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天元突破!!

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 それは、完璧な出会い頭ってヤツだった。
 リードされて、固くなっていたバッターが点を焦ってバットスイングが大振りになる事
はよくある。大抵そういう時のスイングは、力みすぎでや、タイミングが合わずに内野フ
ライ、なんて事になるものだ。
 ビヨンドマックス独特の伸びのある放物線を描いた打球は、澄み切った空に映えて

「同点だ!!」

 グラウンドルールで定められた、ホームランゾーンに消えていった。

「あちゃー……」
 健太郎が苦笑いで頬を掻いた。
 苦し紛れの無茶スイングがジャストミートしてしまったのだ。こういう当たりはやたら
と興奮剤的な作用を働き、チーム全体に気迫を取り戻す事が多い。

「ドンマイドンマイ!まぐれまぐれ!」

 マウンドに野手が集まる。まぐれとは言え、やっとこさ掴んだリードをあっとういう間
に埋められたという事態にピンチを察しているのだろう、外野手三人までその輪の中に入
っている。

「ほぼノーミスなのに、これは嫌な流れだ……」

 ビッグラッキーなだけあって、ワロースベンチでは監督の顔が未だに呆気にとられてい
た。こういう不測な事態の好転では、むしろ子供達の方が気持ちの入れ替えが早いのかも
しれない。何故自分は打てたか、そういった疑問を抱く事も少ないだろうから。
 ベンチ裏父母席のお母さん連中が悲鳴に近い声で、我が子のチームは一体今どういう状
況に置かれているのか解りかねている事を、わざわざ周囲に伝えている。本人達にはその
つもりは一切ないのだろうが。

「監督は動かず……か」

 桜井は椅子に腰を下ろした状態で、じっとマウンドに集まっている選手達を見つめている。

「でも……さっきと組んでる腕が逆だぜ。心中穏やかじゃねーな」

 なんと細かいトコロを見ているんだこの男は。本人だって気付いていないはずだ。
 アスレチックスナインがそれぞれのポジションへと散っていった。それぞれがお互いに
明るい声を、笑顔でかけ合っている。土壇場での度胸ってのは、やはり実践する立場の方
が上か、やっぱり。
 モッさんが大きく、振りかぶった。

「おぉっ!やるなぁ……」

 健太郎の目が、モッさんの一球で輝いた。先程よりもゆっくりと、大きなフォームで投
じたボールは、ベンチの後ろで見つめる俺達の耳にも届く程に唸った、鋭いバックスピン
が掛かっていた。低め一杯、バッターのステップのタイミングが虚しい程遅れていた。

「あんな球が投げられるのに、今までなんで」

 俺の疑問に、健太郎がモッさんから目を外さずに答えた。

「今まで八割の力で投げてたって感じだな……」
「え?」
「二順目で調子が出てくるのはバッターだけじゃねぇよ。初っ端から全力で行くのは、先
発投手としてはあまり賢くないしね」
「………」
「ある程度の球数投げてギアを上げてきたんだろ。ま、少年野球でそういったピッチング
出来るっつうんなら……大したもんだね。それに」
「それに?」

 モッさんが鋭い真っ直ぐで打者を三球三振に仕留めた。ベンチから惜しみない喝采が送
られる。

「よっぽど仲間を信頼してなきゃ出来ない」一際力強く拍車を送って「……日頃から指導
者が良い教育をしているんだな」健太郎はアスレチックスを絶賛した。




 モッさんの気迫の投球は、同点に追い付き沸き立つ相手打線を再び沈黙させた。

「やっぱり……」

 健太郎が、桜井の目の前で円陣を組む選手達を眺めながら呟いた。

「何がさ?」
「指だよ。そこまで身長もないのに、小学生であれだけ伸びのある真っ直ぐ投げてるから
気になったけど……モッさん、肘から先と……指が普通の小学生に比べて長いんだよ」
「ふーん……」

 マウンドに一羽の鳩が降り立ち、喉を鳴らしながらトタトタとプレートの周囲を闊歩していた。

「ほれ、モッさんの足見てみれ」
「ウホッ、いいスパイク」

 モッさんのスパイクは、ミズノの最高級スパイクだ。
 強かに後頭部をシバかれた。

「このチンコ!スパイクの事じゃなくて」
「I know…確かにね」

 円陣を組み終わりベンチに並ぶ選手達を左から右へ、見比べる。平均的な小学生の身長
と言えるモッさんだが、身長に比べてそのスパイクの大きさは異様だった。大人並と言っ
ても過言じゃない。一般的に前腕部の長さと、足の長さは同じと言われている。

