに権力者に民間人。天使と契約を交わして英雄としてのチカラを得てもやっている事は金儲けの準悪魔と同じさ。

 別に殺した連中を弔おうなんて気持ちはさらさらねぇよ。そいつらは闘いの最中に弱かったから死んだだけのこと。今この瞬間に表のドアが破られて体中を串刺しに貫かれてもこんなじじいには何の後悔もありませんぜ。

 ――いまから話すのは旦那、アンタのお望みどおり菱村真一の話だ。俺の話はしねぇ。英雄としての立場で第二次神討大戦を経験したナマの声を聞かせてやる。

 石動堅悟に間遠和宮、鈴井鹿子に聖剣士リザ。どいつもこいつも歴史の教科書で語られてるのとは大違いだぜ。


 おっと、アンタが知りたいのは菱村真一の話だったな。言っておくがな、旦那。

 あんな奴の話なんか面白くもねぇぞ。

 たしか齢の16かそこらだったと思う。

 俺が仲間の英雄、秋風天音と一緒に連中が根城としている事務所の扉を叩いたのは例のティンダロス騒動が収束を見せ始めた頃だった。

 俺はその戦いで利き足の指四本を相手に喰われちまって4階建ての階段を上るのに四苦八苦した覚えがある。

 相方の天音が持つ能力、『完治の奇跡』ベレヌスのお陰で多少は痛みは和らいだが、もげちまった指が自分の身体からもう一回生えてきたみてぇでむずむずして落ち着かなかった。

 俺と天音が|件《くだん》の騒動を収めた立役者――そうそう、あいつらが所属していた英雄ギルドの名はデビルバスターズといった。準悪魔を滅するというなんの捻りも無いネーミングだがそこが俺は気に入った。

 天音が首謀者のリザに俺たちの趣旨を伝えると連中は意外にたやすく俺と天音を仲間として受け入れた――分かるかい旦那。悪魔を討伐するという同じ志を持った英雄たちがひとところに集まるのは当然だと思うかも知れんが実際はそんな簡単な話じゃねぇ。

 その当時、準悪魔の暗躍と英雄志望者の急激な増加は政府や名状しがたい裏社会の人間共も気付いていて、奇しくも女子高生の身体を宿主にした準悪魔討伐の後だった。

 俺たちが事を面白くおもわねぇやくざに買われていたり、身体を準悪魔に乗っ取られていたと考えても無理もねぇ。

 しかし奴らはふたつ返事で俺たちを受け入れた――もとよりデビルバスターズは聖剣士リザを筆頭に『完全自動攻防』の長剣使いの間遠和宮、『空間殴打』が可能な鉄槌を振り回す鈴井鹿子の3人による少数精鋭の部隊だった。

 その上、おまえさん達の大好きな石動堅悟に勧誘を断られたとなりゃ、素性が知れなくとも思い通り動かせる手駒が少しでも必要だったのかもな。まぁリザの立場だったら下っ端が気に入らない態度を取ればすかさず無敵の能力でぶった斬っちまえばいい所だし。

――信用されていた、か。はてどうだったかな。考えてもみろよ。俺たちはみな準悪魔が現れたら自分の食い扶持の為に、正義の名のもとに命を刈り取るような非正規の英雄の集まりだったんだぜ。


 さて、ここからが本題だ。俺と天音がデビルバスターズとして与えられた最初の仕事はある死にかけの準悪魔を殺すこと。リザの口から依頼主とその標的の名を聞いた時はがくぜんとしたな。

 さきの戦いで俺たちが倒したティンダロスは生きていて、結原紫苑の身体を離れた悪魔の核が今度は生前、交流のあった菱村真一の身体に乗り移ってそのチカラを取り戻しつつあるらしい。

 しかもその殺しの依頼主が菱村の親父だって言うから驚きだ。女にうつつを抜かして悪魔に身を染めるなんて一族の恥だってもんで消してくれとさ。あんたもアイツの最期を知っているだろう。金と権力に固執する人間は大体ろくな死に方はしねぇ。

 現場に派遣されたメンツは俺と天音の他に智天使ケルビム――ああ。非正規英雄を管轄する天使たちの上役にあたる役職があるんだがそいつは地上に降りた時に車に姿を代えていたから、俺たちはそれに乗ってティンダロスに成り代わった菱村を見たという情報があった現場へ急行した。

 一緒に車に乗っていた間遠と鹿子は憤慨していたな。何故リザはティンダロスを殺し損ねたのか。あの女は準悪魔を身に宿した結原をみるなり共存は出来ないと斬り捨てた。

 準悪魔とは一般的に悪意に染まった元人間を指す。ティンダロスが宿った結原の場合は例外で、多少なりとも現実社会に馴染もうとしていた。その少女を殺すとなれば奴らと同様にチカラを手に入れた自分たちも準悪魔と同じだって言いたいのかってな。

 着いたで、とケルビムの関西弁が車内に響いて切り込み隊長だった俺がドアを開ける。以前ティンダロスと戦った工事中のビル群が目の前に広がり、曇天の空から小さな雫が舞い降りて薄い霧が立ちこめていた。

