ゲフェングニスは脱いだ自分の服の中から竹筒を取り出すと、中の液体を無理矢理ガン少年村長に飲ませてきた。
「ふぶっ!!ふうう!!ううううううう」
急な出来事に鼻から液体を噴き出しつつ、思わず液体を飲んでしまうガン少年村長。
その体がすぐにびりびりと痺れだし、異様に火照り始める。
「ふぁ…あああああ」
異常な体の状態に、声を上げてふるふると震えるガン少年村長。
その体にゲフェングニスが触れると、甘い痺れがそこから全身に伝わってくる。
太ももを、腹を、腕を、そっと撫でるゲフェングニス、その度にガン少年村長の体に痺れが起きて、やがて彼の股間をむくむくと膨張させていった。
「ぁぁ…何これ…」
自らの股間の変化に、今だ精通もしていないガン少年村長は狼狽え、身震いする。
そしてゲフェングニスはぷるぷると震えるガン少年村長のシャツをはだけさせ、少女と見まがう彼の胸を露出させ、その先を指でそっとつまんだ。
「んくっ!!」
今までとは比べ物にならない痺れに、ガン少年村長が声を上げた。
その時、背後の藪が激しくなり、飛び出した大きな何かがゲフェングニスに飛びついて、ガン少年村長から引きはがした。
ガン少年村長を探していたダークだ。
「~~~~!!」
気分が乗っていた所で引きはがされ、怒りをあらわにするゲフェングニス。
対し、ダークは手に持っていたツェット合金棒と盾をその場に置くと、片手でゲフェングニスに手招きをして見せた。
舐められた、そう判断したゲフェングニスは憤慨し、考える。
このデカブツは自分との態格差の有利に慢心し、油断している、その慢心につけこみ、組み付くふりをしてわき腹の急所に刃物を見舞ってやろう、と。
ゲフェングニスはそっと手の中にガラス片を握ると、ダーク目掛けて突っ込んでいった。
ダークは拳で迎撃するでもなくそれを受け止めんとどっしりと構え、ガン少年村長からはゲフェングニスの手の中のガラス片は見えない。
勝った!ゲフェングニスは勝利を確信し、ダークのわき腹にガラス片を力一杯突き刺す。
(!?か…硬い)
だが、ガラス片は何か硬い物に阻まれ、ダークに突き刺さらなかった。
そして次の瞬間、ゲフェングニスの視界が宙に舞い、背中を激しい衝撃が襲ってその意識を闇の中へと沈めていった。
投げ飛ばされて昏倒しているゲフェングニスの手足に手錠をかけると、ダークは刺された場所を手で触り確認する。
制服は少し裂かれていたが内側に着ているツェット合金製の頑強かつ超重量のボディーアーマーには傷一つない。
ダークは頷き、ゲフェングニスが身動きできない事を確認すると、ガン少年村長へと駆け寄った。
「さあ、もう大丈夫ですよ」
「隊長…さん…」
ダークに縄を解いてもらい、自由になったガン少年村長は目に涙を浮かべてダークを見上げ、熱く火照った体で抱きついてきた。
「もう大丈夫、怖い思いをしましたね」
そう言って、ダークは自分にしがみつくガン少年村長の頭をそっと撫でた。
それをきっかけに、ガン少年村長は大声をあげて泣き始める。
「怖かった!本当に怖かったぁ!」
「大丈夫、もう大丈夫です」
「体が…体が熱いんです…ジンジンするんです」
「え?」
胸元をはだけさせたガン少年村長が、涙目でダークを見上げてきた。
「僕、どうなるんですか?」
「それは……」
恐らく媚薬をもられたのだろう、とダークは察した、だが、それを幼い少年に上手く説明する術をダークは知らなかった。
