土日が明けて、文化祭一週間前。
先週はまだ前哨戦だったのだと思い知らされる忙しさ。
思ったよりも一週間の疲れが溜まっていたのか、土日ともに家からあまり出ずに過ごしていたのは正解だった。このまま行くと、文化祭の振り替え休日も同じような過ごし方になってしまいそうな、それほどの忙しさだ。
先週のように全体が生徒会長や副会長――福原だ――から割り振られる仕事を片付けていくのではなく、事前に決められていた各役職に付いてそれぞれの役割をこなしていく方法に変わり、作業内容も一新。
先輩と会う時間は減ってしまったが、正直会っても仕事以外のことを話している暇など無いだろう。
僕は普段の仕事が書記という事もあって、印刷関係全般の管理を割り当てられていた。
まぁそれだけで済むわけも無く、暇があれば他の仕事の手伝いもある。特に、生徒会室のパソコンの扱いは僕が一番詳しいせいで頼られることが多く、別の部署で必要な資料なんかを印刷してわざわざ施設まで運ぶ、なんてのもしょっちゅうある。
放課後という時間は思っているよりも短い。
それこそ最近は物騒な事件のせいで完全下校時間なんてものまでできてしまい、僕らは短い時間の中でなんとか文化祭の準備を進めていった。
そんなこんなをやっているうちに、今日はもう木曜日。文化祭までの準備時間は、あと一日を残すのみとなった。
今日木曜と明日の金曜は、特別に午後の授業をカットして、学校全体での準備期間として当てられる。各出し物の設営も進んでいるようで、まだ明日授業があるというのに教室の窓や扉に手を入れているクラスもちらほらとあった。
僕は今、保護者用のパンフレットの仕分けを行っている。各クラスの人数分にパンフレットを束にして、職員室まで持っていくのだ。
こんな作業は本当だったら一年生に割り当てたかったが、先週のアクシデントのせいで人が足りない。一年生は今、全員校庭でイベント用のステージ作りに追われているはずだ。力仕事じゃあないだけ、こちらの方がマシだと言える。
ガラッ!
勢いよく扉が開けられる。どこかぐったりしたように入ってきたのは福原だった。
「お疲れ」
「おー……」
返す言葉にも元気が無い。
「見に行ってきたの、外か?」
「そうだよ、もーまいった。あいつら男と見ると誰でも手伝わせやがんのな。こっちだって見物だけするために巡回してるんじゃねーんだからさー。もうちょっと立場を考えてくれっつーの」
自分の席にどっかりと腰を下ろすと、途中で買ってきたのだろう。ジュースの缶をあおる。ほとんど一気飲みかというペースで喉を鳴らし、ビールを飲んだおっさんのような息を吐いた。
「っかー! 力仕事は嫌だねマジで」
「そんなこと言っても手伝ってきたんだろ?」
そういうやつだ。なんだかんだ文句は言いつつも、求められたことは求められる以上にこなす。頼って損をさせない。だから人が集まる、人を集められる。
リーダーの資格というのは、こういうやつが持っているんだと思った。
「まぁな、そりゃあ頼まれたら断れないし。ほら、俺来月会長選挙もあるし? こういうところで点数稼いでおかなきゃ、ってな」
「はは、お前らしいよ」
全然本気を感じさせない笑い混じりの言い訳が、本当にこいつらしい。
「そうそう、会長の送別会の話なんだけどな」
福原はジュースを一口飲む。
「みんな疲れた振り替え休日にわざわざ呼び出すのもアレだし、いっそのこと勢いで日曜に後夜祭の後やっちゃってもいいかと思ってるんだけど、どう思う?」
「いいんじゃないか? 俺もこの調子じゃあ月曜はぐったりしてそうだしな、一年なんかはもっとキツいだろ」
「うし、じゃあそっちも含めて、もう一回行ってきますかねー」
福原は大きな伸びをするように立ち上がると、「あ、そうそう」とこちらへ振り返った。
「その送別会の金さ、明日もう集めちゃおうと思うんだ。土曜はそんな時間無いと思うし。とりあえず俺らは下より多く出すことにするから、それなりによろしくな」
「おう、了解。さすがにきっちりしてるな。次期会長さんは」
「いやいや、麗しの会長閣下のためですから」
それは冗談でのやり取りで、特に気に留める言葉ではなかったのかもしれない。
それでも僕は、聞かずにはいられなかった。何故だろう。多分、先輩も福原も、この生徒会長の引退という儀式を凄く大切にしているように感じたから。
