油断
「日本は湿度高すぎなんだよ…くそっ」
そんな独り言の愚痴をこぼしてしまう夜。7月の猛暑は、冬生まれの僕には堪える。
窓を全開にしても外気自体が暑く、扇風機を回しても生ぬるい風が肌に張り付いてくるだけ。
クーラーが僕の部屋にあればいいのに…夏は毎年、そんな事を考える。
もうすぐ一学期の期末試験。
それなりに勉強しておかないとまずい時期なのに、教科書とノートを開いたままさっぱり進まない。以前なら数時間くらい勉強に集中するのも訳もなかったのに、気が散ってそれどころじゃない。
でも、その理由が暑さのせいだけでない事に僕は薄々気づいていた。
そんな時、ちょうど部屋のドアがノックされた。
「やっほー。ちょっといいかな?」
返事をする暇も与えず、姉のゆかりが部屋に入ってくる。
「ダメって言っても入ってくるんだろ」
僕は突き放すように言ったが、彼女はそれを無視し、机をそろっと覗くように近づいてきた。
「あれ。勉強してんじゃん」
「期末近いんだよ。というか、姉ちゃんも大学の試験近いんじゃないの」
「あたしは大丈夫よ。レポート提出とかで単位出ちゃうから、試験期間なんてあるようで無いものだからね」
「大学って本当いい加減だな」
「だな」
まるで他人事のように余裕をかます姉。
あの騒がしかった一日から、今日で一週間が経過していた。
姉はあの日から、それまで以上に僕に執拗にちょっかいを出してくるようになった。いい例が、まさに今だ。仲の良い姉弟のじゃれ合い程度に思っていればいいのだろうけど、僕自身はどうにもギクシャクしてしまう。
好きな相手に素直な態度を示せない感じ。
だから僕は昔っから奥手なんだ。まあそもそも、積極的になってはならない相手なのだけれど。
「ところでさ」
姉はもう一歩踏み込み、僕の肩に手をかけた。
直接肌に触られたわけでもないのに、その感触にドキリとする。
「暑いんだから触んなよ」
「あ、なによお。ちょっと触れたくらいで」
「鬱陶しいんだよ!」
「うわっ…なにその言い方…ひど…」
「あ…」
一瞬さすがに言い過ぎたと、ひるむ。しかしそれは姉のしたたかな演技。
彼女は掛かったとばかりにニヤッと口元を緩め、ほくそ笑みながら、僕の慌てるサマを楽しそうに見つめるのだった。
僕はやられたと気づき、ため息をつく。
「…ところで、何だよ」
「ん?まあそれは置いといて、その前にあたしの部屋に来る?」
「な、何で!」
「エアコンあるし。あんたすっごい暑そうにしてるじゃん」
「いいよ…。勉強残ってるし」
「さっきみたいにイライラしてたら勉強どころじゃないでしょうに」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「まぁ息抜きにおいでって。話はそれから。ね、いい子いい子」
そう言って姉は僕の頭を撫でると、一人先に部屋を出て行った。
残された僕は再び机に向かうが、もともと気持ちが切れていたのに集中できるはずもない。
教科書に書かれた文字が記号のように映る。モヤモヤとして、心ここに在らず。
いつもそうだ。決まって僕は、こうして効果的に堕とされる。
そんな独り言の愚痴をこぼしてしまう夜。7月の猛暑は、冬生まれの僕には堪える。
窓を全開にしても外気自体が暑く、扇風機を回しても生ぬるい風が肌に張り付いてくるだけ。
クーラーが僕の部屋にあればいいのに…夏は毎年、そんな事を考える。
もうすぐ一学期の期末試験。
それなりに勉強しておかないとまずい時期なのに、教科書とノートを開いたままさっぱり進まない。以前なら数時間くらい勉強に集中するのも訳もなかったのに、気が散ってそれどころじゃない。
でも、その理由が暑さのせいだけでない事に僕は薄々気づいていた。
そんな時、ちょうど部屋のドアがノックされた。
「やっほー。ちょっといいかな?」
返事をする暇も与えず、姉のゆかりが部屋に入ってくる。
「ダメって言っても入ってくるんだろ」
僕は突き放すように言ったが、彼女はそれを無視し、机をそろっと覗くように近づいてきた。
「あれ。勉強してんじゃん」
「期末近いんだよ。というか、姉ちゃんも大学の試験近いんじゃないの」