――雨の日は今になってもどうも苦手でよ。英雄だった時の気持ちが蘇ってきちまう。今日だってそうだ。忘れようとどこまで遠く逃げてもどっかで追いついてきちまうからさ。


 話に戻ろう。奴を倒す算段は車の中であらかじめつけておいた。俺と天音があのビルの群れに菱村を追い込んでその奥で間遠と鹿子が止めを刺すといった追い込み型の|狩り《ハント》さ。

 俺と天音は近くの土手を歩いていた菱村を発見すると英雄としての能力を発現させて奴をビルの中へ追い込んだ。いや、その前に一言、二言話したんだっけな。

 俺が奴におい、俺を覚えているかと訊ねたら知らない、と奴は答えた。菱村は数日前に失踪届が出されていたが学生服のままで片腕を抑えるようにして体調が悪いのか、青白い顔を浮かべて歩いていた。

 ならこの姿はどうだ、と俺が以前奴を追ったときと同じ姿に変型すると菱村はきっ、と表情を戻して自分からビルの群れに飛び込んでいった。その態度に驚いた天音が数歩出遅れた。あの時のアイツの顔つきはまるで守るべき者を持った父親のような決意がこもった瞳だったぜ。

 俺たちをかく乱しようと不規則に角を曲がりながら菱村の背中が駆けていく。ビルの壁を蹴って走り抜ける奴の動きを見て人間じゃない、と思ったぜ。身体に取り込んだティンダロスとの融合がもう完全に終わってるのかも知れねぇ、そう思ったその時、

「これ以上逃げたって無駄」

 鹿子が振り下ろした鉄槌が地響きを上げて菱村の身体を捉えた。角を抜けた不意の一撃に決まった、と指を鳴らしたその途端、コンクリートの地面を打ち抜いていたハンマーが持ち上がり菱村がその窪みから粉塵を上げて姿を現した。

 俺に追いついた天音が口に両手を当てて喉を引き上げた。そうだ。あいつはもう、俺が変型を解いてもうひとつの能力を発現させてその武器を構えると正面に立つ菱村の腕関節が斬撃によって切り裂かれた。間遠のアンスウェラーが的確に身体の腱を斬りつけていくのをみて味方ながらに見事だと思ったぜ。

「なぶり殺しはよしてやれ」

 能力の代償として一時的に視覚を奪われた間遠が剣を納めてハンマーを打ち振るう鹿子の背中にそう告げた。間遠は俺たちにもこう言った。周囲に気をつけろ。こちらへ腕を伸ばしてくるかもしれないからな。以前四対一の状況で敗れている分、間遠は俺たちに警戒を強めたかったらしいが戦況はだれが見ても明らかだった。

 やがてナマスみてぇに全身から血を滴らせた菱村が開けた場所に出てそこで大の字になるように崩れ落ちた。その姿を見て間遠がレシーバーでリザに報告すると俺たちは今回の任務をここで終わらせた。誰もが胸に釈然としない思いを抱え、俺と天音のデビルバスターズとしての初仕事はこうして幕を閉じたって訳さ。


 でも話はまだ終わりじゃなかった。数週間後、依頼主である菱村の親父の使いのもんが事務所に怒鳴り込んできた。目の前の机に叩きつけらた新聞と雑誌の記事を見て俺たちは息を呑んだ。

 死んだはずの菱村が装甲三柱のひとりであるバハムートが社長を務めるタワー襲撃に関わっている、そう聞いてリザは鹿子と間遠を問い詰めた。その場に居た俺と天音は分かっていたぜ。あのふたりは無罪とまではいかねぇが人間界で必死に生きようとしたティンダロスを想い人から引き継いだ菱村を生かしたんだ。

 うやむやな返答をする鹿子と間遠にリザは珍しく激高して入り口のドアを蹴破ってその場から消えうせていった。その場に残された俺はその時から自身のヒーローとしての有り方に疑問を抱き始めた。

 ティンダロスを殺そうとしたのはリザの一方的なエゴイズムで、そのティンダロスを生かしたのは鹿子と間遠の自己陶酔的なヒロイズムだった。かわいそうなティンダロスはその中心で英雄たちの自作自演の芝居に巻き込まれちまった形になる。

 誰かに見せる茶番だったわけじゃねぇ。だったら何で鹿子と間遠は手の込んだ演技までして菱村を生かしてリザは結原を殺したんだ。英雄ってのは悪魔だよ。いつも本音と建前が違う。

 図らずも俺たちは夕方六時のヒーローショウの舞台に上がっちまった。勧善懲悪の一話完結型のショートストーリーさ。まぁそれ自体が茶番といえるんだがな。


 さて、俺が知ってる菱村の話はこれが最後だ。奴はバハムートの討伐に成功してからは表舞台には姿を現しちゃいない。準悪魔としての能力を封じ込めて人間らしい生活を営んでいるか、準悪魔としての性にその身を焼かれてどっかでのたれ死んでいるか。

 残念だったなお客さん。菱村真一のその後の話が知りたかったら他をあたってくれ。さぁ、雨もあがって日も昇った。そろそろあんたの仕事の時間じゃないのかい。

 こんな老いぼれの話に付き合ってくれてありがとうよ。楽しかったぜ。老兵は死なず、ただ消え去るのみってな。このへんで手じまい店じまいとさせていただきやす。



混じるバジル√ 最終話 完


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