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第十話 正義の味方と誰かの味方 (鹽竈)

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「…理由を、訊いてもいいか」

 振り返った間遠は、焦点の合わない表情をこちらへ向けた。上がっていた息はもう戻り、汗の引いたその顔には先の戦闘における疲弊の色はほとんど見えない。
 たかが並の悪魔一体を屠った程度で、こちらに優勢が傾くほど戦力が低下するわけではないらしい。流石は歴戦の英雄、といったところか。

「言わなくとも、アンタなら一番良く知ってることだろうよ。なあ、|間遠和宮《せいぎのみかた》?」

 静かなる問いに、俺は大仰に肩を竦めて見せる。既に右手に握られた聖剣が、明滅する街灯の光を断続的に照り返す。
 全身を循環する魔力が脈動する。ジワリと表皮から滲み出すそれはまるで瘴気の如き青紫。それらを纏め上げ、俺は強化された肉体でゆっくりと一歩を踏み出す。

「最近は『代償』の引きが良い。…今のお前をこの目で見ることが無くて、本当に良かった」

 下げた長剣を片手で持ち上げ、光を映さない両眼が捉えた俺の気配目掛けてしっかりと固定される。それに合わせて無言でエクスカリバーを構えた俺へ、間遠は余裕の現れかこんなことを口走った。

「俺だけが能力を知っているのは不平等だな。俺のアンスウェラーは相手の動きを読み切り対応する剣。『代償』は肉体能力の一部欠落。見ての通り今は視力を失っている」
「へえ。んじゃ、その発言がアンタの遺言で、そんでもって、」