彼の腕の中で、ガン少年村長は体を火照らせながらぷるぷると震えている。
「体が今まで感じた事が無い様なジンジンした不思議な感じで…」
「……村長さん、大丈夫です」
「僕のあ…あそこも…変な風になってるし……今もどんどん…熱くなって」
「落ち着いてください」
「助けて…隊長さん」
目を潤ませ、しっかりとダークの服を握りながら懇願するガン少年村長。
いつの間にかはだけた服がずり落ち、ガン少年村長は半裸になっていた。
少女と見まがう様な美しい上半身と胸を汗で濡らしながら、ガン少年村長はなおもダークにすり寄ってくる。
「隊長さん……僕は……僕は…」
それに対し、ダークは手を伸ばすと…。
「しっかりしろ!馬鹿者!」
割と力を込めて、その頬をぶん殴った。
軽い音と共にガン少年村長の体は吹き飛ばされ、近くの木にぶつかる。
顔を殴られた事など初めてなのだろう、殴られたガン少年村長は何が起きたかわからずに、頬を抑えて呆然となっている。
その胸倉を、ダークは力一杯つかんだ。
「君は曲がりなりにも村長だろう!!ならなんでもいいから胸を張るんだ!聞いてもらえなくてもいいから指示を出すんだ!次できないだの助けてくれだの言ってみろ!!俺がお前を殺してやる!!」
物凄い剣幕で睨みつけながら、ダークはガン少年村長に言った。
しかし、言われたガン少年村長は何も応えられず、再び目に涙を浮かべる。
温室で何の苦労も無く育った少年は、叱られることに頭がついていかないのだ。
そんなのできない、無理に決まっている、無茶を言うな。
そんな言葉がまたその口からでかかった。
「君の従者が手足を折られ、村人達が殺されてるんだぞ!!」
だが、次にダークが言ったその言葉に、ガン少年村長は媚薬の毒素で悶々としていたのも忘れ、はっとなった。
突然現れたゲフェングニスに、自らの危険も顧みず必死に立ち向かってくれた従者。
未熟な自分を、それでも受け入れて支えてくれた村人達。
彼等と、今彼等を襲っている理不尽な暴力への怒りを思い出したガン少年村長はダークの腕からもがき出ると、服を整えながら村へと走り出した。
「隊長さん!!」
顔から涙と言わず汗と言わず垂らし、どもりながら、ガン少年村長は燃える村へ走りながら後ろからゲフェングニスを担いでついてきたダークへ叫ぶ。
「ロントフたすげで…ぐれるんですよね?なら助けを…村長として正式に救援を要請します!」
振り返り、何とか言葉を紡ぐガン少年村長。
「勿論です!」
「おねがいじます!ぼぐも…みんなをだずげます!!」
「逃げ遅れた人を探して自警団の下へ案内するんです!これを使ってください!」
ダークはズボンの裾に隠し持っていたナイフを抜いて、ガン少年村長に手渡した。
少年村長はそれを受け取ると、燃える村の中へと入っていく。
勇気を取り戻した彼の背を眼で追ったダークは、改めて村の中を一望する。
中型の虫は自警団の奮闘で無力化されつつあり、火災の消火作業も始まっていた。
この場にダークがいる必要は無いだろう。
ならば、巨大虫と戦っている部下達が心配だ。
だが、ゲフェングニスを放っておいて救援に向かうわけにもいかない、拘束してあるとはいえ、相手は凶悪犯、死に物狂いで抵抗して抜け出し逃げ出しても不思議ではない。
とりあえず自警団と合流し、状況を整理しようと、ダークがゲフェングニスを担ぎ上げたその時、サイレンの音が響き、森の中から2台のパトカーが現れた。
巡視隊の他の小隊が到着したのだ!
