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第二十八話 敬う者 vs 蔑む者 (鹽竈)

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 初手、切り込むは石動堅悟。
 能力の知れない敵を二人も相手にしてこの暴挙。本来であれば出方を窺う為の様子見が妥当な一手だったのは明らか。だというのに、堅悟は愚策を選択した。
 いや。
 せざるを得なかった、が正しい。

「…ぐっ!?く、ぁあ…!」

 敵の非正規英雄二人を挟んだ向かい側にいた間遠和宮が、突如として苦悶の表情を浮かべながら蹲るものだから。
「何しに来やがったんだこの馬鹿!」
 シスター、ヴァイオレットの初動は極めて速かった。謎の苦痛に呻く和宮の眉間へと照準したボウガンの引き金を躊躇なく引く。まず仕留めるは弱い方、隙を見せる側。
 常套戦法により真っ先に狙われる和宮へ銀の矢が放たれ、
「クソがッ!!」
 初速を得るより先に両断されたボウガンの矢が空に舞う。
(…速い!)
 先攻を妨害されたヴァイオレットはもとより、堅悟の挙動に細心の注意を払っていたカーサスすらもが同様に目を見開く。
 活歩を上回る歩法、|箭疾歩《せんしっぽ》。
 高度な足捌きと体術を要求される技術だが、会得したこれを初見で見破れる者は数少ない。中国武術に由来する勁を爆ぜさせて飛び出す移動に加え、特殊な足の組み替えによって見た相手へと認識の誤差を生み出す技。
 歴戦の英雄である二人の動体視力をもってしても懐までの突破を許してしまった原因がこれである。むしろこの技術は相手の眼が良いほどに高い効力を叩き出す。
 斬り払った剣を握る右腕を引き戻す間も惜しいとばかりに、左手を目の前に立つヴァイオレットの腹部へ押し当てる。
(初撃で仕留める!)
 地を強く踏み締める両足から発勁、身体構造をフルに活用してエネルギーを倍々に高め膝、腰、胴から伝い肩、肘そして手首を介し拳から解放。
 一打必倒、直打寸勁。
「ふんっ!」
 入った、と確信に至る数瞬手前のことだった。一息と共に、やや後方にいたカーサスが長い脚を横薙ぎに振るってヴァイオレットの脇腹を蹴り飛ばした。
 勁を充分に溜め込んだ一撃はそのせいで打つべき対象を掠りもせず、ただ莫大なエネルギーを絶風と共に路地裏へ吹き散らかすのみとなる。
 舌打ち一つ、追撃を避け堅悟はバックステップで膝を着く和宮の隣まで後退する。
「遊んでんじゃねぇぞ間遠。仮病で早退なんざもう通じる歳じゃねぇだろ」
 悪態を吐いて見下ろす英雄の顔色は優れない。びっしょりと汗をかき、苦し気に胸元を押さえている様子は、少なくとも演技には思えなかった。
「馬鹿な男」
 嘲りを含む語調で女、ヴァイオレットが言う。
「非正規英雄の契約を破ればどうなるか、リザから聞いていたでしょうに。そうまでして邪魔立てしたかったとは、嫌われたものねカーサス?」
「…慈悲を、やろう。終わらぬ苦しみも、その生も、我らが神は望まれない」
 僧衣の上からロングコートを羽織る長身の男カーサスは、手首の返しで袖から取り出した十字架を両手に握り、自身に言い聞かせるように呟く。
 大きく頷き、ヴァイオレットも愛用のボウガンに次の矢を装填しつつ、
「ええ、そう。そうね。その通りだわカーサス!天にまします我らが父は!愚者をも見捨てない!哀れな生にも救いをくださる!そして我らはその代行者、その執行者!!」
 嬌声を上げて高らかに叫ぶシスターを、堅悟は冷めた瞳で一瞥した。それからこちらも小馬鹿にしたような表情で苦しむ和宮を眺める。
「ハッ、なるほどね。翼ちゃんから聞いたことあるわ、非正規英雄間の契約ってやつ。大方お互いに不干渉で悪魔や俺を殺すってな契約でも結んだんだろ。で、違反は命をもって支払うってパターンか」
 右手に握る聖剣だけは敵方に向けたまま、しかし敵二人のことなど見向きもせずに堅悟の口上は続く。
