ドンドン! ドンドン!
前田 シゲキ 36歳は、安アパートの自室のドアを激しくたたく音で目覚めた。
時計を見ると深夜2時。窓からは月の光が差し込み、玄関にいる誰かの影が部屋の中にのびる。
「返して!ヒロシを返してください! 返して――ッ!!! 息子を返して――ッ!!!返せ――ッこの人殺しッ!!!」
「煩いぞ! いつもいつも!今何時だと思ってるんだ!」
ドンドン! ドンドン!
「返して―――ッ!!!ううううっ……!!!」
ドンドン! ドンドン!
騒音にたまりかねたアパートの他の住人が怒鳴るが、一向にドアを叩く音は絶えず。年配の女性の叫び声が夜のアパートにこ響き続ける。
シゲキの住むアパートで、毎日続いている光景だ。
シゲキは布団を深く被り、ヒロシの母親が去るのを待つ。
ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!
ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!
ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!
ドンドン! ドンドン! ドンドン! ドンドン!……
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
まるで念仏でも唱えるように、ドアを叩く音にリズムを合わせるかのように、シゲキは布団の中で呟くようにヒロシの母親に謝り続けた。
一時間ほどもすると、やがて、ドアを叩く音がしなくなり、ヒロシはようやく布団から這い出るように起き上がる。
「……」
前田 シゲキは憔悴しきっていた。
一週間前、シゲキはトラックでヒロシと言う高校生を轢き殺してしまった。
シゲキは建築会社に勤めている雇われ大工だった。
シゲキが勤めていた建築会社は、不況時代に多くの従業員を切り捨てたことがたたり、景気回復に伴い大幅な人手不足となり、そのしわ寄せがシゲキに押し寄せてきのだ。
連日続く残業や休日出勤の所為で注意力が散漫になり、そんな時、建設現場に向かう途中であの事故が起こった。
ほんの一瞬の気のゆるみが、若い命を奪ってしまった。
勿論シゲキは生涯を駆けて罪を償うつもりで、慰謝料を支払う意思もあったが、ヒロシの母親は慰謝料の受け取りをかたくなに拒否し、毎日のようにシゲキの元へ訪れてくる。
「お金なんかいらないから、はやくヒロシを生き返らせて!」
まるで鬼子母神のような形相でそう言い捨てて、ヒロシの墓前の前で慰謝料の入った封筒をろうそくの火で燃やした母親の顔が、当時葬式に訪れたシゲキの脳裏にははっきりと刻み込まれている。
ヒロシの母親が本当は何を望んでいるのかは、薄々シゲキは理解していた。
建築会社はとっくに解雇され、当時結婚が決まっていた恋人からも別れを告げられ、全てを失い、贖罪すらも赦されないシゲキにとって、残された道は一つしかなかった。
翌日、シゲキは首を吊って自殺した。