停車したパトカーから隊員が素早く降車して村の中に広がり、自警団と戦う虫に銃撃を加え、消火作業へと加わっていく。
ダークがパトカーへ近づくと、それを見つけた各小隊の隊長が走ってきた。
「ダーク隊長!第二小隊、現着しました」
「第四小隊も同じく現着!」
第二小隊を率いるジュピター・セプテム中尉と、第四小隊を率いるドリュー・レグルス少尉が敬礼して現着を報告する。
到着している事は見ればわかるが、こういうのは気分の問題だ。
「よし!第二小隊はこの場に残り村人の救出とゲフェングニスの拘束を、第四小隊は俺と第一小隊の援護に向かってくれ!現在第一小隊は村を襲った巨大昆虫と村の外で交戦中だ、来い!」
「「了解!」」
ダークの指示に、ジュピターは素早くゲフェングニスの拘束を引き継いでパトカーに連れていき、ドリューは部下を集めてダークと第一小隊が巨大虫を誘導した方向へと駆け出した。
村から出て少し走ると、程なく森の中から旺盛な銃声が聞こえてくる。
銃声の方へ向かうと、全身から紫の血を滴らせ、もがいて手脚をでたらめに振り回している巨大虫が現れた。
第一小隊は軍曹以下全員無事で、その足元で全員無事に銃撃を継続している。
「撃て!撃て!」
ドリューが叫び、第四小隊も巨大虫目掛けて発砲を開始した。
ダークも懐の拳銃を抜いて銃撃を加える。
銃撃の数が増えて圧倒され、苦しみもがく巨大虫。
もはやこれまでとみたのか、巨大虫は木々をへし折り、森の奥へと逃げようとし始めた。
「逃がすな!脚だ!右の脚に攻撃を集中しろ!」
ダークの指示に隊員たちの火力が巨大虫の足に集中し、その姿勢が崩れ、巨大虫から悲鳴があがる。
「動きが止まった!」
「今だ!手りゅう弾投擲!」
動きの止まった巨大虫目掛け隊員達は一斉に手りゅう弾を投げつけた。
強力な爆発が立て続けに起こり、巨大虫は爆発に飲まれ短い断末魔を上げて倒れ伏す。
爆発が収まったのを確認し、隊員たちが木々の間から身を出すと、そこには半身と頭を失い、動かなくなった巨大虫の姿があった。
「迂闊に近づくな!こういう奴は頭が吹き飛んでも動くぞ!」
ダークがそう叫び、近づこうとした隊員を牽制する。
現に、頭と半身を失ってなお、巨大虫の足はぴくぴくと動いていた。
「隊長」
虫の動きが止まったのを確認し、軍曹と第一小隊員達がダークの下へと駆け寄ってきた。
ダークはそれを見回すと、しっかりと頷く。
「よくやってくれた、ゲフェングニスは拘束した、後は残った虫を駆逐し、村の火災を鎮火する」
「了解」
巨大虫が動かなくなるまで念の為に見張る人員を若干名残し、ダーク達が村に戻ると、更に2台のパトカーが到着していた。
既に人間の方が虫よりも数が多く、タンス大の虫の虫は全滅し、ボール大の虫も最早脅威を感じる数はいない。
「隊長」
「遅れて申し訳ありません」
森から出てきたダークを見つけた二人の隊員が、ダークの方へと駆けてきた。
新たに応援に来た小隊、第三小隊隊長、ファイタス・アンドロー少尉と第五小隊隊長、ロイド・リバース少尉である。
「状況は?」
「村内のモンスターの掃討はほとんど終わりました」
「負傷者の応急手当ても始めています、重傷者が5名程いて早めの治療が必要です」
「よし、各小隊は残敵の掃討と生存者の救出を継続、重傷者はパトカーで大交易所の病院へ搬送する、アイアン院長に無線連絡し往診の準備をしてもらえ、第五小隊、車の用意!」
「了解」
「第二小隊、合同調査報告書にゲフェングニス逮捕を報告しろ」
「既にゲフェングニス逮捕の報告は終えています、明日、護送の為の隊をアルフヘイムが派遣するとの事です」
「よし、かかれ」
ダークの指示を受けた各小隊は直ちに散らばり、各々の仕事をこなしていった。
朝日がロントフを照らす。
あちこちから上がっていた煙はすっかり収まり、村は静けさを取り戻していた。
その中を、青い服の兵士達が動き回り、黙々と瓦礫の撤去と、村中に散らばる虫の死骸の片づけている。
彼等は一晩中村を襲う虫達と戦った上、戦いが終わった後も当然の様に徹夜で村の復興を行っていた。