「あたしは大丈夫よ。レポート提出とかで単位出ちゃうから、試験期間なんてあるようで無いものだからね」
「大学って本当いい加減だな」
「だな」
まるで他人事のように余裕をかます姉。
あの騒がしかった一日から、今日で一週間が経過していた。
姉はあの日から、それまで以上に僕に執拗にちょっかいを出してくるようになった。いい例が、まさに今だ。仲の良い姉弟のじゃれ合い程度に思っていればいいのだろうけど、僕自身はどうにもギクシャクしてしまう。
好きな相手に素直な態度を示せない感じ。
だから僕は昔っから奥手なんだ。まあそもそも、積極的になってはならない相手なのだけれど。
「ところでさ」
姉はもう一歩踏み込み、僕の肩に手をかけた。
直接肌に触られたわけでもないのに、その感触にドキリとする。
「暑いんだから触んなよ」
「あ、なによお。ちょっと触れたくらいで」
「鬱陶しいんだよ!」
「うわっ…なにその言い方…ひど…」
「あ…」
一瞬さすがに言い過ぎたと、ひるむ。しかしそれは姉のしたたかな演技。
彼女は掛かったとばかりにニヤッと口元を緩め、ほくそ笑みながら、僕の慌てるサマを楽しそうに見つめるのだった。
僕はやられたと気づき、ため息をつく。
「…ところで、何だよ」
「ん?まあそれは置いといて、その前にあたしの部屋に来る?」
「な、何で!」
「エアコンあるし。あんたすっごい暑そうにしてるじゃん」
「いいよ…。勉強残ってるし」
「さっきみたいにイライラしてたら勉強どころじゃないでしょうに」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「まぁ息抜きにおいでって。話はそれから。ね、いい子いい子」
そう言って姉は僕の頭を撫でると、一人先に部屋を出て行った。
残された僕は再び机に向かうが、もともと気持ちが切れていたのに集中できるはずもない。
教科書に書かれた文字が記号のように映る。モヤモヤとして、心ここに在らず。
いつもそうだ。決まって僕は、こうして効果的に堕とされる。
「おじゃま…うっわ」
姉の部屋に入るなり、心地よい冷気が僕を包んだ。
「涼しいでしょ。ていうかあんたの部屋が暑すぎんのよ」
彼女はデスクチェアに腰掛けながら、余裕でジュースを飲んでいる。
いかにも快適な環境に慣れきってるというような、そんな態度だ。
「姉ちゃん、家で勉強しないんだったらエアコンくれよ」
「まあ年功序列ってやつよ。お姉さま特権?」
そんなもんねえよ、と言いかけてやめた。
「で、話ってなに。早くしてよ」
実は女の子の部屋ってのは、落ち着かない。
そんな僕の気持ちを、彼女は分かってないのか分かっててわざとなのか
「まあまあ。せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなって」
と、たしなめた。
「遊びに来たんじゃないんだからさ」
「あ、ジュース飲む?」
「いらねえよ!」
なんだか一人、僕だけが空回っている感じ。
まんまと姉の掌の上で踊らされてるような、そんな気すらしてきた。
「ところで俊介さあ」
今度は彼女が、改まって言った。
「やっぱり、あたしのこと避けてない?」
「…別に」
「仲良くなろうって言ったじゃん」
「だからって無理やり仲良くする必要はないだろ。普段通りでいいんだよ」
「そういう言い方がもう避けてるじゃん」
痛いところを突かれ、思わずどもってしまう。
「…じゃあどうすれば」
「こうすれば」
姉はそう言うと、勢いよく席を立った。
そしてあぐらをかいて座る僕のさらに上から、向き合う形で腰を下ろした。
「ど、どこ座ってんだよ」
「あんたのひざの上」
「じゃなくて…」
これじゃまるで座位そのものだ。それにしてもあんまり彼女が落ち着いているものだから、僕は言葉を失う。
顔と顔が近い。金縛りにあったように、視線は重なったままだ。
「どうよ」
「ど、どうよって」
「嬉しい?」
「…重い」
「このやろ」
いつの間にか、彼女の腕が首に絡みついていた。つまり抱きついてるような恰好。
やわらかい感触と香水の甘い匂いに気持ちよくなりかけ、思わず顔をそむける。
「ベ、ベタつくから離れろよ」
