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監視人と無冠の帝王

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げんざいひじょうじたいにそうぐう
かんしのためにもろぼしとこうどうをともにするが、しょうたいふめいのしゅうだんにらちかんきんされる。
かんきんばしょはふめい
はっしんさきより、かんきんばしょのとくていおよびきゅうえんもとむ。




 一月の朝に降りしきる雨は、私に不吉な予感を孕ませる。
「アカネさん、寒くないですか?」
 傘を叩く雨の音で諸星の声は私の耳に届きにくい。
「大丈夫。それより、本当に来ると良いけど」
「犯人は現場に戻ってくるっていうじゃないか。そもそも、偶然ここを訪れた人間が、埋めたお金を見つけ出すなんてことはありえない」
「うん」
「それよりも、元々この辺りを利用していた奴が居て、豊さんがそこに資金を埋めてしまって、それに気づかれて掘り返されたと考える方が妥当だと思うからね」
 確かにその通りかもしれないが、監視を始めてこれで3日目である。
 そろそろ、別の手段を計画してみてはどうだろうか。そう考えた時、我に返る。
 駄目だ。
 感情移入してしまっている。私は諸星を監視する立場で、協力する振りをしているだけなのに。本気で資金を取り返す手段を考えるなんて、大変な失態である
 自己嫌悪に陥っていた時、雨の音に混じって、また、別の音が耳に入る。その異変に気づくと同時に、アルコールのような匂いが鼻をついた。


 目を覚ました時には、体幹を椅子に固定され座らされていた。目隠しはされていないが、完全な暗闇の部屋の中で、周囲の様子は掴めない。
 分かることといえば。
「ああ、アカネさん」
 こんな具合に、諸星が数分おきに呻くので煩わしい。
 手の自由も効き拘束を解くことは適わなかったが、忍ばせていた携帯電話は没収されていなかったため、後ろ手で携帯電話を操作し本部へ現状を報告することができた。
 このような状況も想定し訓練は重ねていたので特別苦労はしなかった。
 まさか拉致されてしまうとは。殺すつもりなら、とっくにそうしているだろうから、何か狙いがあるのだろう。大体予想はつくのだが。
 今の状況に問題があるとすれば、本部へ連絡を行い数時間は経っただろうが、本部から未だ何の連絡もなく、状況に変化が無く本部の救援が来た様子もないことである。

 視界が突然開けた。
 目の前の扉が開き、光が入り込んできたのだ。
 そして、光の先には誰かが一人立っている。
「出るんだ」
 白いスーツに身を包む細身の男は言う。
救援ではないようだが、その男は私達の拘束を解き始めた。
「いいの?拘束しなくて」
「問題ない」男は無愛想に答える。
 下手に抗った所で、簡単に収束できるという訳か。
 男に従い、細い廊下を歩いていく。窓の外には塀が見えるばかりで、景色を窺うことはできない。
 諸星は未だに「うう」と呻いてばかりだ。この男は本当に組織の幹部なのだろうか。この程度の組織を監視する必要があるのだろうか。
 彼の監視を始めて数週間。生活から想像される敵組織の存在が脅威的な物であるとは到底思えない。
 それでも我々の上層部は警戒の手を緩めてはならないと指示するばかりで、むしろ、私達の組織を疑ってしまいたくなる。
 やはり。おかしくなっている。
 不必要に感情移入してしまっているのも、組織への不信感が原因だろうか。
 そして、廊下の先にある無機質な両開きの扉を男は重そうに開く。
 大きな戸口から覗くのは、吹き抜けの大広間。
「教会?」諸星が零す。

 その言葉の通り、古びたベンチの様な木製の椅子が並び、一番先には教壇が置かれている、まさに教会の様相だ。
 古びた椅子には、白いコートを羽織った人々がびっしりと腰掛けている。
 部屋の隅を歩き、前へ、前へと案内される。その途中で人々の視線が集まってくる。そして「ここで待て」一番最前列に座らされる。
 その時、鐘の音が鳴り響いた。皆一斉に音の元、天井の方へ視線を奪われる。
 視線の集中する先には、カーテンの様な黒い布が宙に浮きヒラヒラと揺らめいていた。
「なんだ、あれは」諸星が言う。
 それは、ゆっくりと降りてくる。床に着地して一旦静止し、今度は勢いよく浮き上がった。すると、中から純白のマントに身を包む40代程の男が立っていた。
 おおっ、と誰かが声を上げる。
 奇跡の力だ、誰かが言う。そして、歓声が広がっていく。
 白マントの男は私達を一瞥する。
「諸君。知っての通り、この者達が数日前から我々の領域を土足で踏み荒らした冒涜者だ」
 歓声は一瞬にして罵声に変わる。
「今回も、冒涜者の処罰は団員と信者の判断に任せたい」
 状況が飲み込めてきた。
 私達はどうやら新興宗教の団体が利用する土地に侵入し、拉致されたようだ。この白マントの男は教団の教祖、そこら中で私達を監視するように睨みを利かしている白スーツの男達は教団員、席に座る白いコートの人々は宗教の信者といったところだろう

