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第2ドロー

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 その船室には窓がなかった。だから夕陽も見えなければ水平線を埋め尽くす大海原も見えなかったが、門倉いづるはむしろそういう光の当たらない狭くて暗いところが昔から好きだった。母親に隠れているように言いつけられて何時間も押入れに閉じ込められたこともあった。そういうとき、いづるは現実を考えないようにした。
 考えたって意味がないから。
 何も変わったりはしないから。
 だから暗闇はいづるのよき友だった。
 現実も、自分自身さえも、見なくて済む。
 そういうわけだから、先客がいるのを目にした時は驚いた。ベッドが二つと豆電球がぶら下がっているだけの三等客室には、すでに血のようなワインレッドのシャツにホワイト・ジャケットを羽織った女がいた。真白坊の仮面を持ち上げて、素顔を晒す。いづるは胸に手を当てて、呼吸を整えてから、女の――ミギュオンの反対側のベッドに座った。

「なんでこんな狭い部屋にいるんだ」
「それは君に言われたくないなァ。このネクラ。ウジムシ。石もちあげるとビッシリいるヤツ」
「……相変わらず、子供みたいな悪口を言うんだなァ、ミギュオン」
「あはは、久しぶりだね、いづるん。いやはや、大変な騒ぎだったみたいだね、甲板(うえ)は」
「さすがに、厳選された賭博師たち……バラストグール、か。一癖も二癖もあるから、制圧に難儀してるよ」
「おもしろい船だったんだけどねぇ」ミギュオンは残念そうに肩をすくめた。
「沈めちゃうんだ、もう」
「うん」
「ね、聞いていい?」
「どうぞ」
「どうして、こんな船を造ったの?」

 門倉いづるは、疲れ切った素顔を、テレビの画面に向けた。そこでは最後のバラストグールの戦いが映し出されている。

「ずっと思ってた。あれからずっと。どうして自分だけ生き残ったのかって。こんな形だけど、僕はまだ生きてる。
 昔は、君みたいに考えてた。
 勝負は一度きり、人生もそう。だから命を賭ける価値がある。死ねば終わり。
 でも違う。
 最後まで戦って、その先に何があった? 数え切れないくらい多くの犠牲を出して、生き残っただけだ。負けたら終わり。だから本気になれる。本気になって、本気になって……本気になって……
 何もなかったんだ、ミギュオン。
 僕が欲しかったものは、何一つ手に入らなかったんだ。少なくとも、いま僕のそばにいてくれるみんなは、戦いで勝ち取った戦利品なんかじゃない。
 じゃあ、なんであんなに必死になって戦ったんだろう?
 戦って、なんの意味がある?
 なにも意味がないのなら、命には賭ける値打ちがないのなら、
 欲しいやつには、くれてやればいい。
 そう思った」
「……それで、勝ち進めば生き返れる蒸気船を造った?」
「そう。壊したかった。なにもかも。命の価値を。穢してやりたかった……」

 いづるはため息をつき、苦笑しながら背中を丸めてミギュオンを見上げる。

「これが僕の懺悔だ。気に入ってくれたかな?」
「そうだね、複雑な気分。殴ってやりたい気持ちもあるし、頭なでなでして慰めてあげたいとも思う」
「後者で頼むよ」
「そうしてあげたいけどね、ねぇ、見てよ」

 ミギュオンは腕組みをして、顎でテレビの画面を示す。いづるもずっと、それを意識している。

「真嶋慶が戦ってる。正真正銘、最後のバラストグールが」
「彼には悪いことをした」自分の痛みのように顔をしかめ、
「……こんな船を造らなければ、彼にはあんな地獄を味わわせずに済んだ」
「そうだね、地獄だ。助けてあげたい相手に、全身全霊で拒絶されて……
 それでも真嶋慶は戻ってきた。負けるつもりでいたはずなのに。
 なぜだと思う? 門倉いづる」
「…………」
「感じてないとは言わせない」
「…………」
「真嶋慶も、狭山新二も、君も、そしてわたしも、同じ。みんな愛されずに育った。この船に乗ったバラストグールはみんなそう。わたしたちが倒してきた相手も、全員そう。この船には愛されなかった魂でいっぱいだ。でも、みんな戦った。真嶋慶は、まだ戦おうとしてる。
 わたしたちには、見届ける義務がある。真嶋慶が選んだ地獄を、感じてあげる責任がある。同じ、生まれてこなければよかった、ただのお荷物(バラスト)として……」
「……きみも?」
「わたしだってね、あんま教えてないだけで、いろいろあったんだからね」仮面の隙間からミギュオンはじとりといづるを見、
「戦って、戦って、戦ったよ。終わりなんて、見えなかった。どうすればいいのか、わからなかった。だって、だって強ければさ。
 誰にも負けないくらい強くなればさ。
 愛してもらえるって、思った。
 力いっぱい、抱き締めてもらったって、いいはずだって、思った。
 君もそうでしょ、門倉いづる」
「……さあ、覚えてないな。そんなむかしのこと……」
「嘘つき」
「どうせ、負けて終わるだけだ。真嶋慶にもう、本当の意味で勝ち目はない。それなのに……」
「伝えようとしてるんだよ」

 ミギュオンは仮面を外して、テレビを見る。いままさに、第2追加ドローの札が、ディーラーから真嶋慶とリザイングルナにそれぞれ配られた瞬間だった。

「さすが君の造ったゲームだな」いづるも、テレビの中の真嶋慶の背中を見た。
「レートが上がりすぎて、いずれこうなる。気づいてたのか?」
「さあ、覚えてないね~そんなむかしのことン♪」
「おい……」
「見てご覧よ」


【第2ドロー】

 リザナ、
 頭部、頭部、頭部、右腕(NEW!)、左腕、左腕、左脚(3-1-2-1)

 慶、
 胸部(NEW!)、胸部、胸部、右脚、右脚、右脚、右脚(3-4)



「リザナが右腕、真嶋が胸部引きか」

 ぽつりといづるが言う。

「リザナはレイズデッドに一歩、いや一枚か、近づいたけど、真嶋慶は手役が強くなっていくだけ……このままじゃ、残りの5ドローを凌げないな」
「ずっとリザナに首狩りした反動かな。ちっとも頭部を引かないね、慶は」
「どっちが有利か……そうだ、賭けようか?」

 気の利いた洒落でも言ったつもりのような顔をしたいづるに、ミギュオンは核弾頭のようなため息をつき、人差し指を一本立てた。

「それ、もう上階(うえ)でやってんの」
「……………………」
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