「もう暑くないからくっついても平気っしょ?」
「そういう問題じゃなくて…。俺、汗かいてるし…」
「別に気にならないもん」
「俺が気になるんだよ…」
「気にしなきゃいいじゃない」
そんなやりとりも、ほとんど上の空。
今すぐ離れたい。けれど、離れたくない。そんな矛盾がぐるぐると頭の中をかけまわる。
「…姉ちゃん、酔ってんの?」
「酔ってないわよ。今日はお酒一滴も飲んでないもん」
「じゃあ何なんだよ…この手」
「ほら、前に言ったじゃない。姉弟のスキンシップよ、スキンシップ」
「スキンシップってレベルじゃねえぞ…」
「なにそれ」
姉は笑いながらそう言うと、さらに強くぎゅっと腕を締め付けてきた。
「なんかさ。こうしてると安心するっていうか、心地良いっていうか。俊介も大きくなったんだなーって実感するんだよねえ」
何だよ、姉っぽいこと言っちゃって。僕が思ったままそう言うと、彼女は「…姉だもん」と照れくさそうに言った。
静寂の中、エアコンの僅かな送風音が聞こえる。
緊張が徐々に解け始めると、同時に彼女の息遣いも感じられるようになった。それが妙に艶っぽくて、ドキドキしてしまう。
辛うじて残った理性の断片が、僕に静止をかける。そんなもの振り払って思いっきり抱きしめ返せたら、どんなに心地よいだろうか。
そんな事を考えていると、彼女が冗談っぽく口を開いた。
「俊介」
「…なに」
「チューしていい?」
「…ダメに決まってんだろ」
「ダメでもする」
「な、なに言って」
「ころしてでもうばいとる」
「おい、ちょ…」
仰け反ろうとし、思わず体勢を崩した。
フローリングの床に頭をぶつけたが、そんな事はどうでもいい。
「…今度はあたしが押し倒しちゃった」
そう囁いた彼女の表情は、一週間前のあの時と全く同じ色を浮かべていた。
姉の部屋に入るなり、心地よい冷気が僕を包んだ。
「涼しいでしょ。ていうかあんたの部屋が暑すぎんのよ」
彼女はデスクチェアに腰掛けながら、余裕でジュースを飲んでいる。
いかにも快適な環境に慣れきってるというような、そんな態度だ。
「姉ちゃん、家で勉強しないんだったらエアコンくれよ」
「まあ年功序列ってやつよ。お姉さま特権?」
そんなもんねえよ、と言いかけてやめた。
「で、話ってなに。早くしてよ」
実は女の子の部屋ってのは、落ち着かない。
そんな僕の気持ちを、彼女は分かってないのか分かっててわざとなのか
「まあまあ。せっかく来たんだから、ゆっくりしていきなって」
と、たしなめた。
「遊びに来たんじゃないんだからさ」
「あ、ジュース飲む?」
「いらねえよ!」
なんだか一人、僕だけが空回っている感じ。
まんまと姉の掌の上で踊らされてるような、そんな気すらしてきた。
「ところで俊介さあ」
今度は彼女が、改まって言った。
「やっぱり、あたしのこと避けてない?」
「…別に」
「仲良くなろうって言ったじゃん」
「だからって無理やり仲良くする必要はないだろ。普段通りでいいんだよ」
「そういう言い方がもう避けてるじゃん」
痛いところを突かれ、思わずどもってしまう。
「…じゃあどうすれば」
「こうすれば」
姉はそう言うと、勢いよく席を立った。
そしてあぐらをかいて座る僕のさらに上から、向き合う形で腰を下ろした。
「ど、どこ座ってんだよ」
「あんたのひざの上」
「じゃなくて…」
これじゃまるで座位そのものだ。それにしてもあんまり彼女が落ち着いているものだから、僕は言葉を失う。
顔と顔が近い。金縛りにあったように、視線は重なったままだ。
「どうよ」
「ど、どうよって」
「嬉しい?」
「…重い」
「このやろ」
いつの間にか、彼女の腕が首に絡みついていた。つまり抱きついてるような恰好。
やわらかい感触と香水の甘い匂いに気持ちよくなりかけ、思わず顔をそむける。
「ベ、ベタつくから離れろよ」
「もう暑くないからくっついても平気っしょ?」
「そういう問題じゃなくて…。俺、汗かいてるし…」
「別に気にならないもん」
「俺が気になるんだよ…」
「気にしなきゃいいじゃない」
そんなやりとりも、ほとんど上の空。
今すぐ離れたい。けれど、離れたくない。そんな矛盾がぐるぐると頭の中をかけまわる。
