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Four Feelings For you(1) -Spring(1)-

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 幼馴染という存在ほど、恋愛対象としてやりにくいタイプは無い。と、俺は思う。
「ねぇ、ハルはもうセックスとか……したことある?」
 朝っぱらの道端で、出会い頭にこんな場違いな事を言いだすような奴ならなおさらだ。
「……はぁ?」
「いや、だからセッ……って、分かるでしょ! 何度も言わせないで!」

 マンガか小説の世界だと、「今更異性としてなんか見れない……」なんてことを言いつつウジウジした恋愛をしてるやつがゴロゴロいるが、現実に幼馴染を持った人間からすればとんでもない話だ。
 むしろ小さい頃から常に一緒にいるからこそ、最初に異性として認識してしまうのが幼馴染だったりするのだ。
 当たり前のように一緒に遊んで、当たり前のようにお互いの家に泊まりあったりとかして、一緒に家族旅行なんかしちゃったりして、気が付けば好きになってしまっていたりいる。
 考え直してみると、どこが好きなんだかも分からない。なんだかもう刷り込みみたいなもので、他の人間を好きになるなんて考えもできなくなってしまう。
 ホント、できるなら人生やり直したいと何度思ったことか。

 怒りのせいか恥ずかしさのせいか、顔を真っ赤にして声を張り上げる目の前の幼馴染――ナツキに、俺は深い溜息を吐いた。
「なんですかそれは。もしかしてノロケですか?」
「違います! もう、人がせっかく真面目に聞いてるのに!」
 憤慨したように言うナツキ。
「いやいや、そんなことを真面目に聞く方がタチ悪いから。せっかくの意味が分からないから。お前はちょっとTPOという言葉の意味を学んだ方がいい」

 フィクションでの幼馴染が現実と最も大きく違うところは、大きくなるにつれて会う時間がどんどん減っていくことだろう。
 家が近くだという事もあって、なんだかんだで一緒に登校したりはするし、それ以前に高校だって同じところに行っているのだから俺だってそう言えなくもないのだが、いわゆる『腐れ縁』などというものはそう都合よくあるもんじゃない。
 中学に上がったあたりから、男女での友達付き合いの形というのは少しずつ変わって行く。
 クラスも毎年毎年同じになんてなるはずもないし、付き合う友達も男女別々になっていくし、お互いの家に行くなんて恥ずかしくてできなくなる。
 それこそ、学校行事の後の打ち上げとか、クラス単位で遊ぶ時くらいしか一緒に外出なんてしなくなる。
 高校に上がれば、同じ中学からの連中は大体クラスをバラけさせられるし、そうなればそこからさらに新しい人間関係も出来上がっていく。
 幼馴染だからといって何か特別なことがあるわけでもなく、大勢いる友達の中の一人みたいになっていくものなのだ。

 顔を指差した指を叩き落して、ナツキはふんと俺がいる方とは逆を拗ねたように向いてしまった。
「知ってるよそのくらい! だって、ハルと二人で話す時なんて朝の今くらいしかないじゃん。他に聞ける時がないでしょ?」
「しょうがないだろ、ナツキは部活やってるんだし、放課後まで一緒にいたら俺がシュウに殺されちまうよ。……え、っていうか冗談じゃなくてマジな相談なわけ?」
 若干引き気味の俺に、ナツキは心外だとばかりに怒った顔を見せる。
「だからそう言ってんじゃーん。ほら、あたしとシュウ君ってもう付き合って三ヶ月くらいでしょ? 友達とかの話聞くと、そろそろ言い出してくるんじゃないのかなーって時期みたいでさ。どうしたものかなーと思って」

 恋愛対象として幼馴染はやりにくい。そう思うのは、そういうことを忘れてしまうからだ。
 遊ぶ頻度が少なくなっても、毎日一緒に登校していれば会う頻度自体は目立って減らない。だから、お互いの変化に気付けない。
 恋は盲目とはよく言ったもので、しかもそれが幼馴染ともなるとやっかいな勘違いまで発生する。
 相手に恋人ができる可能性なんて考えもせずに、いつの間にか、言葉にしなくても、自然と自分がその枠に収まっているだろうなんて、自分に都合の良過ぎる妄想だと気付いた時には時すでに遅し。
 別々の人間関係の中で一年も過ごせば、こっちの知らないうちに彼氏ができちゃってたりするわけだ。
 二年生になって同じクラスになった俺は、久しぶりにナツキと話して彼氏ができていたことをいきなり知らされて、腰を抜かすほど驚いた。しかも、それが俺の全く知らないやつと来たもんだ。
 シュウのやつはシュウのやつで、初対面の俺に敵意満々な視線を向けてくるしな。
 初めは「なんだコイツ」とか思ったけど、考えてみれば無理もない話だ。付き合い始めでまだ打ち解けきってない自分より、よっぽど親しげに彼女と話す男が同じクラスにいるんだから。
 実際、シュウは話してみると普通にいいやつで、俺やナツキとクラスは違うがナツキ経由で一緒に遊んだりもする。たまに二人で話す時だってある。まだ付き合いは三ヶ月だが、いい友達になれたと思う。
 まぁ、向こうがどう思ってるか知らないし、傍から見ればの話だけど。