 接地していたアスファルトが粉砕し、高速で巡る景色の中で正確に相手の背後を取る。
 狙うは心臓。

「その遺言が、アンタの死因だ」

 この距離、タイミング、加えてエクスカリバーの能力瞬間解放、『絶対切断』発動。
 回避、防御共に不可能の必殺の刺突。勝利を確信する。
 だが、
「…ッ!?」
 息を呑み、目を見開く。
 弾かれた、エクスカリバーの刀身が。
 間遠は依然として無様に背中を晒している。だというのに、あらゆる物質を貫き斬り裂く神聖武具の一撃があっけなく打ち上げられた。
「『絶対切断』、なるほど確かに破格の性能だろう。だがな、石動。対処法なぞいくらでもあるのさ、その程度の力になら」
 晒した背中の、その脇下から。いつの間にやら逆手に握っていた長剣の切っ先が上向きに突き出されていた。俺のエクスカリバーを弾いたのはそれだろう。よくもまあ見もせずに曲芸じみた技を見せてくれる。
 瞬時に理解した。俺の聖剣とまともに打ち合う方法。
「切断の範囲はその刃のみ。剣の腹にまで切断性能は付与されていない」
(そういうことかよクソッ!)
 半歩下がり、弾かれた剣を両手持ちで二度三度と振るう。が、それらも半身振り返った間遠の長剣に容易くいなされてしまう。その全てが、俺の一撃を真横から叩く形で弾くのだ。刃には触れずに、柄や鍔、剣の平たい表面を打つ。あくまで刃には干渉せず、ことごとく俺の唯一無二たる確殺の斬撃を潰していく。
(野郎を殺すにはまず、その剣が邪魔か…!)
 首筋や頭部、心臓部。一太刀でも入れば致命傷足り得る部位を執拗に狙っていた動きから一転、今度はヤツの手首を落とす為に立ち回りを変える。
「シッ!」
 掬い上げるように二の腕を、大上段からのフェイントを織り交ぜ指を、袈裟切りに見せかけ肩口を。
 剣を持つ腕をどうにか切り離したい一心で振るう斬撃はやはり間遠の神聖武具には通用しない。  
 視覚に頼らずして、あの長剣は相手の動きを全て見透かしている。フェイントも絡め手も奇策も、一切が意味を成さない。
 で、あるならば。仕方ない。ノーリスクで勝てる相手ではないと、元より覚悟の上だ。
 大きく一歩を懐に潜らせる。長剣の間合いからさらに詰める。この程度で狼狽えることはなかろうが、リーチの利は失った。体の触れ合う直近からの刺突は、割り込まれた長剣によって阻まれる。
 またしても弾かれた右腕を引き戻すより早く長剣が振り落とされる。剣を捨て、刃を左手で受け止めるが勢いは殺し切れず。掌に食い込む鋭利な刃は左手ごと右の肩に深々と沈んだ。
 血飛沫が間近で舞い、頬に撒き散らされる。激痛に思考がブレるが、怪訝に眉を寄せる間遠の顔を睨み上げ、燃え上がる憎悪で強引に意識を繋ぐ。
 不思議か間遠。左手でガードしようとすんのに右手で握る剣を手放す必要はないからな。
 互いに目と鼻の先にある敵の姿。殴るにしても蹴るにしても、こう密着していては上手く威力を出力することは出来まい。
 ―――普通の方法なら。
 トン、と。引き戻した右の拳が間遠の腹に押し当てられる。引き絞るでもなく、速度を乗せるでもないただの拳骨。ここから出せる技が、俺にはあった。
 魔力を推進力に変え、全身から練り上げた衝撃が足から腰、胴を伝って腕、拳先へ集う。
「|寸勁《すんけい》」
 直後に間遠の体内で小さな爆発音のようなものが拳から震動という形で感じ取られる。同時に、大量の吐血と共に盲目の双眸が大きく見開かれた。
 ほぼ零に近い距離での一打絶倒を主とした超近距離戦の武術体系。その極致。
 あぁ、あの老師にはどこまで礼を尽くしても足りないな。アンタのおかげで、俺はこの|英雄《やろう》をブチ殺せる。
「い、するぎ…っ」
「ッおおあァ!!」
 喉の奥から溺れた声音を漏らす間遠の顎を、真下から振り上げた肘鉄が打ち砕く。踏み込みが地を穿ち、地面に幾筋もの亀裂が走った。
 さらにタックルするように裂かれた肩を胸部に押し付け、魔力放出の後押しから生み出されるエネルギーを叩き込む。
 |裡門《りもん》|頂肘《ちょうちゅう》からの|靠撃《こうげき》。鮮血を散らせてくの字に折れた間遠の身体が吹き飛ぶ隙を逃さない。
 足裏から魔力放出、地を爆散させながら右半身を前面に押し出した格好から氷上を滑るように飛び出る。活歩と呼ばれる歩法技術だが、本来の震脚からの派生というプロセスを魔力頼りに端折り簡略化させている。三週間程度の修練じゃ到底届かない領域だったが、非正規英雄の質を頼りにかろうじて指先くらいは届かせられたか。
 長剣は手から離れ持ち主は駅の壁面に半ば埋もれた状態で上体を仰け反らせている。こちらも武器は手放したままだが、いちいち回収している暇が惜しい。
 活歩で迫り、腕に力を溜める。身体の軸を横向きとした状態からの打突技、|冲垂《ちゅうすい》。外側から心臓を打ち貫かんと右の拳を固く握り、肉迫と共に放つ。
 …この時、何故か。俺はある言葉を思い出していた。

『非正規英雄の欠点はの、その優秀過ぎる武装に頼り切りになることじゃて。それを失った時、容易く英雄は殺される。若き非正規英雄達の大半はそれで死ぬ。性能や能力ばかりに支えられ、自分自身の研鑚をまるで積まぬ愚か者の末路がそれよ』

