「おらも一度でいいから、うんとめんこい女っこ抱きてえ、仏様おねげぇしますだ」
長屋通りの片隅の子安地蔵に拝む男がいた。背丈四寸ばかりの小さく、ひどくみすぼら
しい容姿である。
小男は肥汲みを生業にしていて、貧乏長屋に住まいながら同じ長屋の皆から特に嫌われ
ていた。そういう仕事であった。
この日、大店ばかりの表通りを花魁行列通るというので、辺りの人はみなそこに押し掛
けた。横道まで鮨詰めといった具合で、この男が何事かと察して通りに向かった時には人
垣で毛も見えない有様であった。
「おらにも見せてくんろ!見せてくんろ!」
後ろの方でせわしなく動き回っていると、「五月蠅ぇ!」と怒鳴った男がすぐさまニヤリ
と笑って小男を人垣の股下に蹴り入れた。皆面白がって小男を前や左右に蹴りまわしてい
く。そういう遊びであった。
幸か不幸か人々に踏み抜き蹴り回しに遭っているうちに、前の方まで押し出され、つい
に目当ての花魁を見た。
しゃなりしゃなりと御付きをつけて練り歩く艶やかで洒脱な姿は小男の目に焼き付くこ
とになる。
それから三月十日、小男は子安地蔵に花魁を抱かせてくれと、お角違いの願を掛け、拝
み倒して限界を来す。頭も悪く我慢の利かない質であった。
「こっただ、こっただ祈ってやっても、抱かせてくれんのんか、花魁抱かせてくれんのん
か!」
小男は子安地蔵を蹴り倒し、滅多やたらに踏みつけた。いずこの自分ように。
すると、地蔵の祟りか仏罰か、男の姿は二目と見られない無残な姿に変えられてしまった
のあった。
場面は変わり、表門でも上等な新都楼の花魁が攫われたとの話が町中を駆け回って、蜂
の巣突いたような騒ぎが起こる。
楼の女将は喚きたて、番屋衆はあたり七つも駆り出され、飲み屋から野次馬はぽんぽん
ぽんと飛び出してくる、えらい騒ぎであった。
最も花魁はすぐに見つかった。楼の裏手の小路である。
番屋の若衆が御用提灯片手に問いかけた。
「姐さん!大丈夫ですかい!」
「見なんし、お前さん、ツンと触れなば果てなんした」
改めても人影などは見られず、ポツンとひなびたスルメが一枚落ちているばかりであっ
たという。