「こうなる展開は容易に想像がついたはずだぜ、間遠。確かにテメエは馬鹿な男だ。このまま無様に死んで召されるのがお似合いだ」
「……ッ、く。ぃ…す、るぎ…!!」
 ひゅーひゅーと細い呼吸を繰り返しながら、和宮がか細い声を漏らす。今はまだ抵抗できているが、やがて契約とやらは体を蝕みその身を死へ追いやるのだろう。
 だが、その前に。
 聞いておきたいことはあった。
「なぁ、正義の味方さま。天使の御使い君、あるいは神様のパシリさん」
「…?」
 鼓動が弱まり始めた和宮から目を逸らさず、堅悟はじっと見つめ続ける。
 和宮の全身を、あるいは目に見えない何かを探り当てようとするように。
「こんな馬鹿やってまで、アンタなんで連中に逆らう?いいじゃねぇか、テメエらは神様から受けた重要な使命のもとに闘ってる。神様の為に身を粉にして奮闘してる。神様の望む世界の為に駒になり続けてる。大変結構、仲違いは良くないぜ?」
「…………。な、にを」
 しばし苦しみすら忘れたように呆けた和宮が、快活に笑って勝手に最期を締めようとしている大馬鹿に対し湧き上がる憤るをぶつける。
「何を、勘違いしてるんだ貴様。神の為だと?笑わせるなよ…!」
 利き手の内に現れた燐光から、両刃の長剣アンスウェラーが召喚される。それを杖替わりに突き立て、片膝立ちになる和宮から余裕は見えない。
 ただ何か許せない何かに抗うように、剣の柄を握る両手は震えながらも強く力が込められていた。
「この力は、確かに神から賜ったものだ。天使と会わなければ、これは得られなかったものだ。だがな、そんなものは、|ど《・》|う《・》|で《・》|も《・》|い《・》|い《・》」
 堅悟の笑みが、快活なものから淀んだものへと変わる。それは野性味を帯びた凶悪な笑顔。
 求めていた答えを、コイツは持っている。
 その認識を肯定するように、和宮が吼える。
「俺は!俺の認める確かなものの為にっ、この力を正しきと思うがことに振るう!!そこに天使だの神だのなんぞが入り込む余地なぞ……あるものかよッ!!」
「よし、なら手早く結論いくぞ?代弁すりゃあつまりこうだ」
 八重歯を覗かせ大きく笑う堅悟が、仄かに光を纏う剣を振り被る。その矛先は神父でもシスターでもない。
 思惑に気付いたのはカーサス。聖職者たる彼らが、終える命が紡ぐ辞世の句を尊重し静聴に浸っていたのは大きな間違いであった。
 跳び出しながら相方に指示を出す。
「石動堅悟を止めろヴァイオレット!!何かする気だ!」
 言葉の理解に思考を割く前にボウガンを構える。ほとんど声に押される形での染み付いた戦闘行動だったが、照準する前に石動堅悟の行動は終わっていた。
「『神様なんぞクソ喰らえ』―――遅ぇよ、もう|視《・》|え《・》|て《・》|る《・》」
 ズバン!!と。片膝を着く和宮の頭上すれすれを聖剣の一閃が通過する。一見して何事もない空振りに見えたそれは、ガラスの割れるような音を引き連れて確かに何かを破断した。
「!?…ぶはっ!は、はぁっ…!ぜぇ、はあ……」
 途端に詰まっていた気道が開いたように大きく呼吸を始める和宮。再稼働した心臓が思い出したようにバクバクと止まり掛けていた時間を取り戻して荒く高鳴る。
「石動、堅悟……貴様ッ」
 歯噛みするカーサスに、堅悟が愉快そうに中指を立てて見せる。
「エクスカリバーの能力、『絶対切断』。その派生『概念切断』だ。…天使の鎖を断ち切れるこの俺が、|英雄《テメエら》如きのお約束事を斬り捨てられないわけが無ぇだろ」
 かつて翼にそうしたように、同じ原理で聖剣は目に見えない誓約を、契約を一刀にて断ち切った。
 立てた中指を振って、未だ咳き込む和宮の背中を爪先で小突きながら宣言する。
 天を嫌い、神を蔑む者の代行を。
「くだらねぇよ、狂信者共。こちとらその神様とやらを打ち倒す為にアイツと組んでんだ。恩は売ったぜ間遠、今だけテメエと仲良しこよしに興じてやる。神とかいうクソたわけた存在に対する、俺とテメエの意見は一致してるモンだからな」
