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命を狙われたり 狙う片棒担いだり

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1.1 知らない人に撃たれる

 パンッ

「は?」
「あ!」
 あまりに現実に馴染みのない音なので一瞬反応が遅れた。振り返って、ゆっくりと足元を見ると地面に人差し指ほどの小さな穴が開いている。穴からはうっすらと煙が立っている。

 一体何が? え? もしかして俺、撃たれ――

 その確定要素として俺の視界の範囲内に少女が立っている。その少女はなんのコスプレだか知らないが頭の上にわっかを浮かべている。小さいのでちらっとしか見えなかったが、背中には小さな羽根が生えているように見えた。そして小柄な体格には似合わない黒い拳銃を握っている。さっき「あ!」って言ったのは少女だろう。
 ヤバイ、サイコ女だ。サイコ女は外れると思っていなかったらしく「あ!」の状態で固まっている。
 断っておくが俺には命を狙われるようなことは身に覚えがない。ましてやサイコ女とは初対面だ。なんで初対面の女に命を狙われなくちゃならないんだ。しかも拳銃で。

「はっ! あわ、わわわわわわわばあ」
 ショッキングなことに動転していたのか、妙に冷静に分析するあまり次弾の可能性を忘れていた。慌てて逃げようと振り返ったが、情けないことに足がもつれて転ぶ。同時に腰が抜けたのか立ち上がれず、ばたばたと這いながら少女と距離をとろうと一生懸命。ヤバイ、人生最大にピンチで、かっこ悪い。っていうかそんなこといってる場合じゃない、ヤバイってレベルじゃねーぞ!
「うあああああああ……!」
 うあああああああ……って、これは俺じゃない。サイコ女だ。ひどく情けない声、サイコ女を見ると地面に突っ伏してorzひどく落ち込んでいる。なんだ? 弾切れか? いや、演技かもしれない。油断させたところをズドンということもある。
 だが同時に、だんだんムカッ腹が立ってきたぞ。なぜサイコ女のために俺がビクビク後悔して『お願い神様助けて』って感じに逃げ回らなくっちゃあならないんだ? 『逆』じゃあないか? どうしてここから無事で帰れるのなら『下痢腹かかえて公衆トイレ探している方がズッと幸せ』って願わなくっちゃあならないんだ……? ちがうんじゃないか?
 俺は脳内で康一の記憶ディスクを頭に差し込んで自分に勇気を与え、サイコ女ににじりよる。『やっぱり演技でしたテヘ、ズドン』は勘弁なので、あくまでゆっくりだ。だがサイコ女は遠目からでわかるようにはっきり、泣き出した。
「うわああああああああん、もうお終いじゃあああああ」
 サイコ女はちょこんと身を起こし、両手で目をこすりながら喚いている。鼻水まで垂れ流しだ、これは本当に泣いている。これなら近づいても大丈夫か? 拳銃はサイコ女の前に転がっている。
 待て! これは演技だ、やはり巧妙な演技だ、女は魔物なんだ、これは罠なんだ!
 警戒をとこうとする自分に再度警戒を促し、油断せず一歩一歩近づく。
 サイコ女と肉薄と呼べる距離までやってきたが、サイコ女は俺を撃とうとする気配はない。よし、もう少しで拳銃に手が届く……取り上げた! これで一安心。
「お、おい」
 次に俺はサイコ女に声をかける。ひとまず落ち着かせて事情を聞いて、そんで警察に突き出そう。
「おい」
 サイコ女には聞こえない。
「おーい」
 サイコ女は聞き届けない。
「おーい、おい」
 サイコ女は泣き続ける。
「おいお前聞いてんのか!?」
「うわあああああああん!!」
 サイコ女は俺の叫びをかき消せとばかりに余計に泣き上げる。
 泣きたいのはこっちだバカヤロウ!
 と、思ったときには右手が動いていた。ゴキン。
「ぎゃん!」
「痛ぇ!!」
 こいつはヘビーだぜ。サイコ女は思った以上の石頭で、殴りつけた俺の右手は大きなダメージをこうむった。そういえば素人がこぶしを使うと、怪我をするとどこかで聞いたことがある。
「いったぁ……」
 だが効果はあったらしい。サイコ女はしっかり泣き止んで、頭をさすっている。
「なんするんよいきなり、見ず知らずの人をいきなり殴るなんて酷いがん」
 ? どこの方言だか知らないがサイコ女は妙な言い回しでそういう。ていうか。
「いや、見ず知らずの人ならいきなりズドンはないっしょ」
 正論だと思う。が、サイコ女は怪訝な顔をしている。
「はぁ? うちはあんたのこと知っとるよ」
「?」
「だってターゲットのことも知らずに撃つ死神がどこにおるん? おらんじゃろ」
「死神……?」
 改めてサイコ女のルックスを確認する。まず第一にかわいいと素直に感じた。つややかな黒髪に大きな瞳、小さな口、小柄な体。なのに体の各パーツは存在をきちんと、いやみのないレベルで主張している。まったくもってバランス重視のかわいこちゃんだ。
 だが、異質だ。なぜなら頭の上にわっかが浮いている。近くで見たからわかったが、ワイヤーとかで支えているわけではなくて本当に浮かんでいる。そして背中にはとてもリアルな白い羽が生えている。服を着ているので根元まではよく見えないが、コスプレだとかちゃちな代物じゃない、もっと恐ろしいものの片鱗を見たぜ。
 サイコ女はただうなずいている。
「よし、わかった」
「わかってくれたんか」
「よくわからんということが……」
 ぐううううううう。
 俺のセリフをちょん切って、これでもかというような腹の虫が鳴く。俺ではない、サイコ女だ。
「……」
 俺が沈黙していると、サイコ女は頬を赤らめる。
「……お腹減った」
「……とりあえずファミレスにでも行って話を聞こうか」
 サイコ女は迷っている様子だったが、食欲に負けたのかうなずいた。
1.2 ファミレスで話を聞く