 やれやれと呆れたように、また愚痴を溢すように呟かれた老師の言葉を、あの時確かに聞いていた。だからこそ老師は俺に体術を教えてくれたし、それがあるからこそ俺はあっさりくたばるような愚者にはならぬと信じていた。
 事実、今だってこうして長剣アンスウェラーに依存していた間遠和宮は、こうして武器を手元から失くしたことで俺に殺されるんだ。
 だが。だが待て。
 相手は数々の死線を潜り抜けてきた歴戦の猛者。その経験値は俺はおろかそこらの英雄を軒並み超えた膨大なものだろう。
 そんな人間が、果たして本当に|神聖武具《アーティファクト》の力だけでこれまでやってこれたのか。
 疑問があったし、疑惑もあった。だけれど拳の速度はほんの少しも衰えることなく間遠の胸の真ん中へ突き込まれていた。だから、これは言い訳のしようが無い。
 全力の一打が直撃する間際、間遠の左手がそれを静かに受け流したことに、俺の思考の淀みはまるで関係がなかった。
「んなっ!?」
「―――」
 完全に意表を突かれ空振りした拳は壁を貫通し、前のめりに傾いだ俺の顔面を右の五指が強烈な指圧でもって締め付ける。さらに足を払われ、一瞬の滞空の後に俺は受け身もままならず後頭部から固いアスファルトに叩き落とされた。
「が、ぁア…!!」
 視界が揺れ、脳が思考を拒絶する。グラグラと上下左右する夜空が見えて、そこから一条の流星のように大きな拳が墜ち、
「!ソロ…モンッ」
 頭の中で激しく鳴り響いた警鐘に脅されるように、左人差し指に通されたリングに呼び掛ける。
 イメージするは獣。瞬時に収縮した肉体が灰色の毛を纏う狼と化す。寸前まで人間の頭部があったその位置に間遠の拳がクレーターを生んだ。
 四足を駆り跳ねるように間遠から距離を取り着地までの合間に元の姿へと戻る。靴底を滑らせ両足で勢いを殺し切る。
「チィ…」
 短く息を吐き、舌打ちする。拳を引き抜いた間遠がゆらりと立ち上がり、口の端から垂れる血を指先で拭ってこちらを見据える。武器を手放したからか、『代償』たる視力は回復しているようだ、しっかりと忌々しい面が俺のことを視認しているのがわかる。
 予想通りだ。この男は、武装無くしても英雄としての真価を損なうことはない。正真正銘の、非正規英雄が抱えがちな欠点を越えた先に立つ本物の実力者。
「|素手喧嘩《ステゴロ》か。石動、俺から武器を遠ざけたその選択は悪くないが、それでもお前の敗北は揺るがない」
「ほざけよ間遠。テメエは殺す」
 痛む後頭部を悟られぬように言葉を返し、再度攻撃を仕掛ける。アーティファクトは自分の経験上、一度消した上でもう一度呼び出せば遠くにあれどすぐさま手元に引き戻せる特性がある。そうはさせない。
 この男に武器を持たせた十全の状態は危険だ。エクスカリバー、ソロモン。二つの力を活用したところで勝てる見込みが限りなく薄いことを、俺はこの戦闘間で理解していた。