 いつかの大戦と同じように、神に歯向かう男が一人。きっとそれは装甲悪鬼の盟友と同じ志を持つ代行者。
 神を敬う者と蔑む者。
 互いにそれぞれの代行を務める者同士の戦いが、ようやく数を対等にして開始と相成る。

「行くぞ、アンスウェラー」

 ようやっと万全の状態へと再帰した間遠和宮が長剣を構え能力を発動する。途端に肌を撫ぜる風の感覚、剣を握る力感の喪失に襲われた。此度の代償は触覚らしい。
「間遠、連中の能力はなんだ」
 右手で聖剣を握り、左半身を前面に乗り出す形で徒手を作る堅悟が訊ねるも、和宮は小さく首を振るうしか出来ない。
「わからん。リザからもあの二人の能力は聞いていなかった。ただ、軍人上がりの傭兵でかなりのやり手だという話だ。日本の装甲三柱に匹敵する悪魔も殺して来た実績があるらしい」
「はぁ?そりゃつまり…」
 真っ向からでは絶対に勝てないと断言できる武人カイザーや、不意打ちでどうにか倒せたバハムートらと同格かそれ以上の強さ。
 さらに言えばカイザーと長年決着のつかない闘いを繰り広げてきた大英雄リザにも匹敵するということ。
「面倒くせぇな。おい間遠、とりあえずあの女が使う矢には触れるな。さっき斬り飛ばしたとき、俺の『絶対切断』の性能が一瞬だけブレた。能力封印かそれに近い性質だろうな」
「そうか」
 一つ頷き、会話は打ち切られた。今度は相手方から攻め込んでくる。
 先端の尖った十字架を両手に握るカーサスが走り出し、それに合わせて堅悟も駆けた。
 狭い路地裏の通路では二人同時に突っ込むことは出来ない。ましてや両方共剣を獲物にしている以上、振り回す上でも並走は避けたい。
 故に後に続く和宮は壁を蹴って跳んだ。衝突間際の堅悟とカーサスの頭上を跳び越えて、銀の矢を番えるヴァイオレットと対峙する。
 跳んだ和宮の行く末を見届ける間も無く、堅悟は必殺の剣を大上段から振り落とす。相手がいかな能力を秘めていようが、防御不可の切断能力を持つエクスカリバーの前には意味を成さない。
 堅悟の持つ破格の性能を知っていながら、無謀にも突っ込むカーサスに違和感を覚えた。
「シッ!」
「…チィ」
 呼気と共にカーサスの足運びが変わる。変化の無かった疾走の速度がここに来て上がる。目測でタイミングを合わせていた堅悟の予想より早く相手が懐に潜り込んだ。
 しかし問題はない。通常の武器であれば剣身の根元で当たる為に威力が大きく減衰してしまう状況だが、『絶対切断』においては一切関係ない話だ。触れれば斬れる、先端だろうが根元だろうが、当たりさえすればあとは豆腐を裂くように手軽く切断できるのだから。
 カーサスが指の間に挟んで握っている十字架を振り上げる。顎を突き抜けるアッパーカットの軌道。
 懐に潜られても躊躇せず振り落としを敢行した堅悟の一撃の方が速い。それは間違いなかった。
 だがカーサスの狙いはそこになかった。攻撃は先んじて届く距離だが、堅悟は神父の意図を読み違えた。
 振り落とす聖剣を握る両手と振り上げるアッパーの右。それが交差した刹那にそれは起きた。
 握る十字架を自ら手放し、カーサスは攻撃動作を中断して右手を引っ込めた。入れ替わりに折り曲げられた肘鉄は堅悟の手首を正確に跳ね上げ、届くはずだった聖剣の一撃を遠ざける。
 ことはそれだけに留まらず、
「…んなっ!?」
 素早く浮いた両手を押さえ付け、カーサスは瞬く間に手首関節を極めてから指先で聖剣の柄を引っ掛け、くるんと半回転させて奪い取る。
(馬鹿な、このクソ神父。無刀取りだと…!?)
「…こんなものか、石動堅悟」
 薄く細めた瞳に、落胆と失望の色が滲む。そのままカーサスは指先の返しで刃を持ち上げた。
 『絶対切断』に、位置や重さは関係ない。
 軽く振り上げただけの剣先。いとも容易く人体を斬り裂く虎の子の聖剣が、主である堅悟へと牙を向ける。



 ただの後方援護としての狙撃手だと思っていたが、違う。
 あくまで二人組で前衛と後衛を基本として役割を割り振っているだけで。
(この女、アンスウェラーの動きについてきているだと…!)
