俺は東京に居た。
四国の田舎育ちの俺からすれば、東京はありえない街だった。
人が来て、人が行き、そして消えてはまた現れていった。
空は見上げないと見えなかった。
そんなありえない場所で唯一の救いは
自分の腹を満たしたいという欲求だけだった。
知人と合流するまでの空き時間に、
俺は個人が経営しているような小料理屋に飛び込んだ。
いらっしゃい。
適当に座れよというような目だったから、
それに従って適当に、カウンター席に座った。
生一つ。
はい。
俺と大将の間は、必要な情報だけが行き来した。
お兄さん、飛び込み?
え、はい。
カウンターの横の、30代くらいのお兄さんに話しかけられた。
ひどく酔っぱらってた。
お兄さん、言葉違うよね。出身はどこ?
四国です。
四国だって!四国!俺地理詳しいから四国のこともよく知ってるよ。
男はひどく酔っぱらってた。
四国って過疎化が進んで逆人口ピラミッドになってる所だよね?
俺は静かに頷いた。
四国って、アメリカの国旗を燃やすような所でしょ?
俺は静かに頷いた。
四国ってさ、毎日みんな避難訓練してるんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国ってスリランカのGDPと同じくらいの経済規模でしょ?
俺は静かに頷いた。
四国って1日1ドル以下で生活してる人が人口の10%くらいいるんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国ってカラーテレビあるの?
俺は静かに頷いた。
四国って本州からの補助金で財政が成り立ってるんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国ってアルビノの赤ん坊が高値で取引されるんだっけ?
俺は静かに頷いた。
四国って12月でも半袖なんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国って雨が降っても洗濯物取り込まないんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国ってゴミを分別しなくても持って行ってくれるんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国って駅前とかで平日の昼間から子供が花を売ってるところでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国って昔は流刑地だったんでしょ?
俺は静かに頷いた。
四国って増えすぎた野良犬と老人で頭を抱えてるところでしょ?
俺は静かに、ただ静かに頷いただけだった。
ごっそさん
男が立ち去ろうとするしたとき
僕も立ち上がろうとした。
でも僕はつま先一つ動かすこともできなかった。