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寂しい人と無冠の帝王

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 突然なのだが俺は、山ガールことアキコの実家にいて、その居間のソファに沈んでいる。
 そして、アキコの兄が生前愛用していたチャンピオンのスウェットを着こんでテレビに映るニュースを眺めている。しかし、その情報はほとんど頭に残らない。
 この一日を思い返せば仕方のないことだ。
 どうして今、アキコの家に上がり込み、こうしてくつろぐことになったのか。それは勿体ぶる様な話ではない。

 時を少し遡ると、大学生たちの件が片付き、ようやく落ち着くことが出来ると思い自宅のドアを開ける。そして、いつものように部屋の灯りを点けるため、電灯の紐を引く。が、電灯は光らない。
 手際が悪かったのだろうかと何度か紐を引くが反応が無い。悪い予感がして他の電化製品をいじるがやはり反応が無い。なるほど。
 電気が止められている。
「おかしいな。ブレーカー落ちてんのか?」そう言って俺は一先ず誤魔化すが、何の解決にもならない。
 更にブレーカーを確認するふりをして、「あれ?」と声をあげてみたりもする。
「電気、止められてるんじゃないの?」アキコも状況を悟ったらしい。
「そうなのかな?」
「なにその反応は。変な芝居しないでよ」
 見透かされている。
 恥ずかしさがどんどん押し寄せてきて、顔が熱くなる。なんだ?電気会社は元日も営業してるのか?大したものだ。変なタイミングで変な疑問が湧く。
「そのようだ。しばらく電気代も払っていなかった」
 最初から白状していればいらぬ恥をかくこともなかっただろう。
「それならさ」アキコが口を開き少しもじもじして、「ウチくる?」とこぼした。

 勿論、行く行く、などと即答してはいない。浅はかな自尊心が邪魔をして、無駄な葛藤の末に、「頼む」と俺は頭を下げた。
 何でこんなことになったのか。完全に自分のせいである。そしてアキコには盛大に感謝するべきである。
 ここで、アキコの家について話しておくと、江東区にある随分と歳月を経た平屋の一軒家だ。数年前までは兄と二人で、更に数年前は家族揃って暮らしていたのだろうが、アキコ一人には広すぎる家だった。さぞ寂しい思いをしただろう。
「相棒スペシャル始まっちゃうよ」居間へ来るなりアキコが言い、運んできたお茶と菓子類をテーブルに置くと、さっさとテレビのチャンネルを変える。
「女子高生は?」
「もう寝ちゃったよ」
「そうか」
「じゃあ、集中するからね」
「これからの話し合い、するんじゃないのか?」
「明日にしようよ、もう疲れちゃったし」
 確かに、随分と疲れてしまった。思考も鈍くなっているのが分かる。
 テレビから聞こえてくる水谷豊の声を聞いていると、眠気が差した。
 やっとで、落ち着くことが出来た。そっと目を閉じて、ゆっくりと一日の出来事を思い返す。そして未だに悪い夢の中にいるような、気分に包まれる。悪い夢の中心は、当然、女子高生である。余計な事を考えず、さっさと警察に連れていくべきだろうか。
 

「ねえ、起きてよ。相棒終わったよ」
「そうか」二時間ほど寝ていたらしい。頭が痛い。
 アキコに引っ張られるようにして寝室へ移動すると、そこは畳の部屋だった。部屋の隅っこには女子高生が仰向けですやすやと寝息を立てていた。
 その隣には更に二人分の布団が敷いてある。
「豊は真ん中だよ、一家の長だからね」
「いつから家族になったんだ」そう言いながらも俺はさっさと従う。
 アキコが灯りを常夜灯に替えて、俺達は横になった。
 とにかく明日からは忙しくなる。女子高生の件と、本業の件、どちらから先に手を付けるべきか。ただ、女子高生の件については対処法が全く浮かばない。
「ねえ」
「なんだ?」
暗くなって五分程してアキコが口を開いた。
「お兄ちゃん」
「俺はお前の兄貴じゃない」
「たまには、抱きしめてよ」
 なんだこいつは。寝ぼけているのか、おかしくなったのか。それとも妄想の世界に浸ってみたくなったのか。
「お前、いくつだよ」
「子供みたいだって言うの?分かってるけどさ」
「違う。年齢次第では、犯罪になるんだよ」

