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16話…夢を形に変えていく僕らはそんな形new!!

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「これまでの球種は?」

「全部真っ直ぐ。明確なボール球だけは多分カーブだね。つーかフォームがまるでバラバ
ラだから一目瞭然だけど」

 ベンチ前で桜井に訊かれた。とは言え、健太郎も桜井も答えを分かっていたようで、ど
ちらかというと確認のためだった。

「セカン!」

 先輩から冴えない送球が返って来る。ショートも深い所に打たれたら当然で、セカンド
ゴロでも深ければバッターが間に合ってしまいそうだ。

「ショート!」
「サード!」

 ま、今日はあの二人に任せましょうか。

「ボールバック!」

 セットポジションから健太郎が放った真っ直ぐは、ほとんど手品としか表現しようがな
い素早さでホームベース上から一瞬だけ姿を消し、次の瞬間には投手の頭上を飛んでいた。

「ナイロー!」

 (捕球する野手に極力気を使った)桜井の送球は、申し合わせたかのように塁上の先輩
のグラブに収まった。

「さー三人で斬りましょう!」

 桜井の掛け声に応える野手の声は、適当なものだった。ま、期待の前提すらないけど。
 ゆっくりと振りかぶって、待ちに待った第一球が投げられた。
 ど真ん中に構えた桜井のミットへ、鼓膜のはち切れそうな破裂音が響かせてボールが収
まった。それから優に二秒、攻撃側から支給された審判と打者に、事態を把握するための
時間が必要となった。

「コールは?」

 桜井の催促を聞いてから、打者もやっとミットに目をやった。あのガチホモ草野球の初
回のシーンの再来だ。

「なんて嫌な記憶を呼び起こしたんだ!!」

 思わず定位置で叫んでしまった。危うく意識を冥界に謙譲するところだった……。あれ
で負けていたら、今頃後ろの処女を謙譲していたワケだが。
 二球目。健太郎のフォームになんの力みも見られない。本人にとっちゃ調整も兼ねての
イニングなんだろう。完全にシフトアップしているとは言い難い……のであるから恐ろしい。

「ツーアウトー!健ちゃ~ん!」

 書くも躊躇われる程に冷め切っている我が野手陣だが、ベンチのイケメンとスポーツ美
少女が何やら大興奮していた。

「まぁ……ね」

 ナインには彼等がひどく狂って見えるのだろうが、もっと高校生らしく野球をやってい
る奴等にとっちゃ、一年生でありながら超高校級の快速投手を見たら彼等の方がまともな
リアクションのハズなのだ。

「あわよくば……ね」

 口の中でそう、呟いた。健太郎のピッチングが彼等に貪欲に働いてくれるよう。
 結局、初回はまったく守備機会なく、ただ審判の右手が上がる仕草だけを見る作業に徹した。


「さ……やるか」
「やらないk「桜井君頑張ってー!」

 打席に向かう桜井の背中に、健太郎の言葉を掻き消しながら井上さんが黄色い声を浴び
せた。

「………」

 何故か死ぬ程残念な顔で項垂れる健太郎が、ネクストバッターズサークルから見えた。

「ランコー入ってねぇし……」

 ある意味、この先輩方のやる気の無さに感心してしまう。
 プレイがかかって初球。低めに置きにいったような棒球を、快音を残して桜井のバット
が捉えた。
 あーこりゃこりゃ、と見上げる健太郎の視線の先で、白球はそびえ立つネットの柵を越
えグラウンドを飛び出した。余裕のライト柵越えホームランだった。

「………」

 さすがにここまで分かり易い凄さを見れば、あの先輩達も我を忘れて驚いている。多少
狭い校庭ではあるが、あの角度であの飛距離なら神宮でもフェンス直撃か、あるいはそれ
以上の当たりだろう。まぁ、桜井のスイングスピードなら当たり前と言えるが。