蟲の脅威が去った後、安堵した村人と自警団員達の多くは疲れで体が動かなくなり深い眠りについている。
そんな中で誰よりも動き、誰よりも虫と戦い、体を張って巨大虫を撃破しゲフェングニスを捕らえた巡視隊はほとんど休みも取らずに作業を続けていた。
そこにアルフヘイム正規軍の旗を掲げた馬車の一隊が現れた。
瓦礫の撤去を行っていたダークはそれを認めると、ファイタスと自警団員を伴って先頭の馬車へと近づいていく。
馬車の方も近づくダークを見つけ、中からエルフの女性兵士が後ろに数名の男女の部下を連れて降りてきた。
「通報した甲皇国の部隊か?」
「左様です、甲皇国第一巡視隊、隊長、ダーク・ジリノフスキー、以下24名、ゲフェングニスは車に拘束してあります」
「そうか、案内しろ」
無作法にそう言ってくる女性兵士に、ファイタス達はムッとした。
そもそもアルフヘイムがゲフェングニスを逃がす失態を犯し、その尻拭いを巡視隊がしているのだ。
本来ならば最初に何か謝罪の言葉の一つも言うのが筋だろうが、この女性兵士はさも当然の様に名乗りもせず、君主が配下から報告を受けるかのように振る舞っている。
「こちらです」
だが、言われたダークは表情を変えずに応対し、素直にゲフェングニスのいる車へ彼女達を案内する。
車の前につくと、見張りの隊員が一同に敬礼した。
返礼するダークの横を女性兵士が通りすぎ、隊員を無視して車の戸を開ける。
車内では逃走や車内で暴れるのを防ぐ為に鋼鉄製のワイヤーでがんじがらめに縛られ、猿轡を噛まされたゲフェングニスがぐったりとしていた。
女性兵士はそれをちらっと見ると、扉を乱暴に閉め、一歩後ずさるり、鼻を鳴らす。
「確認した、確かにゲフェングニスだ」
女性兵士は早口でそう言うと、ダークの方へ向き直る。
「ではこのままアーミーキャンプへ護送する」
「…?このままとは?」
「決まっているだろう、お前らのこの車に乗せてゲフェングニスをアーミーキャンプへ送るんだ」
女性兵士の言葉に甲皇国兵達は勿論、自警団員達もどよめいた。
「貴方方が逃がした犯罪者だろう、責任を持って連れていくのが筋じゃないか!」
頭に青筋を立てたファイタスが前に進み出て女に抗議する。
そうだそうだ!と後ろから声が上がった。
「何を言う、お前達が捕らえたのだ、責任を持って最後まで仕事にかかれ」
滅茶苦茶な事を言う女性兵士に、ファイタスが更に抗議しようと前に進み出るのを、ダークが手で制した。
「わかりました、アーミーキャンプまで…」
「待ってください!そんなのはおかしいです!」
横合いから一人の少年が、女性兵士とダークの間に割って入る。
ガン少年村長だ。
彼は大人の村人達が休む中、頑張って寝ずに作業を続けていたのだ。
「巡視隊の皆さんは単なる善意で戦ってくれたんです!本来ゲフェングニスを捕らえるのは貴方方だったはずだ!」
少年の言葉に、女性兵士は不快気な表情になる。
「何だ貴様は?」
「え…でも……あの……ぼ……」
「子供は引っ込んでいろ」
鋭い目で睨みつけてくる女性兵士に、ガン少年の気持ちの高ぶりは途端に冷めていった。
巡視隊に理不尽な事を言う女性兵士に少年は怒り、我慢できずに前に出たが、大の大人に敵意を向けられ、何もできなくなってしまったのだ。
そもそも、彼が最後に大人、父に逆らったのはかなり幼少の頃であるし、その犯行も偉大な父の前に完膚なきまでに叩き潰されてしまっている。
長い物に巻かれ、与えられる物に甘えるだけの人生だった彼に、目の前の女性兵士にそれ以上反抗する事はできなかった。
「村長の言うとおりだ、お前らがやれ!」
だから、村長に代わって大人達が立ち上がった。
村長の後ろからガーターヴェルトが進み出て、強い口調で女性兵士に言う。
彼の顔には、もう巡視隊に対する敵愾心は無い。
献身的に村の為に尽くしてくれた人達に理不尽な要求をする者に対する純粋な怒りだけがその顔に浮かんでいた。
「そそそ…そうです!」
ハーゴ・ナインファイブもどもりつつ進み出てくる。