「ふふん」
 不敵に微笑むシスターは、右手に持ったボウガンで長剣アンスウェラーの攻撃を捌き切っていた。
 相手の動きに合わせて、その動作を見切った上で最善の一手を放つ神聖武具の読みを、さらに読んでいる。それもなんの能力も用いず、おそらくは直感のみで。
(特殊部隊上がりの経験というやつか……ならば)
 理解した上で、さらなる手を講じる。和宮にはそれが出来た。
 アンスウェラーに実質的な限界は存在しない。使い手の身体能力に合わせて攻防の最善を導き出す一種のシステムでもあるこの神聖武具は、裏を返せば使い手の強化に比例して速度と重さを確実に増していく。
 であるならば、
(八門解放)
 深呼吸するように、和宮の全身は己が内ではなく外側から大気に満ちる微量の魔力を掻き集めて行く。その吸収速度をして、塵が如きは積もりて山に。
 瞬時に肉体の器を超えるほどの魔力量を身に宿し、命を削るほどの過負荷を掛けて勢いよく肉体の強化に循環させ燃やしていく。
 ミシギシと身体が軋んでいく不快な感覚に身を任せ、全身が魔力の大量燃焼により不可思議な燐光を帯びる。
 突如として、ヴァイオレットの身に迫る三撃。ほぼ同時多角的にやってきた長剣の刺突は、ボウガンと銀の矢によって防がれ、残る一撃は肩を掠めた。
「がっ!?ん、のォあああ!!」
 刺突の勢いに押され仰け反ったヴァイオレットが、怒気に荒々しく左手に掴む銀の矢をダーツよろしくぶん投げた。矢として射出さえされれば、シスターヴァイオレットの神聖武具は効果を発揮する。
 だがその程度の攻撃は今の和宮には通らない。堅悟に言われた通り、防御は避けて紙一重のところで回避した。
「くたばれよ背信者」
 回避に割いた僅かな時間でボウガンへの装填を終えたヴァイオレットの次弾が放たれ、彼女自身もボウガンとロングコートの内側から引き抜いたコンバットナイフを携え駆け出す。
 やはり後方からの射撃支援などは割り当てた役の一つでしかない。そんな可愛げのある女ではない。
 本質は、近接戦闘。
 アンスウェラーとナイフが甲高く激突し、手数と速度で圧倒的な優勢を誇るはずの和宮の剣撃はすんでのところで防御される。一体何で出来ているのか、ナイフもボウガンも強化された神聖武具の叩きつけるような斬撃にも壊れない。
 石動堅悟を圧倒した絶技・ブリューナク。八門の超速魔力吸収能力と、それによる大幅強化で固められたアンスウェラーの合わせ技。
 初見こそ伸び幅の差に戸惑い傷を負ったヴァイオレットも、信じ難いことにブリューナクの高速戦闘に早くも適応を見せ始めていた。
 これが装甲三柱クラスの悪魔を仕留めた凄腕傭兵の実力。
 瞬息で喉元まで迫る長剣の圧力にもまるで退かず的確にナイフとボウガンで迎撃するシスターが、死線の中にあって愉快そうな声色で告げる。
「懺悔しろ。指折り己が犯した過ちに嘆き、悔いて、罪禍を前に改めろ。それでようやく、我らが神は貴様ら贋者に天への座をお与えになるだろう。…早い話が、とっとと泣き叫んで平伏して殺されろって言ってんだよ愚鈍なジャパニーズッ!!」
「黙れよ妄信者。よく回る舌だが、どこまで続くか試してやる。…ギアを上げるぞ、いけるだろアンスウェラー!!」



「…あ、っぶねぇなこの野郎!」
 股下から差し込まれた聖剣の切り上げは、実際には堅悟を両断することはなかった。直前で堅悟の意思によって奪われたエクスカリバーの顕現を解いた。それにより、カーサスの手に握られていた剣は姿をこの空間から消し去り、致命の一閃は空振りに終わる。
 安堵する間もなく、空いた右手でさらに堅悟の顔面へ突き出される二本指。目潰しだと察して顎を持ち上げ顔を逸らせる。
 だが、
「甘い」
 五指に開いた掌が反った堅悟のこめかみを鷲掴み、そのまま前方へ押し出す。体幹で耐える間もなく今度は上半身の支配権を奪われ、たたらを踏んだ足すら払われた。
 僅かに浮いた身体が地面に激突するまでの猶予を使い、堅悟はこの男の異常性に驚嘆を禁じえなかった。
(なんだコイツ!?流派も格闘術も確定できねぇ…いやそれ以前に、この男は!)