「起きて」
 今度は女子高生に起こされた。
 寝起きの頭でふと思ったことは、現在、彼女はセーラー服姿ではなく、アキコから借りたパジャマを着ているので、女子高生と呼ぶのは正しいのだろうかということだ。そもそも、彼女を女子高生として認識している理由は彼女自身の様相とセーラー服のみであり、実際にどこぞの高等学校に通い、勉学に励む女子高校生である確証はなにもないのである。
 そんな事を考えていると、「ねえ、みそか、ちゃんと起こせた?」とアキコの声が響く。
「みそか?」
「私」
 それはパジャマ姿の女子高生の名前、ということか?
 まっすぐ居間へ向かうと、テーブルの上に三人分の朝食が並んでいた。
「おお」感動し思わず声が漏れる。
「特別な物は無いけど、いいでしょ」
 昨夜は適当な惣菜で済ませていたし、最近は碌な物も口にしてなかったからテーブルに並ぶ白飯と焼き魚に味噌汁、そんな普通の朝食が偉くごちそうに見える。
「じゃあ、いただきます」アキコの合図で合掌し食事を始める。
 一口、二口と食事を進める。
「うまい、これ全部アキコが作ったのか」
「みそかの手伝いも貰ったけど、まあ作ったと言えるほどの物でもないよね」
 いや、大したものである。
「ところで、みそかってなんだ」
「私が考えた、女子高生の名前だよ。大みそかに出会ったから、みそか」
「みそか」改めて言葉にしてみるが、微妙に言いづらい。
「ねえ、これからどうするか考えた?」
「そうだな。女子高生、いや、みそかでいいのか?」
「うん」女子高生が頷く。この瞬間から彼女はみそかだ。
「何か思い出したことはないのか?」
「特に」首を横に振る。
 彼女がもし、ただの家出少女だったならば、警察に差し出すし、記憶を失ったというのなら病院へ連れていくのだが、謎の変身能力が付いているのだから対処に困る。
「それなら悪いが、先に解決したいことがあるんだ」
「何?」
「当面の生活資金を工面する。アキコの世話になるのは今朝までだ」
11, 10

  