「…君ほどの天使が、これほどに職務を怠慢するとはね」
「―――…貴方は」

 高空から見下ろす視界の中で、人間の編み出した武術の型で攻め立てる男と、それを我流ながらに洗練された動きで叩き落とす男、二人の英雄が衝突しているのが見える。
 夜の闇に紛れ、僅かに届く街の淡い光に両翼と光輪を仄か黄金色に反射させている天使・翼が緩慢な動きで振り返る。
「今すぐに石動堅悟を止めろ。|神聖武具《アーティファクト》は既にあの人間の一部と化してはいるが、非正規英雄たる資格は別だ。力を与えた他ならぬ君になら、その権限を剥奪しあれをただの俗人に戻せる」
 知った者の声だった。確か、今は間遠和宮の担当をしている天使。
 天界にとって都合の悪い英雄というのは決して少なくない頻度で発生する。
 それは天界に牙を剥く反英雄―――つまりは悪魔側に従属の意思を示した裏切り者や、英雄の力を用いて犯罪行為に手を染める善性の見誤りを引き起こした者らだ。
 そうなった者達を、細かな機微などから事前に察し、力を封印あるいは剥奪することで謀反・反乱の芽を摘むのが担当天使の主たる任務であった。
 だから今、翼はまさにその局面に立っていた。裏切り、同胞である英雄を殺害せんと躍起になっているこの状況。事は一刻を争う。
「…私は。……私、には」
 だというのに、翼はその剥奪を行う様子がまるで見られなかった。ただ戦闘の様子を揺れる瞳で見ているばかり。とうとう我慢ならなくなった間遠の担当天使がこうして声を掛けに来るまで、翼はその場から微動だにしていない。
「わた、しは……」
「…君は」
 顔を俯けひたすらに空虚な呟きを溢す翼に、彼は怪訝な表情を向ける。すぐにそれが躊躇いではなく拒絶であると理解した時、判断はすぐに下った。
「わかった。君も石動堅悟同様、天界の反逆者だ。すぐにでも断罪の火が墜ちるだろう」
 非正規英雄の暴走防止装置が担当天使にあるのなら、その天使の緊急停止機構もさらに上位には存在する。
 『断罪の火』と呼ばれるそれは、もし仮に天使が何らかのエラー(あるいは洗脳に類する汚染)によって反旗を翻した場合に下される。
 天使とは上位天使や神に鎖で繋がれた狗に過ぎない。不可視の鎖を手繰り、反逆の代償はその命を以て支払われる。天の劫炎は下位天使を塵すら残さず無と帰す。
 抵抗は不可能である以前に無意味に等しい。
 だが。
「…無理でしょうね」
 そんな死刑宣告に等しい言葉にも、翼は動揺を示さなかった。分かり切っていることを口にすることすら億劫だと言わんばかりに。
「私は、彼と同じ。同じになったのです。組み込まれていた歯車は、既に。万象から、噛み合わせから、外された…者」
「何を…?」
 言い掛けて、彼は気付いた。自分と同じ存在のはずの、翼の変化に。
 あるべきものが無い。なければならないはずのものが無い。繋がれていなければならないはずの天使の首輪が、その鎖が。
 眼前の天使から、消失していた。
「……!!」
 間遠和宮の担当天使は博識で、聡明だった。疑問と困惑を叫びと変えるのをかろうじて呑み込み、事態の把握に思考を全て費やす。
 まずありえない。下位天使は皆すべからず鎖に繋がれた天界の駒だ。それは地上に降りようと変わらないし、自身や下位天使同士でどうこう出来るようなものでもない。
 だとしたら何故。どうやって。下位とはいえ天使とは人外、その内包された力の総量自体は非正規英雄をも凌ぐ。大体最下位にある非正規英雄にはなんの権限すら与えられてはいない。
 あるとすれば、それは天使より与えられた武装。悪魔を滅する為に用意した捨て駒達に一時与えられた英雄の武器。
 石動堅悟の武器は、その能力は―――、

「まさか」

 解答に行き着き、彼は絶句する。
 それが、成立するのか。
 それを、実行したのか。

「まさか…」
 その剣はあらゆる全てを断ずる刃。あらゆる凡てを斬り伏せる聖剣。

「まさか君は!!」
 それに、受諾を示したのか。

「天使としての地位を、あの剣の露と棄てたのか!!」
 物質に限らず概念をも断ち切る一閃にて、一介の天使は縛られ続けた『隷属』という|重枷《はぐるま》から解き放たれる。
 それは存在意義の棄却。天使の天使たる役目の放棄。
 作られた制約、広められた常識、信仰された責務。
 従う為の|役割《ロール》が、頷く為の|規則《ルール》が、信ずるべき|軌条《レール》が、全て斬り捨てられた果ての果てで。

「私は、どうすれば、いいのでしょうか」

 それはまるで、自分の味方を探して両手を虚空に伸ばす幼子のよう。
 寄る辺を無くした天使の、悲痛な表情を。同じ存在『だったはず』のそれを、彼は黙って見ていることしかできなかった。