 身体強化に魔力を全振りし、頸椎がイかれるかと思うほどの衝撃に耐える。
 背骨も腰骨もなんとか破壊されずには済んだらしいと認識しつつ、苦し紛れに地面に激突した背面から精一杯の勁を生み出して膂力を倍加。カーサスの襟元を掴んで引き寄せ、片足の裏を腹に押さえ付け投げ飛ばす巴投げ。
 本来であれば老師レベルでなければ出来ない脚以外での発勁。ほとんど散ってしまったが大柄な神父を後方に投げる程度の威力は引き出せたようだ。
 すぐさま起き上がり徒手で構える。この男を前に近接武器の類はおそらく悪手である。
「テメエ、あの最初の移動。奇妙な足の伸び上がりと速度の急上昇。活歩だな?」
 ふわりと難なく体勢を崩さぬままに着地したカーサスへ、警戒を強めながら堅悟が言う。
 同じ使い手だからこそ分かる、あれは堅悟が多用する中国武術の移動法、活歩。
 中国での武術鍛錬に励んでいたあの三週間、老師からは世界の格闘技や流派においても充分な知識を植え付けられていた。非正規英雄としての殺し合いに武術を使う以上、相手がもし仮に同様の武技使いだった場合に対策を講じられるようにする為だ。
 活歩を使った段階ではまだ分からなかった。その次に使った無刀取りとは言わずもがな、かの柳生新陰流極意の一つ。
 さらに堅悟を地面に叩きつけたあれは、おそらく自衛隊式格闘術・白兵戦戦技首返し。
 流派も格闘術も、まるでバラバラだ。どこにも属していないし、どれをも極めていない。
 カーサスという神父は、|使《・》|え《・》|る《・》|技《・》|だ《・》|け《・》|を《・》|選《・》|り《・》|す《・》|ぐ《・》|っ《・》|て《・》|会《・》|得《・》|し《・》|て《・》|い《・》|る《・》。
「中途半端に齧りやがって。イラつく野郎だな」
「国を渡り歩いて傭兵稼業をやっている手前、中々一つ所に留まることもなくてな…。こうして、実戦運用できるものだけを習熟させてきた。それ故に、わからんだろう?」
 再び袖から十字架を取り出し、腰を落とす。
 それはボクシングスタイルのようにも見えるし、何か正統な武術の構えにも見えた。
 次に何が来るか、まったくわからない。予想もつかない。組み合って見るまでは技のバリエーションすら掴めない。
「私の次の一手が。愚直な拳法使いには見切れまいよ」
 特に堅悟のような、一辺倒にたった一つの技術体系を磨き続けてきた人間には。
83, 82

  


 初めは殺すつもりだった。海外からの助っ人だかなんだか知らないが、イカレ聖職者を生かして得することはない。早々に退場してもらった方が無難なはず。
 だが想像以上の実力を前にその考えは揺らいだ。
 厄介だ。確かに厄介である。
 たとえ装甲三柱に並び立つほどの強さであるという触れ込みに至らぬレベルと理解した今であっても、その認識は変わらない。
 この場で決着をつけるには、些かリスクが高いように思える。
 因縁深き面倒な非正規英雄、間遠和宮に恩を売れたことは利得だった。であれば。
 もうひと押し、この戦闘で。
 利益を稼ぎに行くのもありかもしれない。
 打算に打算を重ねた堅悟の思考回路が、まず真っ先に思いついたことは。その為には。
 とりあえず、『石動堅悟』という商品の価値を開示すること。



「訊きたいんだが、敬虔なる信仰者」
「なにかね」
 何気ない会話の端を切り出して、堅悟は再び右手に生み出したエクスカリバーを手に走り出す。
 出し惜しみは無しにする。ここで全てを曝け出し、カーサスにこの脅威を刻み付ける。
(さぁて、テメエらにとって重きに傾く天秤はどっちだ)
 『絶対切断』を発動した状態で聖剣を投擲する。当然ながら、触れれば即座に断たれる剣の回転に、カーサスは回避を選択する。
 世界各地の格闘技術を齧り尽くしたカーサスという神父に対して下手な打ち込みは愚策だ。大事なのは相手の挙動に最大限の注意を払うこと、相手の四肢に捕まらないこと。
 魔力によって技量不足を補う武術の一撃は、まともに入れば英雄の肉体といえども強力な攻撃を通すことができる。
