疾走する2台のパトカー、その先頭車の中でダークは大交易所にある巡視隊本部へと無線連絡を行っていた。
「第一小隊より本部へ、現場はロントフ、哨戒機が10mサイズの原生生物らしい影を目撃したとの報告もあった。全小隊に集結指令を出し、現在急行中」
『本部了解、健闘を祈ります』
本部にいる通信兵の声からも、緊張の色が伺える。
巡視隊員は皆アルフヘイムでの従軍経験を持つ者や、甲国本土でモンスター討伐の実績がある者、あるいは厳しいレンジャー訓練をくぐり抜けた精鋭揃いだ。
だが、だからこそ、実戦という不確かな世界の恐怖を知っており、しかも今回は新大陸での初の実戦で、未知の巨大モンスターが相手である。
隊員は誰もが緊張し、車内はピリピリとした空気に包まれていた。
「…いよいよこのミシュガルドにおける初の本格的な実戦だ」
不意に、ダークが無線を取り、周囲の隊員達を見回しながら後方のパトカーへと通信を始めた。
車内の隊員達がダークに注目し、横でハンドルを握っている軍曹も生唾を飲み込む。
「死ぬな、戦え、そして勝て」
それだけ言って、ダークは無線機を切り、正面を向いた。
何かしら指揮を高めるための演説が始まると思っていた隊員達は一瞬、あっけにとられたが、すぐに、真剣な表情になる。
「「「「了解!」」」」
無線機の向こうと、運転席に座る軍曹が、力強くそれに返答した。
ダーク・ジリノフスキーは部下達に多くを語らない。
何故なら、巡視隊員の実力を信じている。
死への恐れも、敵への恐怖も、きっかけを作って生きようという強い意思と己の使命を思い出させれば、すぐに身に闘志が沸き上がるのだと。
そして、隊員達はその信頼に応えて闘志をその身に沸き上がらせて恐怖を乗り越えた。
やがて、彼等の前に燃えるロントフと、その中心を我が物顔で闊歩する、巨大な虫が現れる。
「降車用意!合図で一斉に降車、敵原生生物を攻撃してこちらに注意を引き付ける!」
「了解」
ダークの指示で、ぐんぐんと巨大な虫に接近していく2台のパトカー。
鳴り響くサイレンに反応して、巨大な虫、カラリェーヴァがパトカーの方を向いた。
その足元で蠢いていた虫達も、次々とパトカーの方へ向かってくる。
「総員降車!戦闘開始!」
車がロントフの破壊された柵の手前に到達したタイミングで、ダークが叫んだ。
それに合わせて2代のパトカーは急停車し、隊員達が小銃を手に一斉に降車して展開する。
「撃て!巨大な虫の頭部を狙え!注意をこちらにひきつけろ!」
運転席から降車した軍曹が、ライフルを撃ちながら叫んだ。
隊員達も銃を構え、カラリェーヴァの頭目掛けて一斉射撃を放つ。
ダークも開けた車のドアから半身を出し、手にしたリボルバー拳銃を連射する。
一斉射撃を受けたカラリェーヴァは不快気に奇声を上げると、ハーゴを倒した時の様に巨体に似合わぬ高速で迫ってきた。
しかし、先ほどとは火線の数が違う。
距離を詰めれば詰める程頭に次々命中する銃弾にカラリェーヴァは前脚で頭を庇わねばならならなくなり、反撃に転じる事が出来なかった。
だが、銃弾はカラリェーヴァの頭部の甲殻を貫通できず、大きな効果は見られない。
「散れ!」
ダークの指示を受け、牽制射撃をしながら後退する隊員達。
カラリェーヴァと周囲の虫達はそれを追って、徐々に村から離れていく。
「全員!このままこいつらを村から引き離して時間を稼げ!俺は村の中へ向かう!軍曹!部隊を指揮しろ!」
「了解!!」
巨大な虫、カラリェーヴァは強敵だ、半端に戦力を分けては巡視隊員は各個にやられてしまう。
だが、燃えるロントフの村を放っていくわけにもいかない。
そこで、ダークは己一人で村へと向かう決断をした。
指揮官が隊を離れるなど言語道断と思うかもしれないが、巡視隊員は未知の土地ミシュガルドで戦うにあたり、いつ部隊が散り散りになってもいい様、個々の隊員が指揮官並みの判断力、状況把握力を養う訓練をされている。
ダークの細かい指示が無くても、隊員達は適切な判断を下し、カラリェーヴァを追い詰めていくだろうから、巡視隊員達に無理にダークがついている必要は無い。
だが、燃えさかるロントフで何の訓練もされていない村人達や練度の低い自警団員達を適切に導ける人間はダークしかいない。
ダークはリボルバーを懐にしまうと、背負っていた先の尖った黒い金属製の棒と、六角形の盾を両手に装備した。