 昼のピークを過ぎたファミレスは人もまばらで、労せず一番奥の席に座れた。サイコ女はメニューを見ている。店員がやってきてもまだ迷っている様子だったので、とりあえずコーヒーを一つ頼む。
「で、ちゃんと話してくれるんだろ?」
「う~ん、どうしょうかなぁ」
「はぁ? あのなぁ、ここまで来といてそりゃねーだろ。いっとくが、銃は俺が預かっているんだぜ?」
 例の拳銃は俺のかばんの中に入っている。
「いや、そうじゃのうてどれを食・べ・よ・う・か・なと……」
 ペースが狂う。さっきまでは人を殺そうとしていて、今はそいつをそっちのけで何を食べるか迷っている。猫より気まぐれだ。
「決めた! 店員さーん!」
 店員がやってくる。サイコ女はメニューを指差しながら3品注文をした。どれもそれなりにボリュームのあるものだったが、本当にそんなに食えるのか。と、いうような心配をよそにやってきた食事をとんでもない勢いで平らげるサイコ女。俺がコーヒーを半分飲み終えたころには3品すべてを完食してげっぷしていた。
「はぁ~お腹いっぱい。幸せじゃぁ」
 そのまま背もたれに寄りかかる。そんなに押し付けて、羽はどういうことになっているのだろう。
「なぁ、羽痛くねーの?」
 サイコ女はまたも怪訝な顔をして俺を見る。
「あんたコレ見えるん?」
「見えてる」
 見えてるからいってるわけで。サイコ女はしばらく考えて
「……ふーん、見えるやつもおるんかぁ」
 とだけ言った。もしかして俺以外には見えてないのか? そういえば店員はなんの疑問も持ってなかったみたいだし、他の客も好奇のまなざしを向けるでもない。
「なんなんだそれ」
「これ? 見てのとおり羽と光輪。天使じゃもん、これくらいついとってもええじゃろ」
 サイコ女は紙ナプキンをとって口の周りをふく。
「さっき死神って言ってたじゃんか」
「あああ、天使が本業。死神は天使の業務の一環。天国も複雑な就労システムなんよ……面倒くさいけんこれくらいでええかな?」
 いらっときた。人の命まで狙って、わけのわからないことばかり喋った挙句にそれか。
「いやいや、待てよそれじゃ納得できない。ちゃんと話せよ、じゃねーとコレは返さない」
「えー」
「えー、じゃねーよ。警察に突き出したっていいんだぜ?」
 普通ならそうするべきだろう。とりあえずは話を聞いてからでも遅くはない。
「警察か……そっちの方が面倒そうじゃな……」
 サイコ女はためらっていたわりにはべらべらと流暢に喋り始めた。要約するとこうだ。
1.サイコ女は天使だ。
2.天国の死神業務に就いている。
3.今回のターゲットは俺だったらしい。
 と、いうような話だった。
「死神業務ってなんなんだよ」
「はぁ? それくらいわかるじゃろ。要するに寿命が来た人間をお迎えするわけじゃよ、あんたみたいなやつを」
「ちょっと待て寿命!?」
「えーっとどこじゃったかな」
 サイコ女は体をまさぐる。何か探しているらしい。
「お、あったあった」
 取り出したのは真っ黒い不気味な紙だ。乱暴に閉まってあったらしくしわくちゃになっている。紙を広げると、白い字でなにやら書いてある。
「あんたの寿命は……明日じゃな。死因は溺死。川で溺れかかっとる子どもを助けようとして死ぬらしいわ」
「おいおい冗談はよしこさん」
「冗談じゃねえよ? ってかよしこさんって、古過ぎるわ」
「うるせー」
 俺が誰かをかばって死ぬわけないだろう? 泳げない俺が溺れた人間をかばったって二次災害になるのがオチだ。そういう場合は冷静になって、助けを呼んで、陸からつかまれそうなものを差し出すのが一番だ。成功の可能性も断然高い。だいたいうちの近所に溺れるような大きな川はない。
「つーかさっき『終わりじゃああ』とか言ってたよね。それって俺死なないですむの?」
 禁句だったらしい。サイコ女の表情が、じわじわとゆがみ始め目じりに涙が浮かぶ。
「うっ、うっ、うぅぅぅ!!」
 必死に涙をこらえているようだがやばい、これは大声で泣く雰囲気。