 最短で心臓を外側から潰すべく、身を伏せて聖剣を避けたカーサスの胸部へ掌底を突き出す。
 超近接戦闘を主とする堅悟の間合いが届くより前に、神父の長い脚が堅悟の側頭部を狙った。
 鋭く、洗練されたハイキック。これも喧嘩仕込みのものではない。脚撃に特化した―――ちらと見えた軸足の舞踊に似たステップからして―――カポエイラのそれではなかろうか。一見しただけでは流石にわからない。もしかしたらテコンドーかもしれないが。
 ともあれ受ければえぐいダメージになるのは間違いない。拳の突きとも並べる速度の蹴りなど、単純な計算でもパンチの三倍の威力は発揮する。
 ソロモン発動。
「…むっ?」
 一瞬で堅悟の姿が縮小しカーサスの蹴りは外される。蝙蝠の姿で飛び上がり、すぐさま解除。同時にすっ飛んでいった聖剣を解除から手元に再召喚。中空で背後を取ったカーサスの首を狙い振るう。
 これを振り返りもせずに防御。エクスカリバーの切断範囲も知っているのか、親指と人差し指で剣の腹を挟み掴んでこれを止めていた。
 柄から手を離し、地に足を着けるまでの落下数秒で回し蹴り・裏拳・足払いを仕掛けるも 悉くを迎撃。相手はロクに堅悟の攻撃軌道を見てもいないというのに。
 それは動作の戦意や気配を読み切る高難度の太極拳技。勁使いでもある堅悟にこそ有効なチョイスに歯噛みする。
(聴勁か!)
 こうなると大技は使えない。元より使う気もなかったが、読まれる危険が増した状況で外した際のリスクが高まる溜め技は封じられた。
 右の貫手をいなし、左の開かれた五指を大袈裟に避ける。掴みから投げや極めに持っていくつもりなのはこちらも読めている。
「テメエらの信ずる神とやらは、今確かに存在が確定してる天神や邪神とどう違う?」
「知れたこと」
 蛇、鼠、狼と多様な変身で相手の手から抜け出しつつ、聖剣の顕現と解除を繰り返して背後と左右から畳み掛ける。格闘術を相手取って最も避けるべきは正面からの衝突であることは言うまでもない。その土俵には決して乗らない。
「天使、英雄、神命?下らない。我らが神は、そのように他人任せで事を納める御方ではない。あるとするならば」
 ソロモンの能力で背後に回った堅悟の足が不意に止まる。いや、止められる。
 ザクッと、足の甲が何かに縫い止められた。途端に動けなくなった全身でかろうじて眼球だけを真下に向けて見れば、そこにはカーサス愛用の尖った十字架が突き刺さっていた。
 刺さったのは足だというのに、どういうわけか全身がピクリとも動けない。
(これ、が…野郎の能力かっ!)
「我らのような、神に仕える真の従者が行う、裁定の代理のみだ」
 ソロモンは間に合わない。防御も出来るはずがない。身体が指の一本すら動かせないのだから直撃は避けられない。
 腰の入った正拳突き…に、さらに軸回転を加えた妙技コークスクリュー・ブロー。
 骨と内臓が一緒くたに潰され、逆流した血液が口から噴き出る。
 衝撃に押されて路地の壁を粉砕し減り込む。粉塵が沈む堅悟の姿を灰色の奥に閉じ込めた。
「石動!」
「余所見ッ、してんじゃねえぞ贋神の使者がァ!」
 双方共に軽くはない怪我を負った状態の和宮とヴァイオレットの声を耳に留めながら、カーサスは砕けた壁の向こうへと手を伸ばす。頭のネジが飛んでいようとも彼は神父である。死した者の亡骸は丁重に供養せねばならない。
 薄暗い路地の、曇った粉塵の先。
 キラリと光る何かを見た。反射的に防御行動を取る。それが何かを考えもせず。

「射殺せ、アポロン」

 射線軌道上にあったカーサスの腕を容易く穿ち、貫き、放たれた一本の矢は射抜いた腕の先にある眉間へと速度を落とさず迫る。
「くぅ!」
 限界まで顔を仰け反らせ、カーサスが額を掠った鏃からすんでのところで逃れる。
 これまで生物にのみ限定して変身を可能としていたソロモンが、堅悟の練度と共に可能とした『所有する神聖武具への変身干渉』。すなわちエクスカリバーの変形機能。
 対バハムート戦にて、切断能力を弓矢という形に変換して放った応用。四谷の名付けをそのまま受け取り、銘を『絶対貫通』アポロン。
「へ、甘ぇよ」