「…姉ちゃん、酔ってんの?」
「酔ってないわよ。今日はお酒一滴も飲んでないもん」
「じゃあ何なんだよ…この手」
「ほら、前に言ったじゃない。姉弟のスキンシップよ、スキンシップ」
「スキンシップってレベルじゃねえぞ…」
「なにそれ」
姉は笑いながらそう言うと、さらに強くぎゅっと腕を締め付けてきた。
「なんかさ。こうしてると安心するっていうか、心地良いっていうか。俊介も大きくなったんだなーって実感するんだよねえ」
何だよ、姉っぽいこと言っちゃって。僕が思ったままそう言うと、彼女は「…姉だもん」と照れくさそうに言った。
静寂の中、エアコンの僅かな送風音が聞こえる。
緊張が徐々に解け始めると、同時に彼女の息遣いも感じられるようになった。それが妙に艶っぽくて、ドキドキしてしまう。
辛うじて残った理性の断片が、僕に静止をかける。そんなもの振り払って思いっきり抱きしめ返せたら、どんなに心地よいだろうか。
そんな事を考えていると、彼女が冗談っぽく口を開いた。
「俊介」
「…なに」
「チューしていい?」
「…ダメに決まってんだろ」
「ダメでもする」
「な、なに言って」
「ころしてでもうばいとる」
「おい、ちょ…」
仰け反ろうとし、思わず体勢を崩した。
フローリングの床に頭をぶつけたが、そんな事はどうでもいい。
「…今度はあたしが押し倒しちゃった」
そう囁いた彼女の表情は、一週間前のあの時と全く同じ色を浮かべていた。
見上げると、こちらを眺めながら見下ろす姉。
マウントポジションを取ったように僕の腹部に乗り掛かっている。
いや、腹部というよりは局部に近い位置だろうか。
「なあに、面白い顔しちゃって」
そう言って彼女は笑った。
「ど、どいてよ姉ちゃん」
「どうして?」
「どうしてって…その、マズいじゃん、こんな格好」
「何がマズいのよ」
「…いいから離れてよ」
「やあだ」
不敵な笑みを浮かべた彼女は、言いながら追い討ちをかけるように覆いかぶさった。
ひいいい、と頭の中で悲鳴があがる。
「軽いスキンシップだって」
ぐいぐいと押し付けられる身体。襲いかかる誘惑。
何がスキンシップだよ、と僕は心の中で呟いた。
大体いつもそうだ。スキンシップとかごまかして、姉のやりたい放題。
やめろと言っても聞かず、無理やり僕をおもちゃにする。
自分だけ好き勝手やって、僕の事なんか考えないで…。
「いい加減にしろよ!」
僕はそう叫びながら、彼女の腕を掴み上げた。
ぐぐっと、より近くなった姉の顔。
いくらか驚いたような彼女の表情も、すぐに笑みを含んだものへと変わる。
「な、なによその手」
挑発的な声は、それでも少し震えていた。
「姉ちゃんは俺を何だと思ってんだよ…」
「そんなの、かわいい弟に決まってるじゃない」
ゼロ距離での会話。互いの吐息が直に伝わり、恥ずかしさが込み上げる。
「その弟に姉がこんな事するかよ…フツー…」
言いながら顔を背ける。
「フツーなんか知らないわよ。あたしがこうしたいから、してるだけ」
「し、したいからするって、俺に拒否権は無いのかよ」
「拒否、するの?」
「……」
出来る訳がない。
だから僕は、取り返しの付かなくなる前にやめてくれと言ってるんじゃないか。
それなのに…。
「なら、いいじゃない」
そう言って彼女は不敵に微笑んだ。
気がつくと、僕の腕はしっかり彼女の身体を捉えていた。
理性が誘惑に負けた瞬間。建前の壁が崩れて、本音が行動に表れる。
「ね、姉ちゃん…俺…」
まんまと彼女に乗せられてしまった。
それは分かってるけど…こうまでされて、我慢できるはずもなかった。
僕はそのやわらかい感触を貪る様に、強く抱きしめる。
彼女も僕の肩を掴み、恍惚の声を漏らす。
嬉しそうな表情。それが妙にやらしくて、思わず力が入った。
「ちょっと…俊介、痛い」
「あ…」
言われて反射的に、腕を解く。
「やっ、離しちゃ…やだ…」
「え…」
どうしろと。
「もっとこう…優しく強く、ぎゅっとしてよ…」
強引な要求。加減が分からず、これくらいかなと探りながら、かかえるように抱き寄せる。
胸と胸が重なり、潰れあい、加速する互いの鼓動が痛いほど伝わってきた。
「…いい……この感じ…」