 目的地は大島駅近辺の賃貸アパート。同じ江東区内でアキコ宅から近いため、多少時間はかかるが移動に金を使わずに済んだ。
「ねえ、なんで人にお金を預けてるの?」アキコが尋ねてくる。
「あまり大きな声では言えないが、ある事情で俺の口座が凍結されてな。金融業者に預けれなくなったんだよ」
「なにそれ、どんだけ貧乏なんだよ」
「違う、貧乏だからじゃない。それよりほら、着いたぞ」
 アパートの外観をみたアキコが、「うわ」と声を漏らす。
「豊のアパートに負けないボロアパートだね」
「うるさいぞ」
 1階角部屋の前に立ち、扉をノックする。
「いるか?俺だ」
 そう言うと、間もなくしてドタドタと慌ただしく足音が響き、勢いよく扉が開いた。
「豊さん!」
 飛び出してきた優男、諸星和己。かつての同僚で、彼もまた、ある事情で会社を辞めており現在はフリーター生活となっている。
「久しぶりだな」
 数か月ぶりに姿を見るが、随分と髪が伸びたようだ。
「結構イケメンだね。タイプじゃないけど」アキコが囁き、俺に腕を絡めてくる。
「どうしちゃったんですか豊さん、こんな浮ついた小娘連れて。好み変わっちゃったんですか?」
「なっ、なによ、この男。好みが変わったって何よ!」
 アキコが諸星へ飛びかかりそうな程の怒りをみせるのでそれを抑える。
「悪い。諸星はこういう奴なんだよ」
「女の敵だよ」
「ふん」諸星がアキコの言葉を意に介す様子は無い。そして、俺の背後に立つみそかに気づき、急に目を見開く。
「おお、こっちの娘は素晴らしい。まさに豊さんに相応しい」
「どういう基準だ」
「なんなのよ、本当に」
「諸星はロリコンなんだよ」
「みそかと私、そんなに年齢変わらないけど」
「なんというか、容姿のタイプが違うだろ」
「別にいいけどさ」
 アキコは腑に落ちない様子で溜息をつく。そして、一段落したと思ったのか、諸星が手を叩いた。
「じゃあ、立ち話もなんですから。ちょっと待ってください」そう言って諸星は一度部屋の奥へ行き、すぐに戻って来て「中へどうぞ」と俺達を招き入れた。
 窮屈な玄関の土間に四人分の靴を無理やり並べ、中へ入る。彼の部屋は風呂なしのワンルーム四畳半で、アキコに苦学生の様だと罵られてしまいそうな間取りである。
 しかし彼女は諸星と極力距離を置きたいのだろう。彼の部屋に対して、感想の一つも述べることはなかった。
 部屋の卓袱台を四人、囲んで座る。
「さて豊さん。今日はどっちの御用件で」
 どっち、だと?余計な事を言う奴だ。
 俺は眉間にしわを寄せ合図を送ると、諸星は「すみません」と言った。
「お前に預けていた金の件だ」
「ですよね。だけど、手元にないんですよ」
「どういうことだ?返す用意ができたって言っただろ」
「盗まれたんです」
「はあ?」
「本当に」
 なんてことだ。諸星から金を受け取ってからの計画を組み立てていたのに。そして、世話になるのは今日までだと、宣言してしまったというのに。
「説明しろ」
「実は、今朝ですね。お金の隠し場所を確認しに行ったら、なかったんですよ。しっかり地面に埋めていて。確認は毎日行っていたんですけど。今朝は地面が完全に掘り起こされていて、お金が消えていたんですよ」
「なんだそれは。まさか、あいつらと関係あるのか?」
「現時点ではなんともいえません。ただ、あいつらが金の強奪なんてせこい事をするとは思えませんが」
「捜索は?」
「全力を挙げてます」
 そう言って諸星が腕を組む。
「ねえ、さっきから二人とも少しおかしいよ。話し方とか」
 アキコに指摘されて気づく。
 つい夢中になってしまった。世話になっている手前断り切れなかったが、やはり連れてくるべきではなかった。
「そうか?とにかく、なんとか回収してくれよ」
「分かりました。じゃあ、豊さん。話は変わるんですけど、実は豊さんに会わせたい人がいるんですよ」
「なんだ?」
 そう言った途端、突如、諸星の背後の襖が開く。中から現れたのは、この場で出会うことが信じられない女性だった。
「こんにちは、久しぶりですね竹ノ内さん」彼女は襖の中で正座したまま頭を下げる。
 返す言葉に困り、一先ず「ああ、久しぶり」と応える。
「誰?」アキコが俺に耳打ちする。
「宮田茜っていうんだが、俺と諸星、そして彼女も同僚なんだよ。それで彼女は諸星の恋人だったんだ」
「だった?」
「ああ、元恋人の筈だったんだが」
 俺がそう言うと、「その通り!」と諸星が声を上げる。
「今では、復縁して再び幸せの最中ですよ」
 呑気な奴だ。
 どうでもいいが、あれほど酷い別れ方をしたというのに何故復縁に至るのか。正直、裏がある気もする。
「ねえ、宮田さんだっけ?この男のどこがいいの?」アキコが尋ねる。
「カズキさんは、凄く面白い人なんですよ」相変わらずの、丁寧な口調で答える。
「そうかなあ」
「アキコ、諸星の性格は確かにアレだが、そこそこいい顔のおかげで、結構もてるんだよ」
「マジかよ」
「だけど、アレな性格が災いして、そう長続きはしない。それどころか交際が始まってから発展する事がほとんどなくて、28歳まで貞操を守ってきた男だ。もしかしたら未だ守り続けているかもしれないが」
「28歳で、未経験って。そんな奴本当にいるのかよ」アキコが汚い物を見るような目で諸星に視線を送る。
「いわば、無冠の帝王ってとこだな」
「ところで、静かな女の子ですね」突然、宮田茜が言って、みそかをじっとみつめる。
 確かに、みそかの存在を忘れる程に彼女はここまで一言も言葉を出さず、ひっそりと座っていた。
「そう?」みそかは言った。

本日、竹ノ内と他、三号と身分不詳の女性が同行し諸星と接触する。
しかし意図の掴めない発言も多少みられるが、特別変わった動向なく解散。また、三号は問題なく竹ノ内と慣れ親しんでいるようだが、様子に少々異状あり。

「アカネさん、さっそく金の回収に行こうか」
 報告書を記録していると、諸星が話しかけてくる。
「そうだね、これ以上、迷惑かけられないもんね」そう言って、スマートフォンの電源を落とした。
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