     -----
「間遠ォォおお!!」
 ソロモンの効果で再び灰狼と化した俺は、ヤツの掲げた右腕に牙を立てる。遥か後方に落ちていたはずの長剣は消えていた。一度アーティファクトを解除したのだろう、再召喚はさせない。
 短い舌打ちと共に、腕に噛み付く寸前で左の裏拳が唸りを上げて上顎に迫る。
 その瞬間、狼から鼠へとさらに変化。裏拳を回避した後にソロモンを解除、人間の姿で間遠の真横に低姿勢から着地する。
 放出された魔力が全身を廻り爆発的な威力を練り上げる。エクスカリバーを使用しない今、残りの魔力の全ては肉弾戦に注ぎ込む。
 不恰好な震脚で沈み込ませた体から、バネ仕掛けのように溜め込んだエネルギーを掌底に乗せて放つ。
 冗談抜きに人体を抉り抜けるであろう威力のそれに脅威を感じたか、間遠はやはり手首を叩き落とすようにして回避行動に出る。繰り出された掌底の手首をそのまま掴み捩り上げられた。
「チッ!」
 可動範囲を超えかけ、たまらず体ごと回転して手首関節の脱臼を防ぐ。ソロモンで蛇に変わり、掴まれた手からするりと抜け出す。
 振って来た踵を人型に戻って回避、活歩で一旦距離を置く。だが息つく間は与えない、|神聖武具《アンスウェラー》を出されたら終わりだ。肉を斬らせて骨を断つ手段も二度は通用しないだろう。
「変化のアーティファクト。面倒な能力だ。…だが」
 足裏に意識を集中する。突撃して今度こそ心臓を破壊してやろう。そう決意していた俺を、間遠は哀れむような瞳で見ていた。
 まるでそれは、言外に決着を告げているかのようで。
「気に入らねぇんだよ、もう勝った気になりやがって…!!」
「ああ」
 間遠のそれは肯定だったのか、それとも合図だったのか。
 察する暇すら無く、俺の身体は突如うつ伏せで地面に押し潰されていた。
 目を見開く。不可視の圧力が背を押し指一本すら動かせない。重力が変動したのかと錯覚すらした。
 気が遠のくほどの衝撃が数秒続き、そして圧力が消え肉体が解放される。だが不意急襲的に受けた全身のダメージは起き上がることを許してくれなかった。
 何が、起きた…。
「俺とお前との一騎打ちという意味でなら、確かに俺は勝っていない。…早かったな、鹿子」
 奥歯を強く噛み締めて顔を持ち上げると、間遠の背後に一つの人影があった。
 金髪のポニーテール。その上に目深に被った赤のキャップ。
「まさか、こういう展開になるなんてね」
 コツ、とブーツが固い地面を叩く。少女の姿に覚えがある。
 鈴井鹿子。間遠和宮と並ぶ非正規英雄の実力者。
 その女の登場によって、この不可思議な攻撃の正体も理解に至った。
 |神聖武具《アーティファクト》・『空間殴打』の鉄槌トール。『|充填《チャージ》』の代償を支払って俺に見舞ってくれた一撃の重さからして、おそらく少し前からもう居たのだろう。間遠を殺すことに集中し過ぎていた不覚が招いた事態だ。
 間遠も予感していたのだ、俺の裏切りを。だからこそ保険として彼女を呼び寄せていた。クソ、どこまでも忌々しい…。
「もうすぐでリザさんも来るってさ…ってか間遠、アンタ怪我してんの。タイマン無双のアンタが珍しいじゃない」
「それほど手強い相手ということだ。とても成り立ての非正規英雄とは思えん。…危険だ」
 一歩も動かず手に握る槌に力を溜め込んでいく鹿子に、答える間遠は右手を開いて武装を顕現させた。
 間遠単体でも手を焼いていたというのに、さらにもう一人。状況は限りなく詰みに近い。
 整わない息を荒げながら、ゆっくりと両手を地面に付いて体を起き上がらせる。先の一撃で塞がり掛けていた肩の裂傷が開き、ボタボタと血が溢れ出す。非正規英雄の自己治癒能力でも、これは厳しい。
 俺も右手にエクスカリバーを呼び出し、杖替わりに突き立て体を預けた。強がりにふっと笑んで見せる。
「よぉ、鹿子ちゃん。ご機嫌は麗しゅう?」
「アンタのせいで最悪ね。なんだって味方同士で殺し合わなきゃなんないのよ」
 味方。その言葉に吐き気を催す。何をどう定義付けて俺達が味方同士なのか、小一時間ほど問い詰めてみたいくらいだった。
 だがそんな余裕は無い。だから端的にこれだけ訊ねてみる。
