マナシキは傍らの「創造主」を見上げた。
「創造主」は人間だったそうだが、生身のところはもうほとんど残っていない。義手や義眼にまみれたその姿は、ほとんどロボットのように見えてしまう。
彼は人工生命の研究者だ。これまでに数多くの生物を造り出してきており、マナシキもその成果の一つだった。
彼の「造り方」はかなり特殊で、新しい生命を生み出すためには人間の生体を核として使用する必要があった。動物で試したこともあったそうだが、人間の部位でないとうまくいかなかったらしい。しかも皮膚繊維のような小さすぎるものでは、十分な材料にならない。目や指など、最低でもそのぐらいの部位が必要となるそうだ。
ある程度の倫理観と責任感を備えていた創造主は、自らの体を切り刻みながら人工生命を生み出すことにした。マッドサイエンティストそのものの発想だが、他人に迷惑をかけないところが素晴らしいとマナシキは思っていた。
最初は目立たないところを少しずつ使っていたらしいが、徐々にタガが外れてしまい、最近では顔や腕も平気で捧げている。義手や義耳の技術が上がって、不便さをほとんど感じなくなったのも理由の一つかもしれない。マナシキは彼の左目から作られたという。
そんな創造主の行いは、ある王子の童話に似ているとマナシキは思っていた。
なぜその童話を自分が知っているのかはよくわからない。幼年期に創造主が聞かせてくれたのかもしれないし、あらかじめ埋め込まれていたのかもしれない。
自分の剣を、眼を、皮膚を捧げて他者を生かしたあの王子。彼はわかりやすく利他的であったが、創造主はどうだろうか。彼の行動は一見、自身の好奇心と追求心を満たすための完璧な利己性の結果に見える。しかし、マナシキをはじめとするいくつかの生物は彼によって生かされており、それは辞書的な意味では「利他的」にあたるのではないだろうか。あの王子の行いだって、自己満足だと言ってしまえば簡単に利己的になる。
文章の定義を何度確認して何度考えても、創造主がどちらにあたるのかはわからない。マナシキは純粋な利他性でも純粋な利己性でもいいから、実際に一度見てみたいと思っていた。
そんな創造主は先程からずっと、テレビを見つめている。
テレビの中では、大きな生き物が見知った街を破壊し続けていた。
これがフィクションではないことを証明するように、実際の窓からは振動と悲鳴が聞こえてくる。
街を焼き払っているその生物はマナシキよりも前に造られたものなので、創造主のどの部位からできたものなのかはわからない。生物の大きさや強さから想像するに、右腕あたりではないだろうか。
創造主はテレビの前から動かない。
電源をつけたときに握ったリモコンを離すこともせず一心にテレビに視線を注ぐその姿は、こんなものを造ってしまった自身を責めているようにも思えたし、自分の研究材料の行動を観察しているようにも見えた。もしくは既に何も考えられず、呆然としているだけなのかもしれない。
何を考えているか教えてほしかったが、創造主は口を材料に使ってから、全くしゃべらなくなってしまった。もともと口数が多いほうではなかったので、補償的な器官を作ることもしなかった。
テレビの映像から、巨大生物はもうじきこの一帯を破壊するであろうことがわかる。
このまま潰されて死ぬのはいやだな、とマナシキは思う。しかし、創造主を置いて逃げる気にはなれなかった。
自分はツバメの役なのかもしれない。
全てを見届け共に死んでいく、王子を支えたツバメ。
大きな地響きがして、天井からはらはらと砂が落ちてきた。
マナシキはもう一度創造主を見上げた。
彼の心臓が溶鉱炉でも溶けなかったら、そうしてもいい。