更に起き始めた村人達もなんだなんだと集まり始め、ガン少年村長に事情を聴き始めている。
「あ…えっと…」
途端、後ろに下がり、弱気になる女性兵士。
相手が甲皇国であるのだから当然村の人々はろくな目にあっておらず、自分達に味方してくれるだろうという確信が彼女にはあったのだ。
だからこそ、理不尽な要求を突きつけ、自分達の負担を減らそうとしたのである。
「そう、だな、ふんっ、皇国の連中の力を借りる必要などない!我々がゲフェングニスを護送しよう、おいっ!」
「え?あ、はっ!!」
女性兵士に命令され、慌てた様子でゲフェングニスに近づいていく彼女の部下達。
だが、おっかなびっくりゲフェングニスに近づいたかと思うと、ひいっと悲鳴を上げてあとずさった。
「どうした!早くそいつを……ひ…」
女性兵士が部下達の間からゲフェングニスを見ると、ゲフェングニスは意識を取り戻し、物凄い目で彼女達を睨みつけていた。
その気迫の恐ろしさと異様さに、女性兵士も部下達も身動きができなくなってしまっている。
と、不意に厳重に拘束されているはずのゲフェングニスが立ち上がった。
驚き、懐から煙玉を取り出す女性兵士と、後ずさるその部下達。
だが、よく見ればゲフェングニスは横に建つ巨漢に抱えられ、ただ立たされているだけである。
「ファイタス、そっちを持て」
「はっ」
ダークだ、ダークが見かねて手を貸したのだ。
ダークに指示され、ファイタスが女性兵士の部下達の間を抜け、ゲフェングニスをダークと共に横にして持ち上げる。
「~~~~!!」
激しく身じろぐゲフェングニス。
女性兵士とその部下達はびくりと身を震わせるが、ダークもファイタスも意に介さず、ゲフェングニスを馬車へと運んでいく。
馬車の中に激しく暴れるゲフェングニスを入れると、ダークは女性兵士へと敬礼する。
「では、後はお願いします」
「え!?」
驚き、何事か抗議しようとする女性兵士を残して、ダークは馬車から歩み去っていく。
「よろしく」
「待て!待て待て!いや、最後までだな…」
「甲皇国の手を借りるまでもない、でしたっけ?」
ニヤニヤと女性兵士の顔を覗き込むファイタスに黙ってしまう女性兵士。
それを背に、ファイタスは調子にのって手等振りながら去っていく。
やがて、彼等は悔し気に馬車を駆って去って行った。
「もう逃がすなよ!!」
ガーターヴェルトの言葉に、一同から笑い声が上がった。
一しきり笑うと、ダークはガン少年村長の前に進み出る。
「では、後の復興はお任せして、我々はこれにて失礼します」
「え?」
驚く一同の前に、素早く巡視隊員達が集結し、横一列に綺麗に並んで一斉に敬礼する。
「ま、待ってください、何もお礼もしてないのに…」
「結構です、我々はただ純粋に仕事をしただけだ」
そう言って、ダークは優しくガン少年村長に微笑みかけると、隊員達とパトカーへ乗車していく。
「そんな…もうお別れだなんて…」
「そう、これでお別れです」
「え!?」
「我々が活躍し、貴方に必要とされる場面は、本来、あるべきではないですから」
もう一度敬礼をすると、ダークはパトカーに乗り込み、車を出発させた。
あっけにとられていた村人達だったが、せめて見送ろうと走ってその後を追いかけ、手を振る。
さようならー!ありがとおー!口々に巡視隊員にお礼を言う村人達。
その中で、ガーターヴェルトは改めて村を振り返ってみた。
何軒かの家や施設は燃え、尊い命も奪われてしまった、だが、本来ならば失われるはずだったろう多くの命が助かり、村の被害も自分達だけでなんとかなりそうな規模である。
もしあのままカラリェーヴァが暴れ続けていれば、ロントフは壊滅し、虫が溢れる森の中に逃げ散った村人達の多くは虫や、そのほかのモンスターの為に大勢犠牲になっていただろう。
彼等が、巡視隊がいち早く危機に駆けつけてくれたから、こうして皆で笑っていられるのだ。
「何だよ、あんな部隊もあったのか…。まだまだ俺の祖国も捨てた物じゃないじゃないか」
ガーターヴェルトはそう言って振り返ると、自分も力一杯手を振って、パトカーを見送った。
終