「鹿子ちゃんよ。アンタは何の味方だ?何の為に力を振るう。そこの間遠は悪魔共を総じて悪と宣った。ならアンタらは正義の味方だろ?」
 悲鳴を上げ続ける体には発声の震動すら響く。激痛に歪みそうになる表情を必至に笑みに整えて、問うた言葉に鹿子はさあね、と答えた。続けて言う。
「別に正義の味方を堂々と名乗る気は無いわよ、恥ずいし。でも悪魔は邪魔でしょ?」
 余った片手でポニーテールの毛先をいじりながら、それが当たり前のことであるように少女は言ってのける。
「気分で行ったりするくだらない学校とか、もう店員と顔馴染みになっちゃうくらい通ってる駅前のファーストフード店とか。そういう風景に悪魔は必要無い。邪魔だから殺す、殺す力があるから殺す。それが正しいと思ってるから、まあ言い様によっては正義の味方かもねって話」
「は」
 清々しいほど明朗で正直な解答だ。隣に立っているあの根暗野郎よりよほどさっぱりしている。
 あるいはそれが、平穏の維持を望み不穏分子を除けようとする意思こそが、鈴井鹿子を英雄として認めた善性の象徴なのかもしれない。
 世界にも人間にも一定の興味を持てない俺には到底理解出来ない考えだ。
 選択は、間違っていなかったと確信する。
「リザさんは言ってたよな。ありゃクソくだらねぇ理想論だ、口だけの暴論だ。何が『多くの命が理不尽に奪われる』だ、何が『多くの悲しみを生む』だ。何が…『正義の戦争』だ!」
 ああまったく反吐が出る。悪魔と化した人間達を、悪性にまみれた唾棄すべき怨敵であると断ずる連中をこそ、俺は軽蔑する。
「テメエらは好きにすればいいさ。せいぜい自分の正義とやらを振りかざして主張しろ。俺はそんなモンに与する気にはなれねぇ。正義の味方なんかより俺は」
 もっと身近に、もっと近くに寄り添える何かの、誰かの為の味方になりたい。
 もし仮に、こんな俺にも善性があるのだとしたら、きっとそこに俺の本質はあると思うから。
「なるほどね」
 軽く頷いて、鹿子は握る鉄槌を緩慢に頭上へ持っていく。その様子に、纏う雰囲気に。
 もはや一片の躊躇いも存在しない。
「悪魔の側に墜ちたって感じもしないけど、考え方的にはこっちの側とも相容れないって感じ。間遠、手早く潰すわよ。アレはどっちつかずだけど、どの道この世界には必要無い」
「…好きなだけ『溜め』ろ。時間はいくらでも稼いでやる」
「ッ!」
 突き立てた聖剣を引き抜き、両手で構える。既に鹿子の鉄槌は充分なほどに『充填』を済ませている。頭上高く上がった槌から紫電のようなものが迸る。あの一撃、なんとしても避けないと即死する。
 魔力を足に集中させ、来たる初撃に備え腰を落とした直後のこと。
 空から夜を明かす無数の光の矢が、二人に目掛けて降って来た。
「鹿子!」
「なんだっての、よ!!」
 間遠の鋭い一言で、矛先を空に転じた鹿子の鉄槌が振るわれる。不可視の圧力は大気を喰らい、その只中にあった光の矢を丸ごと圧し潰した。
「堅悟様!」
「…翼ちゃんか!」
 空を仰げば、そこには両翼と光輪を輝かせこちらを見下ろす見知った顔が。後光から矢が具現され、瞬く間にその数を増やしていく。
「撤退を。その間、この場は私が請け負います」
「助かるぜ、無理はすんな!アンタに死なれちゃ俺が困る!」
 武装を解除し、残る僅かな魔力を治癒と逃走用の身体強化にシフトチェンジする。
「……堅悟様」
 絶え間なく降り注ぐ矢を射る中、翼ちゃんは形容し難い表情で縋るような視線を向けて来る。その真意、心を読むことが出来ない俺にでもわかった。
「心配すんな。アンタが求めていてくれる限り、俺はアンタの求めに応じる。世界にも天界にも見限られたところで、俺がアンタの味方であることは死んでも変わらねぇ」
 言うと、途端に安堵した顔で翼ちゃんは小さく頷いた。
 天界、神の定めた律法に依存し寄り掛かっていた天使には、失われたその穴を埋める何かが必要なんだ。支柱を求める彼女(性別は無いが)に、求められた俺は応じるまでのこと。
 首肯を返し、俺は二人の英雄から背を向け走り出す。フェンスを跳び越え駅のホームを駆け抜ける。どこか、連中の目の届かない何処かまで。