「ピッチャーも身長より指高って言われてるしね」

 鳩が飛び去ったマウンドに立ったワロースの投手は、それこそ身体全体が大人サイズと
いった、規格外小学生と形容して適当だ。
 六回のオモテ、日差しが高くなるにつれて剥き出しの選手達の腕に光るものが目立つよ
うになってきた。

「こらえろ……みんな、がんばれ」

 いつの間にか、そんな言葉が自分の口から漏れていた。
 両チーム、一歩も譲らない。力強く押していく投球があれば、豪快に打者が振り切り、
鋭い球際の打球には跳びついてバックが投手を助けた。
 そうして均衡状態を保ったまま、七回の攻防が終わった。


29, 28

  



 少年野球の延長は、展開よりも時間が優先されるため(幼い投手の身体的負担を減らす
目的もあるのだが)、延長戦に入ると、特別ルールが採用される。地域によって差が見受け
られるが、往々にして鬼畜で

「ワンナウト一塁三塁!打者一番から始めます!」

 どうみても鬼畜です本当にありがとうございました。
 まぁこのルール、型にはまってしまえば先攻が圧倒的に有利ではあるが

「おっしゃー電光石火でぶっ放すぞ!!」
「オォッ!!!!」

 このルールを熟知しているからだろう、再び気合を入れなおしたアスレチックスナイン
の表情は、皆力強い。小学生の野球とは思えない程の、意識の高さが伺えた。
 一球目、積極的というか……

「お約束だね」

 ほぼ自動的に走者二人が得点圏に立った。

「………」

 ワロースのバッテリーが、意味ありげな目配せを監督とパートナーの交互に交わした。

「おっ……おい」

 健太郎の力のこもらない驚きの声。彼のその視線の先にあったのは、ノーワインドアッ
プポジションでプレートに立つ投手の姿だった。お手本のようなコンパクトな投球フォー
ムから投じた二球目は低め一杯に入っていた。
 正直、俺ですら面食らったのだから、バッターが打ち気になるにはちょっと困難だった
ようだ。たちまち凡退してしまった。

「確かに牽制する必要はあまりない状況だけどさ……」

 奇襲作戦でしかない。だが、この窮地において力押しで二死目を取れたという事実は、
ピッチャーやっている奴にとっては安定剤と言える。あとは自分のペースで時間を取った
セットポジションで、制球を乱さなければ……

「ま、これでプレッシャー感じるのは打者の方が比率、高いよね」
 健太郎の言う通り、二番バッターが高目のボール球に手を出してしまい、内野フライに
打ち取られた。

「投手を誉めるしかないよ。すっげぇ度胸だ」

 全国にいる、彼のような優秀な投手が、中学を経て名門校へと進学していく。確かにそ
れを考えると、桜井がここで子供達を育てる事に魅力を感じるのも解る気がする。
 だけど、それで良いのだろうか。そこが、お前が彼等と同じ場所に立っていた時に……
まっすぐ望んだ場所なのか?

「なぁ、健太郎……」
「ん?」
「俺、コイツが……桜井と野球がしてぇ」
「………だろ?」

 マウンドへと歩み出したモッさんには、健太郎がダブッた。




 アスレチックスの選手達は、それぞれのポジションの定位置で足元をスパイクで均して
いた。絶好のチャンスにおいて、投手に完璧に抑えられたプレッシャーが、ベンチの父母
応援団から感じられた。

ざわ……

 重苦しく澱んでいながらも、落ち着きのない空気が漂っている。

「ざわ……」

 口で言うのはやめてくれませんか、健太郎さん。
 マウンド上のモッさんが、指先でボールを転がして、ゆったりとしたセットポジション
で投球練習を始めた。

「サードォッ!!」
「オォッ!!」
「ボールバック!!」

 再びフィールド上の選手達が足元を均し、中腰で懐にグラブを構えた。

「この回……」
「だぁー!ちょっと待った!」

 キャッチャーの号令を制止して、モッさんがやかましい声を挙げた。その眼は力強く……
ベンチに向かった。

「葬式じゃねぇんだよ!こっちゃ初っ端からピンチなのに……」一度、言葉を区切ってか
ら「あと一回だけ守るんだからな!俺達より先にガス欠してんじゃねぇよ!!」
「ざわ……彼による立場の反転した激励で、また空気が動き出して……アスレチックスベ
ンチに活気が戻った。スイーツ(笑)」