 暴徒を許すな。信者の一人が言った。
 許すな。誰かが続ける。
 許すな。
 許すな。
 消せ。
 消せ。
「決まったようだな」マントの男は不敵に笑い、「あとは任せる」と言い、奥の部屋へと立ち去っていく。
 そして、目の前に団員が立ちはだかった。いつの間にかと団員に周りを囲み、それぞれ、態勢を整えている。
「冒涜者って、なんの事?私達は、自分のお金を回収しようとしただけじゃない」
「あまり生意気な事を言うな。お前達を処分する許可は下りているんだ」
「許可?あの胡散臭い男にそんな権利があるの?派手に空を飛んで登場しておきながら、地味にとぼとぼ歩いてさ。派手に飛んで帰れない事情があるのかな」
 そう言った途端、視界が揺らぎ、床へ身体が崩れた。
 一人の団員が私に向けて拳を振るい、顎に直撃したのだ。
「女なら手を上げたりしないとでも考えていたのか?甘すぎる」
 彼の言う通りだが、こんな行動を取ったのは半ば、自暴自棄になっているせいでもある。
 組織の仲間が助けに来てくれるのなら、とっくに来ている。
 たった一つのミスで、私は捨てられたのだ。
 変身能力を使えばこの事態を乗り切る事もできるだろうが、これだけの人間に目撃されながら能力を使う事は、組織への裏切り行為である。
 組織に捨てられたことに気づきながらも、自分の身を救うため裏切り行為に踏み切る勇気のない中途半端さに気づいて、自暴自棄になり血気だってしまったのだ。
 倒れこんだ私に向かって団員が歩み寄ってきた時、何かが私を遮る。
「カズキさん?」
「貴様、なんてことをするんだ」諸星が叫び、団員に殴りかかった。
 彼の不意打ちは団員の右頬へ見事にヒットし、団員は後方へよろめいていく。
 自殺行為、火に油を注ぐ行為だ。
 今にも他の団員が飛びかかってきそうな雰囲気だ。その様子を表すように、信者達の罵声が更に強くなった。
「なんてことするの」
「アカネさんへの暴力を、黙って許すわけがないでしょ」
 そうか。
 実に勇ましく、本来なら喜ばしい言葉だが、私の為などではない。私が化けた、宮田茜の為だ。
 どういうわけか、そんなセンチメンタルな事を考えてしまった。
 だが、それでも良かった。これで、踏み切ることができる。私はポケットに忍ばせた指輪に手を伸ばす。
「カズキさん。いや、諸星さんと呼ぶべきですね」
 諸星はこちらをみて首を傾げる。
「実は私、宮田茜ではないんです」そう言って中東で活躍する傭兵が愛用していた指輪を左の人差し指に嵌めた。

17, 16

  


 私が変身する光景を目の当たりにして隙が生じ、5人ほどの団員を退けることができた。しかし、残った団員はすぐに態勢を立て直して襲い掛かってくる。何かの見間違いかと捉えられているのかもしれないが、その切り替えの早さは大したものである。
 一方で再び腑抜けてしまった諸星の腕を引き、階段を駆け上がる。
 踊り場に出た所で一旦指輪を外し、宮田茜でもない、自分自身の姿を見せる。
「これが、本当の私なんです」
「は、はあ?」
 完全に理解が追い付かない様子だ。
「信じ難いと思うけど、私は変身する能力を持っていて、それで貴方を騙していたんです」
「不可解な事を続けて言われてもね、君がおかしな奴にしか見えないよ」
「そうは言っても、先程見せたとおりですよ。こんな感じで」
 指輪を嵌める。
「うう」
 諸星はまた、ふらつく。
 そして階段から追ってきた教団員を階下へ蹴り飛ばす。
 一息つき、再び指輪を外す。
 その時、視界の隅に影が過ぎった。慌てて視線を移すと、パイプのような棒を構えた団員が飛びかかって来ていた。
 まずい。
 完全に油断していたため、変身が間に合わない。腕を交差して、防御する。
 しかし、団員の攻撃が届くより先に私は姿勢を大きく崩した。諸星が私をかばうように飛び込んできたのだ。そして、鈍い音がした。
「うう」諸星は再び呻いた。
 私はすぐに立ち上がり、男が棒をふり抜き体勢を崩した隙に、蹴りを入れて階段から突き落とす。
 そしてうずくまる諸星の元へ駆け寄る。
「なんでこんなこと。私は宮田茜ではないし、貴方を騙していたのよ」
「それは君の正体が美人だったからさ。ムサイ男だったら、こんな事しない。騙していたというのはよく分からないけど」
「なにそれ」
 彼らしい、おかしな発言である。
「そんなことより、今はこの状況を乗り切らないといけない。教会に腰掛けている信者達まで襲い掛かってくるかもしれないからね」
 それはそうかもしれない。
「さっき話していた変身する能力について、もう少し教えてもらっていいかな。閃いたことがあるんだよ」