「あ、あ! 泣くな落ち着け!」
 ところが落ち着くべきなのはこっちの方だ。はっとして周りを見回すと客や店員が何事かとこっちに注目している。
「あ、な、なんでもないですハハハハ……」
 これでは俺がいじめっ子だ。被害者なのにな。
「パフェ、食べてもええ……? そしたら泣き止む」
「パフェ!? パフェでも何でも食べろ、だから泣くのはよせ、な? 店員さーん!」
 手早くパフェを注文する。
 少なくともパフェを食べるまでは落ち着きそうになかったので、我慢してじっと待つことに。サイコ女は「はぁ……」とか「ふぅ……」とか何度も落ち込みながら、次々と湧き出る涙をせっせとふき取っていた。
 が、パフェが到着した瞬間豹変。ものの数十秒で平らげてしまう勢いだ。
「ふぅ、落ち着いた。やっぱ取り乱したときは甘いものじゃな」
 どういう仕組みだろうか。うんざりする。うんざりしている間にもサイコ女は信じられないくらい冷静になった。
「はぁ……それにしてもえらいことになったお終いじゃ」
「何が?」
「あんたがおとなしゅう弾をくらわんのがいけんのじゃ! 狙いは完璧じゃったし、今までもはずしたことなかったのに……お終いじゃ」
 サイコ女は今まで何人の人間を殺してきたのだろう。純朴そうな顔してとんでもないやつだ。
「だいたい、はずれるはずがないんじゃ。そういう風に出来とるはずなのに。お終いじゃ」
「そういう風にって? だから何がお終いなんだよ」
「弾に加護とかそういうのがついとんじゃ。人間風情に神のご威光がわかるかっちゅーんじゃ! まぁうちもよおわからんけど。どうせもうお終いじゃし」
「そうかよ。で、何がお終いなんだって?」
 神の威光で敏腕ヒットマンになってたってわけか。ますます持って返却するわけにはいかなくなったな、この銃。
「じゃけん弾も、一つの仕事に一発しかないんよ。はずしたってことは仕事は不達成、うちももうお終い」
 サイコ女はさっきからやたらにお終いお終いと嘆いている。
「だ~から! 何がお終いなんだよ」
「うん?」
 サイコ女が顔をひょっこり上げてこっちを見る。ようやく俺の質問の肝に気づいたらしい。人の話を聞かないやつだ。
「あんたうちらがこの仕事をしくった末路を知っとんか?」
「知るわけがないだろう。お前みたいな珍種は初めて見たんだから」
 サイコ女は「むっ」と顔をしかめたが、スルーして続ける。
「この仕事しくった先人方はな、100回転生終わるまで蛙にされたり、地球に落下するまでスペースデブリにされたり、1万年も穴を掘っては埋める作業をさせられたりとにかく意味が全くわからん仕打ちを受けとるんじゃ」
 ははぁなるほどそれは残酷極まりない。必中の弾を持つヒットマンがなんで仕事を失敗するんだろう? 聞いてみた。
「そりゃお前、相手に情けをかけて撃たんかったら失敗するがな」
「ああなるほど。言われてみればそうだな」
 天使にも情け深いやつはいっぱい居るらしい。
「うちはためらわずに撃ったのに……」
「いや、ためらえ」
 でもサイコ女には情けなんてないらしい。
「……じゃあ、そろそろ行こうや。お腹いっぱいになったし」
 サイコ女はしぼんだままそう言う。
「どこに?」
「え? あんたの家」
 何を言っているんだこの女は。
「なんで俺んち来る気?」
「え?」
 次の言葉に、俺は、またもここがファミレスだということを忘れて叫ぶことになる。
「なんでって、これからしばらくあんたんちに住もうと思って」
「…………え」
 そしてサイコ女はさっきまでのしょぼくれ顔をどこかに投げ捨て、卑怯なくらいいい笑顔をする。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 これはずるい、不覚にも少しだけドキッとしてしまった。
2, 1

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