乙家領内で採れる希少金属で製錬された超合金、「ツェット合金」で出来た、砲撃を受けても変形しない、ジリノフスキー家の優秀な戦士の証たる棒と盾だ。
かなりの重量があるのそれを、ダークは軽々と両手に持ち、隊から離れて破壊されたロントフの柵へと走っていく。
ダークに気づいたボール大の虫が飛び掛かって来るが、勢いよく振りかざされたツェット合金棒の一撃がその虫を簡単に粉々にする。
更に2匹、3匹とボール大の虫が飛び掛かるが、ダークはツェット合金棒で風船でも割るように虫を砕き、村の中へと入っていった。
「た…弾が!弾が切れました」
「よし下がれ!」
弾丸を撃ち尽くしたハーゴが身を引くと、素早くガーダーヴェルトが彼の前に立って壁になり、ハーゴに近づいてくる虫を斬撃で牽制する。
その間にハーゴは装填を終え、再度虫へ発砲をはじめた。
二人はそうして多数の虫を葬り、散り散りになっていた自警団員達と合流しつつ、逃げる村人達を保護していた。
彼等の後ろには既に10人程の村人がガーダーヴェルト等と合流した自警団員に守られながら、身を寄せ合って震えている。
どこかの建物にでも身を隠せればいいのだが、あちこちから虫が襲ってきて思う様に移動できず、半端な建物ではカラリェーヴァに破壊され、生き埋めにされる恐れがあった。
その為、彼等はまとまって右往左往するしかない。
まとまっているこちらに対抗する様に、タンス大の虫が襲ってくる割合が多くなってきた。
数を増す虫に対抗するため、ハーゴが銃を撃ち尽くすまでの感覚が段々と短くなっていく。
(このままじゃジリ貧だ)
再び銃弾を撃ち尽くしたハーゴを守る為、ガーダーヴェルトが剣を構えなおしたその時、横合いから黒い棒を持った巨漢が現れ、猛然と虫達に襲い掛かっていった。
「加勢する」
その言葉と共にダークの振るった金属の棒がタンス大の虫の頭を叩き潰した。
次いで、ダークは別の虫の腹目掛けて金属の棒の尖端を勢いよく突き立てる。
肉を棒が貫いたと感じた瞬間、素早く棒を引き抜くダーク。
棒はすんなりと引き抜かれ、虫の腹から血が噴き出し、その体がどさりと崩れ落ちる。
その手際のよさに一瞬ガーダーヴェルトは唖然としたが、装填を終えたハーゴが発砲を再開した事で我に返って手近な虫に剣を見舞った。
その間にもダークはボール大の虫を叩き潰し、タンス大の虫を次々と刺し貫いて倒していく。
程なく、彼等の周囲にいた虫は全滅した。
ダークは周囲に敵がいないのを確認し、ガーターヴェルトへと歩み寄った。
「無事か?」
「き…来てくれたのか?」
「当然だ、それより村長は?団長は?」
新たな虫の襲撃を気にしながら早口で尋ねるダーク。
しかし、ガーダーヴェルトからの応答がない。
見ると、彼は信じられない物を見る様な眼でダークを見ている。
彼の中で、とても信じがたい事が起こっている様子だった。
その様子に、ダークはふっと口元に笑みを浮かべて、ガーダーヴェルトの肩を叩く。
「言っただろう、タダで他所の国の人間を守る軍隊はここにいると」
「…あ…ああ!ありがとう!」
ガーターヴェルトは我に返り、笑みを返して頷いた。
ダークもそれに頷き返すと、再び表情を引き締める。
「それで、村長と団長は?」
「わからない、団長も、村長も…皆をおいて逃げる様な連中じゃないはずだが…」
「わかった、でかい虫は我々が村の外へ追い出している、俺が村長と団長を探すから、君は建物に村人を集めて立て籠もるんだ、間もなく我々の援軍が到着する」
ダークに指示を出され、ガーダーヴェルトは一瞬、戸惑った表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締め、頷いた。
「わかった!任せてくれ!」
「頼む、村長の家は?」
「村の中央の青い屋根の家だ!」
ガーダーヴェルトはハーゴと自警団員達を振り返ると、集会所へ向かう旨を伝えて移動し始める。
彼等の移動がスムーズに行われ始めたのを見届けると、ダークは彼等にその場を任せ、村長を探しに村の中心へと向かった。
昼間のやりとりで、ガン少年村長にこういう状況で周囲を見捨てて一人で逃げる度胸などはないと、ダークは考えていた。
そして昼間見た自警団の団長も決断力やリーダーシップが特別優れているようにも見えない。
もし、自分が自警団の団長なら、まずはどう行動するだろうか。