「……続けよ」

 ホームインした桜井が、ハイタッチを合わせ様にそう言ってきた。回収したバットをベ
ンチに放り

「その申請が通る見込みは非常に……」

 そう返した俺の返事など、桜井の耳にはもはや届いておらず、人懐っこい笑顔の井上さ
んに頭を撫でられていた。

「あれはあれで」

 羨ましい。
 とは言え、ベンチへ帰り際に桜井が俺になんの情報も与えず、かつ続けという事なら、
その程度の投手という事だろう。
 初球、外角にボール。球種はカーブか、とても一球外したという感じではなく、本当に
コントロールミスというコースだった。
 頭の高さに二球程ストレート。カウントがボール三つになった。

「狙え狙え!」

 まぁ高校野球ではこの状況でも積極打撃ってのが多いけど

ガギッ

「ゲッ!」

 ドン詰まった。内角のベルトライン、色気出した結果がこれだよ。

「あるある!」

 健太郎、その「あるある」は語尾にwが十個くらい付いているだろう、笑うな。
 そんな気持ちで、ヤケクソにベースを駆け抜けた。

「……ん?」

 何かおかしい。

「お兄ちゃん!もうけー!」

 そうだ、送球が視界に入らなかった。俺がオーバーテイクして間もなくして、ファース
トミットがボールを収める音を聞いたのだ。

「マジで……?」

 ドン詰まりのサード真正面。多少打球の勢いは死んでいたが……ひでぇフィールディン
グだ。
 こうなると、次の打者の事もあり相手チームには同情しか生まれない。余計なランナー
を出してしまい

ギィッン

 一点で済むハズのモノが、二点謙譲する事になった。
 次打者の健太郎に投じられた初球は外角高目のボール球だったが、踏み込んでしまえば
ボール一つ半くらいストライクゾーンから外れようが関係なかった。無駄に引っ張ってラ
イトフェンスを越えてしまった。
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「レ・レ・レイプ♪」

 消費者金融よりもよっぽど恐ろしい。健太郎は鼻歌混じりでマウンドへ向かう。
 三点を得たその後、案の定我がチームの先輩達は、波打ったスイングでスローボールの
はるかに上の空間を切り裂いたり、ボール球に手を出し内野手に軽い腹ごなしの機会を与
えるなどして、攻撃を終わらせた。

「ふぅ……」

 居た堪れないのは、先輩方のやる気の無さに一人納得がいかずにピリピリしている井上
さんとベンチを温める健吾だろう。溜息が漏れる。

 そして

「省略!」

 マウンド上で歌舞いて程無く、健太郎は仕事を済ませてベンチに腰を下ろした。

「はは……」

 百四十キロ台のストレートを、電車道の如く桜井のキャッチャーミットに投げ込んで、
この回も奪三振三つ。この試合ノーヒッターなのは火を見るより明らかだ。

「多分、モッさんの方がよっぽど野球上手いぞ……」

 昨日の事、土曜日は女子ラクロス部がグラウンドを予約している為に、俺達は井上さん
も連れて桜井が指揮する小平アスレチックスの練習にお邪魔し、そこで調整をした。
 やはり美人の井上さんは小学生に大人気で、彼女自身も熱心に野球に打ち込む子供達を
見て、それまで悪かった虫の居所が直ったのか、終始笑顔で彼等の練習を手伝っていた。

「だからこの落差だとなぁ……」

 気持ちは分かるが、このやる気のない先輩達を見て、プレッシャーを感じるのが主に一
年の俺達という様子は、実に胃に悪い。
 相手投手は立ち上がりから見れば投球が丁寧になってきたようで、ストライクを先行さ
せてから際どいコースへのカーブを投げて三振を奪うスタイルで、我等の上位打線を封じ
出した。四番からのこの回を三者凡退に仕留めた。

「とはいえ……」

 さすがに健太郎や桜井を相手にするのは気の毒だ。
 この回も三点。俺は四球で歩いたんだが。

「なんか」

 健太郎達と一緒にいるってだけで、先輩達からは健太郎とかと同類と思われていたかも
しれんが、俺は本来打撃に関しては凡庸なモノなのだ。この試合で俺のバッティングの化
けの皮が剥がれやしないかとヒヤヒヤしていたが、こうも正直な投球をしてくれると気楽
だ。