 先程無刀取りをされた時とは逆の立場で、同じ台詞を吐いた堅悟が変形させた弓を放り投げて仰け反りから姿勢を戻せずいるカーサスの下腹部に肩を当てる。
「せェア!!」
 ノーガード、十割完全に通った鉄山靠が堅悟の沈んだ壁面とは逆の壁に大穴を空けて、くの字に折れ曲がったカーサスが飛び込んだ。
「カーサス!?」
 今度はヴァイオレットが、信じられないものを見るように悲痛に強張った声音で相方の名を呼ぶ。
 無論、倒してなどいない。
 貫通創から血をだくだくと垂らす腕をぶらりと下げ、瓦礫を押し除けて立ち上がる僧服姿。直撃を受けてか、僅かに荒げた息。呼吸しづらそうに血と痰の絡んだ唾を吐いて口元を拭うその瞳には、爛々と灯る継戦の意思。
「……」
 手負いにはした。頃合いか。
 時機を察し、次の動きが始まる前に堅悟は声高く提言する。
「取引しようぜ、カーサス!」
「…なに?」
 眉根を寄せて、突然の言葉に神父が訝る。
「テメエらが気に喰わないと吼える、|件《くだん》の神様とやらを始末してやる。この俺を長とする、同盟リリアックがな」
 相手の意思を窺うこともなく、堅悟はつらつらと事前に考えていた口上を述べる。
「それに加え、装甲三柱が一角…マーリンの首もくれてやる。もちろん、手柄と報酬も込みで全部だ。お前らの討伐対象に含まれてるんだったら、四大幹部の首も考えてやる」
 連中は雇われの傭兵であって、真なる神に忠実な僕でもある。つまり二人の狙いは非正規英雄を生み出している天神、準悪魔を操っている邪神。ヴァイオレットが声高に|贋神《にせがみ》と呼び憎悪する存在の抹殺、抹消。
 次いで傭兵たるもの、報酬を欲する。金さえ貰えれば相手が英雄だろうが悪魔だろうが構わないという辺りからして、おそらくは手段も方法も選ばない者達であることは想像に易い。
 石動堅悟が動き、そして得た結果を献上する形でも充分に納得するだろう。さらには金目当てで堅悟を狙ってきたと明言してきた現状、それ以上の額を積めば見逃してくれる可能性は高い。
 こちらとしては出せる最大限の条件だ。あとは、
「…仮にその話を受けるとして、石動堅悟。お前は何を望む?」
「俺を見逃せ。それだけでいい」
 そう。
 神の打倒も魔術師の撃破も、カイザーと組んだ目的の線上にある目的だ。いずれこなすであろうそれを以て、自らの保身に当てる。
 傭兵二人にとっては報酬対象を一つ見逃すだけで楽して複数のメリットを得られる。
 ただし、疑われるのも当然の内容であって、それを言及しないカーサスではなかった。
「お前にそれが出来ると?かつての大戦と同じことを、お前が引き起こすとでもいいのか」
 カイザーの盟友でもあった大英雄の再現。やろうとしていることはそういうことだ。信じるに足る情報も証拠もこの場には無い。
 だから口先だけで乗り切る。
「ああ、簡単な話だ。お前らはただ黙って見てればいい。この俺が、お前らの嫌悪する|贋神《パチモン》を打ち砕く様を、陰からこっそり見てろ。敬虔な信者が、物陰から顛末だけをな」
 分かり易過ぎるほどに煽りを強調して、自信たっぷりに応じる。ヴァイオレットが殺意を振り撒いてこちらを凝視していたが、それは無視。
 実力は示した。カーサスらが自身のことを装甲悪魔に匹敵する英雄だと評価しているのなら、それに手傷を負わせた堅悟の言が実現不可能な夢物語ではないことを理解できるはずだ。
「だから退け、俺を見逃せ。手軽に稼がせてやっからよ。お前らは黙ってろや」
 しばらくの間があった。何事か抗議したがっている和宮はヴァイオレットの牽制に長剣を構え、堅悟とカーサスは互いに構えを解いた直立で向かい合い視線を交わす。
 目を伏せ、神父が答える。
「……、契約は?」
「してやってもいいが、すぐに聖剣で断ち切るぞ。俺は約束事で心臓を縛るような真似しねぇ」
 溜息を溢しながら腕の傷に手早く止血を施し、カーサスは瓦礫を乗り越えながら負傷している相棒に指示を下す。
「ヴァイオレット!引き際だ。傷の手当てをしてしばらく様子見する」