 だから口で情景を表現して、おまけに俺のモノローグまで邪魔するのはやめてくれ。し
かもスイーツ(笑)って何の事だ。

「あのさ、健太郎……」

 プレイがかかった。

「ん?」
「何でさ、モッさんは五回にヒットが打てたんだ?……かなり確信持ってたじゃん」
「ああ、あれか」

 面倒臭そうに後頭部を掻いて

「右膝……だろうな」

 さぞ、俺の頭上に疑問符が見えるだろう。さぁ続けろ健太郎。

「セットポジションで、プレートを踏んでた右足の爪先が少しだけど内側に向いていた」
「クセ?」
「クセっつうか……あの投球上仕方なく、じゃないかな」

 そう言うと、健太郎が俺の目の前でセットポジションの体制を取った。
「これが、あの時に相手投手がとったセットポジションだ。この膝をどう思う?」

 すこし……内向きです。

「踵をわずかにプレートに乗せてるくらいだけどな、これで投球に必要な動きの内で三つ
の関節の動きの一部を省略出来る、つまり」
「そうか……あらかじめ捻りこんでテイクバックから右の股関節の動きを省略出来るのか」
「そーゆーこと。で、モッさんは投手のこの膝を見てたんだろうな」

 わざとプレートを外す動きを見せてから、健太郎がそう言った。

「でも……これ、スゲーやりにくいぜ」

 健太郎の言う事は理に適ってはいそうだが、一塁手を専門にやってきた、比較的股関節
が柔らかい俺にとっても、この体勢はなかなか動き辛かった。

「一朝一夕じゃないね。日頃からこのフォームでシャドーを繰り返してるはずさ」

 そんな健太郎の解説には、感嘆が篭っていた。

「じゃあさ、なんで最初からこのフォームで投げないんだよ?」
「あらかじめ捻りこんでいたって百パーセントの体重移動を実現出来るようなモノじゃな
いんだろう。幾ら柔軟な関節が助けていても……上半身の力をいつも以上に使う。そうそ
う制球、球速が安定するとは思えないね」
「それを……小学生が見抜いたって事か?」

 先頭打者を、粘られた末にショートフライに打ち取ったモッさんを指差した。はっきり
言って、高校野球でもそうは見られないくらい高度な分析力だ。それだけに信じ難い。

「ま、そういう事だな。誰かさんの日頃からの入れ知恵が実ったんだろうけど」


31, 30

  



「ガアァッ!!」

 朝陽に映えるマウンドの真ん中、エースナンバーを背負った少年が雄叫びを挙げた。

「ナイピー!」
「俺は信じてたぜ!」
「テメー思いっきりバウンドおかしい送球したクセにフザけんなよ!!」
「ハッハッハッハッハ!お前の打席なんだから勝ち越せば問題なし!て言うかエロ本返せ
さっさと」

 試合中にも関わらず、この少年……モッさんはエロ本ネタのチャントをよく貰っている。
しかも人妻属性……末恐ろしい。

「性欲と野球の腕ってのはリンクしてるのか?」

 ワンアウト二、三塁の状況を、モッさんは見事に三者凡退で締めた。

「行っくぞお前等ぁ!」

 前の回と同じシチュエーション。凡退した一番、二番がベース上に立ってバッター三番
からのスタートとなる。

「おい、延長だぜ……ここまで良い所なかったんだし」

 バッターボックスに入る直前の三番バッターが、サインの確認の為に振り返った。桜井
はその打ち合わせには応えずに、力強く

「ヒー」
「ヒーローになって来い!!ショウタ!!」
「………」

 激励したかったみたいなのだが、その台詞を見事にウェイティングサークル内のモッさ
んに強奪された。

「監督涙目」

 それは四字熟語にはならないなぁ健太郎さん。

「……こういう時に底力以上の領域が出てくるんだよな、勝つ方って」
「あん?」

 健太郎が怪訝なツラをした。

「大抵の奴はさ、精一杯とか言いながらも……失敗すんのが怖くて、笑われんのが怖くて
限界ってモノをさ、実際よりも結構手前に設定してるんだよな」
「………」
「だからかもしれないけど、そいつを突破する時、つーか突破した時ってのをさ……気付
くのってそれが終わった後なんだよな」

 カウント2-1、一球の様子見とファールチップを含めて、四番からもお墨付きを貰っ
たバッターはボールをよく見ている。
 太陽は春の陽気の顔をしている、だけど気温はそれ程過ごしやすいとは言い難い。ベン
チ裏応援団席の面々の格好は皆、若干厚着で着膨れしていた。そのような状況下で今、打
席を外したバッターの首周りは、俺達のいる場所からでも分かる程に噴出した汗で光り、
顎からはその雫が垂れていた。当の本人はそれを意に介していやしない様子だ。

「集中し過ぎて、ネガティブな事が全て頭の中から消えていくんだろうね。そうするとき
っと、ミラクルが起こるんだよ」

 それは雑念が少ない野球少年の方が、きっと。
 内角低めの直球が、吸い込まれるようにバットと衝突した。



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桜島ファイアー 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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