 ふと相手のベンチに目をやると、全体的に倦怠感の漂う雰囲気が感じられる。当初は勉
強の合間の軽い息抜きくらいのつもりだったのだろうが、見事に期待を裏切られた感じだ
ろう。
 そして、この二人のライオンさんは、ウサギさんを狩るのに今ですらオーバーパワーだ
というのに

「桜井、次……五回からは全力で行く。頼むぜ」

 ギアをシフトアップすると。




「………」

 圧巻のラスト三イニングだった。これまで一球たりとも変化球を投げずにいた健太郎が、
遂にその投球の幅を披露しだした。

「スライダーはちょっと……な」

 帰りのバスの車中、金属バット相手じゃどうにもならないスライダーと健太郎が言った。
しかし、はっきり言えば欠点の欠点たる所以がまるで見えない内容に、彼の告白は信憑性
に乏しいものだった。

 スローカーブ、チェンジアップ、スクリュー、シュートの四つの変化球を織り交ぜた五
回以降の健太郎の投球は、これまで幾度と無く驚かされてきた俺や、健太郎の凄さを当初
を除き、これまで驚愕ではなく歓喜で容認してきた井上さんですら、言葉を失っていた。

「……先輩達のテンション低いな」

 健吾が俺に耳打ちしてきた。固まって乗車している俺達から距離を置いて、先輩達がバ
スの後方座席に静かに陣取っていた。


 驚くべきは、健太郎の恐ろしいコントロールだった。ストレートで百四十キロ台前半、
変化球もシュートがストレートに迫るスピードとはいえ、緩急を織り交ぜた変幻自在の投
球を桜井の要求したコースにほぼ正確に投げ込んでいた。高校レベルの技じゃない。

「そりゃぁ……ねぇ」

 先日、健吾がたどたどしく“恒例行事”と評したように、適当にわいわい野球やって、
試合の結果とかも気にせずに、さっさと終わらす暗黙の了解があったのだろうが、その空
気を新入部員が完全にぶっ壊したのだ。現に試合後のグラウンドに満ちた空気はある種異
常だった。






「それじゃ、お疲れ様です」

 居た堪れなくなり、一足早く降車する健太郎の後をコマネズミのように、俺達一年生軍
団が続いた。

「………」

 なんとなく、右折したバスの姿が曲がり角に消えるまで、言葉も無く見送っていた。
「……お腹、空いちゃったね」

 ややあって、口を開いたのは井上さんだった。

「あ、いや俺は……」

 今日は何も仕事してねぇから別に、と危うく続けるところだった。相手が相手だっただ
けに、実戦の緊張感というモノが途中から消えていたのもあり、腹が減る事なんてなかった。

「ラーメン……ラーメンなら美味くて安い店、知ってる」パタンと携帯を開いて「座敷で
食える、ミーティングしよう」健太郎が提案した。


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 若干シャッターの目立つ、有り触れた商店街の昼下がりの風景に、一際アクセントとな
っている派手な暖簾が見えた。

「前田メーン……」

 看板にグラフィティアートと共に書かれた店名だ。店内からはスネアドラムのよく効い
た……スヌープ・ドッグのBGMが聴こえてくる。

 ガラガラと音を立て、引き戸の向こうから臨めた風景は、BGMにたがわず薄暗い店内に
浮かび上がるように光るZIMAのネオン看板が目立つ……等間隔に並べられたテーブルが
無ければ、どちらかと言えばマニアックなCD屋にしか見えない様子だった。

「あれ……スティービー・ワンダーだ」

 ファンクなこの景色が自然なモノに見えてくるのは、俺に耳打ちした健吾が視界にいる
からか。壁には数々のアナログレコードのジャケットが飾ってある。

「いらっしゃ、健ちゃんだ……おかえり!」

 カウンター越しにわずかに窺えた、タオルを巻いた額から威勢の良い女性の声が飛んで
きた。暗いので小さなバスケットボールにも見える頭の主は、パタパタと足早にカウンター
から出てきて、サロンの前を軽くはたきながら俺達の前で立ち止まった。