「どうしたものかって……んなもんは二人の問題だろ? 俺が口出すもんでもないし、下手なこと言うとやっぱりシュウになんか言われそうだし、俺からは何も言えないって……」
「えー、あたしがシュウ君に言わなきゃいいんだしさ、ちょっと相談に乗ってくれるくらいいいじゃん!」
 まだごねるナツキの顔の前に、再び指を突きつけた。
「大体、そんなもん女友達に相談すればいいだろうが。少なくとも男に聞く話じゃない。相談乗るって名目で下手にうちになんて上がりこんでみろ? 付け込んでやらしいことでもするかもしれないぜ~?」
 精一杯の強がりで笑顔を貼り付けて、俺はナツキの顔を覗き込む。
 ナツキは俺の言葉に動揺する素振りも見せず、一瞬だけきょとんとした表情をした後、張り手で思いっきり俺の背中を叩いた。脱いだら赤く跡が残っていそうなほどに強くて、俺は思わず咳きこんだ。
「あっはは、ハルがあたしにそんなことするわけないでしょー。何言ってんのー?」
 大口を開けて笑うナツキ。その信頼に満ちた笑みが、今は心に痛かった。
 好きだと自覚しているのに、こんなにも近くにいるのに、だからこそ俺は自分からナツキに触れることができない。
 今みたいに冗談でなら、いくらでも向こうから触れてくる機会はある。でも、自分から手を出してしまうと気持ちが抑えられなくなりそうになる。
 相手ができてしまった今、これ以上距離が離れることが恐ろしい。
「でも、そういえばハルんちに最近行ってなかったよね。おばさんに挨拶する名目で上がりこんで、相談に乗ってもらっちゃおうかなー」
 お返しとばかりに、俺の顔を下から覗き込むように見上げてくるナツキ。不意に迫ってきた顔の近さに、思わず顔を背けてしまった。顔が赤くなっていないか心配だが、それを確かめるために頬に触れるのも不自然かもしれない。
 行動の不自然さをごまかそうと、俺はなるべく落ち着いた声で話を続けた。
「アホたれ。お前はもうちょっと彼氏がいるって自覚を持ってやれよ、シュウがかわいそうだと思わないのか?」
「シュウ君はそんな事で怒ったりしないから大丈夫だよ、ハルみたいに心狭くないしねー」
 あっけらかんとした表情で言うナツキに、ぎょっとした目を向ける。
 いやいやいや、それは違うだろ……。
 確かにお前に面と向かって言わないかもしれないが、それは言わないだけで絶対にシュウは俺のことを気にしてるはずだと思う。
 少なくとも、こうして一緒に通学していることに対して快く思っているなんて事は絶対に無い。それをナツキに言わない俺も、シュウに対して罪悪感がないわけじゃないが――
「……シュウに同情するよ」
「なんで?」
「お前がそんな性格だから」
「えー、それどういう意味!?」
「そのまんまの意味だよ」
 むー、と拗ねたような顔をするナツキを見ないようにして、俺は足を速めた。もちろん、簡単にナツキが追いつけるようなスピードで。
 これくらいの悪戯は許容してほしいと思う。普段から押し付けられるフラストレーションの対価としては、安すぎるくらいだろう。好きな人と一緒にいてフラストレーションなんて、そっちの方がずうずうしいか?
「あ、ちょっとー!」
 後ろから早足で追いついてきたナツキは、俺の方を見上げるようにして聞く。
「っていうかさ、自分は関係無いみたいな顔しちゃってるけど、ぶっちゃけハルの方はどうなわけよ?」
「どうって……何がだよ」
「だーからー、ぶっちゃけ、もうヤっちゃった?」
「……お前、発言がエロオヤジみたいだぞ」
 そんなバカ騒ぎに紛れてナツキの質問をのらりくらりと流しているうちに、俺たちは住宅街を抜けて駅前へとやってきた。
 俺とナツキは家から近いという理由で今の高校を選んだ事もあり、こうして歩いて通学している。
 高校に上がってからは自転車で通っていたのだが、ナツキが電車通学のシュウと付き合い始めてからは、駅から学校まで自転車を押して歩くのが面倒だからと、俺も道連れで徒歩になってしまった。
 駅前のロータリーを縦断するように通り過ぎ、俺たちが来た道から駅を挟んでちょうど反対側の文房具屋の横。ペンキが半分剥がれ落ちた時代遅れのポスト。そこが、いつもの俺たちの待ち合わせ場所だ。
 そこにはすでに、一組の男女が俺たちを待っていた。
「よーっす、おはよう! ナツキ、ハルも」
 手を挙げながら快活な笑みを見せた、短い茶髪をツンツンと逆立てた厚い黒フレームのメガネ男。そいつがシュウだ。
 小走りで近寄ったシュウが自然にナツキの横に並ぶのを見て、俺は反対にナツキからそっと離れた。いつ、誰が決めたわけでもないが、それがなんとなく毎朝の暗黙の流れになっていた。
「おはよう……」
 ナツキとシュウから離れて後ろについた俺の横に、そっと少女が並んで控えめ声をかけてくる。これもいつものことだ。
「ああ、おはよう。ユキ」
 うざったいほどの長髪を腰辺りまで伸ばした、寡黙そうなこの少女の名前はユキ。
 コイツはその……なんだ。アレですよ、アレ。
 いわゆる……俺の彼女だ。
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