「福原は、告白とかしないのか?」
「……それは、会長にって事だよな?」
少しの間の後、答えた福原の声はなんら変わりない、普段通りの声で僕には意外だった。あからさまな狼狽でも、逆に真面目な顔になるでもない、本当にいつも通りに福原は続けた。
「お前は?」
「は?」
「お前は告白しないのか、っつってんの。会長に」
「何で僕がするんだよ。大体、質問を質問で返すな」
僕が言ったことも、まぁ答えにはなっていないんだが、そこはおあいこだろう。
「お前が答えないなら俺も答えない」
頭の上で腕を組んで出口へ向かう。もうこの話は終わったとでも言わんばかりの態度に、僕はあわてて食ってかかった。
「ちょ……なんだよそれ! なんで僕が関係あるんだよ!」
福原は生徒会室の外へ出てしまうと、最後に扉の隙間から顔を覗かせ、
「本気で言ってないと思うから、俺には何も言えねーって。前にも言ったろ、勘違い君。キミはそろそろマジになった方がいいんじゃないかね?」
扉は完全に閉まって、生徒会室の中に一人取り残される。ここを空けて追うわけにもいかず、僕は作業に戻るしかなかった。
仕分けが終わり、職員室に行くかと腰を上げた時、すでに時間は夕暮れになっていた。作業を早めに切り上げたグループはもう解散しているだろう。
今日は大半の生徒会員がここ以外での作業だったため、誰かが荷物を取りに来たりという事も無い。
職員室の鍵を借りているのは僕だったし、今日はもう他に仕事をする時間も無いだろうと、僕は自分の荷物をパンフレットと一緒に生徒会室から出した。無理をすれば一回で運べない量ではないし、二回職員室まで往復するのも億劫だ。このまま鍵を返して直接帰ろう。
そう思って鍵を閉めたとき、後ろから声が聞こえた。
「あれ、高崎君。今上がり?」
声だけで分かる。振り返ると予想通り、学生カバンを肩から下げた織原先輩が立っていた。
「ええ、ちょっとこれだけ運んだら、鍵も一緒に返しちゃおうかと」
「うわ、それ一回で運ぶには多いよ。私ももう帰るところだし、ちょっと手伝う」
そう言って、ダンボールの中から一抱えくらいの量を取る先輩。
遠慮して断るほど多くも無く、社交辞令だと思うほど少なくも無い、絶妙なさじ加減だと思った。この人はこういう人だ。
「じゃあ、ちょっとお願いします」
「それで、代わりといってはなんなんだけどさ」
「え?」
見返りを求められるとは思わなかった僕は、少し驚いた声で返してしまったかもしれない。
「この後、ご飯食べに行かない?」
No believe(4)
学校の外に出ると、この前のように空はもう赤紫に変わってしまおうというところだった。近頃はほとんど同じ時間に学校を出ているんだから、当然といえば当然だが。
「ふー、思ったより寒いね。ちょっと前まではまだ夏休みかと思うほど暑い日もあったのに」
「そうですね、でももうすぐ十月ですから。むしろ今までの方が暑かったんですよ」
「かもね、そろそろマフラーでも付けてこようかな」
先輩首をすくませて腕を組み、体を縮こませるようなジェスチャーをする。
普段大人びている先輩が普通の高校生のようなしぐさをしているのがおかしくて、僕は小さく吹きだしてしまった。
「どうしたの? 笑ったりして」
そんな失礼なことをそのまま正直に答えるわけにもいかず、僕は「なんでもないです」とだけ言って、
「じゃあ、行きましょうか」とごまかすように促した。
学校と駅までの道は、バスなども頻繁に通るような幅の広い一本道だ。春には満開の花を咲かせる立派な桜並木も、今は葉がほとんど抜け落ちてしまっている。僕たちはその落ち葉を踏みしめるようにして歩を進めていった。
僕は先輩のやや斜め後ろを、上司に付き従う部下のように歩いていた。
こうして一緒に歩くと改めて思い知らされる。先輩は美人だ。
背筋をスッと伸ばし前だけを見て颯爽と歩く姿は、それだけで育ちの良さを感じさせ、目に付く長髪と端正な顔立ちは通りすがったうちの学校の生徒はもちろん、スーツ姿のサラリーマンや買い物帰りのおばさんまで振り向かせる。
そんな人の隣を堂々と歩くことなど僕にはできなかった。でも、おどおどと着いていく自分の姿を先輩に見られることも嫌で、僕は斜め後ろという位置から動けずにいる。
「そういえば、生徒会長が買い食いなんかしちゃ、マズいんじゃないですか?」