急な巨大な敵の襲撃を受けて、自分だけでは判断が取れないのだから、まずは自分に責任が及ばない様に、村長や重役達に指示を仰ぎに行くだろう。
ガン少年村長に指示を出す能力が無くても、横のあの男性ならば何かしら適切な指示を出せるはずだから、本来ならば団長や村長達がまとまってこの場に現れているはずである。
だが、彼等はいない、何故か。
この事態を引き起こしている凶悪犯は少年少女を狙う変質者だ。
即ち…。
やがて、ダークの前に屋根が青く塗られた、他の家に比べて少し広く、大きな家が見えてきた。
その玄関のドアは乱暴に破壊されている。
「う!」
破壊された玄関から屋内に入りこんでみると、自警団の団長が首をあらぬ方向に曲げて倒れていた。
既に息を引き取っており、首筋には手形のあざが見える。
「やはり!村長!!」
「助けてぇ!!助むごっ!」
ダークの呼びかけに応じて、奥の部屋からくぐもった悲鳴が聞こえてきた。
素早く駆け寄り、扉を蹴破って室内を見ると、部屋の中央に縛られて猿轡をされたガン少年村長が倒れている。
だが、縛り付けた凶悪犯の姿は見えない。
(罠だ)
そう感じたダークはすぐ横にあったクローゼットを手にしたツェット合金棒で一撃した。
クローゼットが粉砕される直前、ドアが素早く開いて人影が飛び出してくる。
縞模様の囚人服、ドレッドヘアーに白塗りの様な顔、間違いなくアルフヘイムの犯罪者、ゲフェングニスだ。
素早くダークに掴みかかってくるゲフェングニス。
それをダークは手にした盾でゲフェングニスを受け止めて弾き飛ばし、反撃にツェット合金棒を振りかざした。
だが、ゲフェングニスは棒の一撃を上体をそらしてかわし、勢いよくダークの懐に飛び込んでくる。
素早く蹴りで牽制し、距離をとって棒を構えなおすダーク。
「……」
するとゲフェングニスは不敵に笑い、手を口に持ってきて指笛を短く鳴らした。
(虫を呼ぶつもりか!)
相手の行動の意図を察したダークは棒を振りかざしてゲフェングニスを攻撃するが、既に遅い。
棒の一撃はかわされ、窓を叩き割って数体のボール大の虫が室内へと飛び込んできた。
「くっ…」
盾を構えてそれを防ぐダークだったが、その間にゲフェングニスがガン少年村長を抱え上げ、窓から外へと逃げていく。
「待て!」
後を追おうとするダーク。
「ううう!!う~!」
だがその時、近くから男のくぐもった悲鳴が聞こえた。
声のした方を見ると、先程は死角になっていた別の部屋で、昼にガン少年村長と一緒にいた初老の男が猿轡を噛まされて倒れており、今まさに虫に食いつかれようとしている。
「くっ!」
放っておくわけにもいかず、男に駆け寄り、虫を殺し、猿轡をとってやるダーク。
彼の両手足はへし折られており、苦痛で青い顔をしている男はぜぇぜぇと荒い呼吸で何か言おうとしている。
「大丈夫か!?しっかりしろ」
「……坊ちゃんを…私はいい、坊ちゃんを…」
弱弱しい声で、男はダークにガン少年村長の救出を懇願してきた。
しかし、窓からまだ虫は何匹も入ってきており、男を放っておいては食われてしまう。
ダークは男を担ぎ上げると外に飛び出した。
「わ…私はいい!頼む!早く坊ちゃんを追ってくれ!」
「五月蠅い!」
抗議して暴れる男を無視し、彼を抱えたまま家を飛び出すダーク。
周囲を見回すとガーターヴェルトが数名の自警団と村人達をまとめ、固まって虫の群れと戦っているのが見えた。
男を担いでダークがそちらに近づいていくと、それに気づいたガーターヴェルト達も、ダークの方へ向かって来た。
「すまん、この人を頼む!」
相手の反応を待たず、それだけ言って男をガーターヴェルトに預けると、ダークはガン少年村長が攫われた方向へと駆け出した。
ガン少年村長を攫い、ダークを撒いたゲフェングニスは、村から脱出して森の奥へ入っていた。
ゲフェングニスは周囲に追っ手の姿が無い事を確認すると、自分に抱えられてガタガタと震えている少年を地面に降ろし、怯える彼の前でおもむろに自らの服を脱ぎ始めた。
「ふっ!?うううう!!うううううううう!!」
何をされるのか察したガン少年村長が必死に身じろぎし、逃げようとするが、きつく縛った縄はびくともしない。
「ふうう!!ふううううううう!!うううううう!!」
芋虫の様にもがくガン少年村長の前で、ゲフェングニスは全ての衣類を脱ぎ捨てると、下品な笑いを浮かべながら彼に近づいていった。