トライアル(川崎競馬場) (H30.4.11)
わたしにとって山乃木さんとの出会いは大切なものだった--ハッキリそう認識したのは、福島競馬場での騎乗中だった。
「どけぇッ、川添ェっ!!」
どきません。
直線を迎えるまであとわずか。ここがわたしと、わたしの馬にとっての絶好位。今前を走っている馬は、コーナーを曲がり終わったところで多少外に膨れるに違いない。そうなれば、わたし達のウィニングロードが開かれる。
どくものか。それは、勝利への道を自ら閉ざすのと同じだ。
山乃木さんの強気な態度と声、意志の強そうな表情を思い出す。絶対に、どかない。
--ほら、開いた。
福島の直線は短い。今仕掛けなければ、別の馬に再度道を閉ざされるかもしれない。今行かなければ勝てない。
さぁ、行こう!
気持ちは強く、追い出しは軽く。この子は敏感な馬。激しくやり過ぎると逆にやる気を失う可能性があるし、何より、進路があれば馬は勝手に走ってくれる。促せばいいんだ。
思ったとおり、反応の速さはメンバー屈指。一瞬出来たスペースに迷わず飛び込む。抜ける。あっという間に一馬身、二馬身、三馬身。
勝った! ゴール前の残り半ハロンでそう確信したけれど、喜びは表さない。ゴール前にそういう競走と関係のない動作をしてしまうと、制裁を受ける可能性があるから。ゴール板を通過してから、わたしは小さくガッツポーズを使った。
ローカル開催の、土曜の第一レース、未勝利戦。そんな小さなレースで、いくら快勝とはいえガッツポーズを作るなんて、ネットで笑われてしまうだろうか? それでも別に構わない。どんなレースでも、一勝は、とても大切なものだから。
何より--自分を通して勝てた。それが嬉しかった。山乃木さんのいる位置にはまだまだ遠いけれど、ちょっとずつでも近づいていけている気がするから。
自分の中で、徐々に様々なことが好転し始めていると感じられるようになった頃、ちょうど開催が迫ってきた。
ネクストジョッキーズチャンピオンシリーズ。わたしの属する東日本地区予選は、五月十七日の川崎競馬場ナイター開催から始まる。
正直な話、楽しみで仕方なかった。川崎で乗るのも、ナイターに乗るのも初めてのこと。せっかくジョッキーになったのだから、色々なところで競馬に乗りたいと思うのは当然のことだと思うし、もし好成績を残せれば、先に繋がる。
そう、先には、山乃木さんとの対決がある。山乃木さんは愛知所属だから西日本地区。予選ではまず当たらない。つまり、お互い決勝に進むしかない。
とはいえ、山乃木さんはあれだけ勝てる騎手だ。きっと予選は楽に抜けてくるはず。問題はわたしだ。
十二月のファイナルに進むには、関東ジョッキーのなかで平均獲得ポイント第三位までに入らなくちゃいけない。関東からは十人もエントリーされているのだから、まずここでの競争に勝ち抜くのが大変ということになってくる。
そのためには、まずスタートダッシュが大事。緒戦の川崎ラウンド、連勝するつもりで臨まなきゃ!
初めての競馬場では、どこか浮ついてしまう。それが地方競馬場ならなおさらだった。
わたしは、これまで中央競馬でしか騎乗したことがない。待機場の雰囲気なんかもだいぶ違う。知らないジョッキーも多いし……
川崎ラウンドの主な出場ジョッキーは、中央競馬と南関東競馬の所属者。そんな中、単身東北から参戦している人がいた。
穂ノ原育美さん。岩手競馬所属の女の子。第一印象は……眠そう。
パドックで馬に跨ってなおフラフラしている。目が開かない。あれで乗れてるのはある意味すごいけど……大丈夫なのかな?
いやいや、人のことより、自分だ!
NJCSの注目度はなかなかのものみたいで、パドックにもお客さんがたくさん来ている。
「普段からこんなにお客さんが来ているんですか?」
わたしは、馬を引いている担当厩務員さんに尋ねた。
「いや、こんないないよ。重賞もない日だしなぁ。今日はアンタが来てるからじゃないの?」
まさかそんな。
「まさかそんなぁ〜」
「競馬場はメチャクチャ宣伝してたよ、アンタを前面に押し出してさ」
「…そうなんですか?」
まただ。実力以上に注目されてしまう。喜ぶべきことなのか、そうじゃないのか、最近よく分からなくなってきていた。
そういえば、お客さんのほとんどがわたしの方を見ている。スマホを向けられて、写真も撮られている。物珍しいのもあるのだろうけど……
…けど。わたしは決めたんだった。この状況さえ自分の力に変えるって。注目されているうちに勝てるようになれば、一過性の人気に終わらず、ジョッキーとしてより高く評価してもらえるんじゃないか、って。それに、自分を取り巻く環境に一喜一憂しても仕方ない。
やることは決まってる。ベストを尽くすこと、貫くことだ。