僕は一歩先を歩く先輩に声をかけた。
先輩は半身こちらに振り向くと、心底不思議そうな顔をする。
「なんで、生徒会長だと買い食いしちゃいけないの?」
「いや、そりゃあだって、校則に違反してるじゃないですか」
「そうじゃなくてさ」
体を完全にこちらに向ける。まっすぐに見られた目を、なんとか逸らさなかった。
「『生徒会長が』っていうのが、おかしいよねって話。他の生徒は好きなだけやってるよね。駅前のファーストフードなんて外から丸見えだし、コンビニで何か買って帰る人だって山ほどいる。じゃあどうして『生徒会長』はダメなの?」
正論だった。だからと言って校則を破っていい理由にはならない、と返すこともできたが、僕にはそれを告げることはできなかった。
「それは……そうですね。僕の言い方が間違ってました。すいません」
軽く頭を下げた僕に、先輩は戸惑ったように手を振った。
「いや、そんな深刻にして欲しくて言ったんじゃないから、気にしないで」
さっきのは、明らかに僕の失言だ。
先輩は以前、自分が『会長』と呼ばれていることを気にしていた。僕もせっかく『先輩』と呼ぶのにも慣れてきたのに、また先輩を生徒会長として扱ってしまった。学校の外なのにも関わらず。
僕が軽く俯いて歩いていると、先輩はおどけたように付け足した。
「それにしてもさ、高崎君でも謝ることがあるんだね」
それは予想外の言葉だった。僕は顔を上げてわけがわからないという顔を先輩に向ける。
「僕だって悪いと思ったら、普通に謝りますよ?」
「いや、それはそうなんだけどね。私、高崎君が人に謝るの初めて聞いたから」
そんなことを言われたのは初めてだ。そんなに自分は謝っていないだろうか?
いや、そもそも、人間普通に生きていたら人に謝ったりしない方がいいに決まっている。僕は怒られて喜ぶような人間でもないし、自分の不利益になるようなことはできるだけ避ける。
先輩が、謝らないという事をそこまで気にする理由も分からなかった。
「ほら、最近ってみんな何か人の機嫌損ないそうな事があると、別に悪いことをしてなくても口癖みたいに『すいません』って言うでしょ?」
先輩は僕の疑問に答えるように、話を続ける。
「自分に非が無いと思うのに謝るのは、自分の行動に自信が無いからだと思うんだ、私は。役職のある立場に立つことが多いからかな、この前言った『会長』って呼ばれ方もそうなんだけど、何かにつけて『すいません』って謝られる機会も多かったのね?」
先輩は前を向いて歩みを速めた。気が付けば僕たちは、ほとんど足を止めて話をしてしまっていたらしい。空はもうすっかり夜らしい黒に染まっていた。
「みんなが顔色を伺ってくる、関係ないところで謝ってくる。なんだか、私が怯えさせているような気になってくる」
学校の外だからだろうか、先輩の表情は学校で見るよりも、素に近いような気がした。起伏が表に表れているというのだろうか? 口数も多いような気がする。
「ほとんど話さなかったっていうのもあるけど。高崎君は先生に対しても謝ってるってのを本当に見たこと無くて。だから、高崎君って自分の行動にちゃんと自信を持ってるんだなーって、そう思ってた」
先輩はいたずらをした子供のような笑顔で僕を見た。その視線をなんとか正面から受け止めながら口から出た言葉は、全然食い違っていると自分でも分かっていた。
「……さっきのは、僕に非があるから謝ったんです」
「うん、知ってる」
その声は、なぜか嬉しそうな響きが混じっているように聞こえた。もっとも、先輩はもう前を向いて歩いてしまっていて、表情は僕からは見えなかったが。
僕は前に出てそれを確認するでもなく、相変わらず斜め後ろを付き従うように着いていく。
話している間に駅周辺までやってきていた僕たちは、駅前のバスやタクシーの停まっているターミナルを大きく回って駅へと向かう。
ここまで学校からまっすぐほとんど道を曲がることもなく歩いてきたが、僕たちの一緒に歩いている目的は『ご飯を食べに行く』ことだったはずだ。
どこで食べるか、などをすっかり聞きそびれていたが、このままだともう駅に着いてしまう。先輩と帰ることなどこれが初めてだから知らないが、電車に乗って降りる駅まで一緒という事は無いだろう。先輩はどこで何を食べる気なのだろうか?