「あン?おい嘘だろカーサス。ここまでやってくたびれ儲けはねえだろ。せめてそこのはした金の首だけでも千切っていこうぜ」
 ボウガンの先を堅悟に照準しようとして、射線に立ち塞がる和宮へ苛立ちの表情をぶつける。
「聞いていただろう、泳がせていた方が我らの利に繋がるかもしれない。駄目ならまた仕留めに来ればいいだけの話だ。…それに」
 砕けたコンクリートをブーツで踏み潰しながら、堅悟の横を通り過ぎざまにカーサスが怜悧な一瞥をくれた。
「聞き捨てならない言葉も受けた。真なる神の前にして、贋神の抹殺に我らが指を咥えて黙っているなどとは思わないことだ。石動堅悟」
(馬鹿が。|か《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|な《・》)
 口には出さず、堅悟は通り過ぎ去っていくカーサスの脅し紛いの発言に静かに笑んだ。



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「どういうことだ石動!何故ヤツらを見逃した」
「見逃してもらったのはこっちだ風俗通い」
「もうたまにしか通ってない!いやそれはどうでもいい!!」
 たまには通ってんのか。そう継ごうとした句は怒濤の和宮に封殺される。
「あの狂信者たちを放っておけばどうなるかわかったものじゃない!この場で倒しておくべきだったんだ、何故お前はあんな…!」
「間遠。連中と結んだ契約内容は敵対勢力の排除だろ?俺と三柱が入っているとして、あとは幹部が該当するか。他にはいるか?」
 憤慨する和宮の様子をガン無視して、冷静に堅悟が質問する。和宮は尚も文句を言いたそうにしていたが律儀に問いに答えて、
「いや、いない。契約内容に入っていたのはそれだけだ」
「ならいい。俺としては別に不都合は無いからな」
 唯一の懸念はカイザーが含まれていることだが、あの武人が傭兵如きに倒されるとも思えない。そこは信用を置いて大丈夫だ。
「追いたきゃテメエ一人でやれ。契約斬ってやったんだから平気だろ。個人的にはまだ生かしといてもらいたいところだが」
「……だから!連中を生かして何になるというんだ!」
「利用する。あっちが俺らを利用してるようにな」
 第二次『神討大戦』には圧倒的に戦力が不足している。使えるものを全て使い切って、それでも目的を達せるかどうかギリギリのラインだ。
 なら使える戦力は残しておくのが最善だろう。特に対邪神戦においては。
(指咥えて黙ってるわけねぇよなあ、お前らの神様はそんなこと許しやしない。精々代行者として職務を全うしてくれや)
 狂う聖職者二人の今後の動き方はこれである程度操れる、討伐報酬を堅悟が請け負うことで連中の狙いは贋神抹殺に絞られたのだから。それに能力も割れた。こちらとしても明かしたタネは多かったが、得られた利益に対する対価だと思えばアポロンくらいは安いものだった。
「さて、そろそろリリアックも再起動し始めるには良い頃か。散り散りに逃げた馬鹿共を集め直して、戦力を強化……おし。佐奈!とっとと帰るぞこのトラブルメーカーが。これに懲りたら二度とおかしな真似すんなよ」
「う、うん…ごめんなさい」
「待て…待て石動ッ」
 物陰からひょこりと出てきた女性を引き連れて背を向けた堅悟に、和宮の制止の声は通じない。
「三つ、忠告しといてやる」
 背中を向けたまま、ゆったり歩く堅悟が三本指を立てる。
「ブリューナクだったか?改良した方がいいぞ、八門の出力を加減できれば命を削るまでの負担にはならないはずだ。いちいち闘う度にアレ使ってたらすぐくたばる。二つ目、お前『デビルバスターズ』抜けた方がいい。お前の正義の味方思想に、あの組織は合ってねぇよ。んで三つ目」
 早口に言ってのけて、最後に路地を抜ける間際に半分だけ振り返った顔が夕暮れに照らされて翳る。
 表情は見えなかった。でも言葉の調子で分かった。
「次にやるなら、その時は勝つ。三度目の正直ってやつだ」
 いつか来たる日の、これは勝利宣言だと。
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