 ・

 打ち合わせを終え、新手が来る前にさっさと下へ降りる。
 先程、教祖が立っていた場所へ着く。
 一人の信者がこちらに気づき、野次を飛ばすと、波紋が広がるように怒号へ変わる。
 しかし、罵声ばかりで動きがない。攻撃の手が止んだのは、戦闘要員の教団員がほぼ全滅してしまったということだろう。
 ならば、都合が良い。
「静かに」
 諸星が叫ぶと、信者たちの罵声が止まる。
「あらかじめ言っておく。君達が崇めている教祖を貶めるつもりはない。ただ、貴方達の土地に迷い込んでしまっただけなんだ。そして、ここで一つ言っておくと奇跡の力を持つのはこちらも同じなんだ。だから、どうかこちらも同じ神の遣いだと思い、見逃してほしい」

 ふざけるな、証拠をみせろといった罵声が飛ぶ。
「すごいな、国会中継みたいだ」
「冗談を言っている場合じゃないでしょ」
 そう言って私は変身してみせる。
 そして、信者たちはふたたび沈黙する。更に続けて傭兵以外の指輪を用意し、次々と変身していく。
 沈黙は続く。私達の存在を肯定している事の現れかもしれない。
 とにかく今は、そう捉えて、教祖が入っていった奥の部屋へ向かう。
 控え室と表現するのがしっくりする、長机とパイプ椅子の並べられたシンプルな部屋に教祖は腰を据えていた。
「お前達はなんのつもりなんだ」教祖は分かり易く、不機嫌な様子を見せる。
「先日、私達が回収した金の持ち主か?もしそうなら持っていってくれ。それともなんだ?私の正体でも暴こうと近づいたのか?」
「いや、金を返してもらえればそれで良い。貴方が何か不正をしているのかなんて興味ない」
 諸星が答えた。
 彼は没収された私物とキャスター付きのトランクを受け取り、さっさと部屋を出て行き、私もその後をついていく。か細い諸星の背中がなんとなく頼もしくみえる。
 1階へ降りると、信者が数人集団を作っていたため、「出口を教えてほしい」と尋ねる。
 信者は我々が敵なのか否か。どう関わるべきか、整理がつかないままなのだろう。少し押し黙って「そこの扉の先です」と答えた。
 再び歩き出す。
「待ってください」
 私達は揃って振り返る。
「みんなで話をしたんですが。貴方の力こそ、本物なのではないかと思って」
 なんだそれは、私と諸星は顔を見合わせる。彼は、「任せて」と言った。
「私達はいわゆる宗教団体という組織は形成していない。だが、信仰は自由だ。貴方達が助けを欲するのなら、助けの手を差し伸べるし、私が助けを欲する時は助けてほしい。そんな助け合いの関係なら、作ってもいい」
 なんだそれは。信者達も首を傾げている。


 外へ出ると、雨は上がっており赤い空が広がっていた。
 スマートフォンで位置を確認し、ここが都内であった事には少し驚いた。
 一先ず無事に外の世界へ戻れたものの、これからどうするべきか思いを巡らせる事で一杯になり、諸星に言葉を掛ける余裕はなかった。
 どういう訳か彼も同じく口を噤んでいるばかりで、二人の間には、大金の詰まったトランクをゴロゴロと引き摺る音だけが響く。
 最寄りの駅に近づいたとき、諸星は足を止めた。
「やっぱり。最初に聞くべきことは、貴方の正体ですよね」
「そうですよね」私も立ち止まる。
 もう偽る必要もない。
「貴方達が転覆を謀っている華族、源家。その運営する組織に所属する者です。正確には所属していた者ですけど。つまり神の遣いではなく、源家の長女、源美咲に遣われている者なんです」
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