その辺りを訪ねると、先輩は駅の方を指差した。
「とりあえず駅まで行こう。そうしたらすぐに分かるよ」
諦めて着いていくと、先輩は駅の改札へと上るエスカレーターに乗ってしまう。おいおい、本当にこのまま帰るのかと思うと、先輩は切符売り場を通り過ぎて反対側の階段を下りていった。
うちの学校から見て反対側にあたる南口側は、学生がよく利用するために栄えている北口側と違ってほとんど何も無いと言ってもいい。コンビニが一軒と、流行っていないファーストフード店があるだけだ。
先輩が向かったのは、まさにそのファーストフード店だった。
「じゃ、とりあえず入ろうか、高崎君」
「ふー、思ったより寒いね。ちょっと前まではまだ夏休みかと思うほど暑い日もあったのに」
「そうですね、でももうすぐ十月ですから。むしろ今までの方が暑かったんですよ」
「かもね、そろそろマフラーでも付けてこようかな」
先輩首をすくませて腕を組み、体を縮こませるようなジェスチャーをする。
普段大人びている先輩が普通の高校生のようなしぐさをしているのがおかしくて、僕は小さく吹きだしてしまった。
「どうしたの? 笑ったりして」
そんな失礼なことをそのまま正直に答えるわけにもいかず、僕は「なんでもないです」とだけ言って、
「じゃあ、行きましょうか」とごまかすように促した。
学校と駅までの道は、バスなども頻繁に通るような幅の広い一本道だ。春には満開の花を咲かせる立派な桜並木も、今は葉がほとんど抜け落ちてしまっている。僕たちはその落ち葉を踏みしめるようにして歩を進めていった。
僕は先輩のやや斜め後ろを、上司に付き従う部下のように歩いていた。
こうして一緒に歩くと改めて思い知らされる。先輩は美人だ。
背筋をスッと伸ばし前だけを見て颯爽と歩く姿は、それだけで育ちの良さを感じさせ、目に付く長髪と端正な顔立ちは通りすがったうちの学校の生徒はもちろん、スーツ姿のサラリーマンや買い物帰りのおばさんまで振り向かせる。
そんな人の隣を堂々と歩くことなど僕にはできなかった。でも、おどおどと着いていく自分の姿を先輩に見られることも嫌で、僕は斜め後ろという位置から動けずにいる。
「そういえば、生徒会長が買い食いなんかしちゃ、マズいんじゃないですか?」
僕は一歩先を歩く先輩に声をかけた。
先輩は半身こちらに振り向くと、心底不思議そうな顔をする。
「なんで、生徒会長だと買い食いしちゃいけないの?」
「いや、そりゃあだって、校則に違反してるじゃないですか」
「そうじゃなくてさ」
体を完全にこちらに向ける。まっすぐに見られた目を、なんとか逸らさなかった。
「『生徒会長が』っていうのが、おかしいよねって話。他の生徒は好きなだけやってるよね。駅前のファーストフードなんて外から丸見えだし、コンビニで何か買って帰る人だって山ほどいる。じゃあどうして『生徒会長』はダメなの?」
正論だった。だからと言って校則を破っていい理由にはならない、と返すこともできたが、僕にはそれを告げることはできなかった。
「それは……そうですね。僕の言い方が間違ってました。すいません」
軽く頭を下げた僕に、先輩は戸惑ったように手を振った。
「いや、そんな深刻にして欲しくて言ったんじゃないから、気にしないで」
さっきのは、明らかに僕の失言だ。
先輩は以前、自分が『会長』と呼ばれていることを気にしていた。僕もせっかく『先輩』と呼ぶのにも慣れてきたのに、また先輩を生徒会長として扱ってしまった。学校の外なのにも関わらず。
僕が軽く俯いて歩いていると、先輩はおどけたように付け足した。
「それにしてもさ、高崎君でも謝ることがあるんだね」
それは予想外の言葉だった。僕は顔を上げてわけがわからないという顔を先輩に向ける。
「僕だって悪いと思ったら、普通に謝りますよ?」
「いや、それはそうなんだけどね。私、高崎君が人に謝るの初めて聞いたから」
そんなことを言われたのは初めてだ。そんなに自分は謝っていないだろうか?