     -----
「『反逆者』でもないのに、天使が直々に力を振るうなんてこと、あるわけ?」
「わからん。が、実際に起きていることだ」
 鉄槌と長剣をそれぞれ携え、不測の事態にもさして動じることなく夜気を引き裂く後光の天使を見上げる。
 ひとまずは敵対する天使の討伐か。考える二人の真横の方角から、頭上の天使のそれによく似た光を放つ人型が二人の前で静止した。ばさりと両翼が大きく広がる。
 間遠和宮の管理を担当している天使だった。間遠は彼に短く問う。
「どういうことだ」
「あれはもう通常の天使ではない。天界の楔を、神の鎖から解き放たれた堕天者だ!気を付けろ、僕は天界の制約で悪魔にも英雄にも、無論同存在である天使にも手を出すことは出来ないがアレは違う!枷を外されたアレは問答無用で人の理屈を超えた力を使うぞ!!」

 後光の中から際限なく増殖する光の矢に、間遠和宮の担当天使は狼狽した声を上げる。
 そんな彼を押し退けて、英雄二人は溜息混じりに天上の存在へ迷いなき敵意を差し向ける。
「ま、悪魔も結構な数殺してきてるし。天使一体くらいどうにかなるでしょ」
「急ぐぞ鹿子。次が控えてる。石動共々夜明けまでにはケリを付けよう」




     -----
「はあ、はっ…」
 しばらくの間走り続け、体力が底を尽きかけた頃。ようやく俺は足を緩めた。
 随分と遠くまで来たし、流石に連中もこちらの行方を見失っただろう。足止めに残ってくれた翼ちゃんが少し気掛かりだが、あの優秀な天使も引き際を誤るような真似はしないはずだ。
 夜道の中でも煌々と光を放つ古びた自動販売機から水を買い、少しずつ胃に流し込みながら歩く道すがら考える。
(さて、どうするか)
 天界勢からは完全に敵視されたし、その手駒たる英雄達も最早友好的な関係ではいられまい。それはいい。だが闘うにしても未だ力が足りない。
 かと言って悪魔側に寝返るというのもありえない話だ。この世を混沌に導く残忍な組織、集団。その方針や考え方には同情や理解の余地はあるものの、だからといって奴等に付くかと言われれば頷ききれないものもある。
 当面の間は、降り掛かる火の粉を蹴散らしつつ様子見、というのが最も無難な線か。
 飲み干したペットボトルを握り潰し、近くに設置してあったゴミ箱に投げ捨てる。
「つっ…」
 ゴミを放った時に、裂かれた肩の痛みが再発した。とりあえずどう動くかにしてもまず大事なのは身体の具合だ。こんな状況では、信じられるものは翼と自らの肉体、そして聖剣の性能のみだ。最低限、いつでも事を構えられるよう体の不調は取り除いておかなければ。
 どこか休めるところを探そう。歩き出した道の先で、不思議なことにこんな深夜にも関わらず会話する声が聞こえた。
 深手を負ってる今の姿を一般人に見られるのは面倒だが、まぁ家の灯りも全て消えた夜更けだし、多少すれ違ったところでバレはしないか。
 そう思い直し進路を違えず真っ直ぐ進む。だんだんと会話の距離も近づき、やがてそれが男女の二人組だというのが声色で判明した。