「ただいま、今はアイドルタイム?」

 店内を見渡して、健太郎が女性に訊ねた。
 屈託の無い笑顔で俺達の前に立つ女性は、カウンター越しで顔が隠れるように背が小さ
く、比較的に度の低い赤縁のメガネをかけた、可愛い人だった。

「おじさんが、菜々子さんと話してる」店の奥の扉を一瞥して「で、試合はどうだった?」
女性が訊ねた。

「まぁまぁ、だね」

 そう答えて、健太郎が俺達に顔を向けた。

「従姉の蜜柑姉さん。うちで働いて貰ってる」
「健ちゃんからいつも聞いてます、よろしくね」

 彼女の浅いお辞儀まで見届けて、頭が状況に追い付いた。ここまでナチュラルに物事を
運ばれていれば分かる。というか奇抜過ぎた店の名前すら、いつもの健太郎を知っている
だけあって何かのネタとしか思わなかった。

「健太郎の家って……ラーメン屋なのか」

 内装にまったく説得力がないと感じているのが俺だけではない事が、井上さんや桜井の
顔を見てよく分かった。




 俺達が通された部屋は、思いっきり有り触れた男子高校生の一人部屋といったところで、
本棚の上段に飾られたトロフィーの数々に彫られた名前が、部屋の主を表していた。

「じゃぁさ、従姉さん……俺も母さんと大河に、今日の結果報せに行くよ」

 俺達一人一人にジャケットをかけるようハンガーを渡してから、健太郎がそう言った。

「うん、そうしなさい。みんなには……?」
「良いよ、親父に作らせるから」

 そう、と返事をして蜜柑さんが部屋を出て……じゃぁちょっと失礼、と俺達にことわっ
て、健太郎が続いた。

「………」

 重苦しいワケではないが、健太郎が広げた卓袱台を囲むように腰を下ろす俺達の間に沈
黙が居座った。
 いたたまれず、何気なく部屋を見渡した。マンガ本、同人誌、机には参考書とパソコン、
トレーニング用具、ニトリのパイプベッド。確かによくある男子高校生の部屋だが……

「綺麗に片付いて……るね」

 井上さんがそう漏らしたように、健太郎の部屋は生活感が薄かった。ただ、確実に全員
が見て見ぬ振りをしている、隠されてもいない本棚のエロ同人誌は、自重を促したくなる
程の存在感と、そして現実感を放っていた。

「お……」

 枕元には、一枚の写真が貼り付けてあった。
 二人の少年。右手にグラブをはめた、身長に比べて大分手足の長い方が

「全然変わってない……でも、小さい頃だね。かわいい」

 井上さんが俺の横から、覗き込むように写真を眺め、感想を述べた。
 俺の指が、もう一人の少年……右打ちの構えでバットを持つ、横の健太郎より大分小さ
い少年を指す。ダボダボのユニフォームから、ニョキッと生える小さな顔は、何処と無く
健太郎の面影があるが、何処か違う感じがする。

「この隣の子が」

 井上さんがそう言いかけた時、ガラリと引き戸が開いた。何かの間違いかと思うくらい
にたくさん立ち昇る白い湯気に遅れて、健太郎が姿を現した。

「お!良い匂いだ!」

 健吾がいち早く反応した。帰ってきた健太郎は、湯気の昇る器を載せた大きなトレイを
抱えてきた。器の形、そして一瞬で部屋中に広がる匂いから、それが何なのか解った。そ
して、健吾の反応の鋭さから、それが彼の好物だという事もすぐに気付けた。

「お待たせさん。今、あとのラーメンと胡椒とかも持ってくるから……」

俺のすぐ脇、卓の傍らに膝を突いてまずは三人前、俺達の前に置いて健太郎は部屋を後
にした。

「………」
「おお……良い匂いだなぁ、チャーシューいっぱいだ!」

 残りが運ばれるのを待ちかねている様子の健吾。口数は少ないが、腹が減っているのだ
ろう、桜井もじっと器の中心を眺めている。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 井上さんが不思議そうにこっちを見ている。俺はお腹空いたね、と適当な事を言ってから

「今、健太郎……」

 俺の横にきた健太郎から、醤油ラーメンの匂いに雑じってかすかに……線香の香りが漂っていた。
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