いや、そもそも、人間普通に生きていたら人に謝ったりしない方がいいに決まっている。僕は怒られて喜ぶような人間でもないし、自分の不利益になるようなことはできるだけ避ける。
先輩が、謝らないという事をそこまで気にする理由も分からなかった。
「ほら、最近ってみんな何か人の機嫌損ないそうな事があると、別に悪いことをしてなくても口癖みたいに『すいません』って言うでしょ?」
先輩は僕の疑問に答えるように、話を続ける。
「自分に非が無いと思うのに謝るのは、自分の行動に自信が無いからだと思うんだ、私は。役職のある立場に立つことが多いからかな、この前言った『会長』って呼ばれ方もそうなんだけど、何かにつけて『すいません』って謝られる機会も多かったのね?」
先輩は前を向いて歩みを速めた。気が付けば僕たちは、ほとんど足を止めて話をしてしまっていたらしい。空はもうすっかり夜らしい黒に染まっていた。
「みんなが顔色を伺ってくる、関係ないところで謝ってくる。なんだか、私が怯えさせているような気になってくる」
学校の外だからだろうか、先輩の表情は学校で見るよりも、素に近いような気がした。起伏が表に表れているというのだろうか? 口数も多いような気がする。
「ほとんど話さなかったっていうのもあるけど。高崎君は先生に対しても謝ってるってのを本当に見たこと無くて。だから、高崎君って自分の行動にちゃんと自信を持ってるんだなーって、そう思ってた」
先輩はいたずらをした子供のような笑顔で僕を見た。その視線をなんとか正面から受け止めながら口から出た言葉は、全然食い違っていると自分でも分かっていた。
「……さっきのは、僕に非があるから謝ったんです」
「うん、知ってる」
その声は、なぜか嬉しそうな響きが混じっているように聞こえた。もっとも、先輩はもう前を向いて歩いてしまっていて、表情は僕からは見えなかったが。
僕は前に出てそれを確認するでもなく、相変わらず斜め後ろを付き従うように着いていく。
話している間に駅周辺までやってきていた僕たちは、駅前のバスやタクシーの停まっているターミナルを大きく回って駅へと向かう。
ここまで学校からまっすぐほとんど道を曲がることもなく歩いてきたが、僕たちの一緒に歩いている目的は『ご飯を食べに行く』ことだったはずだ。
どこで食べるか、などをすっかり聞きそびれていたが、このままだともう駅に着いてしまう。先輩と帰ることなどこれが初めてだから知らないが、電車に乗って降りる駅まで一緒という事は無いだろう。先輩はどこで何を食べる気なのだろうか?
その辺りを訪ねると、先輩は駅の方を指差した。
「とりあえず駅まで行こう。そうしたらすぐに分かるよ」
諦めて着いていくと、先輩は駅の改札へと上るエスカレーターに乗ってしまう。おいおい、本当にこのまま帰るのかと思うと、先輩は切符売り場を通り過ぎて反対側の階段を下りていった。
うちの学校から見て反対側にあたる南口側は、学生がよく利用するために栄えている北口側と違ってほとんど何も無いと言ってもいい。コンビニが一軒と、流行っていないファーストフード店があるだけだ。
先輩が向かったのは、まさにそのファーストフード店だった。
「じゃ、とりあえず入ろうか、高崎君」