「答えてくださいよう。それなんなんですか?新しい仮面ライダーのコスプレか何か?仮面ライダーハンニャ!みたいな?」
「う、むう…。いや、違くてな。なんと言ったものか…」

 好奇心が弾む声音に嬉々として乗っている女性に詰め寄られる男性、といった感じか。真夜中に一体何をしているのやら。

「ねえねえライダーさん、教えてくださいったら。もしかしたらここ最近街で起きてるおかしな事件にも関係あったりするんじゃ…あれ?」
「だから、好奇心にかまけて下手に首を突っ込むなと言って…む?」

 背後からの靴音に気付いてか、男女が両方ともこちらを向いて声を漏らす。
「……あ?」
 薄暗いながらも星明りでかろうじて見えた両者の訝し気な表情に、俺はつい間抜けな声を出してしまっていた。
 男の方、女の方。
 両方共が、俺の知ってる人間だったからだ。…いや片方は『人間』と表現していいものやら。
 不気味な光沢を放つ銀の鎧を隙間なく全身に纏い、顔には鬼の面を模した装甲が被せられている。全体的に異なる特徴を備えてはいるが、正真正銘悪魔であるはずのその男。
 なんらかの因縁を持っていると思しきリザから、あのアリーナで姿を見た時に侮蔑と罵倒を織り交ぜた丁寧な詳細説明を受けた。
 その実力は全ての悪魔の中でも五指に入るとされるものの、何故だか戦闘や虐殺には消極的で滅多に戦闘に介入することもないという、目的不明の猛者。
 カイザーと呼ばれる悪魔が、何故だか俺がコンビニでバイトしていた時の後輩と一緒に夜道を歩いていたのだ。
 思わず目の前のそれが強大な悪魔であるということも忘れて頭を掻く。
「…なにしてんだアンタ」
 するとカイザーは鬼面の下で小さく唸り、苦虫を噛み潰したような口調と声色で、
「…いや、なに。先刻不運にもリザと出会ってしまってな、つい先程まで追い回されていたのだ。あの女も他に急ぎの用があったらしくそこまで深追いはしてこなかったが…。そうして一息ついていたところへ、この娘に食い付かれてしまった」
 悪魔なら人間の一人くらい、黙って殺してしまえばいいのではないか。思ったことを口に出来なかったのは、その人間が知らない相手ではなかったから。いくら俺でも、知り合いの女子を殺してしまえと言ってのけるほど非常にはなり切れない。
「……あー、やっぱりそうだ」
 しばらくカイザーと話す俺をじっと見ていた彼女は、ついに得心がいったのか胸の前で両手を合わせて大きく頷く。人好きのする丸っこい瞳が、夜更けでも爛々と輝き多少の興奮と共に黒いショートカットの髪を揺らした。
「堅悟くん、だよね!?えーどうしてこんなとこにいるの?一言も無しにバイト辞めちゃって、凄く驚いたんだよ?」
「こっちにも色々あったんだよ。まさか生きてる内にまた会うとはな、佐奈。久しぶり」
 俺と同じ二十歳の大学生、バイトでは俺の二ヵ月ほど後に入って来た関係で色々と世話を見て来た女。なにかとオカルトや超常現象に並々ならぬ興味と意欲を向けるヤツだというのは知っていたが。
「時間帯考えろよ、襲われて身ぐるみ剥がされても文句言えねぇぞこんなとこ」
「でもね堅悟くん、おかげで凄く面白い人に会えたよ!ほら」
 言って指差されたカイザーは、面に覆われていてもおおよその表情は察することが出来た。
 どうにもこの悪魔、確かに他の連中とは何かが違う。俺の視線をどう受け取ったか、カイザーは顎を引き、厄介なことになったと深々長い溜息を吐いた。
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