気持ち良さそうに深く息をする姉。
その吐息が僕の耳にかかり、甘い声がエコーのように響く。
それはまるで一種の媚薬。どんどん彼女に溺れていくのを、僕ははっきりと自覚していた。
「姉ちゃん…」
「なに?」
「キス…したい」
「…したいの?」
「したい…」
「……うん…しよっか」
そんないじらしいやり取りのあと、ゆっくりと重なった二人の唇。
そして息が出来なくなるまで、舌を絡ませる。
互いの唾液を混ぜ合い、舐め合い、吸い合う。
柔らかい舌が温かくて、頭が痛くなるほど甘い彼女の味。
「んっ、んっ」と漏れる彼女の声が、より興奮を掻き立てさせた。
そのうちに呼吸に苦しくなり唇を離すと、糸を引いて滴れた二人の唾液。
「すご…やらし…」
かすれるように囁いた姉の言葉。
息を整える彼女の顔は、よく見ると汗でびっしょりだ。
その表情が反則的にエロティックで、思わず息を飲む。
「顔が熱い…鼻血出ちゃいそう」
彼女は茶化すようにそう言ったが、顔は異常なほど真っ赤に染まっている。
おそらく僕も同じような表情なんだろうな…と思った。
「ねえ」
彼女は言った。
そしてその手が、不意に僕の局部を優しく撫でた。
「…また、してあげてもいいよ」
あの時の感覚が蘇る。
ジーンズの上をまさぐる感触が陰茎に響き、思わず情けない声が漏れた。
「我慢しなくていいんだよ。お姉ちゃんも…俊介のこと、好きだから」
そんな正攻法のセリフにすらクラクラする。もはや彼女を止めることも、自分を制御する事も不可能になっていた。
理性とか倫理とか、そんな理論的なものは忘れた。動物のように、本能に従って彼女を求める。頭の中が真っ白になりながら、僕は彼女の顔に優しく触れた。
そしてそれを引き金に、ジーンズのチャックがゆっくりと下ろされる。
どうせまた、自己嫌悪に陥るんだろうな…。
僅かに残った意識の中でそんな事を考えながら、僕は彼女に身を任せていた。
その時だった。
抜群の…いや最悪のタイミングで部屋のドアがノックされた。
「ゆかり。ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」
父の声だった。
二人して固まって、ドアの方に目を向ける。
ちょっと待て、いま開けんな。開けたらぶっ飛ばす。お願い開けないで。あけちゃらめぇ。
頭には浮かんでも、言葉が口を出ない。それは姉も同じようだった。
「いま立て込んでるから、ちょっと待ってて」とかなんとか、言おうと思えば言えたはずだ。
もしくは絡み合う二人の体を離すには、十分な時間があった。
でも、僕たちは互いに硬直し、それが出来ずにいた。
「俊介に聞こうと思ったんだけど居ないんだよ。ゆかり、入るぞ?」
「ちょ、ちょっと待って、お父さん」
ようやく姉が叫んだ。
しかしそれは、あまりに遅過ぎるものだった。
マウントポジションを取ったように僕の腹部に乗り掛かっている。
いや、腹部というよりは局部に近い位置だろうか。
「なあに、面白い顔しちゃって」
そう言って彼女は笑った。
「ど、どいてよ姉ちゃん」
「どうして?」
「どうしてって…その、マズいじゃん、こんな格好」
「何がマズいのよ」
「…いいから離れてよ」
「やあだ」
不敵な笑みを浮かべた彼女は、言いながら追い討ちをかけるように覆いかぶさった。
ひいいい、と頭の中で悲鳴があがる。
「軽いスキンシップだって」
ぐいぐいと押し付けられる身体。襲いかかる誘惑。
何がスキンシップだよ、と僕は心の中で呟いた。
大体いつもそうだ。スキンシップとかごまかして、姉のやりたい放題。
やめろと言っても聞かず、無理やり僕をおもちゃにする。
自分だけ好き勝手やって、僕の事なんか考えないで…。
「いい加減にしろよ!」
僕はそう叫びながら、彼女の腕を掴み上げた。
ぐぐっと、より近くなった姉の顔。
いくらか驚いたような彼女の表情も、すぐに笑みを含んだものへと変わる。
「な、なによその手」
挑発的な声は、それでも少し震えていた。
「姉ちゃんは俺を何だと思ってんだよ…」
「そんなの、かわいい弟に決まってるじゃない」
ゼロ距離での会話。互いの吐息が直に伝わり、恥ずかしさが込み上げる。
「その弟に姉がこんな事するかよ…フツー…」
言いながら顔を背ける。
「フツーなんか知らないわよ。あたしがこうしたいから、してるだけ」
「し、したいからするって、俺に拒否権は無いのかよ」
「拒否、するの?」
「……」
出来る訳がない。
だから僕は、取り返しの付かなくなる前にやめてくれと言ってるんじゃないか。
それなのに…。
「なら、いいじゃない」
そう言って彼女は不敵に微笑んだ。
気がつくと、僕の腕はしっかり彼女の身体を捉えていた。
理性が誘惑に負けた瞬間。建前の壁が崩れて、本音が行動に表れる。
「ね、姉ちゃん…俺…」
まんまと彼女に乗せられてしまった。
それは分かってるけど…こうまでされて、我慢できるはずもなかった。
僕はそのやわらかい感触を貪る様に、強く抱きしめる。
彼女も僕の肩を掴み、恍惚の声を漏らす。
嬉しそうな表情。それが妙にやらしくて、思わず力が入った。
「ちょっと…俊介、痛い」
「あ…」
言われて反射的に、腕を解く。
「やっ、離しちゃ…やだ…」
「え…」
どうしろと。
「もっとこう…優しく強く、ぎゅっとしてよ…」
強引な要求。加減が分からず、これくらいかなと探りながら、かかえるように抱き寄せる。
胸と胸が重なり、潰れあい、加速する互いの鼓動が痛いほど伝わってきた。
「…いい……この感じ…」
気持ち良さそうに深く息をする姉。
その吐息が僕の耳にかかり、甘い声がエコーのように響く。
それはまるで一種の媚薬。どんどん彼女に溺れていくのを、僕ははっきりと自覚していた。
「姉ちゃん…」
「なに?」
「キス…したい」
「…したいの?」
「したい…」
「……うん…しよっか」
そんないじらしいやり取りのあと、ゆっくりと重なった二人の唇。
そして息が出来なくなるまで、舌を絡ませる。
互いの唾液を混ぜ合い、舐め合い、吸い合う。
柔らかい舌が温かくて、頭が痛くなるほど甘い彼女の味。
「んっ、んっ」と漏れる彼女の声が、より興奮を掻き立てさせた。
そのうちに呼吸に苦しくなり唇を離すと、糸を引いて滴れた二人の唾液。
「すご…やらし…」
かすれるように囁いた姉の言葉。
息を整える彼女の顔は、よく見ると汗でびっしょりだ。
その表情が反則的にエロティックで、思わず息を飲む。
「顔が熱い…鼻血出ちゃいそう」
彼女は茶化すようにそう言ったが、顔は異常なほど真っ赤に染まっている。
おそらく僕も同じような表情なんだろうな…と思った。
「ねえ」
彼女は言った。
そしてその手が、不意に僕の局部を優しく撫でた。
「…また、してあげてもいいよ」
あの時の感覚が蘇る。
ジーンズの上をまさぐる感触が陰茎に響き、思わず情けない声が漏れた。
「我慢しなくていいんだよ。お姉ちゃんも…俊介のこと、好きだから」
そんな正攻法のセリフにすらクラクラする。もはや彼女を止めることも、自分を制御する事も不可能になっていた。
理性とか倫理とか、そんな理論的なものは忘れた。動物のように、本能に従って彼女を求める。頭の中が真っ白になりながら、僕は彼女の顔に優しく触れた。
そしてそれを引き金に、ジーンズのチャックがゆっくりと下ろされる。
どうせまた、自己嫌悪に陥るんだろうな…。
僅かに残った意識の中でそんな事を考えながら、僕は彼女に身を任せていた。
その時だった。
抜群の…いや最悪のタイミングで部屋のドアがノックされた。
「ゆかり。ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」
父の声だった。
二人して固まって、ドアの方に目を向ける。
ちょっと待て、いま開けんな。開けたらぶっ飛ばす。お願い開けないで。あけちゃらめぇ。
頭には浮かんでも、言葉が口を出ない。それは姉も同じようだった。
「いま立て込んでるから、ちょっと待ってて」とかなんとか、言おうと思えば言えたはずだ。
もしくは絡み合う二人の体を離すには、十分な時間があった。
でも、僕たちは互いに硬直し、それが出来ずにいた。
「俊介に聞こうと思ったんだけど居ないんだよ。ゆかり、入るぞ?」
「ちょ、ちょっと待って、お父さん」
ようやく姉が叫んだ。
しかしそれは、あまりに遅過ぎるものだった。